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銀色
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倫子を残す三人は、朝になったら家を出て行った。泉は結局今日は帰らなかったらしい。倫子は風呂の残り湯で洗濯を始める。みんなの洗濯物の中に、しっかり政近のモノもある。これから泊まりに来ることも増えるかもしれないと思えば、特に問題はないだろう。
そう思いながら洗濯物をかごに入れて、今度はシーツを洗う。春樹の部屋のモノと倫子の部屋のモノだ。
「だいぶ汚れたわねぇ。」
ほとんどが倫子の体液だろう。おそらく政近も伊織ものぞきに来た。そう思うと普段よりも感じてしまい、濡れてしまったのだ。春樹はそれを知っているのか、とてもあおってきた。
「……ったく。」
洗剤を入れてスイッチを押す。そして洗い終わった洗濯物を縁側に持ってきた。寒いことは寒いが、昨日と違ってからっと晴れている。洗濯物がよく乾きそうだ。電車も今日は始発は止まったが、跡は通常運行らしい。ひどい満員電車になるだろう。
洗濯物を干しながら、倫子は夕べのプロットを思い浮かべていた。
舞台は海外。そこに芸術品を「製品」として作り出そうとした男の話。この人は実際にいた人だ。
ファクトリーと名付けられたアトリエに、芸術家、アーティスト、モデル、ドラァグクイーンなど様々な人が集まるところだった。毎夜パーティーをして、ドラッグと酒に溺れた。それで良かった時代なのだ。
だが時代というのは流れ、ファクトリーは廃れていく。男は時代に取り残されたのだ。集まってきた芸術家の中には先駆者もいて、大成するモノもいれば、そのままドラッグに溺れ殺人犯になったもの、のたれ死んだ人もいる。
ここもそうなるのかもしれない。倫子の手が止まる。
きっと春樹はもっと上の地位につくだろう。伊織もこのままというわけにはいかない。そして泉はきっと結婚してこの家を去る。それが一番恐れていることだった。
泉を失ったら生きていけない。
「おい。」
声をかけられてふと玄関の方を見る。そこには政近の姿があった。
「忘れ物?」
「ううん。浜田から連絡があったよ。新連載のことでな。」
「プロットが通らないもの。どうしたらいいかしらね。」
トリックよりも殺害方法に難癖を付ける。春樹や昌明であれば相談はできるが、浜田ではあまり相談ができない。
「……殺害方法はあれで良いよ。俺が描き方を工夫するから。」
「絵で何とか誤魔化す?」
「重要なところだけクローズアップするわ。遺体の全体像を描かなければいいんだから。」
政近はそう言って干そうとしていた洗濯物を手にする。
「男物ばかりだな。」
「泉がいなかったからね。」
すると政近は頭をかいて言う。
「浜田はやりにくいな。お前が言うのもわかるよ。」
「そう?」
「あいつロリコンだし、その割にはミステリーなんかの知識がない。それに所詮小説だからって言うのもなぁ……。」
「所詮?」
「あぁつまり、漫画に比べれば部数が少ないのを言ってんだろ。小説には小説の良さがあるのに。」
政近にはわかるのだろうか。そう思いながら、倫子は男物のパンツを干す。
「それ、俺のな。」
ちゃかすように政近がいうと、倫子は口を尖らせた。
「これから泊まることもあるんでしょう。置いてて良いわ。」
「ふーん。お前、寛容になったもんだな。」
「仕事だもの。もし連載が打ち切りなんかになったら、来ることはないんでしょうけどね。」
「させねぇよ。」
自信はある。だが担当がネックだ。あれ駄目、これ駄目では正直やりにくい。
「藤枝さんは寛容なのか?」
「え?」
「ずっと担当だったんだろ?たとえば殺害方法とかさ。お前の小説結構濡れ場が多いだろ?そう言うのって口を出さないのか?」
「出さないわね。濡れ場はおまけみたいなものでしょ。ミステリーはトリックと人間関係が重視されるもの。違和感がある人間関係には口を出すけれどね。」
「ふーん。良い担当者に巡り会えたんだな。それに……体の相性も悪くないんだろ?」
その言葉に倫子の手が止まった。そして政近を見る。
「見てたの?」
「見てねぇよ。聞こえたんだよ。」
「部屋が離れてるのに聞こえるわけないでしょ?聞き耳でも立てたの?」
「……富岡とな。」
やはり二人は聞き耳を立てていた。倫子はあきれたように洗濯物にまた手を伸ばす。
「富岡は針のむしろだな。あんな声を聞かされて。お前に惚れてるんだろうに。」
「答えられない。そう言っているわ。」
「……でもしたんだろ?」
「……何であんたにそんなことを言わないといけないのよ。」
いらついたように言う倫子に、政近は少し笑う。
「やってねぇならやってねぇって言うよな。ってことはやったのか。」
「あんたには関係ないでしょ?」
「あいつ、うまかったのか?」
「しつこいわね。」
空になった洗濯かごをもって、縁側にあがっていく。まだ洗濯は終わっていないだろう。するとそのあとを政近もあがっていき、倫子の手を引いた。
「何?」
「お前、流されやすいんだな。それで俺とも寝たんだろ。」
「……違うわ。」
「何でだよ。」
「あなたと違うのよ。」
「何が違うんだよ。あいつが頼み込んでお前が同情して寝たんだろ。あいつのことなんか……。」
「いくら春樹が好きだと言っても二番目でかまわないなんて言うのよ。私もそうだから……似てると思ったの。」
春樹が好きなのだ。なのに春樹の一番は仕事で、その次は死んだ奥さんで、倫子は何番目になるのかわからない。それでも良かった。
「富岡とお前が似てる?」
「春樹は……私が一番じゃないから。」
心を通わせていると思った。あんなに情熱的に抱いているのだ。春樹もまた倫子のことを愛しているのだと思っていた。だが倫子はそう取っていない。まさか作家だから、その能力を引き留めたいから体を使っているというのだろうか。
「お前を抱いているのが……お前が作家だからってことか。どこにも属していないフリーだから、引き留めるために体を使っているっていいたいのか?お前、そんなに人を信用できないのか。」
そうは見えない。春樹はきっと潔癖だ。意識のない妻にずっと寄り添っていたのに、あっさり倫子と寝たのだ。それだけ春樹が倫子を思っているのは明確なのに、倫子はそれを心から信用していない。
「ネタの為よ。」
「ネタの?」
「「愛している」とか「好き」だとか、言葉にすれば愛のある作品を書ける。それを狙っているの。」
今までの倫子の作風ではきっと飽きられる。だから、寝ているというのだろうか。
「春樹にとって一番は仕事なのよ。」
だから伊織と寝た。一番ではなくてもかまわない。ただ倫子が好きだと言うことだけで行動した。その気持ちが良くわかる。
そう思いながら洗濯物をかごに入れて、今度はシーツを洗う。春樹の部屋のモノと倫子の部屋のモノだ。
「だいぶ汚れたわねぇ。」
ほとんどが倫子の体液だろう。おそらく政近も伊織ものぞきに来た。そう思うと普段よりも感じてしまい、濡れてしまったのだ。春樹はそれを知っているのか、とてもあおってきた。
「……ったく。」
洗剤を入れてスイッチを押す。そして洗い終わった洗濯物を縁側に持ってきた。寒いことは寒いが、昨日と違ってからっと晴れている。洗濯物がよく乾きそうだ。電車も今日は始発は止まったが、跡は通常運行らしい。ひどい満員電車になるだろう。
洗濯物を干しながら、倫子は夕べのプロットを思い浮かべていた。
舞台は海外。そこに芸術品を「製品」として作り出そうとした男の話。この人は実際にいた人だ。
ファクトリーと名付けられたアトリエに、芸術家、アーティスト、モデル、ドラァグクイーンなど様々な人が集まるところだった。毎夜パーティーをして、ドラッグと酒に溺れた。それで良かった時代なのだ。
だが時代というのは流れ、ファクトリーは廃れていく。男は時代に取り残されたのだ。集まってきた芸術家の中には先駆者もいて、大成するモノもいれば、そのままドラッグに溺れ殺人犯になったもの、のたれ死んだ人もいる。
ここもそうなるのかもしれない。倫子の手が止まる。
きっと春樹はもっと上の地位につくだろう。伊織もこのままというわけにはいかない。そして泉はきっと結婚してこの家を去る。それが一番恐れていることだった。
泉を失ったら生きていけない。
「おい。」
声をかけられてふと玄関の方を見る。そこには政近の姿があった。
「忘れ物?」
「ううん。浜田から連絡があったよ。新連載のことでな。」
「プロットが通らないもの。どうしたらいいかしらね。」
トリックよりも殺害方法に難癖を付ける。春樹や昌明であれば相談はできるが、浜田ではあまり相談ができない。
「……殺害方法はあれで良いよ。俺が描き方を工夫するから。」
「絵で何とか誤魔化す?」
「重要なところだけクローズアップするわ。遺体の全体像を描かなければいいんだから。」
政近はそう言って干そうとしていた洗濯物を手にする。
「男物ばかりだな。」
「泉がいなかったからね。」
すると政近は頭をかいて言う。
「浜田はやりにくいな。お前が言うのもわかるよ。」
「そう?」
「あいつロリコンだし、その割にはミステリーなんかの知識がない。それに所詮小説だからって言うのもなぁ……。」
「所詮?」
「あぁつまり、漫画に比べれば部数が少ないのを言ってんだろ。小説には小説の良さがあるのに。」
政近にはわかるのだろうか。そう思いながら、倫子は男物のパンツを干す。
「それ、俺のな。」
ちゃかすように政近がいうと、倫子は口を尖らせた。
「これから泊まることもあるんでしょう。置いてて良いわ。」
「ふーん。お前、寛容になったもんだな。」
「仕事だもの。もし連載が打ち切りなんかになったら、来ることはないんでしょうけどね。」
「させねぇよ。」
自信はある。だが担当がネックだ。あれ駄目、これ駄目では正直やりにくい。
「藤枝さんは寛容なのか?」
「え?」
「ずっと担当だったんだろ?たとえば殺害方法とかさ。お前の小説結構濡れ場が多いだろ?そう言うのって口を出さないのか?」
「出さないわね。濡れ場はおまけみたいなものでしょ。ミステリーはトリックと人間関係が重視されるもの。違和感がある人間関係には口を出すけれどね。」
「ふーん。良い担当者に巡り会えたんだな。それに……体の相性も悪くないんだろ?」
その言葉に倫子の手が止まった。そして政近を見る。
「見てたの?」
「見てねぇよ。聞こえたんだよ。」
「部屋が離れてるのに聞こえるわけないでしょ?聞き耳でも立てたの?」
「……富岡とな。」
やはり二人は聞き耳を立てていた。倫子はあきれたように洗濯物にまた手を伸ばす。
「富岡は針のむしろだな。あんな声を聞かされて。お前に惚れてるんだろうに。」
「答えられない。そう言っているわ。」
「……でもしたんだろ?」
「……何であんたにそんなことを言わないといけないのよ。」
いらついたように言う倫子に、政近は少し笑う。
「やってねぇならやってねぇって言うよな。ってことはやったのか。」
「あんたには関係ないでしょ?」
「あいつ、うまかったのか?」
「しつこいわね。」
空になった洗濯かごをもって、縁側にあがっていく。まだ洗濯は終わっていないだろう。するとそのあとを政近もあがっていき、倫子の手を引いた。
「何?」
「お前、流されやすいんだな。それで俺とも寝たんだろ。」
「……違うわ。」
「何でだよ。」
「あなたと違うのよ。」
「何が違うんだよ。あいつが頼み込んでお前が同情して寝たんだろ。あいつのことなんか……。」
「いくら春樹が好きだと言っても二番目でかまわないなんて言うのよ。私もそうだから……似てると思ったの。」
春樹が好きなのだ。なのに春樹の一番は仕事で、その次は死んだ奥さんで、倫子は何番目になるのかわからない。それでも良かった。
「富岡とお前が似てる?」
「春樹は……私が一番じゃないから。」
心を通わせていると思った。あんなに情熱的に抱いているのだ。春樹もまた倫子のことを愛しているのだと思っていた。だが倫子はそう取っていない。まさか作家だから、その能力を引き留めたいから体を使っているというのだろうか。
「お前を抱いているのが……お前が作家だからってことか。どこにも属していないフリーだから、引き留めるために体を使っているっていいたいのか?お前、そんなに人を信用できないのか。」
そうは見えない。春樹はきっと潔癖だ。意識のない妻にずっと寄り添っていたのに、あっさり倫子と寝たのだ。それだけ春樹が倫子を思っているのは明確なのに、倫子はそれを心から信用していない。
「ネタの為よ。」
「ネタの?」
「「愛している」とか「好き」だとか、言葉にすれば愛のある作品を書ける。それを狙っているの。」
今までの倫子の作風ではきっと飽きられる。だから、寝ているというのだろうか。
「春樹にとって一番は仕事なのよ。」
だから伊織と寝た。一番ではなくてもかまわない。ただ倫子が好きだと言うことだけで行動した。その気持ちが良くわかる。
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