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褐色
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駅について、思わず二人は唖然としてしまった。終電近くの時間だというのに、駅は人でごった返していたのだ。それも入れ墨を入れた女が居たり、スキンヘッドで革ジャンを羽織っているような男ばかりだ。
「そっか……。バレンタインデーだもんな。」
大和はそう言って髪をくしゃっとかきあげる。
「何ですか?」
「ライブがあったんだろ。たぶんパンクとか、ロックとかの。」
「あぁ。だから……。」
ボディーピアスをあけている男を見て、ふと政近を思いました。政近ももしこの中にいたら、混ざっていてわからないだろう。
「音楽聴くか?」
人混みの仲で改札口を抜ける。すると泉は少し笑っていった。
「ラジオが好きなんです。」
「ラジオ?珍しいな。」
「好きなパーソナリティーがいて声とかも良いけど、流す音楽がとてもいいんですよ。元々クラブDJをしていた人だとか。」
その言葉に大和は少し笑う。その人を知っているからだ。きっとその人ももてはやされるよりも、こういう声が嬉しいだろう。
「毎日しているのか?」
「土日以外はしているみたいですね。十一時から。それを聴きながら眠るといい夢が見れるし。」
「今日は聴けなかったな。」
「っていうか、最近ずっと聴けてない。」
口をとがらせる。だがこれも仕事なのだ。好きなことは一時的にでも我慢して貰えばいい。
「今日はそんなもん聴かなくてもいい夢が見れるだろ?」
礼二と会うことを言っているのだろうか。思わず泉の顔が赤くなる。
「照れんなよ。こっちまで恥ずかしくなる。」
そのとき、横で音がした。人が倒れるような音に、思わず泉と大和は足を止める。
「のろのろ歩いてんじゃねぇよ。」
「す……すいません。」
女性が道路で座り込んでいる。思わず泉が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
手をさしのべるが、女性の手は空を切る。よく見ればそばに白い杖があった。それを大和は拾い上げる。それを見てわかった。女性は目が見えないのだ。
「あー。折れてんな。あんた、大丈夫?誰か知り合いと来てんの?」
すると女性は首を横に振る。
「駅まで行ければ、娘が迎えに来てくれるんですけど……。」
「どこの駅ですか?」
その駅は、大和も泉も馴染みのない駅だった。だが放っておけない。
「今日はタクシー使ったら?人が多くて、待つかもしれないけど。」
「そうします。」
手を掴み上げて、女性を立ち上がらせた。だが改札口も階段がある。エレベーターもあるが、目が見えない人にはタイミングが難しいだろう。杖があれば何とかなるのだが。
「タクシー乗り場まで送るよ。阿川。お前は帰って良いから。」
「でも……。」
「良いから。お前は彼氏が待ってんだろ?」
すると大和がもっていた女性の荷物を、泉が奪い取るようにもつ。
「何だよ。」
「私も行きます。礼二には連絡をするから。」
思わずムキになったようだ。礼二は口をとがらせると、女性の手を引く。
「勝手にしろ。終電を逃しても知らないからな。」
「良いです。」
そう言って改札口に向かっていく。エレベーターよりも階段の方が上れると、手すりを使って女性は歩いていく。それに泉が声をかけた。
「あと二段です。そう……。」
こういう声かけに慣れている。そう思いながら、感心したように大和は見ていた。そしてやっと改札口を抜けて、駅の表に出る。するとやはりタクシーは出払っていた。
「電話をしますね。どれくらいで来れるか、聞いてみます。」
手際よく電話をしているうちに、女性はいすに座っていた。
「すいません。迷惑をかけたみたいで……。」
「本当だったら、あんたみたいな人って介護する人がいるもんじゃないの?」
「……今日はどうしても一人で行きたくて。」
「行きたい?」
「元夫の命日だったから。」
その話に、大和は驚いて女を見た。
「あの事件の?」
余所の国で起きたテロ事件だった。それにここの国の大使館だった男が巻き込まれて、命を落としたのだ。妻も、妙な液体をかけられて視力を失ったのだという。
「お待たせしました。十分ほどで来れるそうです。」
「ありがとう。お兄さん方。でもあなた達の帰る電車はなくなってしまったのではないのかしら。」
「どうにでもなるから。大丈夫。気にすんなって。」
「名刺をいただけませんか。後日お礼に行きますから。」
「そんなことを思ってしたわけじゃないです。」
そう言って泉は断ろうとした。それに名刺なんかもっていない。すると大和が名刺を取り出して女性に手渡す。
「これ、会社の名刺。こっちは俺の部下だから。」
「赤塚さん。名刺なんか……。」
泉はそれを止めようとした。だが女性は泉の方を見て言う。
「受けっぱなしの恩は気持ち悪いわ。お兄さん。私の気持ちなのだから、お礼はさせて欲しいの。」
すると泉は納得したようにうなづいた。
「わかりました。」
素直にうなづいた泉を、ほっとして大和はみる。ふと見ると、かがんでいる泉のリュックが不自然に盛り上がっていた。おそらく貰ったチョコレートが多いのだろう。
やがてタクシーがやってきて、女性はそれに乗って帰って行った。そのテールランプを見て、大和は少しため息を付く。
「やれやれ。人助けも疲れるなぁ。」
駅を背にしていた。もうシャッターが下りかけている。今日の電車は終わってしまったのかもしれない。
「お前どうやって帰るの?」
すると泉は携帯電話をみる。
「店長が迎えに来てくれます。もう少ししたら来るかな。」
黒いバンの車だ。どうしても今日、礼二は泉と一緒にいたかったらしい。
「赤塚さんはどうされますか。」
「俺?どうにでもなるよ。」
女の所にでも行くのかもしれない。恋人はいないがそういう相手はいるのだ。結構な身分だと思う。
「それにしてもあの人、最後までお前を男だと思ってたな。声も低いし、見えなくてもそう思うのかな。」
「別に良いです。もう慣れました。」
「こんなに女らしいのにな。」
そういって大和は泉の手を握る。不意のことで驚いて泉はその手を振りきった。
「やめてくださいよ。」
「男とは違うし何よりあんなに気を使えるから、お前は人に好かれるんだろうな。社長がお前を欲しがってたのもわかる気がする。」
「……。」
「目が見えない、耳が聞こえない、足が不自由っての、そういう人たちに迷わず手をさしのべるのは、出来そうであまり出来ないことだ。それからずっと声をかけてたじゃん。段差があるとかそういうの。」
「祖母がそういう人だったから。」
父方の祖母は、目が不自由だった。手を引くのはいつも泉の役割で母がそうさせていたように思える。
「今はばーちゃんは?」
「私が中学生の時に亡くなったんです。歳だったし……。」
「そっか。」
だから慣れていたのだ。こう言うところから泉の優しさがある。見た目などではない。心が温かい人なのだ。こういう人がいれば、大和もこんなに意固地にならなくてもすんだのに。
「そっか……。バレンタインデーだもんな。」
大和はそう言って髪をくしゃっとかきあげる。
「何ですか?」
「ライブがあったんだろ。たぶんパンクとか、ロックとかの。」
「あぁ。だから……。」
ボディーピアスをあけている男を見て、ふと政近を思いました。政近ももしこの中にいたら、混ざっていてわからないだろう。
「音楽聴くか?」
人混みの仲で改札口を抜ける。すると泉は少し笑っていった。
「ラジオが好きなんです。」
「ラジオ?珍しいな。」
「好きなパーソナリティーがいて声とかも良いけど、流す音楽がとてもいいんですよ。元々クラブDJをしていた人だとか。」
その言葉に大和は少し笑う。その人を知っているからだ。きっとその人ももてはやされるよりも、こういう声が嬉しいだろう。
「毎日しているのか?」
「土日以外はしているみたいですね。十一時から。それを聴きながら眠るといい夢が見れるし。」
「今日は聴けなかったな。」
「っていうか、最近ずっと聴けてない。」
口をとがらせる。だがこれも仕事なのだ。好きなことは一時的にでも我慢して貰えばいい。
「今日はそんなもん聴かなくてもいい夢が見れるだろ?」
礼二と会うことを言っているのだろうか。思わず泉の顔が赤くなる。
「照れんなよ。こっちまで恥ずかしくなる。」
そのとき、横で音がした。人が倒れるような音に、思わず泉と大和は足を止める。
「のろのろ歩いてんじゃねぇよ。」
「す……すいません。」
女性が道路で座り込んでいる。思わず泉が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
手をさしのべるが、女性の手は空を切る。よく見ればそばに白い杖があった。それを大和は拾い上げる。それを見てわかった。女性は目が見えないのだ。
「あー。折れてんな。あんた、大丈夫?誰か知り合いと来てんの?」
すると女性は首を横に振る。
「駅まで行ければ、娘が迎えに来てくれるんですけど……。」
「どこの駅ですか?」
その駅は、大和も泉も馴染みのない駅だった。だが放っておけない。
「今日はタクシー使ったら?人が多くて、待つかもしれないけど。」
「そうします。」
手を掴み上げて、女性を立ち上がらせた。だが改札口も階段がある。エレベーターもあるが、目が見えない人にはタイミングが難しいだろう。杖があれば何とかなるのだが。
「タクシー乗り場まで送るよ。阿川。お前は帰って良いから。」
「でも……。」
「良いから。お前は彼氏が待ってんだろ?」
すると大和がもっていた女性の荷物を、泉が奪い取るようにもつ。
「何だよ。」
「私も行きます。礼二には連絡をするから。」
思わずムキになったようだ。礼二は口をとがらせると、女性の手を引く。
「勝手にしろ。終電を逃しても知らないからな。」
「良いです。」
そう言って改札口に向かっていく。エレベーターよりも階段の方が上れると、手すりを使って女性は歩いていく。それに泉が声をかけた。
「あと二段です。そう……。」
こういう声かけに慣れている。そう思いながら、感心したように大和は見ていた。そしてやっと改札口を抜けて、駅の表に出る。するとやはりタクシーは出払っていた。
「電話をしますね。どれくらいで来れるか、聞いてみます。」
手際よく電話をしているうちに、女性はいすに座っていた。
「すいません。迷惑をかけたみたいで……。」
「本当だったら、あんたみたいな人って介護する人がいるもんじゃないの?」
「……今日はどうしても一人で行きたくて。」
「行きたい?」
「元夫の命日だったから。」
その話に、大和は驚いて女を見た。
「あの事件の?」
余所の国で起きたテロ事件だった。それにここの国の大使館だった男が巻き込まれて、命を落としたのだ。妻も、妙な液体をかけられて視力を失ったのだという。
「お待たせしました。十分ほどで来れるそうです。」
「ありがとう。お兄さん方。でもあなた達の帰る電車はなくなってしまったのではないのかしら。」
「どうにでもなるから。大丈夫。気にすんなって。」
「名刺をいただけませんか。後日お礼に行きますから。」
「そんなことを思ってしたわけじゃないです。」
そう言って泉は断ろうとした。それに名刺なんかもっていない。すると大和が名刺を取り出して女性に手渡す。
「これ、会社の名刺。こっちは俺の部下だから。」
「赤塚さん。名刺なんか……。」
泉はそれを止めようとした。だが女性は泉の方を見て言う。
「受けっぱなしの恩は気持ち悪いわ。お兄さん。私の気持ちなのだから、お礼はさせて欲しいの。」
すると泉は納得したようにうなづいた。
「わかりました。」
素直にうなづいた泉を、ほっとして大和はみる。ふと見ると、かがんでいる泉のリュックが不自然に盛り上がっていた。おそらく貰ったチョコレートが多いのだろう。
やがてタクシーがやってきて、女性はそれに乗って帰って行った。そのテールランプを見て、大和は少しため息を付く。
「やれやれ。人助けも疲れるなぁ。」
駅を背にしていた。もうシャッターが下りかけている。今日の電車は終わってしまったのかもしれない。
「お前どうやって帰るの?」
すると泉は携帯電話をみる。
「店長が迎えに来てくれます。もう少ししたら来るかな。」
黒いバンの車だ。どうしても今日、礼二は泉と一緒にいたかったらしい。
「赤塚さんはどうされますか。」
「俺?どうにでもなるよ。」
女の所にでも行くのかもしれない。恋人はいないがそういう相手はいるのだ。結構な身分だと思う。
「それにしてもあの人、最後までお前を男だと思ってたな。声も低いし、見えなくてもそう思うのかな。」
「別に良いです。もう慣れました。」
「こんなに女らしいのにな。」
そういって大和は泉の手を握る。不意のことで驚いて泉はその手を振りきった。
「やめてくださいよ。」
「男とは違うし何よりあんなに気を使えるから、お前は人に好かれるんだろうな。社長がお前を欲しがってたのもわかる気がする。」
「……。」
「目が見えない、耳が聞こえない、足が不自由っての、そういう人たちに迷わず手をさしのべるのは、出来そうであまり出来ないことだ。それからずっと声をかけてたじゃん。段差があるとかそういうの。」
「祖母がそういう人だったから。」
父方の祖母は、目が不自由だった。手を引くのはいつも泉の役割で母がそうさせていたように思える。
「今はばーちゃんは?」
「私が中学生の時に亡くなったんです。歳だったし……。」
「そっか。」
だから慣れていたのだ。こう言うところから泉の優しさがある。見た目などではない。心が温かい人なのだ。こういう人がいれば、大和もこんなに意固地にならなくてもすんだのに。
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