守るべきモノ

神崎

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移気

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 買った本を政近は、広げてため息をついていた。その本は資料集のようで、昔のヨーロッパにいた紳士のスーツが載っている。
「昔のスーツって今と違うのね。」
 泉はそう言いながらカウンター越しにその資料を見ていた。
「こういうのも進化するんだよ。連載する漫画に出てくる刑事は、こういう格好にしようと思ってたんだけど、やっぱ資料は資料だな。実際とは違うし。」
「がっちりした体型じゃないと似合わないわね。ダブルのスーツはある程度の筋肉がないと、スーツに着られている感じがするわ。」
 倫子もそう言ってコーヒーを飲む。
「こういう体型の奴どっかいないかなぁ。ある程度肩幅があって、背が高くて……。」
 それを聞いて泉は思い浮かんだ人がいた。
「春樹さんは?」
「藤枝さん?」
 確かにがっちりしている体型をしている。それに背も高い。ぴったりだと思った。
「今日、藤枝さん休み?どっか行ってるのか?」
 政近は思ったら一直線だ。携帯電話を取り出して、もう今から春樹に連絡をしそうだ。
「今日は地元に帰ってる。」
「地元?」
「奥様の四十九回忌。」
 倫子が少し不機嫌に見えるのはそのせいか。奥さんのために地元に帰っているのは、当たり前なのだろう。頭ではわかっているが、ここの所家にもほとんど帰っていないし、顔を合わせることもなかった。なのにせっかくの休みに、奥さんの元へ行っている。それが少し不満だったのだ。
「だったら仕方ねぇな。今度連絡をするよ。」
 対して政近は上機嫌だ。春樹がいないということは、倫子をこのまま好きにしていいのだと思ったのだろう。
「富岡は?」
「さぁ……今日はジムへ行くって言っていたわね。正月で太ったって言っていたし。」
 ますます今日は返したくない。そう思いながら政近はコーヒーを口にいれる。
「お、本当に来てたんだ。」
 ディッシャーからあがった礼二は、カウンターに戻ってくる。そして手にはファックス用紙が握られていた。
「邪魔しているよ。」
「外は寒いからな。暖まっていくと良い。あぁ、阿川さん。これ。」
 そう言って礼二はファックス用紙を泉に手渡す。それを見て泉は少し驚いたように礼二をみる。
「もう決まったんですか?」
「こういう人材って本社では何人か居るんだよ。出来ない人じゃないから、あとは阿川さんがどれだけやれるかに関わるね。」
「ん……。」
 そのファックス用紙は本社からだった。これまで泉か礼二が休みの時は書店からのヘルプが来ていたのだが、それでは手が回らないことも最近は多くなってきた。
 そこで本社は、ここにどこにも定住しない社員をヘルプ要因でつかせることにしたのだ。ドリンクもフードもそつなく作れることも出来るし、今よりも楽になるはずだ。
「明日は阿川さんが休みだから、俺が様子見をするよ。」
「男性ですね。名前からして。」
「年の割にキャリアは長いみたいだ。中学卒業して、バイトで入ってそこから正社員になったから、三十だけどキャリアは十五年。」
「わぁ。私なんかと一緒に働いて大丈夫ですかね。使えないなんか言われたら、立ち直れませんよ。」
 その言葉に礼二が少し笑う。
「そんなことを言わないよ。大丈夫。」
 不安になることはない。泉は本社から欲しいと直々に社長から言われる位なのだ。もっと自信を持って良いと礼二は思っていた。
 そのとき上に一人の男が上がってきた。泉はメニューを持つと、カウンターを出て行く。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
 幼い顔立ちの男だ。高校生くらいだろうか。
「一人。」
「お好きな席へどうぞ。」
 すると男は店内を見渡して、カウンターの炭の席に座る。そしてメニューを見ていた。
「すいません。ブレンドを。」
「はい。レギュラーサイズで良いですか。」
「はい。」
 その声に礼二はコーヒーを淹れる準備をする。すると男は本を取り出すでもなく、その行程をじっと見ているようだった。そしてその向こうでは政近と倫子があぁでも無い、こうでも無いとまた設定について何か話している。
「何を言っているの?映画の撮影現場なんて、もっとごちゃごちゃしているわ。」
「そうなのか。俺、見に行ったことなくてさ。お前、あるの?」
「映像化したときに、一度見せていただいたわ。」
「あー。そうか。俺と違ってお前は売れっ子だもんな。」
「嫌みを言わないで。」
 その言葉に少し男の目が倫子に注がれた。そして立ち上がる。
「小泉先生?」
 その言葉に倫子は男を見上げた。
「はい?」
「俺、ファンなんです。こんなところで会うなんて。握手してもらえませんか。」
「えぇ。」
 気持ちよく倫子はその手を握る。ファンだと言われれば、気分が悪くなるわけがない。
「「夢見」そろそろ佳境ですよね。」
「えぇ。誰が犯人なのかしら。」
「それを想像するの、いつも楽しみで……あぁ、すいません。打ち合わせでしたでしょうに。」
「かまいませんよ。」
 倫子も丸くなったな。泉はそう思いながらテーブルを片づけていた。
「図々しいとは思うんですけど、これにサインをしてもらえませんか。」
 そう言って男は「白夜」という倫子のデビュー作の本をバッグから取り出した。文庫本だった。
「えぇ。かまいませんよ。」
 本をめくる。初版本でこれもまた春樹が編集をして、表装は伊織がしたものだ。その表の裏表紙にペンでサインをする。
「お名前は。」
「赤塚大和です。」
「どんな字を書くんですか?」
 するとその名前に、礼二も泉も驚いたように男をみる。
「え……。」
「……赤塚さん?」
 驚いたように二人は大和を見ていた。そして大和もしまったと思いながら、二人をみる。
 倫子だけが冷静にその名前を書いていた。
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