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銀色
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電車は止まっている。なので綾子は迎えを呼ぶらしい。駅の方へ行ってしまったその後ろ姿を見て、伊織はため息をついた。そしてポケットに入っていたその名刺を取り出す。
表向きはデザイン会社らしく、屋号と綾子の名前。そして役職は事務員となっていた。裏には直筆の携帯の番号。おそらく綾子のプライベートの携帯の番号だ。
「ヤクザの関連の会社だよな。」
伊織はそうつぶやいて、その名刺を握りつぶそうとした。しかしためらう。あの高校の時のことを思い出すから。
「私も死にたい。」
綾子はその男が全ての初めてを捧げたのだという。だからあの男が変死体で発見されたと聞いたとき、綾子はこのまま亡くなってしまうのではないかと言うくらい気落ちしていた。
その寂しさにつけ込んだのかもしれない。伊織はそのまま綾子を抱いた。綾子もそれで吹っ切ったのかもしれないし、伊織もあの暑い国で死んだ女を思い出すことはなかった。
どちらにとっても愛なんかはなかったが、お互いが抱えていたものがふっと無くなった気がしていたのだが、それは伊織だけだったのかもしれない。
そう思いながら伊織は家に帰ってきた。すると見覚えのあるブーツが玄関先にある。政近が来ていたのだ。
靴を脱いで居間へ向かう。すると倫子と政近、そして春樹がノートとスケッチブックを広げて話をしていた。
「お帰り。早かったね。」
倫子が気がついて声をかける。
「あっちも仕事だし、俺も明日仕事だからって早めに切り上げてきたんだ。ん?田島。また来てたのか。」
「電車止まっててさ。泊まらせてくれるって言うから。」
「仕方無しでしょ?」
ノートの脇には手帳がある。仕事の話をしていたのかもしれない。
「伊織君。今日の風呂は入浴剤が入ってる。追い炊きをしてはいると良いよ。」
「そうなんだ。わかった。」
普段入浴剤なんか入れない。おそらくそのために買いに出掛けたのだ。なのに政近が来て、春樹の望むことは出来なくなった。きっと春樹はいらついているはずだ。なのに三人でおそらく仕事の話をしている。
「何をしているの?」
思わず聞いてしまった。すると倫子は少し笑って言う。
「設定を考えててね。」
「連載?」
「んにゃ。別に仕事でしてるんじゃねぇよ。お前も加わるか?」
テーブルの上のノートをみる。そこには話の主たる流れが書いていた。プロットのようだ。
「ミステリーじゃないの。なんて言うのかな。向こうの国の架空の画家の話。」
「画家?」
「ポップアートの巨匠がいるじゃん。あの人をモチーフにした話だな。藤枝さんもあの画家が好きだっての、意外でしたよ。」
すると春樹も少し笑って言う。
「日記を書籍にしたモノを読んだことがありますよ。あれは面白かった。あの人をモチーフにすれば、いい話が出来る。」
「世には出ないわね。ミステリーではないもの。」
政近の描いたスケッチブックの人物を見る。髪の長い金色のストレートの髪。履き古したジーパンと、白いだけが取り柄のTシャツ。そんなイメージなのだ。
「お前、さっきからこだわるなよ。ミステリーじゃないと書籍化できないなんて、誰が言ったんだよ。」
ちらっと春樹を見る。すると春樹は苦笑いをした。
「倫子は確かにミステリーが一番合っている気がする。世の中も倫子はミステリー作家としての認知が大きい。だけどこうしてみると、ミステリー以外でも十分やっていけるよ。」
倫子はその言葉にちらっとそのプロットを見る。主人公の男は芸術を大量生産するように作っていくのだ。芸術とはそんなものだと言われているように感じる。
「面白そうな話だね。俺、風呂に入ってくる。それから一緒に考えても良いかな。」
「えぇ。追い炊きした方がいいわ。ぬるくなっていると思うし。」
伊織が居間から出て行き、ふと倫子はストーブを見る。灯油が切れて、もう火が消えていた。
「ちょっと灯油を入れてくるわ。」
そういって立ち上がると、ストーブのタンクを抜き取って台所へ向かう。その間、春樹は煙草を手にして火を付けた。
「富岡も帰ってきたんですね。ますます盛れなくなったわけだ。」
その言葉に春樹は少し笑って言う。
「気にしてませんよ。いつでも隣には倫子がいますから。」
春樹なりの嫌みだった。政近も煙草に手を伸ばすとそれに火を付ける。
「藤枝さんさぁ、いずれ倫子と結婚するんですか?」
「いずれは。」
「無理なんじゃねぇの?」
「……なぜですか?」
「あんたも倫子も肝心なことを話してない。なのに表面だけ見て結婚しようって思っている感じがしてますよ。俺にはそう見える。」
「……。」
「あんた、倫子を売ろうと思ってるんですか。」
「売る?確かに売り込みはしてますけどね。」
「そっちじゃねぇよ。」
必死になっている政近を見て、春樹は少し笑う。
「俺には女性を売ったりなんかできませんよ。ヤクザじゃあるまいし。あなたの方がそっちに近いでしょう?」
バカにしたような言い方だ。いらつく。確かに言葉も人生経験も全てが上だ。だからといって諦めきれない。
「俺がヤクザと繋がりがあるって?」
「えぇ。あなたには逮捕歴がありますね。」
その言葉に政近は舌打ちをした。それは大学を出てすぐのこと。政近は仕事となれば、どんな小さい仕事でもうけるときがあった。その中の一つに、エロ本の漫画を描く仕事があった。
輪姦、レイプモノを描いて欲しい。という依頼に、月子を思い出したのだが、仕事だからと断らなかった。そしていざネームを描いて渡したら、リアルさが足りないと言われた。
そこで政近が取ったのは、治安の悪いところへ出向くことだった。体を売る女や男、レイプされたり、連れ込まれることのあるという地域。そこである男たちと取り引きをしたのだ。
「女に声をかけるからと、その女をレイプしてくれ。その様子を見たいと持ちかけたそうですね。」
結果、うまくいった。だがその直後に政近とともに男たちは警察に取り押さえられた。
「あれくらいで犯罪歴がつくなんてな。俺、見てただけなんだけど。」
「見てて止めなかった。それだけでも罪ですよ。」
台所から倫子が戻ってきた。そしてストーブにタンクを設置すると、またストーブにスイッチを入れる。
「どこまで話したかしら。」
「っていうかさ。この家、こたつねぇの?寒くねぇ?」
「必要ないじゃない。ここにずっといるわけでもないし。」
もう話は終わった。政近はちらっと春樹を見る。自分のやってきたことは全て作品のためだ。だが春樹は違う気がする。
倫子を使って何をしようとしているのだろう。
表向きはデザイン会社らしく、屋号と綾子の名前。そして役職は事務員となっていた。裏には直筆の携帯の番号。おそらく綾子のプライベートの携帯の番号だ。
「ヤクザの関連の会社だよな。」
伊織はそうつぶやいて、その名刺を握りつぶそうとした。しかしためらう。あの高校の時のことを思い出すから。
「私も死にたい。」
綾子はその男が全ての初めてを捧げたのだという。だからあの男が変死体で発見されたと聞いたとき、綾子はこのまま亡くなってしまうのではないかと言うくらい気落ちしていた。
その寂しさにつけ込んだのかもしれない。伊織はそのまま綾子を抱いた。綾子もそれで吹っ切ったのかもしれないし、伊織もあの暑い国で死んだ女を思い出すことはなかった。
どちらにとっても愛なんかはなかったが、お互いが抱えていたものがふっと無くなった気がしていたのだが、それは伊織だけだったのかもしれない。
そう思いながら伊織は家に帰ってきた。すると見覚えのあるブーツが玄関先にある。政近が来ていたのだ。
靴を脱いで居間へ向かう。すると倫子と政近、そして春樹がノートとスケッチブックを広げて話をしていた。
「お帰り。早かったね。」
倫子が気がついて声をかける。
「あっちも仕事だし、俺も明日仕事だからって早めに切り上げてきたんだ。ん?田島。また来てたのか。」
「電車止まっててさ。泊まらせてくれるって言うから。」
「仕方無しでしょ?」
ノートの脇には手帳がある。仕事の話をしていたのかもしれない。
「伊織君。今日の風呂は入浴剤が入ってる。追い炊きをしてはいると良いよ。」
「そうなんだ。わかった。」
普段入浴剤なんか入れない。おそらくそのために買いに出掛けたのだ。なのに政近が来て、春樹の望むことは出来なくなった。きっと春樹はいらついているはずだ。なのに三人でおそらく仕事の話をしている。
「何をしているの?」
思わず聞いてしまった。すると倫子は少し笑って言う。
「設定を考えててね。」
「連載?」
「んにゃ。別に仕事でしてるんじゃねぇよ。お前も加わるか?」
テーブルの上のノートをみる。そこには話の主たる流れが書いていた。プロットのようだ。
「ミステリーじゃないの。なんて言うのかな。向こうの国の架空の画家の話。」
「画家?」
「ポップアートの巨匠がいるじゃん。あの人をモチーフにした話だな。藤枝さんもあの画家が好きだっての、意外でしたよ。」
すると春樹も少し笑って言う。
「日記を書籍にしたモノを読んだことがありますよ。あれは面白かった。あの人をモチーフにすれば、いい話が出来る。」
「世には出ないわね。ミステリーではないもの。」
政近の描いたスケッチブックの人物を見る。髪の長い金色のストレートの髪。履き古したジーパンと、白いだけが取り柄のTシャツ。そんなイメージなのだ。
「お前、さっきからこだわるなよ。ミステリーじゃないと書籍化できないなんて、誰が言ったんだよ。」
ちらっと春樹を見る。すると春樹は苦笑いをした。
「倫子は確かにミステリーが一番合っている気がする。世の中も倫子はミステリー作家としての認知が大きい。だけどこうしてみると、ミステリー以外でも十分やっていけるよ。」
倫子はその言葉にちらっとそのプロットを見る。主人公の男は芸術を大量生産するように作っていくのだ。芸術とはそんなものだと言われているように感じる。
「面白そうな話だね。俺、風呂に入ってくる。それから一緒に考えても良いかな。」
「えぇ。追い炊きした方がいいわ。ぬるくなっていると思うし。」
伊織が居間から出て行き、ふと倫子はストーブを見る。灯油が切れて、もう火が消えていた。
「ちょっと灯油を入れてくるわ。」
そういって立ち上がると、ストーブのタンクを抜き取って台所へ向かう。その間、春樹は煙草を手にして火を付けた。
「富岡も帰ってきたんですね。ますます盛れなくなったわけだ。」
その言葉に春樹は少し笑って言う。
「気にしてませんよ。いつでも隣には倫子がいますから。」
春樹なりの嫌みだった。政近も煙草に手を伸ばすとそれに火を付ける。
「藤枝さんさぁ、いずれ倫子と結婚するんですか?」
「いずれは。」
「無理なんじゃねぇの?」
「……なぜですか?」
「あんたも倫子も肝心なことを話してない。なのに表面だけ見て結婚しようって思っている感じがしてますよ。俺にはそう見える。」
「……。」
「あんた、倫子を売ろうと思ってるんですか。」
「売る?確かに売り込みはしてますけどね。」
「そっちじゃねぇよ。」
必死になっている政近を見て、春樹は少し笑う。
「俺には女性を売ったりなんかできませんよ。ヤクザじゃあるまいし。あなたの方がそっちに近いでしょう?」
バカにしたような言い方だ。いらつく。確かに言葉も人生経験も全てが上だ。だからといって諦めきれない。
「俺がヤクザと繋がりがあるって?」
「えぇ。あなたには逮捕歴がありますね。」
その言葉に政近は舌打ちをした。それは大学を出てすぐのこと。政近は仕事となれば、どんな小さい仕事でもうけるときがあった。その中の一つに、エロ本の漫画を描く仕事があった。
輪姦、レイプモノを描いて欲しい。という依頼に、月子を思い出したのだが、仕事だからと断らなかった。そしていざネームを描いて渡したら、リアルさが足りないと言われた。
そこで政近が取ったのは、治安の悪いところへ出向くことだった。体を売る女や男、レイプされたり、連れ込まれることのあるという地域。そこである男たちと取り引きをしたのだ。
「女に声をかけるからと、その女をレイプしてくれ。その様子を見たいと持ちかけたそうですね。」
結果、うまくいった。だがその直後に政近とともに男たちは警察に取り押さえられた。
「あれくらいで犯罪歴がつくなんてな。俺、見てただけなんだけど。」
「見てて止めなかった。それだけでも罪ですよ。」
台所から倫子が戻ってきた。そしてストーブにタンクを設置すると、またストーブにスイッチを入れる。
「どこまで話したかしら。」
「っていうかさ。この家、こたつねぇの?寒くねぇ?」
「必要ないじゃない。ここにずっといるわけでもないし。」
もう話は終わった。政近はちらっと春樹を見る。自分のやってきたことは全て作品のためだ。だが春樹は違う気がする。
倫子を使って何をしようとしているのだろう。
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