守るべきモノ

神崎

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血縁

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 あの図書館にもカフェコーナーや勉強ができるようなコーナーがあったのでそこでプロットを練っても良かったが、どうもファンですと言われると一気にそこでしたくなくなる。そもそもミステリーなのだから、犯人はどうするかとか、トリックはどうするだとかと言うのは外部に漏れてはいけない。
 針の穴をつつくような傷は、いつの間にかどんどんと割れていくのだ。そう思いながら、倫子はバスに乗って駅の方へ向かう。
 今日はこれから病院へ行かないといけない。だがその時間まではまだ余裕がある。かといって家に帰るようなものでもない。
 泉の所へいってみるか。そう思いながら、バスを降りて「book cafe」へ向かった。書籍のコーナーをすり抜けて、二階のカフェコーナーへ足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。」
 声をかけられて、そちらを見るとそこには礼二の姿しかなかった。
「あら。泉はいないのかしら。」
「阿川さんは、休憩中ですよ。」
「そう……まぁいいわ。コーヒーもらえる?」
「はい。」
 そういって倫子はカウンター席に座ると、持ってきた資料のはいったファイルを取り出す。
「……今日、泉の代わりはいないの?」
「書店は今てんてこ舞いでね。こっちも今は忙しくないし、一人で回せるから。」
「ふーん。」
「「淫靡小説」の増刷が追いついていないとか。」
「官能小説紙だものね。ネット配信もしていないし。「戸崎出版」はネット配信をいち早く取り入れた割には、そっちの方は配信していなかったのね。」
「官能小説はなかなかネット配信しないよ。」
 がりがりと豆をひく音がする。店内には倫子の他に、数人の客がいる。静かに本を読んでいる人、打ち合わせの人らしき人がいた。
「読んだ?」
「うん。なんか……作風が変わったのかって思う。」
「変えたのよ。官能小説だからって、心がないと駄目だってあっちの編集長が。」
「心?」
「つまり愛のあるセックスを書いて欲しいって。」
「あぁ。そういう……。」
 確かに読んでいて心が痛くなった。絶対許されない恋だった。だからそのどうしようもない感覚が受け入れられたのだろう。
「たかが官能小説だって思ったんだけどね。でも倫子さん、書きたかったんだろう?」
「うん。面白そうだったから。」
 フィルターをセットして、挽いた豆を入れた。そのときだった。階下から、一人の女性が上がってきた。
「いら……。」
 礼二が声をかけようとしたときだった。その女性が礼二めがけて一直線に歩いてくる。
「礼二。」
「仕事中だけど。」
 熱くなっている女性に対し、礼二は冷静にコーヒーを淹れようとしている。
「別れないって言ってるのに。」
 奥さんなのだろうか。倫子はそう思いながら、ファイルを開いてみているふりをしながらその様子を観察していた。他の客もそうらしく、本を読むふりをしてこちらに視線が向いている。
「無理。」
「何で……。」
「俺の子供じゃないから。」
 すると女性は涙をこらえながら、倫子の方に視線を向ける。
「小泉倫子よね。」
「……そうですけど。」
「昔から礼二を知っているんでしょう?礼二とあなたが何かあったの?だから……。」
「無いです。」
 だいぶ錯乱しているな。そう思いながら、礼二に視線を向けた。そしてその間に礼二は自分のポケットに入っている携帯電話にメッセージを送った。泉にしばらく帰らない方が良いと。
「だったら誰なのよ。あなたが知っている人?」
「……自分のことはずいぶん高いところに置いているんですね。」
「何ですって?」
 女性がぎりっと奥歯をきしませて、倫子に詰め寄る。
「自分が浮気をしてその浮気相手の子供を作った。黙って礼二に育てさせようとでも思ってたんですか。猿でもそんなことしませんよ。」
 そのとき倫子の頬に激しい痛みがおそってきた。

 帰ってきた泉は、呆れたように倫子を見ていた。そして冷たいタオルを頬に当てながら、コーヒーを飲んでいる。
「火に油を注ぐようなことを言うから……。」
「売られた喧嘩は買うのが当たり前でしょ?ねぇ礼二。」
 元々ヤンキーだった礼二に心当たりがないわけではない。ばつが悪そうに視線をそらせた。
「あの奥さん、まだ離婚届にサインをしていないんでしょう?」
「俺の子供だの一点張りでね。」
「……まぁ……無性症でも出来ないことはないけれど……。」
「出来ることがあるの?」
「治療すればね。礼二。離婚裁判でも起こす?」
「んー……。応じないかもしれないしなぁ。」
「DNA鑑定でもしたら?」
 すると倫子はそのタオルを泉に返す。
「どちらにしても次の子供はあなたの子供ではなかったんでしょう?」
「あぁ。絶対違う。」
「言い切るわねぇ。」
 そのとき二階に亜美がやってきた。いつもの格好とは違い、地味な様相だった。おそらく慌ててやってきたのだろう。
「倫子。麻里だけど、桃子の病院に入れたわ。」
「どうだって?」
「しばらく入院した方が良いって言ってたわ。」
「だと思った。」
 精神的にぎりぎりだった。妊娠中期にさしかかろうとしていたのに、食事も満足にとれていなかった。このままでは子供が餓死をすると思ったのだろう。
「礼二。あんたにも責任ってあるのよ。」
「俺?」
「当たり前でしょ?奥さんの管理もしないで何やってんのよ。どうせあんた、帰ったら麻里の話半分も聞いてなかったんでしょ?」
「あいつ、グチばっかりだもん。」
「うるさい。女はグチと嫉妬で出来てんのよ。それくらい理解しなさい。だから男は駄目なのよ。」
 亜美もグチっぽくなっている。礼二の奥さんも亜美の友人だった。だから情が入っているのだろう。
「亜美。そこまでにして。ここ、お店なのよ。」
 そういって泉はコーヒーを亜美の前に置く。
「……そうね……つい熱くなっちゃって。悪かったわね。泉。」
 コーヒーに口を付ける。そして倫子の方を見ると、まだ少し頬が腫れていた。
「あなた、今日、それで帰ったら何か言われるんじゃないの?」
「そうね。帰ってくる頃には収まっているといいんだけど。」
「あぁ。同居人?」
 礼二だけが事情を知らなかった。少し中の良い同居人は、男と女の境がないとのんきなことを思っていたのだ。
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