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移気
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倫子と政近が帰ったあと、赤塚大和はコーヒーを飲んでその店内の様子を見ていた。わざわざ私服に着替えて、店に出向いて様子を見ようと思ったのに台無しにしてしまったのは、思わぬ所で小泉倫子にあってしまったからだろう。
「社長が言ったように少し深入りだな。」
水を用意してもらってそれを口に入れると、確かにこの水だったらこれくらいの方が良いかもしれない。
「ありがとうございます。」
「でもこれって単品でコーヒーを飲む人には最期には残すパターンかもしれない。そこは考えてるの?」
「……かといって焙煎を変えるわけには……。」
「変えればいいだろ?二種類用意すればいいじゃん。単品なのか、セットなのかでコーヒーを変えればいい。セットの方が安いし、そうしたら?コーヒーのことは店長に一存しているんだろう。」
本社の人間なのだ。歳は礼二よりも下でも、立場は大和の方が上になる。そして泉にいたっては歳もキャリアも立場も上なのだ。外見は童顔でも、そう言う人なのだろう。
「阿川さんは、これから開発部の方にも顔を出すんだって?」
「まだ決まったわけではないんですけど。」
何をもたもたしているのだろう。正月を過ぎればすぐに新入社員が研修にやってくる。中には開発部門へ行く人もいるのだ。早いところこっち側の人間になってもらって、使える人材になって欲しい。
「そう言えば、ほかの店にも呼ばれているとか。ヘッドハンティングされてるって聞いた。」
「はぁ……。」
「どっちにしようか悩んでんのか。うちよりも大きな会社にはいるのか?」
「そうじゃないんですけど。」
「だったら安定してる方が良いだろ?小さいところは潰れることもあるし。」
「でもその分自由が利かない気がするんです。」
泉はそう言うと、大和は自由ねと口こぼす。
「今は自由じゃないのか。」
大和はそう聞くと、泉は首を横に振った。
「どういうデザートにしようかとか、どんなコーヒーが合うかとか開発部の人たちと話をするのも、実際、形になってお客様に喜んでもらえるのは嬉しいです。」
クリスマス限定スイーツの時は何度もそう言う場面を見た。「可愛い」「美味しそう」と言って写真を撮ってもらうのは良い気分だった。
「現場に出ることの方が主だろ?あんた、ここが好きなんだってな。」
「はい。」
「まぁ……それだけじゃないのはわかるけどな。」
ちらっと礼二をみる。すると礼二は手を振って言う。
「違いますよ。俺のせいじゃない。」
「隠さなくても良いよ。別に。そんなこと報告するつもりもないし。」
「報告?」
すると大和は少しため息をついていった。
「……あーまた怒られる。もうほとんどばらしてるようなもんだし。ま、良いか。今度監査が来るんだけど、その前にちょっと店を見ておいてくれって言われてさ。エリアマネージャーから。気になることがあったら報告してって。」
「なんて報告を?私が両天秤にかけてるって言うんですか?」
「泉。」
思わず礼二は名前で呼んでしまった。これでもうただの上司と部下の関係ではないのは明らかだ。
「そんな事するかよ。あんたが迷ってんのは当然だと思うし。川村さんとそんな関係だったら、尚更だろ?」
「何で……。」
「あんたがよそに流れたら、川村店長が別に転勤するとか思ってんだろ?」
「かもしれないと思ってました。」
すると礼二も心配そうに泉をみる。そんなことを心配していたのだろうかと思ったのだ。確かに前にそんな話をしたことはあるが、本気で取っているとは思わなかった。
「そんなケツの穴の小さいことを言うかよ。だいたい、ここにしか川村店長しか、ここは任せられないって上はみんな思ってんだよ。川村店長が居なきゃ、ここは閉めるとまで言ってんだから。」
その言葉に礼二はほっとした。だが逆を言えば、礼二はこれ以上の地位は望めないのかもしれない。もし、泉と結婚でもすることになったら、何かの拍子で子供が出来たりしたら、もっと実入りが必要になってくるだろうにこのままでいいのだろうか。
もやっとしたまま礼二はカウンターをでる。お客さんが見えたのだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
話があるのは泉だろう。礼二は進んでカウンターを出てきた。すると女性の二人客は、笑顔のままテーブル席に着く。
「ケーキ美味しそうね。」
「うん。カップケーキ食べたいな。」
「カップケーキだと手を汚さないですむから良いわね。」
そう言って女性はメニューを礼二に頼むと、旅行雑誌を開いた。おそらく海外かどこかに行くのだろう。
その間にも大和と泉は何かを話しているようだ。どうしても会社は泉を会社に置きたいらしい。その理由はよくわからない。
ただいつか礼二もあの社長直々に言われたことがある。「阿川泉という人がヘルプに来ているだろうが、うちの社員として扱って一から十まで全て教えて良い。」と言われたのだ。焙煎は店長クラスにならないと教えてはいけないと言う決まりがある。なのに、泉には教えても良いと言うことだった。
「今日は、日曜だから本社は休みだし……明日はあんたが休みだったな。明後日開発部の方に行くか?」
「はい。」
「顔を出すか。仕方ねぇな。」
すると大和はぐっと伸びをする。ずいぶん会社の中でも自由な位置にいる人なのだろうか。そう思いながら、泉は見ていた。
「あぁ。阿川さん。そう言えば小泉先生とは知り合い?」
「同居してます。」
「え?マジで?」
「もうすぐ二年くらいですかね。」
「俺、あぁいうタイプすごい好きでさ。」
「え?」
礼二は驚いたようにコーヒーを入れながら大和の方をみる。
「あ、姿じゃない。あぁいう文章。俺頭が良くねぇから、あまりこじゃれた文章が苦手でさ。わかりやすいじゃん。」
「はぁ……。」
「小説は最高のエンターテイメントだよ。」
その割には持っていたのは文庫本だった。それも古本屋か何かで買ったものだろう。裏にラベルを剥いだあとがあったから。
すると大和はサインをもらった小説を大事そうに取り出した。
「これはますます手放せないな。金がなくて古本屋で買ったヤツだけど。ずっとバッグの中に入ってる。」
「思い入れがあるんですね。」
「あぁ。家に帰れば他のもあるけど、これが一番良いよ。夜が来なければいいって、俺も思った時期があったから。」
本を手に入れるのは新品で、なおかつハードカバーではなければいけないと言うことはない。経済的な事情で古本しか手に入れられない人もいるのだ。
「ネットでも良いわ。古本屋でも良いわ。どんな媒体でも手に入れてくれるのは嬉しいし。」
倫子はいつもそう言っていた。
「社長が言ったように少し深入りだな。」
水を用意してもらってそれを口に入れると、確かにこの水だったらこれくらいの方が良いかもしれない。
「ありがとうございます。」
「でもこれって単品でコーヒーを飲む人には最期には残すパターンかもしれない。そこは考えてるの?」
「……かといって焙煎を変えるわけには……。」
「変えればいいだろ?二種類用意すればいいじゃん。単品なのか、セットなのかでコーヒーを変えればいい。セットの方が安いし、そうしたら?コーヒーのことは店長に一存しているんだろう。」
本社の人間なのだ。歳は礼二よりも下でも、立場は大和の方が上になる。そして泉にいたっては歳もキャリアも立場も上なのだ。外見は童顔でも、そう言う人なのだろう。
「阿川さんは、これから開発部の方にも顔を出すんだって?」
「まだ決まったわけではないんですけど。」
何をもたもたしているのだろう。正月を過ぎればすぐに新入社員が研修にやってくる。中には開発部門へ行く人もいるのだ。早いところこっち側の人間になってもらって、使える人材になって欲しい。
「そう言えば、ほかの店にも呼ばれているとか。ヘッドハンティングされてるって聞いた。」
「はぁ……。」
「どっちにしようか悩んでんのか。うちよりも大きな会社にはいるのか?」
「そうじゃないんですけど。」
「だったら安定してる方が良いだろ?小さいところは潰れることもあるし。」
「でもその分自由が利かない気がするんです。」
泉はそう言うと、大和は自由ねと口こぼす。
「今は自由じゃないのか。」
大和はそう聞くと、泉は首を横に振った。
「どういうデザートにしようかとか、どんなコーヒーが合うかとか開発部の人たちと話をするのも、実際、形になってお客様に喜んでもらえるのは嬉しいです。」
クリスマス限定スイーツの時は何度もそう言う場面を見た。「可愛い」「美味しそう」と言って写真を撮ってもらうのは良い気分だった。
「現場に出ることの方が主だろ?あんた、ここが好きなんだってな。」
「はい。」
「まぁ……それだけじゃないのはわかるけどな。」
ちらっと礼二をみる。すると礼二は手を振って言う。
「違いますよ。俺のせいじゃない。」
「隠さなくても良いよ。別に。そんなこと報告するつもりもないし。」
「報告?」
すると大和は少しため息をついていった。
「……あーまた怒られる。もうほとんどばらしてるようなもんだし。ま、良いか。今度監査が来るんだけど、その前にちょっと店を見ておいてくれって言われてさ。エリアマネージャーから。気になることがあったら報告してって。」
「なんて報告を?私が両天秤にかけてるって言うんですか?」
「泉。」
思わず礼二は名前で呼んでしまった。これでもうただの上司と部下の関係ではないのは明らかだ。
「そんな事するかよ。あんたが迷ってんのは当然だと思うし。川村さんとそんな関係だったら、尚更だろ?」
「何で……。」
「あんたがよそに流れたら、川村店長が別に転勤するとか思ってんだろ?」
「かもしれないと思ってました。」
すると礼二も心配そうに泉をみる。そんなことを心配していたのだろうかと思ったのだ。確かに前にそんな話をしたことはあるが、本気で取っているとは思わなかった。
「そんなケツの穴の小さいことを言うかよ。だいたい、ここにしか川村店長しか、ここは任せられないって上はみんな思ってんだよ。川村店長が居なきゃ、ここは閉めるとまで言ってんだから。」
その言葉に礼二はほっとした。だが逆を言えば、礼二はこれ以上の地位は望めないのかもしれない。もし、泉と結婚でもすることになったら、何かの拍子で子供が出来たりしたら、もっと実入りが必要になってくるだろうにこのままでいいのだろうか。
もやっとしたまま礼二はカウンターをでる。お客さんが見えたのだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
話があるのは泉だろう。礼二は進んでカウンターを出てきた。すると女性の二人客は、笑顔のままテーブル席に着く。
「ケーキ美味しそうね。」
「うん。カップケーキ食べたいな。」
「カップケーキだと手を汚さないですむから良いわね。」
そう言って女性はメニューを礼二に頼むと、旅行雑誌を開いた。おそらく海外かどこかに行くのだろう。
その間にも大和と泉は何かを話しているようだ。どうしても会社は泉を会社に置きたいらしい。その理由はよくわからない。
ただいつか礼二もあの社長直々に言われたことがある。「阿川泉という人がヘルプに来ているだろうが、うちの社員として扱って一から十まで全て教えて良い。」と言われたのだ。焙煎は店長クラスにならないと教えてはいけないと言う決まりがある。なのに、泉には教えても良いと言うことだった。
「今日は、日曜だから本社は休みだし……明日はあんたが休みだったな。明後日開発部の方に行くか?」
「はい。」
「顔を出すか。仕方ねぇな。」
すると大和はぐっと伸びをする。ずいぶん会社の中でも自由な位置にいる人なのだろうか。そう思いながら、泉は見ていた。
「あぁ。阿川さん。そう言えば小泉先生とは知り合い?」
「同居してます。」
「え?マジで?」
「もうすぐ二年くらいですかね。」
「俺、あぁいうタイプすごい好きでさ。」
「え?」
礼二は驚いたようにコーヒーを入れながら大和の方をみる。
「あ、姿じゃない。あぁいう文章。俺頭が良くねぇから、あまりこじゃれた文章が苦手でさ。わかりやすいじゃん。」
「はぁ……。」
「小説は最高のエンターテイメントだよ。」
その割には持っていたのは文庫本だった。それも古本屋か何かで買ったものだろう。裏にラベルを剥いだあとがあったから。
すると大和はサインをもらった小説を大事そうに取り出した。
「これはますます手放せないな。金がなくて古本屋で買ったヤツだけど。ずっとバッグの中に入ってる。」
「思い入れがあるんですね。」
「あぁ。家に帰れば他のもあるけど、これが一番良いよ。夜が来なければいいって、俺も思った時期があったから。」
本を手に入れるのは新品で、なおかつハードカバーではなければいけないと言うことはない。経済的な事情で古本しか手に入れられない人もいるのだ。
「ネットでも良いわ。古本屋でも良いわ。どんな媒体でも手に入れてくれるのは嬉しいし。」
倫子はいつもそう言っていた。
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