守るべきモノ

神崎

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 中学生の時までは同じ地元の中学校へ通ったが、高校になれば真矢は電車で通うようになる進学校へ行った。真優は地元で歩いてでも行ける地元の高校へ行った。春樹は二人とは違うが、スポーツに力を入れている学校へ行ったので、二人のことはよくわかっていなかったのだ。
 そして真優は、おそらく都会に出たいがために都会の短大へ進学し、真矢はその高校の中でもトップクラスの人しか行けない大学へ進学した。地元でも少し話題になったことだ。こんない中であんなに良い大学へ行く人はいない。
 それが真優にとって昔からのコンプレックスだったのかもしれない。やっと真矢と離れられて、気が緩んだのだ。
「地元に帰ってくる度に、真優が派手になってるのに気がついてたわ。」
「昔から派手だったよ。」
「そうね。」
 真矢がまだ大学の時、真優は就職をした。ガスの会社の事務員だったと思う。しかしそこをすぐに辞めて、夜の街で働いているのを直接聞いた。両親に話を合わせて欲しいと、真矢は真優に会っていたのだ。
「ホストにはまっていたみたいなの。」
「ホストか……。」
 ホストクラブに金を落としていた。アイドルのような顔立ちの男に甘い言葉で囁かれれば、元々田舎育ちの真優がそこにつぎ込むのは当たり前だったのかもしれない。
 水商売をしながら、風俗店でも働いていた。きっと身も心もぼろぼろだっただろう。
 真矢がやっと就職活動を始めたとき、真優から一本の電話があった。
「子供が出来たの。」
 嬉しそうな声ではなかった。つきあっていたホストの子供だという。男は堕胎を進めてきたが、真優はそれをしなかった。それにその子供がそのホストの子供だという証拠もない。
「相手が田島先生だったのか。」
「旦那になったホストと、政近は弟みたいに仲が良かったから。」
 やがて駅に着く。二人は立ち上がると、電車を出た。改札口を行きながら、春樹は真矢をみる。
「遅くなったし、家まで送ろうか。」
「続きを聞きたいだけ?」
「まぁ。そうだよ。映画も小説も途中で続きはまた今度なんて、俺は我慢できないから。」
「……。」
「それにこの辺は物騒だし。」
「わかった。」
 それでも良い。二人で並んで歩けることなんか無いのだから。真矢はそう思いながら、足を進める。あまり離れていないこの距離が永遠に続けばいいと思う。
「正直、真美が誰の子供なのかってわからないのよ。」
「え?」
「旦那も大概だけど、姉も旦那がいない間に違う男と会っていることもあったんだから。DNA鑑定でもすればいいのかもしれないけれど、今更そんなことをする必要もないでしょう。でも……政近である可能性はあるの。」
「そうか……。」
 きっと政近はその事実を知っても顔を背けていた。高校へ入る前だったのだ。今の時点では靖に子供が出来るようなものだろう。そんなことになったら、真理子も克之も卒倒する。だが靖に限ってはそんな心配はないだろう。
「ごめんね。暗い話をしてしまって。」
「良いよ。少し気になってたことだったから。それに、田島先生ともこれからはつきあっていかないと行けないだろうし、どんな人なのか知っておかないとね。」
「深く関わらなければ、表面上は面倒見の良い人だわ。生徒会長とかしていたみたいだし。」
「あの容姿で?」
「昔からあんな格好はしてないわよ。」
 心配になって就職活動から帰ってくる途中に、姉の所へ行ってみたのだ。するとそこには旦那がおらず、部屋の中にいたのは姉と政近だった。
 誤魔化しているようだったがすぐにわかった。上気した頬も、乱れた髪も、きっと情事のあとだと。
 ドラッグストアの脇の道を通り、裏通りに出た。住宅街がある中で、二階建てのアパートがある。
「ここの二階なの。」
「そうか。じゃあ、ここで良いかな。」
「えぇ。送ってくれてありがとう。おやすみなさい。」
「お休み。」
 春樹はそういって離れようとした。
「藤枝さん。」
 そのとき急に声をかけられて、春樹は振り返る。
「どうしたの?」
「……ちょっと待って。」
 アパートの片隅に自動販売機がある。そこに真矢はお金を入れると、ボタンを押した。出てきたホットレモンのペットボトルを春樹に手渡す。
「送ってくれてありがとう。」
「当然のことだと思っていたけど。」
「ううん。それに……こんな事を話したの初めてだったから……。誰にも話せなかったし。」
「威張って言える事じゃないよ。ただ……もう真美ちゃんの父親のことは忘れた方が良いね。今更ほじくり返す事じゃないし。」
「そうね。」
 だが政近が倫子と居たのが気になる。しかしそれを春樹には言えない。この間の話では、春樹と倫子は春樹の奥さんが生きていたときからつきあいがあるのだ。浮気が出来るよう無きような人間に見えない。
 だったら本気なのだろう。悔しさで涙が出てきそうだった。
「泣くこと無いよ。」
「え?」
 泣こうと思っていなかった。なのに涙が勝手に出てきていたらしい。
「やだ……泣こうなんて思ってなかったのに。」
 バッグからハンカチを取り出して、それを拭おうとした。だが春樹が近づくと、その頬にハンカチを当てる。
「本当は真優のことが好きなんだね。」
「ずっと一緒にいたもの。姉はなんて思っているかわからないけれど、私は姉をずっと心配していたわ。」
「気持ちは分からないでもないよ。俺も妹のことは心配だから。」
 思ったよりも近い。その距離が勘違いさせる。そして真矢はゆっくりと、春樹に体を寄せた。コート越しの暖かさが伝わって、少し煙草の臭いがする。
「芦刈さん……。」
 そのときぐっと体を離された。それを感じて、真矢は口を押さえる。
「ごめんなさい……。何を……。」
 すると春樹は少し笑っていった。
「酔ってるね。明日は休み?」
「えぇ。」
「ゆっくり休んだ方が良いよ。それじゃあ、お休み。ありがとう。これ。」
 手に持っているペットボトルを見せて、春樹は行ってしまった。春樹の顔色は先ほどよりも良くなっている。
 真矢は自分の頬に手を当てる。そこだけが熱い。
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