守るべきモノ

神崎

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 次の日の昼過ぎに、真理子達夫婦が帰ってきた。相変わらず子供が居ると家が一気に騒がしくなるようだと思う。
 お年玉をあげると「ありがとう叔父さん。」と笑顔になる。現金なものだ。きっと甥や姪がいる伊織にはわかることだろう。
「靖君。お年玉いらないの?」
 中学生になる靖は、少し反抗期だ。克之の実家にも渋々ついて行ったといった感じだろう。
「良いよ。俺、小遣いも貰っているし、何に使って良いかわからない。」
「欲しいものとか無いのか。」
 春樹はそう聞くと、靖は首を横に振った。
「今は無いよ。」
 靖は春樹に少し似ている。中学生にしては背が高く、がっちりした体型をしている。小さい頃は水泳のスクールに通っていたようだが、中学生になった今は何をしているのかわからない。テレビに夢中のほかの姉弟とは違って、元旦に配られた厚い新聞を読んでいるようだった。それはスポーツ新聞のようで、野球選手のインタビューが載っている。
「靖君は大人になったな。」
 すると真理子は少し微妙な顔をしている。
「どうしたの?」
「学校の部活で陸上をしていたの。長距離でね。だけど膝を壊しちゃって、年末に二度と長距離は出来ないって言われたのよ。」
 秋にあった大きな大会の時まで普通に走っていた。だがそれからタイムが伸び悩んで、必死に練習をしていたのが徒になったのかもしれない。
 急に動かなくなったと思ったら膝に激痛が走ったのだという。
「成長の過程のものじゃないのか。俺も膝とか肘とか痛かったよ。」
「そうじゃないみたい。医者が言うんだから、間違いないでしょ。それからどうもいじけちゃって。」
 新聞を読んでいるその横顔に笑顔はない。春樹も水泳をずっとしていたが、大学に入って辞めた。どうしても学校とバイトとサークルで一杯一杯だったからだ。だが今でも時間を見つけて泳いだりしている。それは泳ぐと無心になれるからだ。だが靖にはそれも出来ないのだろう。
「放っておけばいい。自分の問題は自分で解決する。他人が言うことじゃないよ。」
 克之はそういって携帯電話を手にして、父親のところへいく。倉に眠っている骨董について話をするらしい。
「お父さん。うちの大学の研究室から連絡があって……。」
 春樹はそれを見て煙草を手にすると立ち上がる。そして縁側を抜けて庭に出る。
 この家には喫煙者がいない。なので喫煙は控えていたが、我慢にも限界がある。小さなバケツに水をくんで、それを灰皿代わりにしていた。
「叔父さん。」
 声をかけられてふとそちらを見ると、そこには靖の姿があった。
「どうしたんだ。」
「新聞に読み物が載っててさ、小泉倫子って人の読み物が。叔父さんの担当の人だって昔、聞いたことがあるんだけど。」
「うん。デビューの時からのつきあいでね。今は家主でもあるよ。」
「……サインとかもらえない?」
「え?」
 中学生くらいの時は多感な時期だ。そして性に対して興味を持ち出す時期だろう。だから性描写が多い倫子の作品を読みたいと思うのは当然だ。
「倫子さんの本を読んでるの?」
「不思議じゃないよ。隣町の本屋でも売られてるくらいだし……別に俺が買っても止められたりしないよ。」
「そう?ファンなんだ。」
「……俺変わってるって言われる。周りの友達なんかは、音楽もあの顔だけのアイドルの誰が良いとか、テレビとかに出てくるお笑いの誰が良いとか言ってるけど、俺……あまり興味がなくて。」
 春樹は煙草に火をつけて、話を聞いていた。自分によく似ていると思ったからだ。
「小説が好きなの?」
「うん。みんなから図書委員かよって言われるけど。」
 煙を吐き出して、靖をみた。
「今度、俺のところに遊びに来るかな。」
「え?俺、一人で行って良いかな。母さんが反対しそう。」
「一人で来いとは言わないよ。克之さんが大学へ行くときにでもついてくればいい。その時は迎えに行くよ。」
 するとやっと靖は笑顔になった。
「小泉先生に会えるかな。」
「会おうと思えば会えるけど、あまり期待しないで。」
「え?」
「結構気難しいよ。こう……激しいパンクロッカーみたいな容姿だしね。」
「知ってる。荒田夕との対談をしている記事をみた。入れ墨があったね。でもあれ、面白かったんだ。」
「評価は割れてる。二人のプライベートを知りたいって人は肩すかしだったって言われるし、作品だけを見ている人は濃い内容だったってね。」
「俺は面白かったよ。荒田夕って医者だったんだ。」
「正式には医者にはならなかったみたいだけどね。」
 灰を落とすと、ふと縁側の方をみる。こちらを真理子が心配そうに見ていた。だが真理子にも克之にも相談しがたいこともあるだろう。それがきっと靖を黙らせているのに。
「あぁ、コーヒーが飲みたいな。」
「自販機くらいしかないよ。ここ喫茶店もないんだ。」
「この際それでも良いか。靖君も飲む?」
「俺、コーヒー苦手。」
「そっか。だったら何が好き?」
「ゆず茶。」
 その答えに春樹は少し笑う。きっとそのゆず茶は、自分の母が冬になったらよく作っていたものだから。格好を付けていじけているように見えたが、結局、家が好きなのだろう。
「レモネードをおごってあげるよ。これを吸ったらちょっと出てこよう。」
「いいの?」
「お年玉をいらないってくらいなんだから、それくらいはやるよ。俺の財布、テーブルの上に置いてあるから取ってきて。」
「うん。」
 靖はそういって縁側に戻っていく。
 春樹も中学生くらいの時は、反抗期のように親と口を利かなかったこともある。そして頼りになったのは、祖父の知り合いだという梅という男だった。
 きっとヤクザだったはずだ。袖からはちらっと見事な入れ墨があったから。だがそれを感じさせないくらい気さくな人だった。だが父はあの男を嫌っていた。
 いつだったか梅が借金を申し出ていたのだ。「倍にして返す」といっていたのだが、祖父が貸したお金を未だに戻ってきたという話は聞いたことがない。それがきっと嫌っている理由の一つだったのだろう。
 だが梅は春樹をとても可愛がっていた。そして春樹も親にいえない相談を梅にはしていた。自分が今、その立場になる。部下に言うように説教臭くないように気をつけないといけないな。そう思いながら煙草の吸い殻をバケツに落とした。
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