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柑橘
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真矢の家を出て、ドラッグストアに寄った。夜のドラッグストアには、あまり子供連れ手来ている人はいない。女性はいてもカップルくらいだ。伊織は冷静にコンドームの箱を一つ手にする。こういったものを買うのは、別に恥ずかしくはない。もし女と一緒に来ていれば、店員から「あぁ、このカップルは今からするんだな」とか思うのかもしれないが、一人だと誰とするとかまではわからない。
レジの女性店員は丁寧に紙袋に入れてくれた。気が利く人だと思う。そう思いながら伊織はドラッグストアを出ると、家へ足を向ける。
コンドームが必要かどうかはわからなかった。倫子とセックスをすることもあったが、次があるかといわれるとわからない。このままだったら真矢とする方が早いかもしれないのだ。
お互いきっと別の人を見ている。だからセックスをしてもそれは空しいかもしれない。ただお互いの空いた穴を埋めるだけの関係だ。愛なんかはない。
だがこの冷えた体を温めて欲しい。人肌が恋しいと思うこともある。正月に倫子とセックスをしたあの温かさが欲しい。自分だけをみるあの視線が欲しいと思う。
のろのろと家に帰り着いて、玄関の門を開ける。すると玄関口に何か落ちているのに気が付いた。大きなもので宅配業者が置いていったのだろうかと少し怒りさえ覚える。だがよく見ればそれは人だった。
「田島?」
玄関先に座り込み、膝を抱えて顔をうつ伏せていた。携帯電話のライトの機能で、政近を映し出す。するとゆっくりと政近は顔を上げた。
「よう。誰も居なかったんだな。」
「お前、何してんだよ。ここに来たんだったら連絡くらい入れてくれよ。凍死する気か?」
夜はまだ冷え込む。今日は特別冷えて、雪さえ降りそうだと思っていたのだ。なのに政近の格好は、夕方に会ったときと変わらない薄い皮のジャンパーを着ていた。こんな格好では寒さは防げないだろう。
「とりあえず中に入って……風呂を沸かすよ。」
「悪いな。」
鍵を開けると、家の中はやはり誰も居なかった。今日、あの後政近は倫子と居たはずだ。倫子はどこかへ行ってしまったのだろうか。それに泉の姿も春樹の姿もない。
政近は玄関先でよろよろしながらブーツを脱ぐと、居間にやってくる。ここもまだ冷えていた。
「ファンヒーターをつけて良いから。」
荷物を自分の部屋に置いて、風呂場へ向かう。風呂場は家の中のどこよりも冷えているようだ。線をしてお湯を入れる。少し熱めの方がいいだろう。そのとき、伊織のジャンパーからミルクティーの缶が湯船に落ちた。それを拾い上げると、まだほんのり温かい。湯船に蓋をして、居間に戻ると政近はファンヒーターの前でうずくまっていた。
「ほら。コレ。」
そういってミルクティーを差し出す。
「コレ、甘いじゃん。」
「良いから飲んでおけって。まだ少し温かいし。」
唇が青い。どれだけこの玄関先にいたのだろう。
「お前の趣味じゃないだろ?」
「もらったんだ。」
「ふーん。お前もお盛んだな。」
「変なことを言うなって。」
ミルクティーの缶を開けてそれを口に入れる。
「何でこんなところにいたんだよ。」
「倫子に謝りたくてさ。」
「倫子に?」
珍しいことを言うものだ。普段、口が悪いのを自覚していないように見えるのに、今回はよっぽどこたえているのだろう。
「とんでもないことを言った。あいつ、月子を心配して付いてくるって言ったのに、俺はそれを拒否したんだ。」
「月子って……妹の?」
「あぁ。手首を切ったなんて言うから、動転した。あいつ、自傷の癖があってさ。倫子が紹介した医者が合ってんのか、薬が合ってんのかしらねぇけど、最近はそんな癖が全く無かったんだ。なのにまた再発したのかって、焦っちまって……。」
倫子のことだ。付いていくと言ったのだろう。
「で、何か言ったんだな?」
「あぁ。」
「気が動転してたら心でもないことを言うだろ。俺だってそうだ。倫子は今日帰ってくるかわからないけど、とりあえず連絡はするよ。」
「無理。藤枝さんの所に連絡して。」
「春樹さんに?」
「携帯、たぶん壊れてるから。それも俺が何とかするよ。俺のせいだし。」
よっぽどこたえている。普段自分が正しいと自分を貫き通すのに、今日は全くそんな風に見えない。
「とりあえず、風呂に入れよ。ここ結構あっという間に風呂が溜まるから。下着ってどこに置いてたっけ。あと、何か着るものを出しとくから。」
伊織もなぜか落ち着いている。きっとこの時間まで春樹と倫子は帰ってきていないのを、気にしていないようだ。
そうだ。伊織は倫子と政近が打ち合わせに言っている間、真矢と帰ると言っていた。真矢と何かあったのだろうか。いや、それはない。真矢はあの大学の時から、男に興味が無さそうだった。まして伊織のようなタイプと何かあるとは思えない。
春樹に連絡をすると、今電車に乗ったという。泉や泉の上司たちと一緒に食事をして、少し寄るところがあったのだという。時間を見れば、終電では無さそうだ。おそらくこのまま連絡をしなければ、二人でいたいと思ったのかもしれない。
だが前ほどいらつかなくなった。それは真矢の影響があったからかもしれない。あの唇に触れた。倫子のように煙草のにおいはしないが、酒のにおいがした。自分よりも相当飲んでいたから。伊織はそう思うと、頭をかく。別に好きとかそういうことを言っているのではない。もし好きだとしたら、相当自分が移り気が激しいと思う。泉を好きになって、倫子を好きでいて、次に真矢だ。性根がないと自分でも思う。
「悪いな。服、借りたよ。」
そういって政近は風呂場から出てきたようだ。さっきよりも顔色が断然に良い。
「あぁ。よく考えたら、体型も似てるもんな。」
「お前の方が小さいな。見ろよ。裾がすってんてんだ。」
「足が短いっていいたいのか?」
「んなことねぇよ。でも俺に貸したらヤニ臭くなるぞ。」
「どうせ洗うし。それよりもっと着ろよ。今日は春樹さんの所で寝るんだろ?毛布買してやろうか?」
「悪いな。あと何か温かいものを飲ませてくれよ。」
「お茶くらいしかないな。」
そういって伊織は台所へ向かう。すでに今日炊いていたご飯は、冷凍してある。そして明日の分の米はといで予約してあった。そしてポットからお湯を出すと、お茶を入れる。そして政近に手渡した。
「ほら。」
「気持ち悪いな。何かお前が優しいと。何かあった?」
真矢の影響だとは言いたくない。だがそれ以上に政近とは誤解が解けた気がしていたのだ。
「別に。お互いつまんないことで、会いたくないだの、口も聞きたくないだの言ってたなと思って。」
「大人になったんだろ。それに……思ったよ。今日、月子の話聞いてさ。」
急にさらわれて、拉致監禁され、ずっと性奴隷にされていた。だが犯人に対する恨みや怨念は続かない。今は栄輝や、月子の恋人である女性の存在がそれを忘れさせてくれる。
倫子がずっと恨んでいるのはわかるが、逸れも過去だと言える日が来るのだろうか。いや。来ない。
月子と明らかに違うのは、倫子を強姦し輪姦した犯人は今ものうのうと生きている。たとえ捕まっても倫子はきっと青柳を許すことはない。
レジの女性店員は丁寧に紙袋に入れてくれた。気が利く人だと思う。そう思いながら伊織はドラッグストアを出ると、家へ足を向ける。
コンドームが必要かどうかはわからなかった。倫子とセックスをすることもあったが、次があるかといわれるとわからない。このままだったら真矢とする方が早いかもしれないのだ。
お互いきっと別の人を見ている。だからセックスをしてもそれは空しいかもしれない。ただお互いの空いた穴を埋めるだけの関係だ。愛なんかはない。
だがこの冷えた体を温めて欲しい。人肌が恋しいと思うこともある。正月に倫子とセックスをしたあの温かさが欲しい。自分だけをみるあの視線が欲しいと思う。
のろのろと家に帰り着いて、玄関の門を開ける。すると玄関口に何か落ちているのに気が付いた。大きなもので宅配業者が置いていったのだろうかと少し怒りさえ覚える。だがよく見ればそれは人だった。
「田島?」
玄関先に座り込み、膝を抱えて顔をうつ伏せていた。携帯電話のライトの機能で、政近を映し出す。するとゆっくりと政近は顔を上げた。
「よう。誰も居なかったんだな。」
「お前、何してんだよ。ここに来たんだったら連絡くらい入れてくれよ。凍死する気か?」
夜はまだ冷え込む。今日は特別冷えて、雪さえ降りそうだと思っていたのだ。なのに政近の格好は、夕方に会ったときと変わらない薄い皮のジャンパーを着ていた。こんな格好では寒さは防げないだろう。
「とりあえず中に入って……風呂を沸かすよ。」
「悪いな。」
鍵を開けると、家の中はやはり誰も居なかった。今日、あの後政近は倫子と居たはずだ。倫子はどこかへ行ってしまったのだろうか。それに泉の姿も春樹の姿もない。
政近は玄関先でよろよろしながらブーツを脱ぐと、居間にやってくる。ここもまだ冷えていた。
「ファンヒーターをつけて良いから。」
荷物を自分の部屋に置いて、風呂場へ向かう。風呂場は家の中のどこよりも冷えているようだ。線をしてお湯を入れる。少し熱めの方がいいだろう。そのとき、伊織のジャンパーからミルクティーの缶が湯船に落ちた。それを拾い上げると、まだほんのり温かい。湯船に蓋をして、居間に戻ると政近はファンヒーターの前でうずくまっていた。
「ほら。コレ。」
そういってミルクティーを差し出す。
「コレ、甘いじゃん。」
「良いから飲んでおけって。まだ少し温かいし。」
唇が青い。どれだけこの玄関先にいたのだろう。
「お前の趣味じゃないだろ?」
「もらったんだ。」
「ふーん。お前もお盛んだな。」
「変なことを言うなって。」
ミルクティーの缶を開けてそれを口に入れる。
「何でこんなところにいたんだよ。」
「倫子に謝りたくてさ。」
「倫子に?」
珍しいことを言うものだ。普段、口が悪いのを自覚していないように見えるのに、今回はよっぽどこたえているのだろう。
「とんでもないことを言った。あいつ、月子を心配して付いてくるって言ったのに、俺はそれを拒否したんだ。」
「月子って……妹の?」
「あぁ。手首を切ったなんて言うから、動転した。あいつ、自傷の癖があってさ。倫子が紹介した医者が合ってんのか、薬が合ってんのかしらねぇけど、最近はそんな癖が全く無かったんだ。なのにまた再発したのかって、焦っちまって……。」
倫子のことだ。付いていくと言ったのだろう。
「で、何か言ったんだな?」
「あぁ。」
「気が動転してたら心でもないことを言うだろ。俺だってそうだ。倫子は今日帰ってくるかわからないけど、とりあえず連絡はするよ。」
「無理。藤枝さんの所に連絡して。」
「春樹さんに?」
「携帯、たぶん壊れてるから。それも俺が何とかするよ。俺のせいだし。」
よっぽどこたえている。普段自分が正しいと自分を貫き通すのに、今日は全くそんな風に見えない。
「とりあえず、風呂に入れよ。ここ結構あっという間に風呂が溜まるから。下着ってどこに置いてたっけ。あと、何か着るものを出しとくから。」
伊織もなぜか落ち着いている。きっとこの時間まで春樹と倫子は帰ってきていないのを、気にしていないようだ。
そうだ。伊織は倫子と政近が打ち合わせに言っている間、真矢と帰ると言っていた。真矢と何かあったのだろうか。いや、それはない。真矢はあの大学の時から、男に興味が無さそうだった。まして伊織のようなタイプと何かあるとは思えない。
春樹に連絡をすると、今電車に乗ったという。泉や泉の上司たちと一緒に食事をして、少し寄るところがあったのだという。時間を見れば、終電では無さそうだ。おそらくこのまま連絡をしなければ、二人でいたいと思ったのかもしれない。
だが前ほどいらつかなくなった。それは真矢の影響があったからかもしれない。あの唇に触れた。倫子のように煙草のにおいはしないが、酒のにおいがした。自分よりも相当飲んでいたから。伊織はそう思うと、頭をかく。別に好きとかそういうことを言っているのではない。もし好きだとしたら、相当自分が移り気が激しいと思う。泉を好きになって、倫子を好きでいて、次に真矢だ。性根がないと自分でも思う。
「悪いな。服、借りたよ。」
そういって政近は風呂場から出てきたようだ。さっきよりも顔色が断然に良い。
「あぁ。よく考えたら、体型も似てるもんな。」
「お前の方が小さいな。見ろよ。裾がすってんてんだ。」
「足が短いっていいたいのか?」
「んなことねぇよ。でも俺に貸したらヤニ臭くなるぞ。」
「どうせ洗うし。それよりもっと着ろよ。今日は春樹さんの所で寝るんだろ?毛布買してやろうか?」
「悪いな。あと何か温かいものを飲ませてくれよ。」
「お茶くらいしかないな。」
そういって伊織は台所へ向かう。すでに今日炊いていたご飯は、冷凍してある。そして明日の分の米はといで予約してあった。そしてポットからお湯を出すと、お茶を入れる。そして政近に手渡した。
「ほら。」
「気持ち悪いな。何かお前が優しいと。何かあった?」
真矢の影響だとは言いたくない。だがそれ以上に政近とは誤解が解けた気がしていたのだ。
「別に。お互いつまんないことで、会いたくないだの、口も聞きたくないだの言ってたなと思って。」
「大人になったんだろ。それに……思ったよ。今日、月子の話聞いてさ。」
急にさらわれて、拉致監禁され、ずっと性奴隷にされていた。だが犯人に対する恨みや怨念は続かない。今は栄輝や、月子の恋人である女性の存在がそれを忘れさせてくれる。
倫子がずっと恨んでいるのはわかるが、逸れも過去だと言える日が来るのだろうか。いや。来ない。
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