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年越
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食事の後、春樹は自分の部屋に戻ってバッグに荷物を詰めていた。三日には帰るようにしていたが、もっと早く帰れないだろうかと思う。泉と礼二はもう行ってしまった。泉はそのまま駅へ行き実家に帰る。礼二もそのまま実家の方へ行くという。泉は夜には帰ってくるが、それまで子の家は伊織と倫子は二人きりだ。不安がないわけではない。
伊織はきっと倫子だけを見ている。押しに弱い倫子はそのまま伊織と何かあるのではないかと思っていたのだ。
「藤枝さん。」
声がしてドアが開く。そこには政近の姿があった。
「まだいたんですか。」
「ここに弟が迎えに来るから、それを待ってるんですよ。」
おそらく昌明もここに来ることがあるかもしれない。だったら家くらい覚えておいた方が良いだろう。
「そうでしたか。」
「それよかさ、本を借りて良いですかね。」
春樹が薦めてくれた本が案外面白かった。布団の中で読んでいて、先が気になるのにいつの間にか寝ていたのだ。
「あぁ、どうぞ。これでしたかね。」
本棚にある紺と白の表紙の本を取り出す。そして政近にそれを渡した。
「これ、書いたの女?」
「えぇ。元々は官能小説を書いていたみたいですけど、最近は純文学に属するんですかね。」
それでやっとわかった。少し濡れ場が多いとは思ったが、まさか官能小説を書いていたとは思っても見なかった。
「ふーん。良い小説家だな。倫子もこれくらいなら書けそうなんだけど。」
「書けますよ。ただ、この人は運が良かった。作家の穴埋めとして濡れ場のない作品を書いた。それが評判になって官能以外のジャンルに手を出すことが出来たんです。倫子は今は難しいでしょう。」
どうしてもミステリーのイメージが強い。そしてファンもそれを期待しているのだ。官能の部類に声がかかるのも、まだ物珍しさがあるのだ。
「あんたが口添えできないのか。」
「難しいですね。他人の仕事までは口を出したくないし、それに倫子は少し難しいところがあるので。」
「担当者をすぐ変えるって言ってたな。浜田が言ってたよ。浜田も嫌がられてたみたいだし。」
「浜田君は大学の時の同期でしたが、あまり良い印象ではないと言ってましたね。元々……浜田君は、漫画は売れているけれど小説はそうでもないことをずっと言っていたので、嫌なんでしょうね。」
「漫画にゃ漫画の良さがあるし、小説にも良さがある。こだわることはねぇと思うけどな。」
「そういう人は一部なんですよ。部数を考えると、漫画に比べて小説は微々たるモノです。」
倫子の作品が売れているとはいっても、漫画と比べればそうでもないのだ。もっと世の中にでれば、倫子の名前が売れるかもしれないのに。
「田島先生は実家でゆっくりするんですか?」
「いいや。弟が明日から仕事でね。」
「仕事?」
どこの会社も正月休みはゆっくり取れるだろうに、明日から仕事とはまた急な話だと思ったのだ。
「あぁ、そっちの仕事じゃなくて、弟はウリセンにいるんだよ。」
「ウリセン……そんなことをしなくても食べていけるでしょう。」
「んー。別に出版業で食えない訳じゃないよ。ただの趣味らしい。あいつ、昔っから女嫌いで性対象が男だったしな。」
実家にいるときにはそんなことは見られなかったが、大学に上がった昌明を見てずいぶんがっちりしたのと肌の色が黒くなったのが違和感だった。
そしてそれから少しして、男と歩いているのを見た。後から聞くと、それが恋人だったらしい。
「いつ帰るのかわかりませんが、こちらにお土産なんかは結構ですから。」
「何で?」
「必要以上にここに来ないで欲しいと思いますよ。」
その言葉に政近はかちんとして、春樹を見上げる。
「まるであいつの旦那だな。まだ奥さんが死んで喪が明けてねえんだろ?」
「いずれなりますよ。」
春樹も負けていない。笑顔のまま政近を責めているようだ。
「田島。」
部屋の向こうで声がした。それは伊織の声だった。
「何?」
「弟さんが見えてるぞ。」
「あー、今行くよ。」
そういって政近は本を手にして廊下へでていった。そして今においてある自分の荷物を手にすると、玄関の方へ向かう。そして玄関ドアを開けると、そこには見覚えのある男がいた。そういえばこいつは少し前は金髪だったはずだ。今はそれが黒い。
「あ……月子の彼氏か。」
心配で付いてきたのだろう。そう思っていたが、目の前を見るとそうではないようだ。倫子が手を組んで弟である栄輝を見上げていた。
「栄輝。連絡一つよこさないで、困ったものね。」
「悪かったよ。」
「来年が卒業だっけ?就職?」
「そのつもりだけど。」
「そう。」
車に載っている女性を見た。小さくてショートカット。まるで泉によく似ていると思う。
「倫子。弟だっけ?」
「栄輝よ。」
「そうだったな。月子の家庭教師に来てたんだっけな。」
「お久しぶりです。政近さん。姉さんとは知り合いですか。」
「一緒に今度仕事をするんだよ。お前も買えよ。漫画雑誌だから。」
「一緒に?原作を姉さんが?」
すると倫子は心の中で舌打ちをした。家族は倫子の仕事を良い顔をしていないのだ。
「無理して買わなくても良いわ。」
「そんなことないよ。俺、ずっと姉さんの本は買ってるんだから。」
「そんな冗談言わなくても良いわ。」
「嘘じゃないよ。兄さんだって買ってるし……批判してるのは母さんと冬美さんだけだろ。」
その言葉に倫子は今度は本当に舌打ちをしてしまった。
「で、あなたも政近たちについて行くの?」
「まさか。姉さんに話があったから、送ってもらっただけ。」
「話?」
「中はいるよ。あ、月子。また連絡する。」
すると月子は窓を開けずに手だけを振った。そして政近はその白い晩の助手席に乗る。
「じゃあな。」
「えぇ。また。」
倫子はそういってくる間が行くのを見た。すると今度は後ろから春樹がやってくる。
「春樹も行く?」
「あぁ。電車の時間があるから。あぁ……倫子の弟さん。どうも。」
「……どうも。」
気後れしたような顔だった。一度倫子と歩いているところを見たが、本当に恋人だったのだろうか。
「三日には帰るようにする。」
「ごゆっくり。」
そして春樹も荷物を抱えて駅まで歩いていった。ふと後ろを見ると、倫子は栄輝と一緒に家の中に入っていく。何の話があるのだろう。そう思うが、とりあえず電車の時間にはぎりぎりだ。少し急ぎ足で駅へ向かっていった。
伊織はきっと倫子だけを見ている。押しに弱い倫子はそのまま伊織と何かあるのではないかと思っていたのだ。
「藤枝さん。」
声がしてドアが開く。そこには政近の姿があった。
「まだいたんですか。」
「ここに弟が迎えに来るから、それを待ってるんですよ。」
おそらく昌明もここに来ることがあるかもしれない。だったら家くらい覚えておいた方が良いだろう。
「そうでしたか。」
「それよかさ、本を借りて良いですかね。」
春樹が薦めてくれた本が案外面白かった。布団の中で読んでいて、先が気になるのにいつの間にか寝ていたのだ。
「あぁ、どうぞ。これでしたかね。」
本棚にある紺と白の表紙の本を取り出す。そして政近にそれを渡した。
「これ、書いたの女?」
「えぇ。元々は官能小説を書いていたみたいですけど、最近は純文学に属するんですかね。」
それでやっとわかった。少し濡れ場が多いとは思ったが、まさか官能小説を書いていたとは思っても見なかった。
「ふーん。良い小説家だな。倫子もこれくらいなら書けそうなんだけど。」
「書けますよ。ただ、この人は運が良かった。作家の穴埋めとして濡れ場のない作品を書いた。それが評判になって官能以外のジャンルに手を出すことが出来たんです。倫子は今は難しいでしょう。」
どうしてもミステリーのイメージが強い。そしてファンもそれを期待しているのだ。官能の部類に声がかかるのも、まだ物珍しさがあるのだ。
「あんたが口添えできないのか。」
「難しいですね。他人の仕事までは口を出したくないし、それに倫子は少し難しいところがあるので。」
「担当者をすぐ変えるって言ってたな。浜田が言ってたよ。浜田も嫌がられてたみたいだし。」
「浜田君は大学の時の同期でしたが、あまり良い印象ではないと言ってましたね。元々……浜田君は、漫画は売れているけれど小説はそうでもないことをずっと言っていたので、嫌なんでしょうね。」
「漫画にゃ漫画の良さがあるし、小説にも良さがある。こだわることはねぇと思うけどな。」
「そういう人は一部なんですよ。部数を考えると、漫画に比べて小説は微々たるモノです。」
倫子の作品が売れているとはいっても、漫画と比べればそうでもないのだ。もっと世の中にでれば、倫子の名前が売れるかもしれないのに。
「田島先生は実家でゆっくりするんですか?」
「いいや。弟が明日から仕事でね。」
「仕事?」
どこの会社も正月休みはゆっくり取れるだろうに、明日から仕事とはまた急な話だと思ったのだ。
「あぁ、そっちの仕事じゃなくて、弟はウリセンにいるんだよ。」
「ウリセン……そんなことをしなくても食べていけるでしょう。」
「んー。別に出版業で食えない訳じゃないよ。ただの趣味らしい。あいつ、昔っから女嫌いで性対象が男だったしな。」
実家にいるときにはそんなことは見られなかったが、大学に上がった昌明を見てずいぶんがっちりしたのと肌の色が黒くなったのが違和感だった。
そしてそれから少しして、男と歩いているのを見た。後から聞くと、それが恋人だったらしい。
「いつ帰るのかわかりませんが、こちらにお土産なんかは結構ですから。」
「何で?」
「必要以上にここに来ないで欲しいと思いますよ。」
その言葉に政近はかちんとして、春樹を見上げる。
「まるであいつの旦那だな。まだ奥さんが死んで喪が明けてねえんだろ?」
「いずれなりますよ。」
春樹も負けていない。笑顔のまま政近を責めているようだ。
「田島。」
部屋の向こうで声がした。それは伊織の声だった。
「何?」
「弟さんが見えてるぞ。」
「あー、今行くよ。」
そういって政近は本を手にして廊下へでていった。そして今においてある自分の荷物を手にすると、玄関の方へ向かう。そして玄関ドアを開けると、そこには見覚えのある男がいた。そういえばこいつは少し前は金髪だったはずだ。今はそれが黒い。
「あ……月子の彼氏か。」
心配で付いてきたのだろう。そう思っていたが、目の前を見るとそうではないようだ。倫子が手を組んで弟である栄輝を見上げていた。
「栄輝。連絡一つよこさないで、困ったものね。」
「悪かったよ。」
「来年が卒業だっけ?就職?」
「そのつもりだけど。」
「そう。」
車に載っている女性を見た。小さくてショートカット。まるで泉によく似ていると思う。
「倫子。弟だっけ?」
「栄輝よ。」
「そうだったな。月子の家庭教師に来てたんだっけな。」
「お久しぶりです。政近さん。姉さんとは知り合いですか。」
「一緒に今度仕事をするんだよ。お前も買えよ。漫画雑誌だから。」
「一緒に?原作を姉さんが?」
すると倫子は心の中で舌打ちをした。家族は倫子の仕事を良い顔をしていないのだ。
「無理して買わなくても良いわ。」
「そんなことないよ。俺、ずっと姉さんの本は買ってるんだから。」
「そんな冗談言わなくても良いわ。」
「嘘じゃないよ。兄さんだって買ってるし……批判してるのは母さんと冬美さんだけだろ。」
その言葉に倫子は今度は本当に舌打ちをしてしまった。
「で、あなたも政近たちについて行くの?」
「まさか。姉さんに話があったから、送ってもらっただけ。」
「話?」
「中はいるよ。あ、月子。また連絡する。」
すると月子は窓を開けずに手だけを振った。そして政近はその白い晩の助手席に乗る。
「じゃあな。」
「えぇ。また。」
倫子はそういってくる間が行くのを見た。すると今度は後ろから春樹がやってくる。
「春樹も行く?」
「あぁ。電車の時間があるから。あぁ……倫子の弟さん。どうも。」
「……どうも。」
気後れしたような顔だった。一度倫子と歩いているところを見たが、本当に恋人だったのだろうか。
「三日には帰るようにする。」
「ごゆっくり。」
そして春樹も荷物を抱えて駅まで歩いていった。ふと後ろを見ると、倫子は栄輝と一緒に家の中に入っていく。何の話があるのだろう。そう思うが、とりあえず電車の時間にはぎりぎりだ。少し急ぎ足で駅へ向かっていった。
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