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年越
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あらかた食事を終えたのだろう。栄輝の様子を見て倫子は灰皿を引き寄せると煙草に火をつけた。
「姉さんさ。」
「ん?」
「何で警察に言わなかったの?どんな人で、何人居たのかって。」
すると倫子は少し笑って言う。
「入院してたのよ。その時警察が事情聴取に来てね、「どんな人としたの?」「普段から煙草を吸うの?」「未成年なんだから吸っちゃいけないよ」とかばかり聞いてたわ。いくら違うと言っても信用されなかった。」
退院すればもう倫子の主張はいっさい通らず、祖母が一番幻滅していたように思えた。大好きだったあの場所を、倫子が一瞬にして灰にしたのだ。そう信じている。
「あとから、槇さん……あなたが会ったと言ってたわね。その人のお父さんである槇大胡さん。その人が個人的に聞き出しにきたの。さっきのあなたの主張と一緒。十二、三で乱交プレイをするようなことはほとんどない。それに、燃え残ったあの建物の一部から、血痕が出てきたの。それを鑑定したら、私の血の跡だった。でも私には外傷はない。とすると、処女を失ったときの血の跡だろうと。」
「そこまでわかっておいて、何で表沙汰にならなかったの?」
伊織も聞いてきた。だが倫子は首を横に振る。
「警察は私が乱交プレイをして、煙草の火の不始末で建物を燃やした。それだとあんまりだからガスの漏電にしておきますと言って、妄想差は打ち切られた。槇さんだけが信じてくれたけれど、この間の話だと、槇さんはそのあと天下りされて、閑職を転々となさっているそうよ。」
警察が信用できない。その理由がわかる。ここまで事実をねじ曲げられたのだ。倫子が怒るのもわかる気がする。
「相馬さんが謝ってたね。お使いなんかに行かせたからって。」
それから相馬さんは建物を失い、南の土地でコーヒー農園をしている夫の元へ行ったらしい。そしてそれから程なく、亡くなったのだ。
「月子も……レイプされた。事実をねじ曲げられそうだったのを、あの兄さん二人が最後まで信じてくれたから、レイプ犯はぞろぞろ捕まったらしいね。」
月子はまだそんなに時間がたっているわけではない。だからこそまだ病院通いが欠かせない。それに薬もまだ欠かせないのだ。
「うらやましかったわ。信じてくれる人が居るだけで、心の支えになる。」
「姉さん。俺……。」
「あんたに力になってもらおうとは思わないわ。あんたはさっさと私ではなくて、月子ちゃんの面倒を見なさいよ。」
「よくわかったね。考えてること。」
「わかるわよ。単純だもの。男でも女でもセックスするときはコンドームつけなさいよ。」
「俺、まだ男の経験無いんだけど。」
「そう。それよ。」
倫子は思い出したように栄輝に言う。
「あんた、何でウリセンにいてまだ客が取れないの?どっちなの?タチとネコ。」
「どっちって……。」
「つっこまれる方なのか、つっこみたいのかってこと。」
すると伊織は少し苦笑いをした。やっと倫子の調子が戻ってきたと思ったのだ。
「……あーうん。まだ俺、客取ってなくて。」
「だったら何でウリセンなんかにいるの?」
煙草の火を消して、倫子は栄輝の方をみる。
「んー……。一つは、月子の薬代。」
「薬?」
「保険適応外でさ。高いんだよ。上の兄さんは漫画家みたいだけど、まだ自分の生活でかつかつみたいだし、昌さんが面倒を見てたんだけど、それでも足りないからって、良かったら働かないかって。」
「ふーん。人気あるでしょうね。あんた。」
「そうでもないよ。俺、ゲイのストライクゾーンからはかなりはずれているし。あ、伊織さんも駄目な感じですね。」
「働く気はないよ。」
伊織はそう言って少し笑った。
「それでも月子は目を離したら、自傷する癖が付いてたし。」
「……良い医者を紹介しようか?」
そう言って倫子は携帯電話を取り出す。
「いいよ。何件も医者を変えたけど、あまり変わりないし……。」
「私が安定するくらいだから、良い医者だと思うわ。一度診察だけしてもらったら?」
「姉さんが?」
すると倫子はちらっと伊織をみる。だがもう隠せないだろう。
「ずっと私も通ってるのよ。精神科。亜美から紹介されたところ、良いみたい。ずっと調子が良いわ。保険も利くから。」
そう言って倫子はメモ紙に電話番号と名前を書く。病院名のようだ。
「あともう一つは?」
すると栄輝もポケットから煙草を取り出す。その銘柄は、政近の物と一緒だった。
「……あの店の人に、「圭吾」って人が来ているんだ。」
「圭吾?」
「ヤクザだよ。オーナーの知り合いらしい。その圭吾って人は顔が広い。警察も、それから企業とも繋がりが強い。もしかしたら事実を曲げることなんか簡単なんじゃないかって。」
やはりその名前だった。倫子はそう思いながら、その話を聞いていた。
「お客なの?」
「そうじゃない。だけどよく来てる。」
「……圭吾……。」
やはりその名前が出たか。だがまだ繋がりが足りない。倫子はそう思いながら、お茶に手を伸ばした。
街の方へやってきた三人は、その人の多さに驚いた。
「……マジか。倫子。この中行くの?」
伊織はそう言って倫子をみる。
「仕方ないでしょ?今日が一番安いんだから。」
普段はビジネスマンやOLがいるくらいなのに、駅前の通りは初売り目当ての人たちでひしめいている。そして手には福袋が握られていた。
「栄輝。あなたは良いわ。帰って良いのよ。」
「良いよ。こっちに来たついでだし、俺も買い物をしたい。福袋まだあるかな。」
「そんな物が欲しいの?」
呆れたように倫子が言うと、栄輝は少し笑う。倫子は昔から本以外の執着がない。着ている物すら、あまりこだわりはないようだ。おそらくこの露出が激しい格好も、狙いがあってのことだろう。今ならその狙いもわかる。
「最近の福袋、すごいんだよ。」
「あなたが散財する理由がわかるわ。」
呆れたように倫子は言うと、デパートの方へ足を進める。
「あ、待って。」
伊織と栄輝がそのあとを追っていこうとしたときだった。
「伊織?」
声をかけられて、思わず倫子も足を止めた。そこには白いコートを着たきつそうな女性が、子供の手を引いて立っていた。
「姉さんさ。」
「ん?」
「何で警察に言わなかったの?どんな人で、何人居たのかって。」
すると倫子は少し笑って言う。
「入院してたのよ。その時警察が事情聴取に来てね、「どんな人としたの?」「普段から煙草を吸うの?」「未成年なんだから吸っちゃいけないよ」とかばかり聞いてたわ。いくら違うと言っても信用されなかった。」
退院すればもう倫子の主張はいっさい通らず、祖母が一番幻滅していたように思えた。大好きだったあの場所を、倫子が一瞬にして灰にしたのだ。そう信じている。
「あとから、槇さん……あなたが会ったと言ってたわね。その人のお父さんである槇大胡さん。その人が個人的に聞き出しにきたの。さっきのあなたの主張と一緒。十二、三で乱交プレイをするようなことはほとんどない。それに、燃え残ったあの建物の一部から、血痕が出てきたの。それを鑑定したら、私の血の跡だった。でも私には外傷はない。とすると、処女を失ったときの血の跡だろうと。」
「そこまでわかっておいて、何で表沙汰にならなかったの?」
伊織も聞いてきた。だが倫子は首を横に振る。
「警察は私が乱交プレイをして、煙草の火の不始末で建物を燃やした。それだとあんまりだからガスの漏電にしておきますと言って、妄想差は打ち切られた。槇さんだけが信じてくれたけれど、この間の話だと、槇さんはそのあと天下りされて、閑職を転々となさっているそうよ。」
警察が信用できない。その理由がわかる。ここまで事実をねじ曲げられたのだ。倫子が怒るのもわかる気がする。
「相馬さんが謝ってたね。お使いなんかに行かせたからって。」
それから相馬さんは建物を失い、南の土地でコーヒー農園をしている夫の元へ行ったらしい。そしてそれから程なく、亡くなったのだ。
「月子も……レイプされた。事実をねじ曲げられそうだったのを、あの兄さん二人が最後まで信じてくれたから、レイプ犯はぞろぞろ捕まったらしいね。」
月子はまだそんなに時間がたっているわけではない。だからこそまだ病院通いが欠かせない。それに薬もまだ欠かせないのだ。
「うらやましかったわ。信じてくれる人が居るだけで、心の支えになる。」
「姉さん。俺……。」
「あんたに力になってもらおうとは思わないわ。あんたはさっさと私ではなくて、月子ちゃんの面倒を見なさいよ。」
「よくわかったね。考えてること。」
「わかるわよ。単純だもの。男でも女でもセックスするときはコンドームつけなさいよ。」
「俺、まだ男の経験無いんだけど。」
「そう。それよ。」
倫子は思い出したように栄輝に言う。
「あんた、何でウリセンにいてまだ客が取れないの?どっちなの?タチとネコ。」
「どっちって……。」
「つっこまれる方なのか、つっこみたいのかってこと。」
すると伊織は少し苦笑いをした。やっと倫子の調子が戻ってきたと思ったのだ。
「……あーうん。まだ俺、客取ってなくて。」
「だったら何でウリセンなんかにいるの?」
煙草の火を消して、倫子は栄輝の方をみる。
「んー……。一つは、月子の薬代。」
「薬?」
「保険適応外でさ。高いんだよ。上の兄さんは漫画家みたいだけど、まだ自分の生活でかつかつみたいだし、昌さんが面倒を見てたんだけど、それでも足りないからって、良かったら働かないかって。」
「ふーん。人気あるでしょうね。あんた。」
「そうでもないよ。俺、ゲイのストライクゾーンからはかなりはずれているし。あ、伊織さんも駄目な感じですね。」
「働く気はないよ。」
伊織はそう言って少し笑った。
「それでも月子は目を離したら、自傷する癖が付いてたし。」
「……良い医者を紹介しようか?」
そう言って倫子は携帯電話を取り出す。
「いいよ。何件も医者を変えたけど、あまり変わりないし……。」
「私が安定するくらいだから、良い医者だと思うわ。一度診察だけしてもらったら?」
「姉さんが?」
すると倫子はちらっと伊織をみる。だがもう隠せないだろう。
「ずっと私も通ってるのよ。精神科。亜美から紹介されたところ、良いみたい。ずっと調子が良いわ。保険も利くから。」
そう言って倫子はメモ紙に電話番号と名前を書く。病院名のようだ。
「あともう一つは?」
すると栄輝もポケットから煙草を取り出す。その銘柄は、政近の物と一緒だった。
「……あの店の人に、「圭吾」って人が来ているんだ。」
「圭吾?」
「ヤクザだよ。オーナーの知り合いらしい。その圭吾って人は顔が広い。警察も、それから企業とも繋がりが強い。もしかしたら事実を曲げることなんか簡単なんじゃないかって。」
やはりその名前だった。倫子はそう思いながら、その話を聞いていた。
「お客なの?」
「そうじゃない。だけどよく来てる。」
「……圭吾……。」
やはりその名前が出たか。だがまだ繋がりが足りない。倫子はそう思いながら、お茶に手を伸ばした。
街の方へやってきた三人は、その人の多さに驚いた。
「……マジか。倫子。この中行くの?」
伊織はそう言って倫子をみる。
「仕方ないでしょ?今日が一番安いんだから。」
普段はビジネスマンやOLがいるくらいなのに、駅前の通りは初売り目当ての人たちでひしめいている。そして手には福袋が握られていた。
「栄輝。あなたは良いわ。帰って良いのよ。」
「良いよ。こっちに来たついでだし、俺も買い物をしたい。福袋まだあるかな。」
「そんな物が欲しいの?」
呆れたように倫子が言うと、栄輝は少し笑う。倫子は昔から本以外の執着がない。着ている物すら、あまりこだわりはないようだ。おそらくこの露出が激しい格好も、狙いがあってのことだろう。今ならその狙いもわかる。
「最近の福袋、すごいんだよ。」
「あなたが散財する理由がわかるわ。」
呆れたように倫子は言うと、デパートの方へ足を進める。
「あ、待って。」
伊織と栄輝がそのあとを追っていこうとしたときだった。
「伊織?」
声をかけられて、思わず倫子も足を止めた。そこには白いコートを着たきつそうな女性が、子供の手を引いて立っていた。
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