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移気
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やっと閉店時間だ。最後の客を見送って、泉はため息をついた。その様子に、カウンターの向こうにいる赤塚大和が笑う。
「何ですか?」
「でかいため息だなって思って。」
「疲れますよ。あんだけ写真撮られれば。」
「客は完全に男と思ってるよな。」
意地悪そうに笑いながら、焙煎した豆をパットに移し替えた。少しさまして瓶に入れるのだ。
「客も見る目ねぇよな。」
「へ?」
テーブルを拭こうと二種類の布巾を手にした泉は驚いたように大和をみる。
「どう見たって女なのに。」
「どうも……。」
布巾を洗って消毒液を手にする。その手首に大和は手を伸ばして、つかみあげた。
「何?」
「こんなに細い手首の男がいるかっての。」
腕は逞しくなったのに、手首や指はしっかり女だった。なのに捕まれたその大和の手は筋っぽく、ごつごつしていて、礼二の手によく似てる。思わずその手を離した。
「冗談でも嫌です。」
「免疫ねぇな。言い歳しといて、カマトトぶるなって。」
こんな事は、礼二としかしたくない。そう思いながら、カウンターを出ていく。すると一階から、足音がした。見ると、そこには見たことのない女性があがってくる。
「すいません。もうカフェは閉店時間で……。」
「赤塚大和ってここにいるの?」
大和の知り合いだろうか。それにしては何か怒っているように見える。
「赤塚さん。お客様ですよ。」
カウンターの向こうにいる大和に声をかける、すると女性はつかつかとヒールを鳴らしながら、カウンターに近づいていく。
「大和。志保がずっと探してるのよ。帰ってきてよ。」
「やだよ。日数的にも俺の子じゃないのにさ。何で俺があいつの子供の面倒見ないといけないんだよ。」
「誰の子供でも戸籍上はあんたの子供でしょ?」
「勝手なことを言うなよ。浮気しといて、その子供の面倒なんか見られるかよ。さっさと浮気男のところにいけよ。」
どこかで聞いた話だな。泉はそう思いながら、テーブルといすを消毒液をかけて拭いていた。
「離婚なんかしないって言ってる。それだけあんたのことが好きなのよ。」
心が痛かった。きっと礼二の奥さんもそんな気持ちだったのだろう。なのに無理矢理礼二から別れを告げたようなものだった。
結局礼二の奥さんの子供は流れてしまい、今は実家にいながら病院へ通っているらしい。普通の生活が出来るまでには時間がかかるかもしれないのだ。
精神の病は、風のように寝たら直るというわけにはいかない。倫子だってそうなのだ。元気そうに見えてずっと病院に通っている。
「俺じゃなくて、会社だろ?学歴が無くても安定したところに勤めてれば、自分は働かなくても良いっていってたじゃん。」
女は言葉に詰まっていた。もう少し決定打が必要だ。大和はそう思いながら、ふとテーブルといすを拭いている泉に目をやった。カウンターを出ると、泉に近づいていく。我関せずと思いながらいすを拭いていた泉は思わず、大和の方をみる。
「何?」
すると大和は、しゃがみ込んでいる泉の手を握ると女を見た。
「俺も別のヤツいるし。諦めて。」
「は?」
泉は否定をしようとした。だがその前に女が大和に近づいて、平手打ちを食らわす。
仕込みまで終わらせたあと、銀行からもらったタオルを水で冷やして泉は大和に手渡す。
「冷やしてください。」
大和はタオルを受け取り頬に当てる。思いっきりヒットした左頬が赤くはれていたのだ。
「馬鹿力だよな。あいつ。」
「自業自得ですよ。」
大和も浮気をしていた。しかもその相手は男だった。それを勘違いして、女は激高したのだろう。
「それに私まで疑われる。」
「お前のことはわかんねぇよ。まぁ、ストーカーっぽくなったら言って。どうにでもなるから。」
軽く考えすぎる。大和がはたかれた噂はもう一階にも伝わっていて、大和が格好良いと言っていた惚れっぽい書店員は一気に幻滅したようだった。
「奥さんがいたんですね。」
「去年までな。俺、九月にこっちに来たんだけど、あっちは都合が悪いとかで十二月にやっとこっちにこれたんだよ。そしたらもうそのときには妊娠しててさ。三ヶ月だって。」
「……計算、合いますよね。」
「去年一杯セックスしてねぇのに?」
「あぁ……。」
別の土地で目が回るような忙しさだった。その上使える店員が育たなかったし、ほとんど家に帰っていなかったのが悪かったのかもしれない。
「中卒でさ。俺。」
「そう言ってましたね。」
「なのにこんなでっかい会社に入れたのは、社長のおかげかな。バイト二年目で目を付けられたんだ。社員にあがって、豆の買い付けとか、新規の店の指導とかしてて……。」
「立派ですね。」
「仕事だからな。」
タオルをまた濡らして、頬に当てる。
「中卒でも割と良い給料もらってたし、それが嫁も目当てだったのかなぁ。今考えると。」
「……店長も同じようなことを言ってましたね。」
「あぁ。あっちも最近離婚したって言ってたな。」
「奥さんが、店長とは違う子供を妊娠したと。」
「女ってのはそんなものなのかな。寂しいだけでちょっと他の男が優しい言葉をかければ、すぐについて行くのか。」
ふと倫子を思い出した。春樹に転んだのもそれが原因なのかもしれないと思ったのだ。奥さんが居ても体を重ねたのは、倫子もそして春樹も寂しかったからかもしれない。
「さぁ……。」
「小泉先生の彼氏は、束縛激しそうだな。」
「え……。」
春樹のことを知っているのだろうか。そう思って思わず大和の方をみる。
「この間、隣にいたの彼氏だろ?」
政近のことか。そう思って泉は首を横に振った。
「田島先生ですか?仕事でつきあっている方だとは聞いてますけど。」
「田島政近?」
「えぇ。」
「そっか。漫画の絵を書いてるヤツだったのか。にしては、彼氏みたいなツラしやがって。勘違いもするっての。」
「一番させてる人がよく言いますね。」
「は?」
「今日、腐女子ばっかだったじゃないですか。そんな店のつもりないんですけど。」
「良いじゃん。どんなきっかけでも店の名前を広げるために、そう言う手でも使っておけよ。」
「やです。味で勝負したい。」
「美味いけど売れてなくて閉店する店がどれだけあるってんだ。使えるもんは使っておけよ。」
言葉に詰まった。確かに大和の言い分もわかる。売れなければ、おいしいコーヒーを淹れても意味はないのだ。
「何ですか?」
「でかいため息だなって思って。」
「疲れますよ。あんだけ写真撮られれば。」
「客は完全に男と思ってるよな。」
意地悪そうに笑いながら、焙煎した豆をパットに移し替えた。少しさまして瓶に入れるのだ。
「客も見る目ねぇよな。」
「へ?」
テーブルを拭こうと二種類の布巾を手にした泉は驚いたように大和をみる。
「どう見たって女なのに。」
「どうも……。」
布巾を洗って消毒液を手にする。その手首に大和は手を伸ばして、つかみあげた。
「何?」
「こんなに細い手首の男がいるかっての。」
腕は逞しくなったのに、手首や指はしっかり女だった。なのに捕まれたその大和の手は筋っぽく、ごつごつしていて、礼二の手によく似てる。思わずその手を離した。
「冗談でも嫌です。」
「免疫ねぇな。言い歳しといて、カマトトぶるなって。」
こんな事は、礼二としかしたくない。そう思いながら、カウンターを出ていく。すると一階から、足音がした。見ると、そこには見たことのない女性があがってくる。
「すいません。もうカフェは閉店時間で……。」
「赤塚大和ってここにいるの?」
大和の知り合いだろうか。それにしては何か怒っているように見える。
「赤塚さん。お客様ですよ。」
カウンターの向こうにいる大和に声をかける、すると女性はつかつかとヒールを鳴らしながら、カウンターに近づいていく。
「大和。志保がずっと探してるのよ。帰ってきてよ。」
「やだよ。日数的にも俺の子じゃないのにさ。何で俺があいつの子供の面倒見ないといけないんだよ。」
「誰の子供でも戸籍上はあんたの子供でしょ?」
「勝手なことを言うなよ。浮気しといて、その子供の面倒なんか見られるかよ。さっさと浮気男のところにいけよ。」
どこかで聞いた話だな。泉はそう思いながら、テーブルといすを消毒液をかけて拭いていた。
「離婚なんかしないって言ってる。それだけあんたのことが好きなのよ。」
心が痛かった。きっと礼二の奥さんもそんな気持ちだったのだろう。なのに無理矢理礼二から別れを告げたようなものだった。
結局礼二の奥さんの子供は流れてしまい、今は実家にいながら病院へ通っているらしい。普通の生活が出来るまでには時間がかかるかもしれないのだ。
精神の病は、風のように寝たら直るというわけにはいかない。倫子だってそうなのだ。元気そうに見えてずっと病院に通っている。
「俺じゃなくて、会社だろ?学歴が無くても安定したところに勤めてれば、自分は働かなくても良いっていってたじゃん。」
女は言葉に詰まっていた。もう少し決定打が必要だ。大和はそう思いながら、ふとテーブルといすを拭いている泉に目をやった。カウンターを出ると、泉に近づいていく。我関せずと思いながらいすを拭いていた泉は思わず、大和の方をみる。
「何?」
すると大和は、しゃがみ込んでいる泉の手を握ると女を見た。
「俺も別のヤツいるし。諦めて。」
「は?」
泉は否定をしようとした。だがその前に女が大和に近づいて、平手打ちを食らわす。
仕込みまで終わらせたあと、銀行からもらったタオルを水で冷やして泉は大和に手渡す。
「冷やしてください。」
大和はタオルを受け取り頬に当てる。思いっきりヒットした左頬が赤くはれていたのだ。
「馬鹿力だよな。あいつ。」
「自業自得ですよ。」
大和も浮気をしていた。しかもその相手は男だった。それを勘違いして、女は激高したのだろう。
「それに私まで疑われる。」
「お前のことはわかんねぇよ。まぁ、ストーカーっぽくなったら言って。どうにでもなるから。」
軽く考えすぎる。大和がはたかれた噂はもう一階にも伝わっていて、大和が格好良いと言っていた惚れっぽい書店員は一気に幻滅したようだった。
「奥さんがいたんですね。」
「去年までな。俺、九月にこっちに来たんだけど、あっちは都合が悪いとかで十二月にやっとこっちにこれたんだよ。そしたらもうそのときには妊娠しててさ。三ヶ月だって。」
「……計算、合いますよね。」
「去年一杯セックスしてねぇのに?」
「あぁ……。」
別の土地で目が回るような忙しさだった。その上使える店員が育たなかったし、ほとんど家に帰っていなかったのが悪かったのかもしれない。
「中卒でさ。俺。」
「そう言ってましたね。」
「なのにこんなでっかい会社に入れたのは、社長のおかげかな。バイト二年目で目を付けられたんだ。社員にあがって、豆の買い付けとか、新規の店の指導とかしてて……。」
「立派ですね。」
「仕事だからな。」
タオルをまた濡らして、頬に当てる。
「中卒でも割と良い給料もらってたし、それが嫁も目当てだったのかなぁ。今考えると。」
「……店長も同じようなことを言ってましたね。」
「あぁ。あっちも最近離婚したって言ってたな。」
「奥さんが、店長とは違う子供を妊娠したと。」
「女ってのはそんなものなのかな。寂しいだけでちょっと他の男が優しい言葉をかければ、すぐについて行くのか。」
ふと倫子を思い出した。春樹に転んだのもそれが原因なのかもしれないと思ったのだ。奥さんが居ても体を重ねたのは、倫子もそして春樹も寂しかったからかもしれない。
「さぁ……。」
「小泉先生の彼氏は、束縛激しそうだな。」
「え……。」
春樹のことを知っているのだろうか。そう思って思わず大和の方をみる。
「この間、隣にいたの彼氏だろ?」
政近のことか。そう思って泉は首を横に振った。
「田島先生ですか?仕事でつきあっている方だとは聞いてますけど。」
「田島政近?」
「えぇ。」
「そっか。漫画の絵を書いてるヤツだったのか。にしては、彼氏みたいなツラしやがって。勘違いもするっての。」
「一番させてる人がよく言いますね。」
「は?」
「今日、腐女子ばっかだったじゃないですか。そんな店のつもりないんですけど。」
「良いじゃん。どんなきっかけでも店の名前を広げるために、そう言う手でも使っておけよ。」
「やです。味で勝負したい。」
「美味いけど売れてなくて閉店する店がどれだけあるってんだ。使えるもんは使っておけよ。」
言葉に詰まった。確かに大和の言い分もわかる。売れなければ、おいしいコーヒーを淹れても意味はないのだ。
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