守るべきモノ

神崎

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柑橘

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 病院へ急ぎ足でやってくる。走ってでも来れる位置にあってよかった。ここを紹介したのは倫子だったはずで、倫子はきっとそれに責任を感じて付いてきたいと言ったのだろう。だがそんな倫子の気持ちを考える余裕はなかった。
 月子は、自傷の癖がある。それは昔、拉致されてずっとレイプされたあと、自らの手で人を刺して逃げたのだ。レイプされた恐怖心と、人を刺してしまったという罪悪感から、「生きている価値がない」といって手首を切っていたのだ。
 それを落ち着かせたのは政近であり、弟の昌明であり、なにより倫子の弟の栄輝が手を差し伸べたのだ。それでも時々こうやってて首を切ることがある。そうならないように倫子に紹介された医者にかかって最近は調子が良かったはずなのに、どうしてまたそんなことをしたのだろう。そう思いながら、救急の病院のドアを開ける。そして受付にいる女性に声をかけた。
「田島月子って……ここに運ばれていますか。」
 すると女性は少しうなづいた。
「身内の方ですか。」
「兄です。」
「二番の受付前でお待ちください。」
 二番。そう思いながらその受付のプレートを探した。そしてやっとたどり着くと、そこの前のいすには栄輝の姿があった。
「お前なぁ……お前が付いてたんだろ?何でこんなことになったんだよ。」
 栄輝は首を横に振る。
「違うんです。あの……。」
「何が違うだ!てめぇ!のほほんとウリセンなんかにいるからこんなことになるんだろう?月子の事はどうでもいいのか?えっ?」
 つかみかかりそうだ。だが栄輝はそのままされたいようにされていた。そのとき、診察室のドアが開いた。そこには月子の姿がある。左の手首には包帯が巻かれていた。
「兄さん。」
「月子。お前、また……。」
「違うのよ。栄輝は早まって……。」
「は?」
 すると後ろから出てきた看護師の男が、苦笑いをしていった。
「ジャガイモの皮をむいていたんですよね。」
「ジャガイモ?」
 もう新ジャガイモが出る季節だ。一足先にそういうモノを食べてみようと、月子は栄輝の家で台所に立っていた。最近、栄輝はバイトだ、就職活動だと忙しい。こんなにゆっくりした時間を過ごすのは久しぶりだった。
 栄輝の家で料理をするのは久しぶりだった。栄輝が好きなポテトサラダを作ろうとした。新ジャガイモで作るとさらに美味しいだろう。ところがピーラーがない。
「ねぇ。ピーラーってどこにあるの?」
「あーこの間、壊れちゃって新しいのかってないや。」
「百円ショップにもあるよ。買っておいた方が良いわ。」
 そんなことを言いながら、ジャガイモをみる。仕方がない。今日は包丁で剥こうとした。そのときだった。
「いるんだったら買ってこようか?そこのスーパーにもあるし。」
 栄輝がやってきて、声をかけたときだった。それに驚いたのだろう。思わずジャガイモがシンクに落ちた。それと同時に包丁が親指の付け根を切る。
「わっ……月子。やばい。手を挙げて。」
 だがどんどん手は赤く染まっていく。それを見て、栄輝は思わず救急車に連絡をしたのだ。
「クソ……。お前等なぁ……。」
「ごめん。」
 政近は頭を抱えていすに座り込んだ。真実はこんなところだったのだ。慌ててここに来た自分がバカみたいだと思う。
「兄さん、ごめん。私、お金払ってくるね。」
 月子はそういって受付の方へ向かう。手には診察のファイルが握られていた。
「仕事だったんですか。すごい早かったですけど。」
「あー……。うん。倫子と打ち合わせしてて……。」
 そのとき政近は思いだしたように頭を抱えた。倫子にずいぶんひどいことを言ったのだ。このまま仕事をしたくないと言われるかもしれない。いや、それよりも倫子を失いたくなかった。
「……お前、これで倫子が俺と仕事したくないなんていったら責任とれよね。」
「どうやって?」
「知るか。」
 完全に八つ当たりだった。そのとき栄輝の携帯電話に着信が入る。その相手を見て、少し微笑んだ。
「もしもし。うん……大したことないんだ。ちょっと怪我をして、俺が早とちりしたから……。すごい血の量でさ。焦っちゃったよ。」
 倫子かもしれない。そう思って政近は顔を上げる。そして栄輝が電話を切ると、また少し笑った。
「倫子か?」
「いや。昌から。」
「弟かよ。俺にかけて来いってのに。」
 舌打ちをして、政近は席を立った。すると向こうから月子がやってくる。
「どうしたの?」
「昌明さんが心配して連絡をくれたよ。ちょっと仕事で動けないみたいなんだけど。」
「大したことないのに。」
「だったら呼ぶな。ったく……こっちだって仕事だったのに。」
「前に家にいた小泉倫子先生と?」
 月子も覚えていたらしい。阻止手つきこの周りもその雑誌を買っている人もいたし、倫子のファンもいるのだ。何より自分の病気を理解して、医師を紹介してくれた。こんなに安定しているのは、医師と倫子のお陰だと思っている。
「そうだよ。新連載。やっとこぎ着けたんだから……。」
 頭を抱えている政近を横目に栄輝は携帯電話を取り出して、電話を始める。その間、少し外に出るようだ。
「俺らも出るか。お前、飯は?」
「こんなんだから、用意できないよ。栄輝が作ってくれるかな。」
「明日まで取っとけ。今日はとりあえず血の増えるモノを食えよ。レバーとか。」
「やだ。嫌い。」
「お前なぁ、人に迷惑かけておいてわがまま言うんじゃねぇよ。ただでさえ貧血気味って言われてんだろ?」
 二人も外に出ると、栄輝が戻ってきた。そして言い合いをしている政近に近づく。
「姉さんに話をしてきました。」
「え……お前、マジで話をしてきたのか。」
「事情があったのだから仕方ないので、打ち合わせの日はまた連絡をすると言ってました。」
 仕事は失わずに済みそうだ。ほっとする。だがそれだけではない。倫子とは仕事だけの関係で居たくないのだ。好きだから。春樹から奪いたいから。
「俺さ……倫子にヒドいことを言ったんだ。」
 その言葉に月子は少し驚いたように政近をみる。
「兄さんがヒドい事って自覚があるのって、よっぽどだったのね。」
「俺が無自覚でいってるみたいな……。」
「その通りだと思わない?」
 栄輝はその言葉に月子にいった。
「月子のことを考えていっていることだ。ヒドいか、ヒドくないかは受け取った人によると思うよ。」
 ずいぶん大人びた言葉だ。栄輝の言葉とは思えない。
「お前、そんな人生悟りきったようなことを誰に言われたんだ。」
「泉さんの上司の人。」
「礼二か。言いそうだな。あいつだったら。」
 そんなことはどうでも良い。倫子に謝罪したい。今すぐ会いたいと思う。だが倫子の隣には春樹が居るのだろう。この感情をどこにぶつけたらいいのだろう。
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