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柑橘
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コーヒーを二つ運んだあと、伊織と真矢はずっと仕事の話をしていた。どうやら図書館で企画があるらしく、そのポスターを頼まれたらしい。公共機関なのであまり実入りが良いとは言えないが、受ければ次の仕事もやってくる。
伊織を指名したのは、赤松日向子の新刊の表装を手がけたからだ。
「恋愛小説の企画なので、中高生くらいが中心かと思いました。」
「良いと思います。特に中央のハートのモチーフが目立ちますね。ですが、ここの文字をもう少し大きくしていただけますか。」
「そうなってくると、バランスが……。」
本当に仕事の話しかしていない。礼二は少しほっとして皿を洗いにキッチンスペースへ向かう。いらないことを言わない女だ。余計なことを言うことはないだろう。
「コーヒーお代わりくれる?」
大和はそういってからのカップを泉に手渡した。
「良いけど、今日赤塚さんはシフトに入っているわけじゃないから、社割りきかないですよ。」
「良いよ。これくらい。お前のコーヒー美味いわ。」
何を言ったら喜ぶのかよくわかっている。泉は外見などをほめられるよりも仕事をほめた方が嬉しいのだ。
「あの女さ。」
「芦刈さん?」
「おっぱい大きいな。」
地味にしているが、確かにあの白いだけが取り柄のようなブラウスが大きく盛り上がっている。きっと女性らしい体つきをしているのだ。
「好きですか。」
「んにゃ。俺、女らしい女って苦手。おっぱいは手のひらにすっぽり収まるくらいが良い。」
「へーそうですか。」
泉の胸ではすっぽりどころか、手が余ってしまう。それをずっと気にしているのだ。大きくなれば、胸も大きくなると言われていたが、今のところその気配はない。
「それに感度がいいんだよ。小さい方が。」
「ふーん。」
「興味ねぇ?」
「無いですね。」
「おっぱいは揉めばでかくなるんだよ。まぁ、店のためには小さいままで居た方が良いけど。」
まだ男同士のカップルだという勝手な妄想が続いているのだろうか。いい加減、飽きてくれないだろうか。
「そういえば、赤塚さん、今日は休みなんですか?」
皿を洗い終えた礼二がきいてくる。すると大和葉もらったコーヒーを口に入れて言う。
「さっきまで相馬さんに会っててな。」
「相馬さん?」
国産のコーヒー豆を作っている農園の人だった。この国でコーヒー豆は不可能だと言っていたのに見事作り上げて、この店では一番高いコーヒーになっている。
「こっちに来ていたんですか。」
「人に会う用事があるって言ってたかな。人ってあれだよな。」
「あぁ……。」
礼二も苦々しい顔をしている。泉は不思議そうに礼二を見上げた。
「何ですか?」
「相馬さんは元々ヤクザだったんだ。今は足を洗ってるけど、ヤクザがそう簡単に繋がりを絶つわけがない。たぶんなんだかんだで金をむしり取ってんだろうな。」
大和はそういって舌打ちをする。大きな企業であればあるほど、繋がりがないわけはない。この店だってそうだ。どうして大和が相馬という人物に会わないといけなかったのか、そんなことを礼二の口からも言えるわけがない。
そのとき真矢が席を立った。そして礼二の方を見る。
「すいません。お手洗いはどちらでしょうか。」
「そっちです。」
「あぁ……どうも。」
いつもだったらカウンターを出て案内するのに、ずいぶんぞんざいな扱いをするんだなと泉も思っていた。
そして伊織が座っているテーブルを見る。少しため息をついているようだ。泉はトレーを持って、そのテーブルに近づいた。
「疲れてる?」
「んー。そうだな。こうバンバン意見を言われるとこっちまで押されるみたい。」
「倫子を相手にしている感じ?」
「そうだね。少し似てるかな。」
それは泉も思ったことだ。一度しか真矢と会ったことはないが、倫子によく似ている人だと思う。
「でも倫子は図書館には勤めないわね。」
「本に囲まれるのが好きなのに?」
真矢が戻ってくると、泉と伊織が何か話しているようだ。知り合いなのだろうか。不思議に思いながら、席に戻る。
「すいません。話し込んでしまって。」
「いいえ。お知り合いでしたか。」
「同居してるんです。」
春樹は小泉倫子と同居していると言っていた。そして他に同居人が居るのだとも聞いている。この男も同居をしているのだろうか。
「あぁ、だったら藤枝さんの……。」
「えぇ。藤枝さんは同級生だと。」
「そうです。まぁ、あまり話したことはなかったですけどね。藤枝さんの周りにはいつも人が居たから。」
図書館の置物だと言われていた真矢と、男女問わず周りに人が居た春樹。そして男の噂が絶えなかった真優。みんながそんなに繋がりはなかった。
「大人になって別の土地で再会するなんて、使い古された物語みたい。」
その視線に、泉は少し違和感を持った。もしかしたら春樹とつきあっていたこともあるのではないかと思ったのだ。
しっかり領収書を切り、伊織と真矢は帰っていった。内心、礼二はほっとしている。もうコレで二度と真矢がここに来ることはないだろう。
「店長。配送さんが来たんで、私裏に行きます。」
「はい。気をつけてね。」
思い麻袋には生豆がある。それだけはあとで礼二が運ぶが、あとは泉だけでも何とかなる。
「店長さ。」
「どうしました?」
半分ほど減ってしまったコーヒーのカップを置いて、大和は上目遣いに聞く。
「あの女となんかあったんだろ?」
「あの女?」
「芦刈って言ったっけ。」
やはり気がついていたか。泉はこういう事に鈍い方だ。だから真矢と何かあったと言っても気がつかないだろう。だが大和は違う。高校生みたいに童顔でも、百戦錬磨なのだ。
「店長さ。今度あんたは遠慮できるよな。」
「何が?」
「監修の女のところに行くの。阿川と二人で行かせろよ。」
脅すつもりなのか。二人で行かせるという事はどう言うことなのかわかって言っているのだろうか。それでみすみす泉を手放せとでも言っているのだろうか。デザートの開発が終わってから、礼二が休みの日だけ大和が泉と駅まで行っているのは知っている。ただの従業員にそこまでしない。
おそらく大和は泉を気に入っているのだ。だから手を出したいのか、それともつきあいたいのかはわからない。ただセックスをしたいだけなら、認めるわけにはいかない。
「そんなことしなくてもちゃんと泉に言いますから。」
「言えるんだ。そんな遊んだ女一人一人のことをさ。どうせ芦刈って女も別に本気じゃなかったんだろ?」
「……言わないと失うモノもあるし。」
「だったらこの間の飲み会のことも言えよ。」
「それは言う必要なんか無いです。」
「お前、結構自分勝手だな。」
不機嫌そうに大和は立ち上がる。そしてカウンターに入っていった。
「ちょっと……赤塚さん。制服着ないと入れないって……。」
「阿川に話があるんだよ。お前は表にいろ。」
そういって大和はずかずかと裏の倉庫の方へ向かっていった。
伊織を指名したのは、赤松日向子の新刊の表装を手がけたからだ。
「恋愛小説の企画なので、中高生くらいが中心かと思いました。」
「良いと思います。特に中央のハートのモチーフが目立ちますね。ですが、ここの文字をもう少し大きくしていただけますか。」
「そうなってくると、バランスが……。」
本当に仕事の話しかしていない。礼二は少しほっとして皿を洗いにキッチンスペースへ向かう。いらないことを言わない女だ。余計なことを言うことはないだろう。
「コーヒーお代わりくれる?」
大和はそういってからのカップを泉に手渡した。
「良いけど、今日赤塚さんはシフトに入っているわけじゃないから、社割りきかないですよ。」
「良いよ。これくらい。お前のコーヒー美味いわ。」
何を言ったら喜ぶのかよくわかっている。泉は外見などをほめられるよりも仕事をほめた方が嬉しいのだ。
「あの女さ。」
「芦刈さん?」
「おっぱい大きいな。」
地味にしているが、確かにあの白いだけが取り柄のようなブラウスが大きく盛り上がっている。きっと女性らしい体つきをしているのだ。
「好きですか。」
「んにゃ。俺、女らしい女って苦手。おっぱいは手のひらにすっぽり収まるくらいが良い。」
「へーそうですか。」
泉の胸ではすっぽりどころか、手が余ってしまう。それをずっと気にしているのだ。大きくなれば、胸も大きくなると言われていたが、今のところその気配はない。
「それに感度がいいんだよ。小さい方が。」
「ふーん。」
「興味ねぇ?」
「無いですね。」
「おっぱいは揉めばでかくなるんだよ。まぁ、店のためには小さいままで居た方が良いけど。」
まだ男同士のカップルだという勝手な妄想が続いているのだろうか。いい加減、飽きてくれないだろうか。
「そういえば、赤塚さん、今日は休みなんですか?」
皿を洗い終えた礼二がきいてくる。すると大和葉もらったコーヒーを口に入れて言う。
「さっきまで相馬さんに会っててな。」
「相馬さん?」
国産のコーヒー豆を作っている農園の人だった。この国でコーヒー豆は不可能だと言っていたのに見事作り上げて、この店では一番高いコーヒーになっている。
「こっちに来ていたんですか。」
「人に会う用事があるって言ってたかな。人ってあれだよな。」
「あぁ……。」
礼二も苦々しい顔をしている。泉は不思議そうに礼二を見上げた。
「何ですか?」
「相馬さんは元々ヤクザだったんだ。今は足を洗ってるけど、ヤクザがそう簡単に繋がりを絶つわけがない。たぶんなんだかんだで金をむしり取ってんだろうな。」
大和はそういって舌打ちをする。大きな企業であればあるほど、繋がりがないわけはない。この店だってそうだ。どうして大和が相馬という人物に会わないといけなかったのか、そんなことを礼二の口からも言えるわけがない。
そのとき真矢が席を立った。そして礼二の方を見る。
「すいません。お手洗いはどちらでしょうか。」
「そっちです。」
「あぁ……どうも。」
いつもだったらカウンターを出て案内するのに、ずいぶんぞんざいな扱いをするんだなと泉も思っていた。
そして伊織が座っているテーブルを見る。少しため息をついているようだ。泉はトレーを持って、そのテーブルに近づいた。
「疲れてる?」
「んー。そうだな。こうバンバン意見を言われるとこっちまで押されるみたい。」
「倫子を相手にしている感じ?」
「そうだね。少し似てるかな。」
それは泉も思ったことだ。一度しか真矢と会ったことはないが、倫子によく似ている人だと思う。
「でも倫子は図書館には勤めないわね。」
「本に囲まれるのが好きなのに?」
真矢が戻ってくると、泉と伊織が何か話しているようだ。知り合いなのだろうか。不思議に思いながら、席に戻る。
「すいません。話し込んでしまって。」
「いいえ。お知り合いでしたか。」
「同居してるんです。」
春樹は小泉倫子と同居していると言っていた。そして他に同居人が居るのだとも聞いている。この男も同居をしているのだろうか。
「あぁ、だったら藤枝さんの……。」
「えぇ。藤枝さんは同級生だと。」
「そうです。まぁ、あまり話したことはなかったですけどね。藤枝さんの周りにはいつも人が居たから。」
図書館の置物だと言われていた真矢と、男女問わず周りに人が居た春樹。そして男の噂が絶えなかった真優。みんながそんなに繋がりはなかった。
「大人になって別の土地で再会するなんて、使い古された物語みたい。」
その視線に、泉は少し違和感を持った。もしかしたら春樹とつきあっていたこともあるのではないかと思ったのだ。
しっかり領収書を切り、伊織と真矢は帰っていった。内心、礼二はほっとしている。もうコレで二度と真矢がここに来ることはないだろう。
「店長。配送さんが来たんで、私裏に行きます。」
「はい。気をつけてね。」
思い麻袋には生豆がある。それだけはあとで礼二が運ぶが、あとは泉だけでも何とかなる。
「店長さ。」
「どうしました?」
半分ほど減ってしまったコーヒーのカップを置いて、大和は上目遣いに聞く。
「あの女となんかあったんだろ?」
「あの女?」
「芦刈って言ったっけ。」
やはり気がついていたか。泉はこういう事に鈍い方だ。だから真矢と何かあったと言っても気がつかないだろう。だが大和は違う。高校生みたいに童顔でも、百戦錬磨なのだ。
「店長さ。今度あんたは遠慮できるよな。」
「何が?」
「監修の女のところに行くの。阿川と二人で行かせろよ。」
脅すつもりなのか。二人で行かせるという事はどう言うことなのかわかって言っているのだろうか。それでみすみす泉を手放せとでも言っているのだろうか。デザートの開発が終わってから、礼二が休みの日だけ大和が泉と駅まで行っているのは知っている。ただの従業員にそこまでしない。
おそらく大和は泉を気に入っているのだ。だから手を出したいのか、それともつきあいたいのかはわからない。ただセックスをしたいだけなら、認めるわけにはいかない。
「そんなことしなくてもちゃんと泉に言いますから。」
「言えるんだ。そんな遊んだ女一人一人のことをさ。どうせ芦刈って女も別に本気じゃなかったんだろ?」
「……言わないと失うモノもあるし。」
「だったらこの間の飲み会のことも言えよ。」
「それは言う必要なんか無いです。」
「お前、結構自分勝手だな。」
不機嫌そうに大和は立ち上がる。そしてカウンターに入っていった。
「ちょっと……赤塚さん。制服着ないと入れないって……。」
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