守るべきモノ

神崎

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年越

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 部屋に通すのかと思ったら、居間に通された。居間だと伊織はまだいるだろうに、話を聞かれてもいいのだろうか。いや、もしかしたら伊織が恋人なのだろうか。そう思いながら栄輝は出されたお茶に口を付ける。
「ご飯は食べたの?」
「うん。餅を兄さんの所から送られてきた。それを食べてきたよ。」
「おせち食べる?」
「姉さんが作ったの?」
「えぇ。あと伊織とね。」
 前に見たとき、春樹と並んで歩いていた。だから春樹が恋人なのだろうと思っていたのに、伊織の方だったのか。こんな優男みたいなのが好きだと思ってなかった。前に見た恋人はもっとがっちりしていて、ゲイ受けが良さそうな人だったはずだ。
 まぁ、見た目ではない。そう思いながら出された重箱をみる。栗きんとんや黒豆、だし巻き卵、数の子やエビまである。
「豪華だね。」
「今年は人が多かったから。去年までは泉と二人だったのに。」
 結局六人で年を越したことになるのだろう。そしてそのほとんどが里帰りをする。行き場の無いのは倫子と伊織だけのようだった。
「伊織は今回もご両親は帰ってこないの?」
「あっちの方で感染症が広がっててね。出国も難しいらしいよ。」
「そう……。他の国はそういうのが大変ね。あぁ、エビや数の子は伊織の所からいただいたのよ。」
「仲がいいんだね。ただの同居人なの?」
 その言葉に倫子が怒ると思った。だが倫子は表情を変えずに言う。
「あなたの想像しているような仲ではないの。伊織が来てもう半年くらいかしら。普通の関係よ。」
 皿を用意してもらうと、こぶ巻きにまず手を伸ばす。
「母さんが足を折ったの知ってる?」
「えぇ。秋くらいね。入院していたと聞いてたけど。」
「そっか……知らないの俺だけだったのかな。」
「違うわ。少し前に兄さんから連絡がきたのよ。入院と言っても三日くらいで帰ったし、お見舞いするほどのことではないって言ってたわ。」
「それでも家族なのにさ。」
 家族の仲がぎくしゃくしているのは、倫子のせいだろう。倫子が騒ぎを起こしたことは知っているが、栄輝はその内容まではその当時理解できなかった。ある程度大人になると、いろんなモノが見えてくる。そのときやっと理解できて、こっちにやってきても倫子とは距離をとっていた。
 次に見たとき、倫子の肌には入れ墨が掘られていた。火傷の跡を隠すように。
「この間さ……槇さんって言う警察が来たよ。」
「ウリセンに?」
 からかうように倫子が言うと、栄輝は手を振って否定する。
「いいや。大学に。」
「あなた大学はちゃんと言っているのね。良かったわ。」
 それだけが心配だった。ウリセンはどうしても夜の仕事なので、ちゃんと大学へ行けないかもしれないと思っていたのだが、割と真面目に通っているらしい。
「それで、香炉の写真を見せられたよ。」
「白い香炉?」
「うん。見覚えがないかって。」
「あった?」
「あったな。俺、あまり美術品とか詳しくないけれど、あの香炉ってお祖母さんのお気に入りで、なんか臭い煙が立ってた。」
「そうね……。まだあなたには香木とかの匂いはわからないでしょうし。」
 祖母はそういう物が好きで、よく香りを楽しんでいた。その時におそらく青柳が見たのだろう。そしてその香炉を気に入っていたのだ。
「姉さん、聞きたいことは一つなんだ。」
「何?」
「本当に乱交プレイなんかしたの?」
 周りはそう言っている。母もそれが恥だと何度も口にしていたし、時の部に関しては倫子が小説家になるまで毛嫌いしていた。だが何も知らない栄輝にはそう写らなかったのだ。
 栄輝が見ていた倫子の姿は、いつもくらい図書館で本の世界に引きこもり、息を潜めていた姿。何を言われても何を噂されても動じない姿だった。
 だが一つ気になることがあった。それは倫子が高校生の頃だっただろうか。噂を聞いた地元のヤンキーたちが、倫子を輪姦しようと計画を立てていたのを偶然中学生だった栄輝が聞いたのだ。
 もしそれが本当なら倫子は誘いに乗る。そう思っていたのだが、図書館を出た倫子に声をかけたヤンキーたちは、無理矢理建物に連れ込もうとした。
 だが直後に大きな物音と、叫び声、そして倫子の声が聞こえた。
「誰か来て!」
 帰り間際のサラリーマンやOLがその中に入っていく。そしてその中に栄輝も紛れ込んだ。するとそこには半裸の倫子と、四人ほどの男がいて、一人は頭から血を流していた。
 結局倫子はまたレイプされかけたのだ。今回はその証拠がある。乱交プレイなどではなかった。
「……そんな昔のことを覚えてるなんてね。」
「十年はたってないよ。」
「それにそれ一件だけじゃなかったわ。何度もそう言うことがあったからね。お母さんがもう家から出なければ良いのにって言ってたわ。大学を離れたところにして良かったって、何度も聞いたし。」
 だが倫子は母親の影響を強く受けている。人嫌いで、不器用な人間関係だし、それにこの煮染めの味は母親の味だ。
「で……したの?」
 すると倫子はため息を付いて栄輝をみる。
「あんた、いくつだっけ。」
「二十二になったよ。」
「そっか……。だからウリセンで働けるんだっけ。性風俗産業ってどうなの?」
「性欲も金で買えるんだなぁって思うだけ。」
「あんたらしい。」
 そう言って倫子は笑った。そばで聞いているととても似ている兄弟だと思う。きっと栄輝は倫子の影響を強く受けたのだろう。伊織はそう思いながら、お茶を口に入れた。
「金で買えば良かったのよね。あいつも。唸るほど金があるんだから、子供に何か手を出さなくても良いのに。」
「……姉さん。」
 その言葉に栄輝の箸が止まった。
「相馬さん……って覚えてる?」
「うん。ほらあのとき、母さんも父さんもなんだかんだで夜居なかったことが多かったから。相馬さんがご飯を作ってくれてたりしたね。」
「そう。あの日も相馬さんが食事を作りに来てくれたの。だけど、材料が足りなくて、兄さんは部活で帰ってなかったし、あなたは小さかった。だから私に行かせたのよ。」
「……前を通るね。そこで連れ込まれたの?」
「車があってね。誰も予定が入っていないのに何であるんだろうって思ったの。少しのぞくつもりだった。だけどあんなことになったのよ。」
「……やっぱり。」
 栄輝は少しため息を付いた。
「ちょっとおかしいと思ったんだ。こういう世界に入ってればわかるけど、そういないんだよね。」
「何が?」
「性欲で溢れてます。セックスしないと気が狂いますっていうような人。女の人なら尚更。風俗だってAVに出てる人だって、一部だよ。なのに十二、三でそんな人、聞いたこと無いって。」
「誰が?」
「……。」
 また黙ってしまった。だが内心倫子はほっとしていた。栄輝には信じてもらえたかもしれないと思ったのだ。
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