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コーヒーの匂いにつられていつも通り倫子が起きてきた。夕べは遅くまで仕事をしていたらしく、その顔はいつもより青白いような気がして、春樹は少し不安に思う。だがいつも通りのことだった。あまり寝起きは良くない。言葉数も少ないのはまだはっきり起きていないからだ。
コーヒーを一口飲んで少しため息を付く。
「何時まで起きてたの?」
泉が呆れたように聞くと、倫子はぽつりと言った。
「四時。」
「俺、五時に起きたよ。」
泉と伊織はいつも通り早く起きるのだ。泉はともかく、伊織も春樹も今日は休日なのによくこんなに早く起きれるものだと感心する。
「元々夜型だものね。大学だっていつも午後の講義しか受けなかったのに。」
「必須科目が苦痛だった。」
その気持ちはみんな分かるが、泉はどちらかというと朝方で午前中に抗議を受けて午後からバイトへ勤しんでいたし、伊織も同じようなモノだった。春樹も倫子ほどではないが寝起きが悪いので、あまり午前の講義は入れなかったと思う。
「泉。今日、何時に行けばいいんだっけ。」
「九時くらいで良いって言っていたけれど。」
礼二は今日、引っ越しをする。必要なモノをより分けたらそんなに荷物はなかった。だがさすがに部屋の片づけや、大きなモノは一人で運べない。引っ越し業者にお願いしようと思っていた矢先、伊織と春樹が休みの日だったら手伝いにいこうと名乗り出たのだ。
「でも良いの?せっかくの休みなのに人の手伝いなんかして。」
「いいんだよ。こういうことはお互い様だし。男手があった方が良いよ。」
「そうだね。冷蔵庫とかあるのかな。」
「冷蔵庫は買い換えたみたいね。一人だとそんなに大きなモノはいらないって。」
やっと倫子が箸を持った。頭がはっきり起きてきたようだ。
「倫子はまた仕事をするの?」
「ううん。まぁ……仕事と言えば仕事かな。」
昨日一日、無理をして仕事をしていたのは今日のためだった。
「あぁ、連載するんだって言ってたね。」
「淫靡小説」の増刷が落ち着いてきたのに、この間発売された月刊の漫画雑誌が今度は書店から消えた。それは倫子と政近の合作の読み切りが載っているからだ。おかげで浜田たちの部署は休みが返上されたらしい。
それでも浜田が課を移動するのは避けられない。そっちの月刊誌の方で連載をスタートさせるのだ。
「面白かったよ。あまり漫画って読まないんだけどね。」
「制約が多すぎる。アレ駄目、コレ駄目じゃミステリーなんか書けないのに。」
ぶつぶつ言いながら味噌汁に口を付けた。
「その制約の中でうまく表現してよ。小泉先生。」
春樹はそういって倫子を急かす。今度連載させるモノは、もう春樹の手から放れる。浜田の手腕にかかっていて、短期に終わるのか、それとも長期連載になるのかはわからない。
「「美咲」を出して欲しいって言われたわ。」
「トランスジェンダーの?」
伊織がそう聞くと、倫子はうなづいた。
「どうするかしらね。見た目は女だけど、女も男もいけるどうしようもないキャラクターよ。」
「アレさ、本当にモデルっていないの?」
泉が聞くと、倫子は首を横に振った。
「いないわ。ん……このめざし美味しいね。どこで買ったの?」
「春樹さんのお土産。」
「そう……海の方に?」
「いいや。池上先生が、あっちの方の出身でね。ちょうど挨拶に以降と思ったら、アンテナショップが期間限定で開いてて。そこでついでにここのもって。」
「そう……。そっちの方にも行ってみたいわね。」
倫子はそういって、ご飯を口に入れる。
今日、倫子は礼二の引っ越しにはつきあわない。だが出かける用事はある。それは春樹にも伊織にも言えないことだ。
家のことをしたあと、倫子は着替えをして家を出て行く。三人には今日は取材へ行くと言ってあった。泉は倒れそうな倫子を心配しながら、それでも行くと言ったら聞かない倫子を半分諦めているようだった。
駅前の時計台で、荷物を持って立っている倫子にこんな朝から声をかける男もいる。
「ライブ帰り?どこのハコに行ってたの?」
ハコというのはライブハウスのことだ。倫子の容姿からバンドマンだとか勘違いする人も多い。
「違うわ。」
声をかけてくるのは、同じような容姿の人。入れ墨を入れていたり、革ジャンを着ていたりする。倫子はその男たちの去っていく背中を見て少しため息を付いた。そして時計台の時間をみる。約束の時間は十分過ぎてしまった。
もう帰ろうかと思ったとき、倫子に近づいてくる男が居た。
「よう。悪かったな。遅れて。」
「帰ろうかと思ったわ。」
田島政近は今日も誰よりもパンクロッカーのような容姿だった。革のパンツと、耳や口元のピアス。細身で異国の薬漬けになって死んだベーシストを小さくした感じに見える。
二人は並ぶととても絵になる。春樹は背が高すぎて、倫子が子供のように見えるし、伊織は背が低くて倫子よりも少し高いくらいだ。
二人の様子を見て「あぁやっぱり、あぁいう女にはあぁいう男がつく」と思われる。倫子にしてみれば不本意だ。
「寒かっただろう?コーヒーでもおごろうか?」
「結構よ。早く用事は済ませたいの。」
「そう言うなよ。昼飯くらい奢らせろって。どうせ今日は俺の都合だし。」
「私の都合でもあるわ。」
政近は夕べ寝ていない。さっきまでアシスタントの仕事が修羅場だったのだ。さっき終わって、そのままここにやってきたのは倫子に合いたいのが半分。そして取材目的が半分だった。
「お店には話をしているの?」
「十一時開店だから、もうそろそろ開くと思うけど。」
「じゃあ、行きましょうか。」
漫画雑誌の連載が決まり、そのキャラクターでの固定キャラの中にトランスジェンダーの「美咲」がいる。
美咲は性別は男。だが見た目は女。洋服もゴシックロリータ・ファッションなのだ。
読み切りであれば雑誌などを参考にしてキャラクターを作っていた。だが連載で続けて出すと言うことになれば、話は違う。それにこういう世界も流行廃れはあるのだ。どういうモノがはやっているのか見てみたいという政近に、倫子も不本意ではあるがついて行くことにした。
政近の知り合いに洋服屋を経営する人が居るので、一緒に行こうと言いだしたのは一昨日のことだった。なので倫子は昨日のうちに無理をしてでも今日の仕事の分を終わらせたのだ。それはきっと政近も一緒だったのかもしれない。
先を行く政近の手が汚れている。アシスタント業務を先ほどまでしていたのは、本当の話なのだろう。仕事となると猪突猛進なのは似ているのだ。
だが倫子は今日、政近と居ることを三人に告げていない。特に春樹には知られたくなかった。取材と言いながらも二人でデートをしているようだから。
コーヒーを一口飲んで少しため息を付く。
「何時まで起きてたの?」
泉が呆れたように聞くと、倫子はぽつりと言った。
「四時。」
「俺、五時に起きたよ。」
泉と伊織はいつも通り早く起きるのだ。泉はともかく、伊織も春樹も今日は休日なのによくこんなに早く起きれるものだと感心する。
「元々夜型だものね。大学だっていつも午後の講義しか受けなかったのに。」
「必須科目が苦痛だった。」
その気持ちはみんな分かるが、泉はどちらかというと朝方で午前中に抗議を受けて午後からバイトへ勤しんでいたし、伊織も同じようなモノだった。春樹も倫子ほどではないが寝起きが悪いので、あまり午前の講義は入れなかったと思う。
「泉。今日、何時に行けばいいんだっけ。」
「九時くらいで良いって言っていたけれど。」
礼二は今日、引っ越しをする。必要なモノをより分けたらそんなに荷物はなかった。だがさすがに部屋の片づけや、大きなモノは一人で運べない。引っ越し業者にお願いしようと思っていた矢先、伊織と春樹が休みの日だったら手伝いにいこうと名乗り出たのだ。
「でも良いの?せっかくの休みなのに人の手伝いなんかして。」
「いいんだよ。こういうことはお互い様だし。男手があった方が良いよ。」
「そうだね。冷蔵庫とかあるのかな。」
「冷蔵庫は買い換えたみたいね。一人だとそんなに大きなモノはいらないって。」
やっと倫子が箸を持った。頭がはっきり起きてきたようだ。
「倫子はまた仕事をするの?」
「ううん。まぁ……仕事と言えば仕事かな。」
昨日一日、無理をして仕事をしていたのは今日のためだった。
「あぁ、連載するんだって言ってたね。」
「淫靡小説」の増刷が落ち着いてきたのに、この間発売された月刊の漫画雑誌が今度は書店から消えた。それは倫子と政近の合作の読み切りが載っているからだ。おかげで浜田たちの部署は休みが返上されたらしい。
それでも浜田が課を移動するのは避けられない。そっちの月刊誌の方で連載をスタートさせるのだ。
「面白かったよ。あまり漫画って読まないんだけどね。」
「制約が多すぎる。アレ駄目、コレ駄目じゃミステリーなんか書けないのに。」
ぶつぶつ言いながら味噌汁に口を付けた。
「その制約の中でうまく表現してよ。小泉先生。」
春樹はそういって倫子を急かす。今度連載させるモノは、もう春樹の手から放れる。浜田の手腕にかかっていて、短期に終わるのか、それとも長期連載になるのかはわからない。
「「美咲」を出して欲しいって言われたわ。」
「トランスジェンダーの?」
伊織がそう聞くと、倫子はうなづいた。
「どうするかしらね。見た目は女だけど、女も男もいけるどうしようもないキャラクターよ。」
「アレさ、本当にモデルっていないの?」
泉が聞くと、倫子は首を横に振った。
「いないわ。ん……このめざし美味しいね。どこで買ったの?」
「春樹さんのお土産。」
「そう……海の方に?」
「いいや。池上先生が、あっちの方の出身でね。ちょうど挨拶に以降と思ったら、アンテナショップが期間限定で開いてて。そこでついでにここのもって。」
「そう……。そっちの方にも行ってみたいわね。」
倫子はそういって、ご飯を口に入れる。
今日、倫子は礼二の引っ越しにはつきあわない。だが出かける用事はある。それは春樹にも伊織にも言えないことだ。
家のことをしたあと、倫子は着替えをして家を出て行く。三人には今日は取材へ行くと言ってあった。泉は倒れそうな倫子を心配しながら、それでも行くと言ったら聞かない倫子を半分諦めているようだった。
駅前の時計台で、荷物を持って立っている倫子にこんな朝から声をかける男もいる。
「ライブ帰り?どこのハコに行ってたの?」
ハコというのはライブハウスのことだ。倫子の容姿からバンドマンだとか勘違いする人も多い。
「違うわ。」
声をかけてくるのは、同じような容姿の人。入れ墨を入れていたり、革ジャンを着ていたりする。倫子はその男たちの去っていく背中を見て少しため息を付いた。そして時計台の時間をみる。約束の時間は十分過ぎてしまった。
もう帰ろうかと思ったとき、倫子に近づいてくる男が居た。
「よう。悪かったな。遅れて。」
「帰ろうかと思ったわ。」
田島政近は今日も誰よりもパンクロッカーのような容姿だった。革のパンツと、耳や口元のピアス。細身で異国の薬漬けになって死んだベーシストを小さくした感じに見える。
二人は並ぶととても絵になる。春樹は背が高すぎて、倫子が子供のように見えるし、伊織は背が低くて倫子よりも少し高いくらいだ。
二人の様子を見て「あぁやっぱり、あぁいう女にはあぁいう男がつく」と思われる。倫子にしてみれば不本意だ。
「寒かっただろう?コーヒーでもおごろうか?」
「結構よ。早く用事は済ませたいの。」
「そう言うなよ。昼飯くらい奢らせろって。どうせ今日は俺の都合だし。」
「私の都合でもあるわ。」
政近は夕べ寝ていない。さっきまでアシスタントの仕事が修羅場だったのだ。さっき終わって、そのままここにやってきたのは倫子に合いたいのが半分。そして取材目的が半分だった。
「お店には話をしているの?」
「十一時開店だから、もうそろそろ開くと思うけど。」
「じゃあ、行きましょうか。」
漫画雑誌の連載が決まり、そのキャラクターでの固定キャラの中にトランスジェンダーの「美咲」がいる。
美咲は性別は男。だが見た目は女。洋服もゴシックロリータ・ファッションなのだ。
読み切りであれば雑誌などを参考にしてキャラクターを作っていた。だが連載で続けて出すと言うことになれば、話は違う。それにこういう世界も流行廃れはあるのだ。どういうモノがはやっているのか見てみたいという政近に、倫子も不本意ではあるがついて行くことにした。
政近の知り合いに洋服屋を経営する人が居るので、一緒に行こうと言いだしたのは一昨日のことだった。なので倫子は昨日のうちに無理をしてでも今日の仕事の分を終わらせたのだ。それはきっと政近も一緒だったのかもしれない。
先を行く政近の手が汚れている。アシスタント業務を先ほどまでしていたのは、本当の話なのだろう。仕事となると猪突猛進なのは似ているのだ。
だが倫子は今日、政近と居ることを三人に告げていない。特に春樹には知られたくなかった。取材と言いながらも二人でデートをしているようだから。
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