守るべきモノ

神崎

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年越

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 二日の日に、伊織の実家の方へ行くと聞いた政近は呆れたように伊織に詰め寄っていた。
「お前なぁ、正月に女を連れてくるってなんだかわかってんのか。」
「他意はないよ。本を見たいってだけ。」
「それでもなぁ……。」
 政近は家の方へ足を進めながら、ぶつぶつ何か言っていた。
「礼二。今日は泊まるんでしょう?」
 倫子は泉の隣にいる礼二に声をかけると、礼二は少し笑っていった。
「飲んでるしね。」
「顔色変わらないわよね。そうだった。私と普通に飲み明かせるのって、あなたくらいしかいなかったわね。」
「まだ飲む?」
「冗談。もう寝るわ。」
 飲める相手がいると酒が進んでしまう。倫子はそう思いながら、空いた瓶を頭で数えていた。
「寝るの?このまま初日の出見ようぜ。」
 政近がそう切り出すと、倫子はうんざりといった顔で政近をみる。
「イヤよ。寒いじゃない。」
「お前肉がねぇからな。」
 そのとき倫子の携帯電話が着信を告げた。携帯電話を取り出すと、倫子の表情が変わる。
「もしもし。」
 少し離れて話をしていた。その内容は春樹にもわからない。電話を切ると、倫子は少しため息を付いた。
「どうしたの?」
「……兄からよ。明日、そっちに帰らないようにって。」
「何で?」
 伊織が聞くのもわかる。子供であれば帰ってきてほしいと思うのが当然だろう。
「兄は、今三年生を受け持っているの。元旦に同じ受け持っている教師たちで、生徒の合格祈願へ山に登るらしいの。だから、家には奥様と両親しかいないからって。」
「別に良いじゃん。何で帰ったらいけないんだよ。」
「……あちらの奥様とは、あまり会わせたくないみたいな感じだったしね。」
 兄が結婚するとき、倫子は小説家デビューをしていた。著名人だからと、色眼鏡で見ていたように思える。もちろんそれだけではないが。
「そんなもんかね。俺、妹や弟とは仲が良いけどな。」
 政近の妹は、兄弟の手で身の潔白を証明した。そのこともあって、政近の兄弟は割と仲が良い。だが倫子の兄弟は全く違うようだ。
「でもまぁ……お歳暮はもらったけれどね。」
 お歳暮代わりの餅は、しばらく続くだろう。兄と父で付いたものだ。明日はこれを雑煮にすればいい。
「仕事するか。」
「マジで?正月くらい働かなくて良いように、おせちってあるんだろう?」
「何もしないよりはそっちの方が良い。」
 趣味が仕事になったようなものだな。春樹はそう思いながら、倫子を見ていた。
「ってことは、明日は富岡と二人か?で、次の日に実家に行くんだろ?お前等の方が付き合ってるみたいだな。」
 政近はそう言ってからかう。それが春樹をいらつかせた。
「あぁそうだ。明日初売りへ行くわ。」
 倫子は思い出したようにそう言うと、春樹は驚いたように倫子を見た。
「そういうの全く興味がなさそうだったのに、何でわざわざ人混みの中に行くんだよ。」
「布団を買いたいのよ。」
 その言葉に政近は舌打ちをした。二人で眠ることが多くなった倫子と春樹だったが、どうしても二人で一つの布団に入ると狭いのだ。春樹は体が大きいので尚更だろう。これでは疲れもとれない。
「布団?倫子一人で持てる?俺行こうか?」
 伊織がそういうと、倫子は少し笑って言う。
「そうね。そうしてくれるとありがたいわ。こういうときに車があるといいんだけど。」
 泉は実家に帰るし、礼二も行きづらいが実家に帰るのだろう。頼れるのは自分しかいないと伊織は思っていた。

 当然のように泉の部屋に礼二が入る。その二人の姿を見て伊織は少しため息を付いた。前だったら自分が泉の部屋へ行っていたのだが、もうその必要はない。かといって倫子を呼ぶこともない。一人で部屋に入る。ふすま越しの隣の部屋は春樹の部屋だ。だが今日はその部屋に政近が眠る。春樹は倫子の部屋に行くのだ。
「布団はここです。本は勝手に読んでもらって良いですよ。」
 春樹はそういってタンスの中から下着と部屋着を取り出した。
「悪いねぇ。泊まるようなことになって。」
「明日は何時ですか。」
「実家に行くの?昌明と月子の都合に合わせるようにしてますよ。月子はともかく、昌明は今年辛かっただろうし。」
「そうなんですか?もう何年か勤めているのでしょう。体が慣れますよ。」
 同じ出版業だ。おそらく昌明もあまり寝られなかっただろう。どこも似たようなものだなと、春樹はタンスをしめた。
「まだ三年目だしな。それに今年移動したばかりだったから。」
「それで担当に付くのはかなり思い切ってますね。そちらの会社は。」
 すると昌明は頭をかいていった。
「倫子の担当だから、昌明が良いって思ったんだろうな。前の担当は、頭が良かった。倫子の書きたいように書かせているように見えて、雑誌の思惑通りのモノを書かせてる。」
「ファンタジーでしたね。」
「ライトノベルっぽい感じだったな。倫子は何を思ってるかわからないけど。」
「倫子は書ければジャンルにこだわりませんよ。ただ、恋愛小説だけは勘弁して欲しいとは言ってましたけどね。」
「無理だな。倫子の小説は、ほとんどレイプとかSMばっか。狙ってんの?」
 その言葉に春樹は手を止めた。そして昌明の方をみる。
「どうしてですか。」
「狙って書いていたんだったら、誰に当てて書いてんのかは事情がわかれば簡単だ。青柳に当ててんだろ。」
「……だと思いますよ。」
 それは倫子が寄せた文章を見て、未来が感じたことだった。倫子はきっと未来と一緒なのだと、未来は同情するように言った。
「妻は……青柳に妊娠させられました。」
「は?娘だろ?」
「血は繋がっていなかったんです。出ていった青柳の元の奥さんの連れ子だったんです。青柳は堕胎にも付き添わず、妻の付き添いを自分の母にさせました。どちらも地獄ですよ。」
「よく刺し殺さなかったな。」
 未来はそれから実家から離れて暮らした。奥さんの実家に身を寄せたのだ。それでも青柳が罪に問われることはなかったのだ。
「……俺と結婚したのは、それを忘れること。それから自分の子供を今度こそ産みたかったから。だが俺は、それに答えられなかった。仕事をしたかったので。」
「仕事がそんなに大事かねぇ。」
「一編集者だったからですね。あのときはかつかつでした。」
 妻には悪いことをしたと思う。妻の要求に応えることも出来なかったからだ。
「その前って、やっぱ編集?」
「今の部署の前ですか?一年だけ「淫靡小説」にいましたよ。」
「官能?」
「同期がいたのでやりやすかったですね。その前は週刊誌です。」
「週刊誌……。」
「ゴシップ記事ばかり追ってました。さすがに辛いとは思いましたね。それに……俺はライターには向いてませんよ。」
 倫子が言っていた。やはり週刊誌にいた時期がある。週刊誌にも種類があるが、もしかしたらやはり繋がりがあるのだろうか。
「……それじゃ、ゆっくり休んでください。」
 風呂に入ろうとした春樹に、政近が呼び止めた。
「あぁ。藤枝さん。」
「どうしました?」
「あの白い本がないな。あれ、売った?」
 棚を見ていた。白い本と言われて、春樹は少し笑う。
「あれは泉さんに借りてたんですよ。今日は諦めてください。その列にある、「冬の夜」は面白かったですよ。あなた好みだと思います。」
 そういって春樹はドアを閉めてしまった。その内容も見ていただろう。そしてあれがノンフィクションだとは思わない。倫子の創作だとでも思っているのだろうか。
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