守るべきモノ

神崎

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年越

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 駅前のデパートは数種類ある。若い人たちが集まるところや、レストランだけの建物もある。その中の一つに倫子と栄輝が入っていく。伊織は偶然であった姉に、話があると言って連れて行かれたのだ。あとから倫子達も合流する。その前に布団を買っておきたいと先にデパートへやってきたのだ。
「あの人、伊織さんのお姉さんだって言ってたね。」
「初めて会ったわ。弁護士だって言ってた。」
「隙がなさそう。疲れるだろうな。あぁいう人が一人居ると。」
 同じような人を栄輝は知っている。自分たちの兄だ。忍は倫子がうっとうしかったに違いない。だが今はこちらに来ることがあれば、食事に誘ってくることもあるのだ。
「兄さんのことを思い出さないのよ。」
「ばれた?」
 栄輝は少し笑うと、エスカレーターに乗り込む。
「兄さんも変わったわね。」
「何で?俺には相変わらず威圧的だよ。」
「そう?夕べ、生徒のために山に登ると言っていたわ。そんなことをしそうにないのに。」
 倫子の本を欠かさずに読んでいたり、ここに来たら食事に誘ってくるなど、思ったよりも忍は倫子を大切にしていたのかもしれない。
「俺のことはあまり言わないよ。」
「そう?でも彼女が居ることは知ってたわ。」
「そうだったの?あぁ。冬美さんが喋ったかな。」
「お姉さん?」
「たまに荷物が送られてくる。」
「少し時間をおいて帰ってみたら?」
「そうだね。」
 その時は倫子は居ないだろう。兄の嫁である冬美も、倫子がうっとうしいようだった。それが家に帰りたくない気持ちに拍車をかけている。
「ここね。」
 寝具コーナーのある階にたどり着く。そして倫子はその布団を見ていた。
「これでも安くなってる方か……。やっぱり高いわねぇ。」
「こっちは安いよ。」
「まぁ……羊毛でも悪くないか。」
 そう言ってその布団を見ていた。
「シーツと、毛布も欲しいな。」
「今使ってるのが駄目になったの?」
「そういう訳じゃないんだけど、シングルだと少し狭くてね。」
 伊織と寝ているのだろうか。だから狭いのを嫌がっているのだろうか。そう思っていたが、倫子はそれでも何も言わない。
「真空パックになってるやつが良いわね。持って帰れるし。」
「ダブル?誰かと寝るの?」
 その言葉に倫子は少し頬を染めた。そして不機嫌そうにそのセットになっている物を手にする。
「誰と?」
「別に良いでしょ?」
「伊織さんと一緒に来て一緒に選べば良かったのに。」
「伊織は違うわ。」
「だったら誰?」
 すると倫子は少しため息を付いて栄輝をみる。
「あんた、警察官か探偵にでもなったら?」
「そんなことしないよ。」
「今は言えないわ。」
 そういって倫子は、布団を手にした。栄輝はこんなに幸せそうな倫子の表情を初めて見たような気がする。

 家に帰り着くと、妹夫婦と子供達の姿はなかった。年越しは夫の実家で過ごしたらしい。この家は春樹の両親だけだったのだろうか。そう思うと少し心苦しかった。
「帰ってくれば良かったかな。」
 にぎやかに過ごした年越しだったのを、春樹は少し後悔していた。
「良いのよ。どうせ家でじっとしてなかったし、ほら、港の方へ行ってたのよ。私も屋台の方の手伝いをしてたし、こっちはこっちで割とにぎやかだったのよ。」
 母はそういっておせちを出してくれた。倫子のおせちはきれいに盛りつけられていたが、母は「食べれればいい」という人なので、割と豪快な物だった。だがその中身はとても豪華だ。エビやアワビなどの回線のものが占めている。
「来年は戻ってくればいい。春樹。その時は一緒に連れてくる人もいるだろう。」
 父は何もかもお見通しか。そう思いながら、だし巻きに手を伸ばす。倫子のところとは違って甘い物だった。
「喪中に言うことじゃないよ。」
「関係ないわ。四十九日が終わったらつれてきなさい。」
 母もこの調子だ。もし倫子が居なければ、きっと見合いでもさせようと思っていたのかもしれない。
「そういえば、年末に泥棒が入ったとか。」
「えぇ。消防団の人が年末に見回ってて、その上の西川って養鶏をしている人が居るだろう?」
「あぁ。ホストに見切りをつけた人か。」
「そう。その人が妙な音がするって、様子を見に行ったら案の定泥棒が入っててね。すぐ捕まえてくれた。」
「外国人だったわね。倉を見て、金目の物を盗もうとしたのかしら。そんな物があるのかしらね。」
 母はのんきにそう言うが、価値と言うよりは歴史的な価値だろう。美術品として価値があるのは、今日も床の間にかかっている掛け軸くらいだろうに。
「春に倉を壊そうと思っててね。」
 父の言葉に驚いたように春樹はみる。相当古いもので、土壁なんかもはがれてきているのだ。そういう選択をするのは無理がないかもしれない。
「入ってる物はどうするの?」
「克之君が大学の研究室へ持って行くらしい。そこで改めて鑑定をする。価値が無くても歴史的なものとしては貴重だとね。価値がある物は、市に寄贈する。」
「私たちが持ってても仕方ないわ。ネズミのベッドのためにおいているわけじゃないしねぇ。」
「そっか……そっちの方が安全かもね。」
「安全?」
「欲しがっていた人もいるんだろう。だから泥棒なんかに入られたんだ。」
「……春樹。推測で物を言ってはいけない。お前は頭が良いからそう言うことを考えているんだろうが、まだあの人はうちの身内だ。」
「四十九日までね。」
 その言葉に両親は顔を見合わせた。やはり青柳を全く信用していなかったのかもしれないが、それがどうもひどくなっている。普段からあまり表情を変えることはないが、怒りが込められているような気がした。
「ごめんくださいませ。」
 その時玄関から声がかかる。母が立ち上がり、玄関へ向かった。
「あら。お久しぶりです。春樹。ちょっと来て。」
 春樹はその声に箸をおいて立ち上がる。そして玄関へ向かうと、そこには見覚えのある人が居た。
「お母さん……。」
 それは青柳の元の妻である人だった。今はあの若い妻が青柳のそばにいるが、この人は未来の実母だった。
「春樹さん。お久しぶりです。」
「未来に会いに?」
「えぇ……本当はお葬式にも顔を出したかったのですけど……あの男に会うかと思うと、ちょっと気が引けて。」
 暗めの生地のツーピース。華美にもならないで、髪もちゃんときれいにまとめていた。ぱっと見た目は、どこかの奥様のように見える。
「会ってやってください。」
 春樹はそう言ってスリッパを用意する。すると母は靴を脱いで家にあがってくる。透明感と言うよりも、幸薄そうな人だ。まるで亡霊のように見えるのは前と変わらないが、さらにひどくなった気がする。
 そして手首を包帯で巻いていた。それを見てこの人もきっと被害者なのだと春樹は思っていた。
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