286 / 384
移気
286
しおりを挟む
買った本を政近は、広げてため息をついていた。その本は資料集のようで、昔のヨーロッパにいた紳士のスーツが載っている。
「昔のスーツって今と違うのね。」
泉はそう言いながらカウンター越しにその資料を見ていた。
「こういうのも進化するんだよ。連載する漫画に出てくる刑事は、こういう格好にしようと思ってたんだけど、やっぱ資料は資料だな。実際とは違うし。」
「がっちりした体型じゃないと似合わないわね。ダブルのスーツはある程度の筋肉がないと、スーツに着られている感じがするわ。」
倫子もそう言ってコーヒーを飲む。
「こういう体型の奴どっかいないかなぁ。ある程度肩幅があって、背が高くて……。」
それを聞いて泉は思い浮かんだ人がいた。
「春樹さんは?」
「藤枝さん?」
確かにがっちりしている体型をしている。それに背も高い。ぴったりだと思った。
「今日、藤枝さん休み?どっか行ってるのか?」
政近は思ったら一直線だ。携帯電話を取り出して、もう今から春樹に連絡をしそうだ。
「今日は地元に帰ってる。」
「地元?」
「奥様の四十九回忌。」
倫子が少し不機嫌に見えるのはそのせいか。奥さんのために地元に帰っているのは、当たり前なのだろう。頭ではわかっているが、ここの所家にもほとんど帰っていないし、顔を合わせることもなかった。なのにせっかくの休みに、奥さんの元へ行っている。それが少し不満だったのだ。
「だったら仕方ねぇな。今度連絡をするよ。」
対して政近は上機嫌だ。春樹がいないということは、倫子をこのまま好きにしていいのだと思ったのだろう。
「富岡は?」
「さぁ……今日はジムへ行くって言っていたわね。正月で太ったって言っていたし。」
ますます今日は返したくない。そう思いながら政近はコーヒーを口にいれる。
「お、本当に来てたんだ。」
ディッシャーからあがった礼二は、カウンターに戻ってくる。そして手にはファックス用紙が握られていた。
「邪魔しているよ。」
「外は寒いからな。暖まっていくと良い。あぁ、阿川さん。これ。」
そう言って礼二はファックス用紙を泉に手渡す。それを見て泉は少し驚いたように礼二をみる。
「もう決まったんですか?」
「こういう人材って本社では何人か居るんだよ。出来ない人じゃないから、あとは阿川さんがどれだけやれるかに関わるね。」
「ん……。」
そのファックス用紙は本社からだった。これまで泉か礼二が休みの時は書店からのヘルプが来ていたのだが、それでは手が回らないことも最近は多くなってきた。
そこで本社は、ここにどこにも定住しない社員をヘルプ要因でつかせることにしたのだ。ドリンクもフードもそつなく作れることも出来るし、今よりも楽になるはずだ。
「明日は阿川さんが休みだから、俺が様子見をするよ。」
「男性ですね。名前からして。」
「年の割にキャリアは長いみたいだ。中学卒業して、バイトで入ってそこから正社員になったから、三十だけどキャリアは十五年。」
「わぁ。私なんかと一緒に働いて大丈夫ですかね。使えないなんか言われたら、立ち直れませんよ。」
その言葉に礼二が少し笑う。
「そんなことを言わないよ。大丈夫。」
不安になることはない。泉は本社から欲しいと直々に社長から言われる位なのだ。もっと自信を持って良いと礼二は思っていた。
そのとき上に一人の男が上がってきた。泉はメニューを持つと、カウンターを出て行く。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
幼い顔立ちの男だ。高校生くらいだろうか。
「一人。」
「お好きな席へどうぞ。」
すると男は店内を見渡して、カウンターの炭の席に座る。そしてメニューを見ていた。
「すいません。ブレンドを。」
「はい。レギュラーサイズで良いですか。」
「はい。」
その声に礼二はコーヒーを淹れる準備をする。すると男は本を取り出すでもなく、その行程をじっと見ているようだった。そしてその向こうでは政近と倫子があぁでも無い、こうでも無いとまた設定について何か話している。
「何を言っているの?映画の撮影現場なんて、もっとごちゃごちゃしているわ。」
「そうなのか。俺、見に行ったことなくてさ。お前、あるの?」
「映像化したときに、一度見せていただいたわ。」
「あー。そうか。俺と違ってお前は売れっ子だもんな。」
「嫌みを言わないで。」
その言葉に少し男の目が倫子に注がれた。そして立ち上がる。
「小泉先生?」
その言葉に倫子は男を見上げた。
「はい?」
「俺、ファンなんです。こんなところで会うなんて。握手してもらえませんか。」
「えぇ。」
気持ちよく倫子はその手を握る。ファンだと言われれば、気分が悪くなるわけがない。
「「夢見」そろそろ佳境ですよね。」
「えぇ。誰が犯人なのかしら。」
「それを想像するの、いつも楽しみで……あぁ、すいません。打ち合わせでしたでしょうに。」
「かまいませんよ。」
倫子も丸くなったな。泉はそう思いながらテーブルを片づけていた。
「図々しいとは思うんですけど、これにサインをしてもらえませんか。」
そう言って男は「白夜」という倫子のデビュー作の本をバッグから取り出した。文庫本だった。
「えぇ。かまいませんよ。」
本をめくる。初版本でこれもまた春樹が編集をして、表装は伊織がしたものだ。その表の裏表紙にペンでサインをする。
「お名前は。」
「赤塚大和です。」
「どんな字を書くんですか?」
するとその名前に、礼二も泉も驚いたように男をみる。
「え……。」
「……赤塚さん?」
驚いたように二人は大和を見ていた。そして大和もしまったと思いながら、二人をみる。
倫子だけが冷静にその名前を書いていた。
「昔のスーツって今と違うのね。」
泉はそう言いながらカウンター越しにその資料を見ていた。
「こういうのも進化するんだよ。連載する漫画に出てくる刑事は、こういう格好にしようと思ってたんだけど、やっぱ資料は資料だな。実際とは違うし。」
「がっちりした体型じゃないと似合わないわね。ダブルのスーツはある程度の筋肉がないと、スーツに着られている感じがするわ。」
倫子もそう言ってコーヒーを飲む。
「こういう体型の奴どっかいないかなぁ。ある程度肩幅があって、背が高くて……。」
それを聞いて泉は思い浮かんだ人がいた。
「春樹さんは?」
「藤枝さん?」
確かにがっちりしている体型をしている。それに背も高い。ぴったりだと思った。
「今日、藤枝さん休み?どっか行ってるのか?」
政近は思ったら一直線だ。携帯電話を取り出して、もう今から春樹に連絡をしそうだ。
「今日は地元に帰ってる。」
「地元?」
「奥様の四十九回忌。」
倫子が少し不機嫌に見えるのはそのせいか。奥さんのために地元に帰っているのは、当たり前なのだろう。頭ではわかっているが、ここの所家にもほとんど帰っていないし、顔を合わせることもなかった。なのにせっかくの休みに、奥さんの元へ行っている。それが少し不満だったのだ。
「だったら仕方ねぇな。今度連絡をするよ。」
対して政近は上機嫌だ。春樹がいないということは、倫子をこのまま好きにしていいのだと思ったのだろう。
「富岡は?」
「さぁ……今日はジムへ行くって言っていたわね。正月で太ったって言っていたし。」
ますます今日は返したくない。そう思いながら政近はコーヒーを口にいれる。
「お、本当に来てたんだ。」
ディッシャーからあがった礼二は、カウンターに戻ってくる。そして手にはファックス用紙が握られていた。
「邪魔しているよ。」
「外は寒いからな。暖まっていくと良い。あぁ、阿川さん。これ。」
そう言って礼二はファックス用紙を泉に手渡す。それを見て泉は少し驚いたように礼二をみる。
「もう決まったんですか?」
「こういう人材って本社では何人か居るんだよ。出来ない人じゃないから、あとは阿川さんがどれだけやれるかに関わるね。」
「ん……。」
そのファックス用紙は本社からだった。これまで泉か礼二が休みの時は書店からのヘルプが来ていたのだが、それでは手が回らないことも最近は多くなってきた。
そこで本社は、ここにどこにも定住しない社員をヘルプ要因でつかせることにしたのだ。ドリンクもフードもそつなく作れることも出来るし、今よりも楽になるはずだ。
「明日は阿川さんが休みだから、俺が様子見をするよ。」
「男性ですね。名前からして。」
「年の割にキャリアは長いみたいだ。中学卒業して、バイトで入ってそこから正社員になったから、三十だけどキャリアは十五年。」
「わぁ。私なんかと一緒に働いて大丈夫ですかね。使えないなんか言われたら、立ち直れませんよ。」
その言葉に礼二が少し笑う。
「そんなことを言わないよ。大丈夫。」
不安になることはない。泉は本社から欲しいと直々に社長から言われる位なのだ。もっと自信を持って良いと礼二は思っていた。
そのとき上に一人の男が上がってきた。泉はメニューを持つと、カウンターを出て行く。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
幼い顔立ちの男だ。高校生くらいだろうか。
「一人。」
「お好きな席へどうぞ。」
すると男は店内を見渡して、カウンターの炭の席に座る。そしてメニューを見ていた。
「すいません。ブレンドを。」
「はい。レギュラーサイズで良いですか。」
「はい。」
その声に礼二はコーヒーを淹れる準備をする。すると男は本を取り出すでもなく、その行程をじっと見ているようだった。そしてその向こうでは政近と倫子があぁでも無い、こうでも無いとまた設定について何か話している。
「何を言っているの?映画の撮影現場なんて、もっとごちゃごちゃしているわ。」
「そうなのか。俺、見に行ったことなくてさ。お前、あるの?」
「映像化したときに、一度見せていただいたわ。」
「あー。そうか。俺と違ってお前は売れっ子だもんな。」
「嫌みを言わないで。」
その言葉に少し男の目が倫子に注がれた。そして立ち上がる。
「小泉先生?」
その言葉に倫子は男を見上げた。
「はい?」
「俺、ファンなんです。こんなところで会うなんて。握手してもらえませんか。」
「えぇ。」
気持ちよく倫子はその手を握る。ファンだと言われれば、気分が悪くなるわけがない。
「「夢見」そろそろ佳境ですよね。」
「えぇ。誰が犯人なのかしら。」
「それを想像するの、いつも楽しみで……あぁ、すいません。打ち合わせでしたでしょうに。」
「かまいませんよ。」
倫子も丸くなったな。泉はそう思いながらテーブルを片づけていた。
「図々しいとは思うんですけど、これにサインをしてもらえませんか。」
そう言って男は「白夜」という倫子のデビュー作の本をバッグから取り出した。文庫本だった。
「えぇ。かまいませんよ。」
本をめくる。初版本でこれもまた春樹が編集をして、表装は伊織がしたものだ。その表の裏表紙にペンでサインをする。
「お名前は。」
「赤塚大和です。」
「どんな字を書くんですか?」
するとその名前に、礼二も泉も驚いたように男をみる。
「え……。」
「……赤塚さん?」
驚いたように二人は大和を見ていた。そして大和もしまったと思いながら、二人をみる。
倫子だけが冷静にその名前を書いていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。



とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる