守るべきモノ

神崎

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 わざと隠れるように、倫子と政近は駅ビルの中にあるチェーン店化されている食堂にいた。こう言うところだと、あまり目立たないだろうと思ったからだ。
「お待たせしました。唐揚げ定食と、しまほっけの定食です。」
 店員がトレーに乗せたモノを持ってきて、二人の前に置いた。その間も政近は嬉しそうにデジタルカメラの画面を見ている。
「いい加減、カメラしまいなよ。もうご飯来ているし。」
「わかったよ。」
 そう言って政近はカメラをしまう。そして箸を手にすると、手を合わせた。倫子がそうしたからだ。味噌汁に口を付けても笑いが止まらない。
「何にやにやしてんのよ。」
「イメージ通りだったから。」
「ゲイが女装した感じだったでしょう?」
「んにゃ。イメージはどう見ても女だって言う男だもん。完璧じゃん。」
 黒いレースやリボンの付いたジャンパースカート。襟にレースの付いたブラウス。厚い靴底のロッキンホース・バレリーナのシューズ。白髪の髪をくるくると巻いたウィッグに、カチューシャのような形の黒いヘッドセット。それはおそらく倫子の元々の体型にも寄るし、顔立ちにもよるのだろうが、とても似合っていた。
 三人の前に出てきて、思わず三人とも言葉を失った。「似合わない」とタカをくくっていた明日菜ですら何も言わなかったのだ。
 それからずっと写真を撮られていた。政近の資料のためのこの格好なのだから、仕方がないだろう。倫子はそう思いながら、おとなしく撮られていた。
「そのまま絵にするの?」
「そんな訳ないじゃん。顔は「美咲」の顔。もっと無骨な感じ。化粧で塗り固めて、こんな感じにする。」
「……ま……好きにすればいい。私は話の流れとトリックを考えるだけだし。」
 しまほっけの身を口に運ぶ。どうも塩が強い。あまり好きにはなれそうにない味だ。
「次、どうするんだよ。」
「同窓会で地元に帰ったから、今度は主人公が住んでいる所ね。」
「職場か?」
「うん。それだったら「美咲」を出しても不自然じゃないし。」
「あと警官を出せよ。」
「警察官ね。どんな人が良いかしら。」
 警察官と言われて思い浮かんだのは、槇司だった。だが彼は警察官というイメージは少しかけ離れている。お調子者で、抜けているし、しっかりしていた父親の大胡とは全く違うぼんぼんの警察官といった感じだ。
 だが目は笑っていない。それが少し春樹とかぶる。
「警察官ってあんまり俺、良い印象無くてさ。」
「何で?」
「月子が拉致されたとき、「進んでいったんじゃないか」とか「どうして刃物があったのか。用意していたのではないか。」とかとんでもない話ばっかり聞かれてさ。」
「そんなものでしょう。警察官なんて。」
 倫子だって良い印象はない。自分が主張したことはすべて受け入れられなかったのだ。すべての罪を倫子に擦り付け、そのあとも肩身は狭かった。今だに地元に帰れば家族はもっと肩身が狭いだろう。そういった意味では心が痛む。
 兄の忍が意地を張って冷たい教師をしているのも、自分に悪意を見せることで倫子の噂を隠しているため。そして正月に生徒のために山に登ったというのも、きっと職場の立場を固持するためだ。
 倫子がいくら有名になっても、地元では噂が絶えないのだから。
「主人公がとぼけた感じだから、クール系が良いな。キャリア組。」
「そうね。すらっとした感じ。女性から言い寄られても無視を決め込むような。」
「相関図書きたいな。新キャラだし。」
 こうなってくるとうずうずする。早く食事を終わらせたい。そう思いながらしまほっけにまた手を伸ばす。
「このあとさ、家に行って良い?」
「はぁ?」
 倫子はそう聞くと、政近は味噌汁を飲んで言う。
「相関図書きたいじゃん。」
「イヤよ。家に誰も居ないし。」
「今日、土曜日じゃん。富岡も藤枝さんもいないのか。」
「二人とも用事があるのよ。」
 二人っきりの部屋で何をするのかわからない。だから呼びたくなかった。
「泉の所で打ち合わせをしましょう。」
「あそこ静かだから話しにくいんだよ。」
 元々そういうところだ。静かな空間に薄い音楽。コーヒーとほんの贅沢なひとときを売りにしている。確かに仕事の打ち合わせなんかで来る人も多いが、基本ではそういうところなのだ。
「チェーン化されてるカフェなんか行きたくねぇだろ?コーヒーまずいしさ。」
「……。」
「それか、家に来るか?」
「あなたの家?冗談言わないで。」
 政近の家なんかに行けばさらに身の危険だ。
「お前なぁ、今から連載だろ?こういうこともつきあわないで、連載なんか出来るかよ。」
「あなたの場合、打ち合わせだけで済まないから。春樹が一緒にいてくれるなら家でするわ。」
 言葉に詰まった。確かに二人キリでデートでもしているようなのに、手も繋げない。それに倫子はずっと春樹しか見ていないのだ。それが悔しいと思う。
「けどさ……。」
 そのとき、そのテーブルに二人組の女性が近づいてきた。
「あの……小泉倫子先生ですか?」
 倫子は見上げると、あまり本などを見そうにないような女性が二人で立っていた。
「はい。」
「わぁ。本物だった。握手してください。私、ファンなんです。」
「どうも。」
 箸を置いて、倫子はそのマニキュアのついた手を握る。
「彼氏ですか?」
「いいえ。今度一緒に仕事をする方です。打ち合わせをしてました。」
「あ……すいません。邪魔しちゃって。」
「いいえ。」
 そういって女性たちは行ってしまった。
「彼氏かだって。」
 政近は機嫌が良さそうに箸を置いた。
「見られても仕方ないわ。誤解されないうちに解散しましょう。」
「んだよ。つれねぇな。打ち合わせどうするんだよ。」
「考えておく。出来たらメールで送るわ。」
 すっかり機嫌が悪くなった。あの女が余計なことを言ったからだ。政近はどうやったら倫子を誘えるのかとしか考えていなかったのに。
「俺だって考えてぇんだよ。一人で作るなら良いけど、合作なんだろ?」
「……。」
 すると倫子はため息を付いて言う。
「わかったわ。家に行く。」
「俺んち?」
「そうよ。あなた、昨日寝てないんでしょう?家に来たらそのまま泊まるって言いそうだもの。さっさと寝なさいよ。」
 食事を終えて、倫子も箸を置く。冷たいような言い方だが、倫子は倫子なりに政近を心配していたのだ。それが少し嬉しい。
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