守るべきモノ

神崎

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銀色

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 春樹と泉が家に帰ってきて玄関のドアを開けようとしたとき、ドアが勝手に開いた。そこには出掛けようとしている伊織がいたのだ。
「お帰り。」
「ただいま。伊織君、出掛けるの?」
「うん。大学の同期がこっちに来ているみたいでさ。久しぶりに飲もうかって。」
「明日も仕事だろう?」
「だからすぐ切り上げるよ。あっちも出張でこっちに来ているだけだから、明日も仕事だし。」
「そっか。じゃあ、楽しんできて。」
 そう言って伊織は出て行ってしまった。そして春樹と泉も中に入っていく。ふわんと食事の匂いがした。おそらく伊織が作っていったのだろう。
「今日のご飯何かな。」
 すると泉は靴を脱ぎかけて、携帯電話を手にする。どうやらメッセージが入っていたらしい。
「ご飯食べたら、私も礼二の所に行かなきゃ。」
「そっか……。今日のことを聞きたいのかな。」
「だと思う。」
「どっちが良いとかまだ判断できないだろう?」
「うん……。それに少し気になることもあって。」
 ヤクザの話をした。「ヒジカタコーヒー」はヤクザと繋がりがあるということ。どこの企業でも繋がりがないところはないだろう。自分が選んだ道で礼二の運命も変わるとなれば、相談しないといけないだろう。
 これは春樹にも倫子にも相談できない。自分で選ばないといけないのだ。
「お帰り。」
 台所に立っていたのは倫子だった。食べ終わった食器を片づけているらしい。
「倫子が皿を洗ってる。珍しいね。」
「皿洗いくらいするわよ。何も出来ないようなことを言わないで。」
 おそらく書いているモノが詰まっているのだ。だから他のことをして気を紛らわせている。
「漫画雑誌で何か言われたんだよね。」
 春樹はそう聞くと、倫子は頬を膨らませた。
「殺害方法で浜田さんと言い合ってさ。ったく……甘っちょろいことばっかり言うのよ。そんな方法で人を殺すことは出来るかもしれないけれど、あまりにも無惨だって。」
 またそれか。倫子はそういうところがある。無惨に人を殺して、平気な顔をしている人間を見てきたからだろう。人道にはずれている殺害方法が多い。
「表現の仕方だと思うんだけどね。後は田島先生がどれだけ表現するかだよ。」
「政近も大概だもの。政近にプロットを手渡したら「良いねぇ」って言ったんだけどさ。」
 水を止めて、倫子は手を拭く。そして春樹の方を見た。
「そういえば、そっちの方は今大変なんでしょう?」
「え?」
「「隠微小説」の読者の投稿小説に模倣があったんですって?」
「あぁ……。増刷されているから目立ったみたいだね。俺には模倣に見えなかったけど。」
「針の穴をつつくようなことで「模倣」って言うのね。それじゃあ本当に何も出来ないわ。私のも「模倣」って言われるかしら。」
「倫子のはそんなことを言われないよ。」
「どうして?」
「あんなに残虐に人を殺すような文章は、他の人には書けないよ。」
 その言葉に倫子は複雑な気持ちになっていた。
 筑前煮を皿に入れながら、泉は春樹に聞く。
「これくらいで良い?」
「もう少し減らしてくれる?」
「食べないねぇ。何かつまみ食いでもした?」
「作家先生の差し入れのマドレーヌが結構きてるんだ。」
「おじさん。」
 倫子はそういって少し笑った。その笑顔が少し真矢とかぶる。

 食事をした後、泉は家を出ていった。食事が終わった頃に礼二が迎えにきたのだ。そのまま泉は礼二と共に出掛けていく。
 春樹はその食べた皿を洗っていると、後ろから倫子が声をかける。
「春樹。お風呂沸いたわ。先に入る?」
「良いよ。後で。」
「いつも一番後じゃない。たまには一番風呂に入ったら?」
 倫子はそういうと、台所を出ようとした。
 この家には、いつも伊織なり泉なりがいるのだが、今日は誰もいない。今日がチャンスかもしれないと思う。あのネックレスのことを聞ける。
「倫子。」
 春樹は声をかけると、今を出ていこうとした倫子が足を止める。
「何?」
「一緒に入る?」
 その言葉に倫子は怪訝そうな顔をした。
「後で泉や伊織も入るのよ。イヤじゃないかしら。」
「前も入ったよ。気にしていないようだった。」
「それは盛ってなかったから。」
 自分で言って自分で頬を染めた。倫子は首を横に振ると、居間を出ていこうとする。
「風呂場でする?」
「伊織がいつ帰ってくるのかわからないのに。」
「そうやっていつも何も出来ないだろう?」
 すると倫子は少しため息をついていった。
「出掛けるわ。」
「どこに?」
「ドラッグストア。今日はとても寒いから、入浴剤買いたいわ。」
「入浴剤?残り湯で洗濯できるかな。」
「最近のモノは出来るんじゃないのかしら。何時まで開いているかな。」
 わざと避けているような気がした。何があったのかなど知る由もない。だが春樹はあきらめきれなかった。
「行くんなら俺も行くよ。」
「良いわ。ついてこなくて。」
「駄目。正月前から言われてただろう?レイプ犯が出没しているって。」
 その言葉に倫子は口をとがらせた。昔ならともかく、今なら蹴ってでも拒否できるだろうと思っていたのだが、それも無理かもしれない。
 おそらく倫子は力付くで車に押し込まれたりしたら、拒絶反応を起こす。それはどう出るかわからないのだ。
「追い炊きしなきゃ行けないわね。」
「それでも良いよ。それから一緒に入ろう。ほら。見てみなよ。」
 縁側から外を見る。雪が降っていた。
「初雪ね。」
「うちの地元は積もっているだろうな。倫子の所はどう?」
「うちも盆地だからね。夏は暑くて冬は寒いの。だから積もっているかもしれないわ。」
「早く温まろう。」
「うん……。」
 そういって春樹は自分の部屋へ行くと財布と携帯電話を手にする。そのとき、ポケットからチェーンのようなモノが落ちた。それはネックレスだった。
 銀色の十字架のネックレスは、わずかな光をたたえていた。
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