守るべきモノ

神崎

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年越

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 礼二が台所に立って、料理をしてくれていた。その様子を伊織が珍しそうに見ている。だしの取り方や作るモノも全く違うからだ。
「像にってもっとシンプルだと思ってた。」
「雑煮は土地によって違う。イリコと昆布のだしは鰹節ほど香りは立たないけれど、味が美味い。」
「礼二さんって、料理人だったんですか。」
 すると礼二は少し笑う。
「ううん。母が好きだったんだ。料理に一手間で愛情がわかるとね。」
「ふーん……。」
「伊織君も料理はよくするんだね。」
「俺は必要に迫られていたし……外の国で大使館の料理人の人によくしてもらったから。」
「大使館?」
「親についていって、各国を回っていたんです。十五くらいの時に帰ってきたけど。そこから祖母さんの家で世話になったとき、祖母さんが教えてくれたんです。一人だったら買うよりもこっちの方が良いからって。」
 だから伊織の料理はすぐにわかる。倫子や泉のモノは誰が食べても美味しいかもしれないが、伊織のモノはいろんな国のモノが混ざっているようだ。
 隣で料理をしている伊織には少し複雑な感情が礼二にはあった。少し前まで泉は伊織と付き合っていたのだ。いつ伊織の方が良いと言われるかわからないという恐怖がある。
「伊織君はモテるだろう?」
 その言葉に伊織は驚いたように礼二をみる。こっちの方がモテそうだ。これからきっと独身なのだから、もっと言い寄る人も多くなるだろうに。
「別に……普通ですよ。それなりに付き合った人もいるけど、すぐに別れたかな。」
「手を出さなかったから?」
 礼二は根菜を鍋に入れて、伊織に聞く。
「うん……まぁ……ヘタレって倫子からも春樹さんからも相当言われましたよ。」
「その人その人のペースがあるんだから、気にすることはないと思うけどな。」
「礼二さんこそ、モテるでしょう?」
「んー……。俺、がつがつしてるの好きじゃないんだよな。店に手伝いに来る子なんか、いつもなんだかんだで話しかけてくるけどどうもね……。」
 そのとき礼二の携帯電話が鳴って、礼二は手を拭くとその相手を見てため息を付いた。
「伊織君。大根が煮えたら白菜や椎茸を入れて良いから。」
 礼二はそういって台所をでていく。居間には泉が新聞を見ているようだった。正月くらいは台所に立たなくても良いと、礼二が言ったのだ。
 その居間をでていくと、縁側から庭に出る。良い天気だった。きっと初日の出も綺麗に見えただろう。だが礼二の心は暗い雲に覆われているようだった。
「もしもし。うん……そっちには行かない。なんでって……。訳を考えればわかるだろう。……知らないよ。良いからもう連絡をしてこないでくれ。」
 声が聞こえて、政近が玄関を通らずに庭にやってきた。
 政近は知り合いに誘われて初日の出を見に海に行ってきていたのだ。良い天気だったのでくっきりと日が昇るのを見た後、ここにまた帰ってきた。そして庭の方で声がしたので顔をのぞかせた。
「それからもうすこししたら引っ越しをするよ。それまでに、サインして送り返して欲しい。」
 礼二は電話を切ると、ため息を付いた。そしてやっと政近がいるのに気が付く。不器用に笑うと、政近は礼二に近づいてきた。
「声がしたからだよ。」
「そう?」
「サインって……何だよ。」
「……離婚届。」
「は?まだ離婚してなかったのか?」
 驚いて政近は礼二の方を見た。離婚していないのだったら、泉がやっているのは不倫だろう。
「裁判になるのかな。」
 血の繋がりはおそらくない。こちらが離婚したいと言いだしたかもしれないが、養育費は払わなくて済むかもしれない。
「血の繋がりはねぇだろうな。でも何で奥さんがそんなによりを戻したいって思ってんだ。」
「さぁ……一人で二人の子供は育てられないと思ってるんだろう。浮気相手は、どこかに雲隠れしたみたいだしね。」
「……どっちもろくでもねぇな。子供が可哀想だ。でもあんた、被害者面するなよ。」
「どうして?」
 浮気をされて出来た子供を自分の子供だと言われながら育てていた。感情がないわけではない。生まれたときから一緒にいる子供が可愛くないわけがないだろう。
「血の繋がりなんかどうでも良い。一緒に住んでりゃ、家族だろう。ここにいればすぐにわかる。」
 泉たちのことを思っていた。確かに倫子が生活のために三人を間借りさせた。だが住んでみれば家族のように過ごしている。他人の方が家族よりも信用できる人の集まりだ。

 倫子と春樹が起きてきたときには、もう太陽はだいぶ上がっていた。相変わらず倫子は起き抜けはぼんやりしているが、泉の入れたコーヒーを飲むと目が開いてきた。
 それにしても裸のような格好だ。襟刳りが広く開いたシャツにカーディガンを羽織っているが、その入れ墨が堂々と晒されている。男であればその先が見たいと思うだろう。礼二はそう思いながら雑煮の汁を口に入れた。
「美味しい。それに具沢山ね。」
 雑煮を食べた泉はその美味しさが珍しそうだった。
「泉の所は雑煮はシンプルなの?」
「白味噌だわ。」
「味噌。珍しいね。」
 すると春樹はその雑煮を口にして少し笑う。
「やはり昔食べたのとよく似てる。」
「え?春樹さんは行ったことがあるんですか。」
「南の方でしょう?俺は行ったことがないんですけど、祖父の知り合いが夕べの醤油や雑煮もこんな風に作ってました。餅も丸餅でね。」
「切り餅なんだよな。この辺って。」
 礼二はその言葉に夕べから違和感を持っていた。春樹の家の知り合いというのは、おそらく礼二の地元に近い人なのだろう。だが礼二の地元は、柄が悪いところだ。
 礼二がグレたのもその影響がある。ヤクザの事務所がごろごろあって、反グレなんかが一般人をだましてかつあげしているのも、割といつもの光景だ。
 そんな中に春樹の知り合いがいるというのは、もしかしたらヤクザか何かだろうか。いいや。そうとは限らない。ヤンキーやヤクザが多いのかもしれないが、普通に生活している人がほとんどだ。その中の人に知り合いがいてもおかしくない。
「礼二は引っ越しをすると行ってたわね。」
 コーヒーを半分ほど飲んで、やっと目が覚めた倫子が礼二に聞く。
「あぁ。」
「物件は決まった?」
「一応目星をつけてるところがある。」
「あなたは決めたらすぐの人だから、もう前金くらいは払ってるんでしょう?」
「うん。」
「……まぁいいわ。」
 倫子もそういって雑煮に箸をつける。すると政近が倫子に言った。
「おい、倫子。こいつもここに住まわせようと思ってんのか?」
 その言葉に倫子は大根を口に入れながら、うなづいた。
「俺はやだって言ってて何で……?」
「泉と同じ部屋にすれば問題ない。けれどもう契約しているんなら仕方ないわ。諦める。」
 本当は礼二が住むのは本意ではない。だが礼二がいれば泉もここにずっといるのだ。いて欲しいと思う。
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