守るべきモノ

神崎

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 酒を飲んでいてもあまり変わらない倫子と政近につきあっていたが、時計を見るともう日が変わっている。明日も早いからと言って伊織はさっさと自分の部屋に戻っていった。栄輝もコップを持って台所へ行くと、そろそろ寝ると言って泉の部屋へ行く。
 居間に残っているのは、政近と倫子、そして春樹だけだった。スケッチブックとノートを開いて、刑事役の男のキャラクター設定が終わったと思ったら、今度はストーリーの打ち合わせを始めたのだ。
「この子供さぁ、やっぱ必要かな。」
「必要よ。キーワードになるじゃない。」
 犯人の女が産んだ子供。二十八歳の母親に対し、子供は四歳。そしてその父親である四十歳の男が殺された設定だ。実際にあった話ではない。だがリアルで過去の事件を洗い出すこともあるかもしれない読者も出てくるかもしれない。
 このまま春樹も二人を残して倫子の部屋へ行っても良い。だがこのまま二人にすると、政近が倫子に手を出してくるかもしれない。そして政近はそれを望んでいるだろう。押しに弱い倫子はそれに答えてしまうかもしれないのだ。それだけは避けたい。卑怯かもしれないが、コレを言うしかないだろう。政近を部屋に戻すのはコレしかなかった。
「田島先生。」
 ずっと黙っていた春樹が政近に声をかける。
「何ですか。」
「この子供は四歳。父親は四十歳。だがこの子供はこの父親の子供ではない。実際は、この男が父親だ。」
 指さしたのは、高校生の男。犯人の女の従兄弟なのだ。従兄弟同士で惹かれ合い、隠れるように逢瀬を繰り返して出来たのはこの子供。それを知って父親は殺されるのが物語の主たるストーリーで、当初政近は子供まで出す必要はないと子供の存在を渋っていたのだが、倫子がそれを押し進めて形になった。
「この男は十八。と言うことは子供を作ったのは、十三、四くらいですね。」
「そんな早いうちから精通してるかよ。やっぱこの子供を出すんなら大学生くらいにするか、子供の年齢を下げようぜ。」
 すると倫子は首を横に振る。
「こういうこともあり得る。女の子は、初潮を迎えるのは十三、四、遅い人は十五くらい。でも男の子は早い子は十一歳くらいから精通していることもあるのよ。十三、四くらいだと半分くらいはしてる。おかしい話ではないわ。」
「でもよぉ。倫理的にどうなんだ。ここを突っ込まれたら、いいわけ出来ねぇ。」
 政近はまだ渋っているようだ。その理由はわかる。自分を重ねているからだ。芦刈真矢の双子の姉である真優。その子供の真美は、政近の子供かもしれない。真矢はそう言っていたのだ。
「倫理なんてあなたのあったの?」
「一応常識くらいはあるよ。」
「常識はずれみたいな格好してんのに。」
「あ?」
 しかし春樹は冷静に政近に言う。
「土地によっては十歳で妻を娶るところもあるそうです。短命の土地では、早いうちに結婚して子供を沢山作らなければ家督が失われるとも考えられていました。」
「ほらね。」
 倫子は上機嫌にそう言うが、政近はまだ納得していないようだ。
「ですがこの夫はやるせなかったでしょうね。自分を愛していたわけでもなく、子供も自分の子供ではない。それがわかったとたんに妻から殺されている。」
「何だよ。」
「実際、こういうことがあったのではないかと思ってます。」
 すると政近の表情が一瞬変わった。古着屋の高柳純は、芦刈真優の古い知り合いだ。だから政近とずっと体を重ねたことも知っている。だが純と春樹はおそらく初対面だ。なのに何を知っているのだろう。
「春樹。このことは過去の事件でもありふれている。浮気をしていて、夫を殺す。無い話ではないわ。」
「そうだよ。ありふれてる。」
 すると春樹はため息を付いていった。オブラートに包んで言おうと思っていたが、それは通用しない。まっすぐに言わないと伝わらないのだ。
「あなたには子供がいますね。」
 その言葉に倫子も驚いたように政近をみる。
「いないよ。俺、セックスはゴムなしではしないんだ。」
 嘘。倫子はそれをわかっていた。一度政近と体を合わせたとき、政近はゴムを付けなかったこともある。ピルを飲んでいたから子供が出来ることはないが、飲んでいない人であれば出来ないことはないだろう。
「中学生みたいですよ。俺の甥っ子と同じ歳の。」
「え……。」
「真美と言います。芦刈真美。」
 芦刈の名前に、倫子は驚いて春樹をみる。あの図書館にいる女性に子供がいたのだろうか。確かに一度真矢と会ったとき、政近の反応がおかしかった。それは子供がいるからなのだろうか。
「芦刈って……あの図書館の?」
「あぁ、ドラッグストアで会ったかな。あの人じゃないよ。あの人の双子の姉がいてね。その子供が真美と言うんだ。」
 無計画に子供を作るような人に見えなかった。別人だとわかって倫子は少しほっとする。
「いつか会ったな。藤枝さんの甥っ子。あいつと同じ歳か。ふーん……。でも俺の子供じゃないよ。」
「調べました?」
「調べなくてもわかりますよ。俺、真優とはやってねぇし。」
 真矢は政近と真優が何かあったと疑っていた。それは真矢の勘違いだったのだろうか。
「若い男が好きなんだよ。あいつ。ショタコンかな。あいつの旦那の弟と仲が良くてさ。弟とはやってるって聞いたけど、俺はくわえられただけだし。」
「くわえられた?」
「フェ○された。そんだけ。」
 あの部屋で弟が出ていった隙を見て、真優が襲いかかってきたのだ。満足そうに精液を飲む真優に、ぞっとしたくらいだ。
「あのあとに真矢が来てさ。なんか誤解してたみたいだけど、責められたのは俺じゃなくて真優の方だったかな。それ以来、俺、あの家に行ってねぇし連絡も取ってねぇ。今どこにいるの?」
「知ってどうしますか。今度こそセックスしますか。」
「しねぇよ。もう俺、二十九だし真優のストライクからははずれてるだろうしな。」
 レイプのようにされたのだろうか。伊織のことを少し思い出す。伊織も暑い国で母親くらいの女性から襲われて童貞を失ったのだ。
 芦刈真矢は地味にしていても、体つきは女性らしい。その双子ということは、やはりその姉だし同じような感じなのだろう。そんな人に迫られて、反応しない男はいない。きっと政近もそんな感じなのだ。
「おかしいわね。」
「何で?」
 倫子は首を傾げる。
「ううん。何でもないわ。」
 誤魔化した。コレを言うと政近とデートのような取材へ行き、コスプレをしたことが春樹にばれてしまう。その帰りに真矢に会ったのだから。
「とにかく、俺の子供じゃねぇよ。あいつに子供が出来た言っていっても誰の子供なのかわからないですし、あいつの旦那は相当真優を殴ったり責めたりしたみたいだけど、同情はしねぇすよ。子供が出来るまで、相当遊んでたみたいだし。」
 ため息を付く。肩すかしだったかと、春樹は思っていたのだ。やはり真矢は個人的な思いがあって、政近を敵視しているのだ。だからそういう言葉に繋がったようだ。
「何か……冷めちゃったわね。春樹は明日も仕事だし、今日はコレくらいにしましょう。」
「続きは明日の朝だな。」
 春樹たちが出て行ってからもここにいるつもりか。それは計算外のことだった。思わず心の中で舌打ちをする。
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