守るべきモノ

神崎

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柑橘

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 高柳鈴音のポスターが出来上がり、納品した。このポスターがもう少ししたら店頭で張られるだけではなく、タウン誌にも載るらしい。端子の担当が、この間挨拶にきた。妙に色気があって、胸が大きい。それをわざと伊織に見せるようにかがんでくる。
 さっと視線をそらせると、その担当者はむっとしたように仕事の話を進めてきた。あまりこういう人と何かありたくないと思う。
 戻ってきた伊織はぐったりしたようにいすに腰掛けた。その様子に社長の上岡富美子は少し笑う。
「富岡君。愛想笑いも出来るようになったのねぇ。」
「勘弁してくださいよ。こういうのは店と出版社ですればいいのに。」
「描いたのはあなただから、あなたにも許可をいただきたいんでしょ?」
「勝手に載せてていいのに。」
 もちろんそれだけではなく、あの女性の編集者は伊織をずっと狙っているのだ。前に伊織が受けた案件の時から、ずっと個人的な連絡先が欲しいと言って聞かない。富美子も匙を投げて、聞きたければ本人の口からどうぞといってしまったのだ。それが伊織に多大な迷惑をかけている。
「富岡さん。お客様ですよ。」
 また客か。そう思いながら、伊織は席を立つ。入り口にいたのは地味な女だった。私服なのだろうが、あまり気を配っていないように見える。黒縁の眼鏡と、一つにくくっただけの髪。学生のようにも見えるが、やや歳はとっているようだ。
「初めまして。図書館の司書をしています芦刈と申します。」
 そういって芦刈真矢は伊織に名刺を差し出す。すると伊織も名刺を差し出した。
「富岡です。どうも。」
 自黒なのか肌が浅黒い。そしてわずかに茶色の髪。ちゃらそうだな。真矢はそう思っていた。
「図書館の事業のポスターの案を受け取りまして、一言添えたいと思いまして。すいません。アポ無しで訪れてしまって。」
「いいえ。別に良いですよ。俺も今、帰ってきたところで。そこで話をしましょうか。」
「あ……すいません。出来れば外で打ち合わせは出来ませんか。」
 内容を見ればあまり秘密にしたいようなことではない。だがそういわれれば仕方がないだろう。
「良いですよ。打ち合わせも今日はもう無いですし。」
 そういって伊織は出したタブレットをバッグに入れる。その様子を高柳明日菜が、じっと見ていた。
「すいません。じゃあ行きましょう。」
 そういって真矢とともにオフィスの外にでる。
「図書館の企画でしょう?何で外でする必要があるのかしら。」
 事務の女性が不思議そうに明日菜に聞く。
「一応、公共のモノだから外部に流れたくないって事かしら。」
「でもあの人さ、何か気を使ってないって言うか。ストッキング伝線してたよ。」
 あぁいう人物を見るといらっとする。良いモノを持っているのに、磨こうとしないのだ。そういう人をまた明日菜は知っている。伊織と一時期つきあっていたカフェの女性。今は友人になったと言っていた。

 礼二が休憩から戻ってくると、見覚えのある人がカウンター席に座っている。コーヒーを淹れている泉に何か話をしているようだ。
「興味がないことはないんですよね。」
「だったら決まりだな。」
「待って。まだ店長に話しもしないと。」
「帰ってきたじゃん。」
 礼二に気がついて、大和は振り返った。手にはコーヒーのカップが握られている。
「どうしました?」
 客の一部は腐女子らしく、今日は大和がいないとがっかりしていたようだが思わぬ大和の出現に、色めき立ってカメラを向けていた。
「限定デザートが出来たじゃん。だからそれを持って、礼の監修している女の店に今度行くんだけどさ。」
「あぁ。でも結構離れてましたよね。一日がかりになりそうだ。」
「阿川を連れていこうと思って。」
「阿川さんを?」
 驚いて泉を見る。気になっていたようで、泉も乗り気かと思っていたのだが事情は違う。
「ここの下、今度棚卸しがあるじゃん。」
「えぇ。その日は閉店です。」
「その日に行こうと思ってさ。こいつが休みの時は俺がここ出てるし、合う休みってほとんどねぇんだよな。」
 年に何回もない閉店の日だ。だからその日は、前々から礼二も計画を立てていた。デートらしいデートをしたこともないのだ。恋人なのだから、それくらいしたいと思っているのに。
 それを泉にも言っている。すると泉は真っ先に「海がみたい」と言ってきたのだ。だからドライブデートをする予定にしていた。礼二は計画的に、あの店へ行ってここへ行ってとずっと考えていたのだが、それもすべてこの男に潰されるのだろうか。
「んー……阿川さんはどうしたい?」
 その女性のことは気になる。話にしか聞いたことのない人だ。ここのコーヒーの監修をしている人で、また若い女性だという。だからといって礼二がずっと計画をしていたことを、そんな理由で潰されたくもなかった。
「俺のことは良いよ。今度の棚卸しではなくて、また違う日もあるから。海は逃げないよ。」
 優しい人だ。本当なら「仕事と恋人、どっちが大事なんだと詰め寄られてもいいのに。
「店長も行きませんか。」
 泉はそう聞くと、礼二は少し笑う。だが大和は反対に不機嫌そうになった。
「俺も行って良いかな。」
「いいんじゃないんですか。何の問題があるんですか?」
 すると大和は意地になったように言う。
「別に問題なんかねぇよ。店長、車出してくれる?」
「えぇ。」
 そのとき、後ろから音がする。客が上がってきた音だ。泉は淹れたコーヒーをカップに移して、ケーキを載せた皿をトレーにおく。そしてカウンターを出ると、上がってきた客に声をかけた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
 それは伊織だった。そして後ろには芦刈真矢がいる。
「伊織……それに芦刈さん。」
「え?知り合い?」
 すると真矢は少し微笑んで、泉に近寄ってくる。
「お久しぶりですね。阿川さん。」
「今日って、お休みですか?」
「いいえ。打ち合わせに来ただけです。」
「だったらテーブル席にどうぞ。」
 二人は少し礼をすると、奥のテーブルへ向かう。そして泉はケーキとコーヒーを女性客のテーブルに置くと、またカウンターに戻ってきた。
「伊織君は仕事?」
「えぇ。」
「お客さんかな。」
「あの人、藤枝さんの地元の同級生みたいですよ。」
 礼二は一人気まずい思いをしていた。芦刈真矢とは、昔一度だけ寝たことがあるからだ。もちろん、そのときも奥さんが居た時期なのだからいいわけも出来ないし、泉にはもっと言えるわけがない。
「藤枝さんって、あれか。この間飲みに行ったときに、会った編集者の。」
 唯一知っている名前だった。そして伊織は知らない。泉や礼二とどんな関係なのかわかるはずもない。
「そうですね。」
 泉は水とメニューを手にして、奥のテーブルへ向かう。そして少し笑顔で二人と話をしていた。また泉の知らない顔が見えたようで、大和はもやっとした気持ちを抱えているのは誰もわかるはずもない。
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