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血縁
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泉からの連絡に、倫子は少しため息をついた。今日は帰れないらしい。礼二の方で何か進展があったのだろう。だから付き添っていたいという言葉はわかる。付き添えるなら付き添った方がいい。春樹が奥さんを亡くしたとき、どれだけ絶望感に打ちひしがれただろう。なのに倫子はその場にいることも出来なかったのだ。そんな航海を泉には指せたくない。礼二のことが本気ならなおさらだ。
それを自分たちの都合に泉を巻き込みたくない。
帰ってきた伊織のぶんもカレーをよそった。そしてサラダやスープも付ける。
「明日もカレーね。」
「良いよ。カレーは一日置いたらまた美味しくなるし。」
機嫌がいい春樹とは逆で、伊織の表情は少し曇っている。一日倫子と春樹が居て、甥が居るとは言ってもデートをした気分になっているのだと思っているのかも知れない。
「伊織。」
倫子は声をかけるとふと我を取り戻したように伊織は倫子の方を見る。
「何かあった?疲れてる?」
「うーん。まぁ、ホワイトデーのパッケージばかり考えているけどね。」
「この間までバレンタインデーだったのに。」
「そんなものだよ。毎年流行は違うしね。あぁ。伊織君。この間の本の表装、赤松先生に好評だった。来月発売になるよ。」
「あの不倫のヤツ?」
チョコレートがキーワードになる恋愛小説。本の内容を見て、ホワイトチョコレートとダークチョコレートをイメージした表装にしたのだ。これは社長の上岡富美子にも高評価だったと思う。
「カレーがキーワードだったらカレーが表装になるのかしら。」
「それは違うよ。作品を読んでイメージをしたら、チョコレートっていうワードが残った。表装は本の顔だし、見て作品のおぼろげな全体像が見えるようなそんな表装を心がけてる。」
そんなことまで考えながらデザインをしているのだ。伊織の仕事の姿勢はとても尊敬できる。
「高柳はそれが出来ないのかな。」
「高柳?」
「あぁ。同僚。ちょっとトラブルになって。」
夏のバーベキューで倫子に突きかかってきた女だった。威勢がよくて、印象に残っている。
「トラブル?」
「引き抜きをされかけたんだ。」
「有能ならそういうこともあるよね。」
春樹の部下であるライターも引き抜きをされるという。経営者が変わった「西島書店」を買い取ったところが、ライターを引き抜いたのだ。年が変わってそのライターは、「戸崎出版」を辞めた。それからはどうなっているのかわからない。
明らかに胡散臭いと思っていても選ぶのは自分だし、ライターが居なくなれば他のライターを呼ぶ。まだ目が離せない春樹は、しばらくは仕事量も増えるだろう。
「社長に言わせれば、高柳はそこまで有能ってわけでもない。実際、辞めるって言ったときも高柳に着いていたと思ってた顧客のほとんどは「別の社員を紹介して欲しい」って言われていたみたいだし。」
「だったらどうしてその引き抜いた会社は、その子を欲しがっていたのかな。」
カレーを口に入れると、エビの香ばしい香りがした。それに味も深くなっている。干しエビを入れただけでとても味が変わるものだ。
「ヤクザが経営しているところだから。」
「ヤクザ?」
明日菜の隣にいたのは綾子だった。そして綾子の来ていたグレーのスーツの下のから少し見えたのは入れ墨だった。あれは椿の枝だと思う。
「つまり、ヤクザがそのデザイナーを会社に引き抜く。うまくやってくれればそのまま使うけれど、きっと馬馬車のように働かされる。そんなに働かされたら、どんな有能な人も使い物にならなくなるな。」
春樹はカレーを口にしながら、納得していた。
「そのあとはどうなるの?」
倫子はそう聞くと、春樹はスプーンを止めて言った。
「借金を負わせる。あぁいう所はトイチどころじゃないから。」
「トイチって十日に一割っていう?」
「うん。男なら少し頭が良ければヤクザにそのまま走るか、たこ部屋に押し込まれるか、それでも返さなきゃ臓器を売ったりウリセンで働くこともあるし、女はキャバクラか風俗、AVに出演することもある。」
明日菜もそうなるかも知れなかった。姉がどう動くのかわからないが姉の話によると弁護士同士の話し合いになり、おそらく長引かないで決着はつくらしい。長引けば金がかかるからだ。まだ働いてもいない社員にそこまですることはないだろうと言う見解だった。
「それにしても詳しいわね。初めて聞いたわ。そんな話。」
倫子はそういって春樹に聞くと、春樹は少し笑っていう。
「俺、入社したときの担当は週刊誌だったんだ。病院とかに置いているような週刊誌ではなくて、もっとゴシップ色の濃いヤツ。」
半分はエロで、半分はヤクザや反グレや外国のマフィアの話題ばかりだった。こんな世界もあるのかと思いながら仕事をしていたこともある。
「その子は、まだ働いていないだけましだったな。それに弁護士を通せば、筋は通る。でもあっちの弁護士も有能だよ。」
「姉が言い負かされることがあるのかな。」
「そんなに有能なの?」
「国際弁護士をしていたとき、相当言い負かしていたらしいから。それに、あっちのマフィアから専属にならないかって言われたこともあるらしい。」
「それこそ、臓器を売らないといけないくらいの借金を抱えることにならないかしら。」
「だから断ったって言ってた。高柳は運が良かった方かも知れない。俺が気がついたから。」
その言葉に、春樹は首を傾げた。
「伊織君。何でその企業はヤクザの企業だって気がついたの?」
「……高校の時の同期が居たんだ。」
すぐに行ってしまったが、あれは綾子だった。そして首元の入れ墨が見えた。それは何かの植物の枝の入れ墨で、おそらくそれは椿の花だ。ファッションで入れているのでも、倫子のように火傷を隠すために入れているわけではない。ヤクザの組のモノの女であることの証明であり、その意味を綾子は知っていて入れていた。
「ヤクザの女になってるんだと思う。」
「それはその女は運が悪かったな。」
明日菜にとっては幸運だったかも知れないが、綾子には大事な金蔓が無くなったと、何らかのペナルティがあるかも知れない。
「それって、綾子って人?」
倫子の言葉に、思わず伊織は水を吹き出しかけた。まさかそんなに直球に聞かれるとは思っていなかったからだ。
「誰?綾子って。」
「地元にいたときの彼女みたい。」
「へぇ……。」
「彼女じゃないよ。」
せき込みながら、伊織は否定する。だが春樹は上機嫌だった。倫子ではないそして倫子も知らない女の影が伊織にあるのだ。
「この街に住んでいるって言ってたものね。会うこともあるでしょうし。」
「会っても何もないよ。」
「どうかしら。高校生の時の彼女に再会して、また付き合うこともあるでしょう。」
「いいストーリーだね。倫子。それで今度ショートストーリーを書いてくれないか。」
「そんなべたべたのモノで良いの?」
冗談を言い合いながら、その会話すらネタの一つだ。栄輝が倫子を嫌がったのは、そういうところかも知れない。
それを自分たちの都合に泉を巻き込みたくない。
帰ってきた伊織のぶんもカレーをよそった。そしてサラダやスープも付ける。
「明日もカレーね。」
「良いよ。カレーは一日置いたらまた美味しくなるし。」
機嫌がいい春樹とは逆で、伊織の表情は少し曇っている。一日倫子と春樹が居て、甥が居るとは言ってもデートをした気分になっているのだと思っているのかも知れない。
「伊織。」
倫子は声をかけるとふと我を取り戻したように伊織は倫子の方を見る。
「何かあった?疲れてる?」
「うーん。まぁ、ホワイトデーのパッケージばかり考えているけどね。」
「この間までバレンタインデーだったのに。」
「そんなものだよ。毎年流行は違うしね。あぁ。伊織君。この間の本の表装、赤松先生に好評だった。来月発売になるよ。」
「あの不倫のヤツ?」
チョコレートがキーワードになる恋愛小説。本の内容を見て、ホワイトチョコレートとダークチョコレートをイメージした表装にしたのだ。これは社長の上岡富美子にも高評価だったと思う。
「カレーがキーワードだったらカレーが表装になるのかしら。」
「それは違うよ。作品を読んでイメージをしたら、チョコレートっていうワードが残った。表装は本の顔だし、見て作品のおぼろげな全体像が見えるようなそんな表装を心がけてる。」
そんなことまで考えながらデザインをしているのだ。伊織の仕事の姿勢はとても尊敬できる。
「高柳はそれが出来ないのかな。」
「高柳?」
「あぁ。同僚。ちょっとトラブルになって。」
夏のバーベキューで倫子に突きかかってきた女だった。威勢がよくて、印象に残っている。
「トラブル?」
「引き抜きをされかけたんだ。」
「有能ならそういうこともあるよね。」
春樹の部下であるライターも引き抜きをされるという。経営者が変わった「西島書店」を買い取ったところが、ライターを引き抜いたのだ。年が変わってそのライターは、「戸崎出版」を辞めた。それからはどうなっているのかわからない。
明らかに胡散臭いと思っていても選ぶのは自分だし、ライターが居なくなれば他のライターを呼ぶ。まだ目が離せない春樹は、しばらくは仕事量も増えるだろう。
「社長に言わせれば、高柳はそこまで有能ってわけでもない。実際、辞めるって言ったときも高柳に着いていたと思ってた顧客のほとんどは「別の社員を紹介して欲しい」って言われていたみたいだし。」
「だったらどうしてその引き抜いた会社は、その子を欲しがっていたのかな。」
カレーを口に入れると、エビの香ばしい香りがした。それに味も深くなっている。干しエビを入れただけでとても味が変わるものだ。
「ヤクザが経営しているところだから。」
「ヤクザ?」
明日菜の隣にいたのは綾子だった。そして綾子の来ていたグレーのスーツの下のから少し見えたのは入れ墨だった。あれは椿の枝だと思う。
「つまり、ヤクザがそのデザイナーを会社に引き抜く。うまくやってくれればそのまま使うけれど、きっと馬馬車のように働かされる。そんなに働かされたら、どんな有能な人も使い物にならなくなるな。」
春樹はカレーを口にしながら、納得していた。
「そのあとはどうなるの?」
倫子はそう聞くと、春樹はスプーンを止めて言った。
「借金を負わせる。あぁいう所はトイチどころじゃないから。」
「トイチって十日に一割っていう?」
「うん。男なら少し頭が良ければヤクザにそのまま走るか、たこ部屋に押し込まれるか、それでも返さなきゃ臓器を売ったりウリセンで働くこともあるし、女はキャバクラか風俗、AVに出演することもある。」
明日菜もそうなるかも知れなかった。姉がどう動くのかわからないが姉の話によると弁護士同士の話し合いになり、おそらく長引かないで決着はつくらしい。長引けば金がかかるからだ。まだ働いてもいない社員にそこまですることはないだろうと言う見解だった。
「それにしても詳しいわね。初めて聞いたわ。そんな話。」
倫子はそういって春樹に聞くと、春樹は少し笑っていう。
「俺、入社したときの担当は週刊誌だったんだ。病院とかに置いているような週刊誌ではなくて、もっとゴシップ色の濃いヤツ。」
半分はエロで、半分はヤクザや反グレや外国のマフィアの話題ばかりだった。こんな世界もあるのかと思いながら仕事をしていたこともある。
「その子は、まだ働いていないだけましだったな。それに弁護士を通せば、筋は通る。でもあっちの弁護士も有能だよ。」
「姉が言い負かされることがあるのかな。」
「そんなに有能なの?」
「国際弁護士をしていたとき、相当言い負かしていたらしいから。それに、あっちのマフィアから専属にならないかって言われたこともあるらしい。」
「それこそ、臓器を売らないといけないくらいの借金を抱えることにならないかしら。」
「だから断ったって言ってた。高柳は運が良かった方かも知れない。俺が気がついたから。」
その言葉に、春樹は首を傾げた。
「伊織君。何でその企業はヤクザの企業だって気がついたの?」
「……高校の時の同期が居たんだ。」
すぐに行ってしまったが、あれは綾子だった。そして首元の入れ墨が見えた。それは何かの植物の枝の入れ墨で、おそらくそれは椿の花だ。ファッションで入れているのでも、倫子のように火傷を隠すために入れているわけではない。ヤクザの組のモノの女であることの証明であり、その意味を綾子は知っていて入れていた。
「ヤクザの女になってるんだと思う。」
「それはその女は運が悪かったな。」
明日菜にとっては幸運だったかも知れないが、綾子には大事な金蔓が無くなったと、何らかのペナルティがあるかも知れない。
「それって、綾子って人?」
倫子の言葉に、思わず伊織は水を吹き出しかけた。まさかそんなに直球に聞かれるとは思っていなかったからだ。
「誰?綾子って。」
「地元にいたときの彼女みたい。」
「へぇ……。」
「彼女じゃないよ。」
せき込みながら、伊織は否定する。だが春樹は上機嫌だった。倫子ではないそして倫子も知らない女の影が伊織にあるのだ。
「この街に住んでいるって言ってたものね。会うこともあるでしょうし。」
「会っても何もないよ。」
「どうかしら。高校生の時の彼女に再会して、また付き合うこともあるでしょう。」
「いいストーリーだね。倫子。それで今度ショートストーリーを書いてくれないか。」
「そんなべたべたのモノで良いの?」
冗談を言い合いながら、その会話すらネタの一つだ。栄輝が倫子を嫌がったのは、そういうところかも知れない。
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