守るべきモノ

神崎

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血縁

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 早く引っ越しをしたいと言っていた礼二は、不動産屋で内見を二、三件見ただけでもう決めてしまったらしい。駐車場付きで、あまり広くない部屋だ。そして倫子の家から近い。それは泉に来て欲しいと思っているからだろう。
 捨てるモノや必要ないモノをまとめたモノが隅に置いてある。その中には、アルバムのようなモノがあるのをみて、泉は少し心を痛めた。
 本当に血の繋がりがないだけで、父親ではないと割り切れるものなのだろうか。子供は「お父さん」と言って懐いていたはずなのに。
「何か作ろうか。お腹空いてるだろう?」
 礼二はそう言って、泉を急かす。そんなとき、自分が本当にここにいて良いのかと思うのだ。
「礼二。あのね……。」
「ん?」
「奥さんともう一度話せないのかな。」
「……無理しているように見える?」
「見える。」
 ずばっと言うのが泉らしい。
「あんな生活をしていたんだ。悪いことばかりしてさ、人も相当傷つけて、俺、鑑別所にも行ってた事があるんだ。」
 鑑別所をでて、昔の悪い仲間から声をかけられて、また繰り返した。だがある施設の保険医から言われたことがある。
「……子供を作れないかもよ。そう言う事例もあるし、一度検査してみる?」
 性病の検査のついでにしたことだった。そしてやはりその保険医の言うことは当たっていた。
「相当精子が少ないね。それにこんなに元気もなければ子供は出来ないわ。」
 出来ないとは言い切れない。しかしそれも血筋なんかではなく、自分の身から出た錆なのだ。
 だから奥さんから「子供が出来た」と聞いたとき、本当に嬉しかった。自分は男であっていいんだと思えた。
「裏切られたと思う。許せないよ。」
「礼二……。」
 静かだが怒りが込められていた。奥さんと話し合いで解決できる問題ではないのだ。自分がここにいて良いのかと思う。自分がそれを受け止められる自信はない。なのに逃げ出すことも出来ない。無慈悲にこんな状態の礼二を放っておけない。それにやはり好きなのだ。
「私、一緒にいても良いの?」
「え……。」
「辛いことを言われたと思う。でも私にはその気持ちがわからないの。ただ単に、辛かったねって言っても、そんな言葉通じないと思うし……。」
「……。」
「一緒にいて欲しい。」
 礼二は手をさしのべて、泉を抱き寄せる。そして唇を重ねた。

 風呂から出てくると、自分の部屋に一度戻る。春樹はそのまま携帯電話を見ると、着信が入っていた。それは妹の真理子からだった。
「もしもし。あぁ……かまわないよ。うん……。実は、ずっと有給を消化してくれって言われててね。ちょうど良かった。一日でも取っていれば、文句は言われないし。」
 地元にある病院に紹介状を書かれた。これで靖の足が治るのかはわからない。何でもしてみないとわからないのだ。てっきりこっちに通わないといけないかと思っていた真理子は、地元での病院通いに安心していたようだった。
「克之さんが?」
 克之は良い顔をしていなかったらしい。靖は他の子供に比べると相当頭が良く、地元の高校ではなく、寮に入ってでも進学校に行かせたいと思っていたようだ。年が明けて、もうそろそろ高校の願書の受付になる。
 良い高校へ行けば大学にも良いところをめざせると信じているらしい。こういうところが大学の教授と言ったところだろうか。
 真理子自身は、どっちでも良いと思っていた。靖のやりたいようにやらせればいいし、走るのも勉強も本を読むのも止めたことはない。だがそれに克之は「自分の子供ではないからそんなに冷たいことを言うのか」と言うのが、最近の喧嘩の種だ。
「靖君は、地元の高校で良いとは言っていたけどね。高望みしたくないと言っていた。だけど……自分のレベルにあったところに行った方がいいとは思う。見合ったところよりも高ければ自分の首を絞めるし、低ければ物足りなさを感じるだろう。どちらを選ぶのかは、靖君次第かな。」
 電話を切って、ため息をついた。やはり自分の子供ではないからそんなに冷たいことが言えると克之なら言うと思ったのだ。どう見ても克之と靖は似ていない。甥なのだから。
「血の繋がりなんか……どうでも良いのにな。」
 そう教えてくれた人が居た。小さな頃、あの暗い土蔵でほこりっぽいその中で教えてくれた人。
「血の繋がりのある親でも手を挙げて殺すこともあるんだ。人間はわがままだねぇ。」
 確かにそう言われた。どんな経緯で言ったのかわからないし、詳しい事情は知らないが幼かった春樹にその言葉は響いた。
 携帯電話を手にすると、部屋を出て倫子の部屋へ向かう。そして部屋の前で声をかけた。
「倫子。」
 すると倫子の声がすぐに聞こえる。
「どうぞ。」
 すると春樹はすぐにドアを開ける。いすに座って、倫子は資料をまとめているようだった。
「春樹。昼間に相談したいことがあるって言ったの、覚えてる?」
「うん。どうしたの?」
「今度の休みでいいんだけれど、一緒に図書館へ行ってくれないかと思って。」
「図書館?」
 思わず芦刈真矢のことを思いだした。そうだ、倫子は真矢に会っているかも知れないのだ。
「蔵書が結構あるの。今日は「三島出版」の話の資料を集めたのだけれど、場合によってはそちらの話に加えたいこともあるし。」
「もう話が中盤にさしかかっているよ。今更変更すれば、話が歪む。するなら設定の時点ですれば良かったのに。」
「そうなんだけどね。」
 どうしても変えたいことも出てくる。いらない資料を見たからだろうか。
 春樹はそのまま机に近づくと、その資料を手にする。昔の田舎の漁村が舞台らしい。少し自分の地元を思い出した。いつか倫子を連れて行きたいと思う。
「俺の地元っぽいな。」
「そうなの?」
「俺のお祖父さんが漁師をまとめる役割をしていた。荒くればかりで喧嘩が絶えないと言っていた。その仲裁ばかりをしていてね、ヤクザなんかとも対等に渡り合えたらしい。」
 個人で漁に行くのだったらそれで良い。だが地引き網で取った方が、自分達の取り分が多い。祖父はそれをうまくまとめていたと思う。厳しく、頑固で、口より手が先にでる人だったからだろう。
「春樹の地元にも行ってみたいわ。」
「あぁ、連れて行くよ。ネタとかそういうの無しでね。」
「え?」
「父から連れてこいと言われていた。来年は連れて行くから。」
 そのときは結婚をすると言うことだろうか。妻が亡くなって、結婚したいという女性を連れていくのは自然なことなのかもしれない。だが倫子自身が結婚と言うことにリアリティを感じなかった。
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