守るべきモノ

神崎

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海岸

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 引きずられるように降りた駅に、泉は一度も足を踏み入れたことはない。この町は若者が中心の町で、平日の今日は学校帰りの学生がちらちらと見えるくらいだ。洋服屋も雑貨屋も安いがとてもチープに見える。
 当然、泉や大和が居るのはとても違和感に思えた。だがその中にも八百屋や肉屋もある。当然主婦やサラリーマンもうろうろとしている。
「どこに行くんですか。」
「すぐそこ。」
 大和が指さしたのは、チェーンかでも大手のカフェだった。生クリームを大量に盛っているコーヒーの何が美味いのかわからないし、コーヒーだって一辺倒だ。そこに大和は泉の手首を掴んで入っていく。
 店内は「book cafe」のような客層とは違って、女子高生が甘そうな飲み物とばっちりと顔を作り上げて写真を撮っている。礼二に言わせると、そういうモノがSNSで受けるらしい。
 店内にいるのはそういう人たちばかりで、高校生が粋がってすかじゃんを来ている大和や、どう見ても男の子にしか見えない泉は浮いていた。
「いらっしゃいませ。」
 鼻にかけた甲高い声で店員がオーダーを取っている。その横には、作り置きされたカップケーキとスコーンが置いてあった。大和はそれを一つずつ手にして、カウンターへ向かう。
「コレとコーヒーを二つ。」
「はーい。店内でお召し上がりですかぁ?」
 語尾を伸ばすな。泉はそう思いながら、大和が会計をすませるのを見ていた。
 そしてトレーに乗せられたコーヒーとカップケーキ、スコーンを手にしてテーブルに座る。
「紙コップ……。」
「店内だってのに紙コップか。洗う手間を考えてるのかな。」
 確かにそっちの方がコップを洗わなくても済む。だが紙コップの質によっては、コーヒーに余計な雑味が加わるのだ。
「カップケーキとスコーンは温めてくれてるな。」
「電子レンジですかね。」
「そうみたいだな。サンドイッチとかホットドックもあった。だから置いているショーケースは少しひんやりしてた。」
 オーダーされる度にサンドイッチなどを作っていた泉には違和感がある。モノによってはサンドイッチはパンがべちゃっとなってしまうからだ。
「コーヒーは味がねぇな。お湯を飲んでるみたいだ。」
「豆はどこのを使っているんでしょうか。」
「豆の種類なんかはわからないけど、たぶん豆で来ているのかも知れない。でも焙煎はしてねぇな。焙煎機を置けばもう少しスペースが必要だ。それも焙煎して、日が経っている。だから匂いも味も飛んでる。でもまぁ……味はこの辺じゃ関係ねぇのかもな。」
 このカフェでお茶をした。そのブランドと、見た目と、飾った自分をSNSに乗せたいだけだ。礼二はそれを気にしなくても良いと言っていたのを思い出す。
 SNSは店の宣伝になるから。それを見て来店する人が多くなればいい。
「ん……カップケーキは、中に何か入ってますね。」
「ナッツかな。スコーンにも入っている。」
「スコーンもカップケーキにもナッツを入れると、どうしても熱を加えると油分がでるので、あらかじめ乾煎りするとここまでぼろぼろと崩れないんですが。」
「それにここで作ってるわけじゃねぇ。作ってるヤツが来てるだけだな。どう?こういうのが流行ってるっての。」
 そのためにここに連れてきたのか。泉は少し口をとがらせていった。
「んー……。私たちが作ろうとしているものとは別物ですね。」
「でも売れてんだよ。この国のヤツはブランドで惹かれるんだ。「あのブランドのモノだから」って手に入れようとするし、「あれがみんな美味しいっていっているから」って言って飯屋に行列を作るんだろ?自分の舌で判断しねぇんだ。」
「誰が美味しいって言っているんですかね。」
「広告。」
 広告といわれてドキッとした。高柳鈴音が自らを売り込んでいるのは、店のためだ。見た目が少し良いからと言って、アイドルのような扱いをされている。それは荒田夕も同じことをしていると倫子が言っていた。
「俺とお前が入っている時って、女の客が多くなっただろ?」
「えぇ。」
「それでいいんだよ。最初はな。」
 そして大和はコーヒーを口に入れると、少し笑った。
「見た目はお前等が作ったヤツの方が、SNSに映える。けど味はあの女が考えたヤツの方が美味いだろうなと思うよ。」
「……。」
「どっちが良いかはみんなの意見を聞かないといけないだろうな。もしお前等が作ったヤツを採用するなら、あの女はまたそれに合わせた焙煎の仕方を考えるさ。」
「気を悪くしませんかね。」
「何で?」
「だって……。」
 自分がもう関わっていないのに、アドバイスしてくれたのだ。なのにそれをはねのけて、自分たちの案を採用する。それは女性にとって気が悪くなると思ったのだ。
「そんなことを考えるなよ。そんな小さい人じゃないのはわかるだろ?」
「えぇ……。」
「あの人だって相当苦労してんだよ。店のこともプライベートのことも。」
 スコーンの最後の一口を口に入れて、大和は少し笑った。
「お前、この辺来たことある?」
「初めて来ました。」
「だったら隣駅まで歩こうぜ。」
「歩ける距離ですか?」
「三十分くらいじゃねぇ?」
「その距離で何で駅なんて作ったんですかね。私の実家、隣駅まで車で三十分はかかりますよ。」
「田舎だなぁ。お前の実家ってどこだよ。」
 そう言われて泉は少し動揺した。どこを言えばいいのだろう。育ったところだろうか。あの土地には居られなかった。自分の母が人を巻き込んで自殺をしたのだ。
 それから逃げるように違う土地に移り住み、今、父は不倫相手の女性を妻にして子供も居て幸せに暮らしている。あの土地が地元になるのだろうか。
「南の方です。ほら……古都で有名な。」
「あぁ。行ったことはあるな。あの辺は漬け物もうまいのか?お茶が有名だと思ってた。」
「お茶って言っても抹茶ですよ。」
「ふーん。」
「和菓子とか。」
「そこで育ってりゃ、そりゃお嬢様になるわな。」
「私が?」
 驚いて大和を見た。
「お前、所作が綺麗なんだよな。飯を食うときも思ったけど、良く食うなと思ったのと同時に、箸の使い方も、モノを書くときもすべて綺麗だと思った。」
「……それは、ありがとうございます。」
 それは死んだ母が仕込んだたまものだろう。いろんな事を強制されたが、こんなところで役に立つと思ってなかった。
 恨んだこともあるが、今は母に感謝している。
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