守るべきモノ

神崎

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褐色

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 二人が連れていったのは、駅のすぐ近くにあるビルの一階。そこに小さな古着屋があった。店のドアを開くと服特有のカビ臭さが鼻につく。どうやら向こうの国の古い洋服がメインのようだ。綺麗な柄のアロハシャツや色あせたジーパンなんかが多い。
「このスカジャン良いな。」
 そういって春樹は掛かっているジャンパーを手にした。だが値段を見てそっと棚に戻す。綺麗は綺麗だが、値段を見て驚いたのだ。
「それ、七十年代のスカジャンね。刺繍も凝っているでしょう?」
 この人を見ると倫子や政近が可愛く見える。それくらい強烈な女性だった。赤い髪はツーブロックにして、首のあたりから指先まで入れ墨がある。わざと見せるように薄いシャツと皮のジャンパーはとても柔らかそうだ。ミニスカートから見える太股にも薔薇の入れ墨があり、目には青いコンタクトをしている。高柳純と言い、いつか河川敷で紹介された伊織の同僚である高柳明日菜は妹で、パティシエとして有名な高柳鈴音は弟なのだという。
 明日菜とも鈴音ともまた違うタイプだ。
「おーっ。こんな感じなのよ。服装。」
 奥から政近の声がする。そういって春樹に近づいてきた政近が手にしたのは、褐色のスーツだった。
「あっちの方のスーツはチェックが多いけど、そんな感じで良いの?」
「地味な方が世界観があるから。チーフは赤ね。」
 すると倫子もメモパッドを持ってやってくる。
「あっちから帰ってきたばかりって設定で良いかしら。」
「いいね。だから外国語も何カ国語か話せる。嫌みなインテリ。」
「俺、英語くらいしか分からないけど。」
 春樹がそういうと、政近は上機嫌に春樹に言う。
「藤枝さんに話して欲しいとは思ってないですよ。あくまでイメージ。」
「はぁ……。」
 すると純が奥からメジャーを持ってやってくる。
「首回りと、腕周り計らせて。ワイシャツ持ってくるわ。」
「ワイシャツなんかもあるの?」
「一通りね。」
 そういって台に載ると、首回りにメジャーを当てる。
「首太いわね。スポーツを何かしているのかしら。」
「水泳を少し。」
「そうね。肩幅もあるし、でも腰は締まってる。典型的なアスリートの体型ね。そのスーツの人も、ここに持ってきたときには水泳をしていたと言っていたわ。」
「外国人?」
「そう。あちらでずっと水泳の選手だったけれど、この国に大会でやってきてこの国の魅力に当てられたから、自分の国を捨ててここで職人になる。そのためにはあっちの国のものは全部破棄したいと言ってきたの。」
「今も職人に?」
「修行中みたいね。庭師をしているわ。」
 体のサイズを測り、純は奥から畳まれたワイシャツを持ってきた。
「これが良いわ。」
「売り物じゃないんですか?」
「えぇ。」
「スーツをくださいとは言えないんですけど、ワイシャツは買います。」
「そう?使うことってある?」
「会議の時とかですね。一応スーツを着ないといけないから。」
 倫子や政近と違って会社員なのだ。ワイシャツはすぐに駄目になるので、何枚あってもかまわない。
「ネクタイじゃなくて、クラバットが良いな。これ付けて、着てまたこっち来てくださいよ。」
 政近はそういって春樹を奥の試着室に追いやった。最後まで抵抗していたようだが、作品のためだとやっと試着室へ向かう。
「いい男ね。」
 純はそういって赤い口紅の付いている口元をあげた。
「見た目だけ。」
「そう?大人だわ。政近と違って。」
 その言葉に倫子も少し笑う。
「俺がガキみたいな……。」
「倫子さんにはあぁいう人の方が良いわね。ふわふわしているのをがっちり掴んでくれるような。」
 すると倫子はうなづいた。
「もったいないです。好きになってくれるなんて。」
「あら。つきあっていたの。」
 純は驚いたように倫子を見る。恋人だとは思っても見なかったのだ。
「あれだけ抵抗していたのに、この間、あなたがした格好は何も言わなかったの?」
「言ってないんで。」
「え?」
「言えるわけ無いですよ。」
 口をとがらせた。その様子に政近は少し上機嫌になる。あの姿を知っているのは、自分だけだったのだ。携帯電話に納められている倫子の姿を、待ち受け画面にしようかと思ったくらい似合っている。それを春樹には見せていないのは、自分だけだという優越感にも浸れそうだ。
「設定では、あの刑事は「美咲」を毛嫌いしているところがあるよな。」
「……何がいいたいの?」
 倫子は不思議そうに政近に聞く。
「男らしい、女らしいって言う頭があるからだ。男尊女卑で女を下に見てるところがある。だから「美咲」のようなトランスジェンダーは嫌いなんだよ。」
「春樹はそんな人じゃないわ。」
「まぁな。藤枝さんがそうとは言ってねぇよ。」
 その様子を見て、純はため息を付く。政近が倫子に気があるのは目に見えることだ。だが倫子は全くその気がない。なのに政近は全く諦めようとしていないのだ。諦めが悪い男は、嫉妬にかられる。そうならなければいいと思う。一歩間違えればストーカーなのだから。
 そのとき、奥から春樹が出てきた。その姿に政近はにやっと笑う。
「イメージ通りじゃん。こういうのを探してたんだよ。」
「髪はオールバックでしょ?少し撫でつけましょうか。」
 純はそういって春樹に近づく。褐色のスーツは春樹に当てたようにぴったりだった。赤いチーフが差し色になって、とても綺麗に着こなしている。
「どうしたんだ。倫子。」
 すると倫子は春樹を見たまま、じっと動かなかった。そして視線をそらせる。
「似合ってるわね。」
 それだけをいうと、店の外にでていった。
「何だ。あいつ。」
 すると春樹はため息を付いて、倫子を追うように店の外にでていった。
「あら。あんな格好で……。」
「……。」
 純だけがなんなのかわからなかった。カメラを持つ政近の手に少し力がこもる。
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