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駅ビルをそのまま降りて、駅の改札口へ向かう。その間、倫子は何も言葉を発することはなかった。気合いを入れなければ、すぐに流されてしまうと思うから。
だが政近は違う。隙があれば、倫子を抱きたいと思っていた。自分がセックスをして、その後春樹に何度抱かれたのだろう。そう思うとその怒りを倫子にぶつけたいと思っていたのだ。
パスを出して、倫子は改札口をくぐろうとしたときだった。
「あら……小泉先生。」
電車を降りてきたのだろう。パスを持ったままの芦刈真矢がいた。
「あぁ……図書館の……。今日はお休みですか。」
エプロンを付けていないのでわからなかった。私服でもあまり気を使っていない女性だと思う。
「えぇ。公休です。」
図書館の休みに合わせて休みだと、休みの日が余ってしまう。そのために公休を数日入れていたのだ。基本、土日に公休は入れないがさすがに「芦刈さんだけ何ヶ月も土日休みがない」と言われて、渋々今日を休みにした。
休みと言っても本屋を巡るだけなのにと思っていたが、まさか倫子に会うと思っていなかった。
「真矢?」
今度は政近が驚いたように真矢をみる。すると真矢も気まずそうに視線をおろす。
「お元気かしら。」
「元気。そっか……この街の図書館にいるって言ってたな。」
「……えぇ。あなたが来ることはないと思うけれど。」
「用事はねぇな。」
不自然な会話をぽつりぽつりと交わして、二人と真矢は離れていった。そして振り返る。
倫子と政近は並んで歩いているわけではない。仕事の関係で一緒にいるだけだ。そういわれたのに距離が近い。
倫子はそういう女なのだろうか。春樹と恋人だと思っていたのに、ほかの男とデートのような距離で歩けるのだ。春樹ともそうやって勘違いをさせて遊んでいるのだろうか。
思わず携帯電話に手が伸びる。だがその事実を言ったところで何になるのだろう。ただの噂好きのおばさんと変わらない。
そう思って真矢は携帯電話をしまうと、街の方へ歩いていた。
午前中はずっと元の部屋の片づけをしていた。処分したのは、棚などの大きな家具や冷蔵庫など。そして持って行くものは割と少なかった。
昼食を食べようと、礼二は春樹と伊織を連れてファミレスへ行く。この時間だったら、家族連れも多いようで割とにぎやかだった。ジュースのドリンクバーにはしゃぐ子供を見て、礼二は少し笑う。
「無理をしてないんですか。」
春樹は注文をした後煙草が吸いたいと、席を離れて入り口近くの喫煙所にいる。席に着いているのは伊織と礼二だけで向かい合った礼二に伊織が聞いた。
「無理?」
「子供さんのこと。血が繋がっていないからって、昨日まで子供扱いしていたのに急に他人だって割り切れるもんなんですか。」
すると礼二はコップに入っている水を口に入れて、首を横に振った。
「そうだね。無理はしていると思う。特に上の子はね、似てないなって思うこともあったけど、それでも歩いた、喋ったって毎日の成長が楽しかった。」
「……それを捨ててまで別れる必要が?」
「それはあっちにもいえる。」
「あっち?」
「本当の父親。」
「……。」
「戸籍では俺が父親だよ。だけど本当の父親はそうじゃない。そばで子供の成長を見ることも出来ないんだ。自分の子供なのに。」
「……本当の父親に渡すつもりで?」
「うん。今、お腹にいる子供の父親は知らない。だけど、上の子供の父親は共通の友達だから、連絡を付けようと思えば付けることは出来る。ただ……あっちも家庭を持っているからなぁ。」
呆れた関係だ。子供のことを何も考えていないのだろうか。だが伊織は知っている。血の繋がりなんかは何の意味もない。
あの暑い国の感覚は「死んだらまた次を作ればいい」「子供は金を生む卵だ」の考えでしかない。この国もまた乱れているのだ。
「それはそうと、伊織君。」
「はい?」
「泉とつきあっていた時期があるんだよね。」
「あ……。すいません。何か……変ですよね。」
「うん。元彼と、今彼が一緒に飯を食ってるのはね。でもまぁ。それを言い出したら藤枝さんとも飯は食えないな。」
「春樹さんとも?」
ちらっと喫煙所の方をみる。まだ春樹は携帯電話で何かを話しているようだった。こちらには戻ってきそうにない。
「俺、倫子さんともしたことがあるから。」
「え?」
驚いて水を吹きかけそうになった。思わずせき込んで、紙ナプキンで口を押さえる。
「春樹さんには言わないでよ。昔のことだし。」
「いつですか?」
「去年の今頃かな。しかも一回だけ。」
この男も倫子とセックスをしたことがあるのだ。だが倫子であれば考えられなくもない。春樹と出会うまでは特定の恋人をずいぶん作っていなかったが、セックスだけはネタのためと言ってすることもあったらしい。
「泉は知っているんですか。」
「知らないはずだ。だって、泉が酔って家に送ったとき、そのままなだれ込んだんだし。あぁ、その意味でもあの二人は姉妹だな。」
「姉妹?」
「竿姉妹。知らない?」
「……何でしたっけ。俺、こっちに来たの十五の時で。」
「あぁ。海外に行っていたんだっけ。つまり、共通の男とする女たちって事。男の場合は穴兄弟って言うけどね。」
「あぁ……そう言う……。」
奇妙な感覚がした。そう言う意味では倫子と関係を持っていたのは、この三人は持っているので兄弟になるのだろう。
「でもまぁ……もう倫子さんとはすることはないな。」
「いやだったんですか?」
「イヤじゃない。ただ、倫子さんには相手がいるし、俺にもいる。長く生きていればそう言うこともあるんだろうけど、それはたまたまそう言うことがあったからってこと。もう交わることもない。」
それだけ泉を大事に思っているのだ。倫子に言わせれば「どうせまた同じ事をする」と言って礼二と泉とは長続きしないと言う。だがこの話だけ聞けば、そう思えない。
そして自分がいかにチャランポランに泉とつきあっていたのだろうと恥ずかしくなる。
「無精子症って言ってましたね。」
「うん。」
「直す方法ってないんですか?」
「……無いこともないよ。無精子症だけど子供が出来たって話もあるし。」
「……。」
「ただ、それは先天性のものだ。俺みたいなのには、きっと子供を作るなんて高望みだと思うよ。」
「そんなことないですよ。」
そのとき春樹が戻ってきた。厚く話し合っている二人に少し面食らったようだ。
「何の話をしてたの?」
「……子供を作りたいって話。」
「あぁ。」
春樹はそう言って伊織の隣に座る。すると礼二は春樹にずっと気になっていたことを言った。
「春樹さんは倫子さんと作りたいとは思いませんか。」
「彼女が望んでいませんから。」
おそらく倫子に子供を作りたいなどと言ったら、「そんなもの邪魔じゃない」としか言わないかもしれない。もちろん、それが本心ではないことくらい春樹にもわかっている。
家族に絶望していたのだ。そんな家族を見ていたから、倫子は家族に希望を持てなかった。子供が出来てもその子供を愛する自身はないと思う。
だがいつか、倫子にピルが必要にならない日々が来ればいいと思う。
だが政近は違う。隙があれば、倫子を抱きたいと思っていた。自分がセックスをして、その後春樹に何度抱かれたのだろう。そう思うとその怒りを倫子にぶつけたいと思っていたのだ。
パスを出して、倫子は改札口をくぐろうとしたときだった。
「あら……小泉先生。」
電車を降りてきたのだろう。パスを持ったままの芦刈真矢がいた。
「あぁ……図書館の……。今日はお休みですか。」
エプロンを付けていないのでわからなかった。私服でもあまり気を使っていない女性だと思う。
「えぇ。公休です。」
図書館の休みに合わせて休みだと、休みの日が余ってしまう。そのために公休を数日入れていたのだ。基本、土日に公休は入れないがさすがに「芦刈さんだけ何ヶ月も土日休みがない」と言われて、渋々今日を休みにした。
休みと言っても本屋を巡るだけなのにと思っていたが、まさか倫子に会うと思っていなかった。
「真矢?」
今度は政近が驚いたように真矢をみる。すると真矢も気まずそうに視線をおろす。
「お元気かしら。」
「元気。そっか……この街の図書館にいるって言ってたな。」
「……えぇ。あなたが来ることはないと思うけれど。」
「用事はねぇな。」
不自然な会話をぽつりぽつりと交わして、二人と真矢は離れていった。そして振り返る。
倫子と政近は並んで歩いているわけではない。仕事の関係で一緒にいるだけだ。そういわれたのに距離が近い。
倫子はそういう女なのだろうか。春樹と恋人だと思っていたのに、ほかの男とデートのような距離で歩けるのだ。春樹ともそうやって勘違いをさせて遊んでいるのだろうか。
思わず携帯電話に手が伸びる。だがその事実を言ったところで何になるのだろう。ただの噂好きのおばさんと変わらない。
そう思って真矢は携帯電話をしまうと、街の方へ歩いていた。
午前中はずっと元の部屋の片づけをしていた。処分したのは、棚などの大きな家具や冷蔵庫など。そして持って行くものは割と少なかった。
昼食を食べようと、礼二は春樹と伊織を連れてファミレスへ行く。この時間だったら、家族連れも多いようで割とにぎやかだった。ジュースのドリンクバーにはしゃぐ子供を見て、礼二は少し笑う。
「無理をしてないんですか。」
春樹は注文をした後煙草が吸いたいと、席を離れて入り口近くの喫煙所にいる。席に着いているのは伊織と礼二だけで向かい合った礼二に伊織が聞いた。
「無理?」
「子供さんのこと。血が繋がっていないからって、昨日まで子供扱いしていたのに急に他人だって割り切れるもんなんですか。」
すると礼二はコップに入っている水を口に入れて、首を横に振った。
「そうだね。無理はしていると思う。特に上の子はね、似てないなって思うこともあったけど、それでも歩いた、喋ったって毎日の成長が楽しかった。」
「……それを捨ててまで別れる必要が?」
「それはあっちにもいえる。」
「あっち?」
「本当の父親。」
「……。」
「戸籍では俺が父親だよ。だけど本当の父親はそうじゃない。そばで子供の成長を見ることも出来ないんだ。自分の子供なのに。」
「……本当の父親に渡すつもりで?」
「うん。今、お腹にいる子供の父親は知らない。だけど、上の子供の父親は共通の友達だから、連絡を付けようと思えば付けることは出来る。ただ……あっちも家庭を持っているからなぁ。」
呆れた関係だ。子供のことを何も考えていないのだろうか。だが伊織は知っている。血の繋がりなんかは何の意味もない。
あの暑い国の感覚は「死んだらまた次を作ればいい」「子供は金を生む卵だ」の考えでしかない。この国もまた乱れているのだ。
「それはそうと、伊織君。」
「はい?」
「泉とつきあっていた時期があるんだよね。」
「あ……。すいません。何か……変ですよね。」
「うん。元彼と、今彼が一緒に飯を食ってるのはね。でもまぁ。それを言い出したら藤枝さんとも飯は食えないな。」
「春樹さんとも?」
ちらっと喫煙所の方をみる。まだ春樹は携帯電話で何かを話しているようだった。こちらには戻ってきそうにない。
「俺、倫子さんともしたことがあるから。」
「え?」
驚いて水を吹きかけそうになった。思わずせき込んで、紙ナプキンで口を押さえる。
「春樹さんには言わないでよ。昔のことだし。」
「いつですか?」
「去年の今頃かな。しかも一回だけ。」
この男も倫子とセックスをしたことがあるのだ。だが倫子であれば考えられなくもない。春樹と出会うまでは特定の恋人をずいぶん作っていなかったが、セックスだけはネタのためと言ってすることもあったらしい。
「泉は知っているんですか。」
「知らないはずだ。だって、泉が酔って家に送ったとき、そのままなだれ込んだんだし。あぁ、その意味でもあの二人は姉妹だな。」
「姉妹?」
「竿姉妹。知らない?」
「……何でしたっけ。俺、こっちに来たの十五の時で。」
「あぁ。海外に行っていたんだっけ。つまり、共通の男とする女たちって事。男の場合は穴兄弟って言うけどね。」
「あぁ……そう言う……。」
奇妙な感覚がした。そう言う意味では倫子と関係を持っていたのは、この三人は持っているので兄弟になるのだろう。
「でもまぁ……もう倫子さんとはすることはないな。」
「いやだったんですか?」
「イヤじゃない。ただ、倫子さんには相手がいるし、俺にもいる。長く生きていればそう言うこともあるんだろうけど、それはたまたまそう言うことがあったからってこと。もう交わることもない。」
それだけ泉を大事に思っているのだ。倫子に言わせれば「どうせまた同じ事をする」と言って礼二と泉とは長続きしないと言う。だがこの話だけ聞けば、そう思えない。
そして自分がいかにチャランポランに泉とつきあっていたのだろうと恥ずかしくなる。
「無精子症って言ってましたね。」
「うん。」
「直す方法ってないんですか?」
「……無いこともないよ。無精子症だけど子供が出来たって話もあるし。」
「……。」
「ただ、それは先天性のものだ。俺みたいなのには、きっと子供を作るなんて高望みだと思うよ。」
「そんなことないですよ。」
そのとき春樹が戻ってきた。厚く話し合っている二人に少し面食らったようだ。
「何の話をしてたの?」
「……子供を作りたいって話。」
「あぁ。」
春樹はそう言って伊織の隣に座る。すると礼二は春樹にずっと気になっていたことを言った。
「春樹さんは倫子さんと作りたいとは思いませんか。」
「彼女が望んでいませんから。」
おそらく倫子に子供を作りたいなどと言ったら、「そんなもの邪魔じゃない」としか言わないかもしれない。もちろん、それが本心ではないことくらい春樹にもわかっている。
家族に絶望していたのだ。そんな家族を見ていたから、倫子は家族に希望を持てなかった。子供が出来てもその子供を愛する自身はないと思う。
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