守るべきモノ

神崎

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年越

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 初詣へ行こうと政近が言い出して、近所の神社まで歩いていく。泉は礼二の隣にいて、何か話をしているようだ。その後ろ姿を見て、倫子はため息を付く。蒙となり二時分の姿はないのだと思った。
 そのとき首にふわっとしたモノがかかる。見上げると春樹がマフラーを倫子にかけてくれたのだ。
「今日は冷えるからね。温かくして。」
「そうね。ありがとう。」
 ずいぶん肌触りの良いマフラーだ。アクリルなどではない、高級なモノなのだろう。
「それはプレゼントするよ。」
「え?」
「クリスマスにも何もあげられなかったしね。」
「私も用意してなかったわ。」
「いいや。俺はそのマフラーを倫子にあげただけで、十分もらっている気がする。」
「何で?」
「首回りのモノをあげるのは、「あなたに首ったけ」という意味があるからね。」
「首ったけ……。何それ。」
 思わず倫子は笑った。そのとき後ろを歩いていた伊織が春樹に声をかける。
「春樹さん。」
「ん?」
「二日の話を聞いた?」
「二日?」
 すると倫子は少し笑っていった。
「明日は、私も実家に帰らないといけない。でも二日は伊織の所に少し行こうと思って。」
「伊織君の所?」
 驚いて伊織をみる。すると伊織は手を拭って春樹の考えていることを否定した。
「他意はないよ。ただ、俺のお祖母さんが翻訳を仕事にしててさ。古い洋書があるんだ。それを見たいって言ってきて。」
「へぇ。洋書。それは俺も興味あるな。」
 行きたいが、春樹は無理だろう。妻が亡くなったばかりなのだ。おそらく夏くらいまでは身動きがとれない。
「実家は誰か住んでいるの?」
「叔父の息子夫婦が住んでるはずだ。連絡を取ったら、まだ本は手を着けていないらしいし……それに、その本はインテリアになるって。」
「インテリア?」
「あぁ。家を改築して、カフェを開きたいんだって。海辺だし、俺の地元はサーファーとかが多いところだから、ちょうどいいんじゃないかって。」
 ただ伊織には釈然とはしなかった。あの古い家をどう改築して、カフェにするのだろう。と言うか、あの古い家が良かったのに。
「古いモノは古いもので良さがあるよ。うちの実家もかなり古いけどね。」
 春樹の実家も負けずに古い。だが妹夫婦が住みやすいように改築してある。土間だった台所は床張りになっているし、屋根には太陽光のパネルが設置されていた。
「倫子の家は改築しないの?」
「しないわ。さらにローンが増えるのイヤよ。」
 それにあの古い感じが好きなのだ。戦前に建てられたという倫子の家は、とても広い。元々は家族で暮らしていたのだろう。倫子が住む前も、小説家が住んでいたらしい。あまり良い噂のない小説家だった。子供はなかったにしても、財産である家を手放さなければいけないほど借金もあったようだ。
「あの家、改築しているしね。」
 台所は土間だった。それを板張りにしていたし、台所から出れる裏口には今でも出るが井戸がある。いざとなればその井戸水で何とかなるだろう。
「うちも土間だったな。俺が生まれる前に改築したと言っていた。母が使いにくいと言ってね。居間のこたつは掘り炬燵だった。妹はそれで火傷をしたこともあったから、今はそれも潰しているけれど。」
「もったいないわね。」
「古いモノにはそれなりの良さがある。家事に費やす手間なんかが格段に減った。だけど、それはそれで味気ないとは思うよ。」
 春樹も口にはしないが、倫子の家を気に入っている。流れで住んだようなものだが、懐かしいものが各所に見えるからだ。
「着いたわね。」
 この辺では大きな神社だった。屋台なんかも出ていて、甘酒が振る舞われている。よく見れば倫子の家の近所の人も来ているようだ。
「小泉さん。」
 回覧板を持ってくるおばさんが声をかけてきた。
「今晩は。」
「えぇ。今年もよろしくお願いしますね。」
「あら。もう年を越してしまったんですか。」
「さっきね。」
「それはよろしくお願いします。」
 最初は色眼鏡で見ていたおばさんだったが、倫子が地区の行事や掃除などによく顔を出すし、回覧板も滞ったことはない。最近では作りすぎた煮物などを分けてくれることもあるのだ。
 倫子がそのおばさんと話をしているのを見て、春木は少し離れたところでその様子を見ていた。倫子には倫子の世界がある。そして自分にも自分の世界があると思う。
「……。」
 明日は実家に帰らないといけない。挨拶に見える人も多いのだろう。その対応をしないといけない。だがどれだけの人が来るだろう。青柳は事情聴取をされたが、まだ抑留されているのだという。おそらくそのまま逮捕されるだろう。
 しかしどうしてまだ逮捕されないのか、証拠が出てこないのか、それはわからない。
「春樹さん。並ばないの?」
 泉が声をかけてきて、春樹は倫子の方を視線で送る。
「あー。あのおばさん、話が長いよ。」
「そっか。」
「でも餅を分けてくれたしね。明日、雑煮を食べてからいく?」
「うん。そうしようかな。」
 泉はそういってマフラーを口元まであげる。職が細い倫子とは対照的に、泉はとてもよく食べた。鍋の締めにいれたうどんもぺろっと食べていたのだ。
「倫子、でも変わったね。」
「え?」
「ほら、春樹さんが最初に担当したときに声をかけたときはまだましだった。大学の頃しか知らないけれど、入れ墨いれる前かな。文芸サークルに入っていたけれど、飲み会には参加しない、同人誌を出す会議にも参加しない。見るのは授業と図書館の中だけだった。しゃべらない、表情を変えない、いるのかどうかもわからない。って感じだったもの。」
 今の倫子は愛想笑いでも笑顔が見える。それだけ人に混ざろうとしているのだ。
「そうだったね。あの狭い部屋でじっとたたずんでいるって感じだった。」
「……入れ墨を入れるように誘ったのは敬太郎だった。外国にはそういう人も多いって。だけどあんなに入れたら消せない寄っていったけれど……。今考えると、狙いもあったのかもね。」
「狙い?」
「青柳のこと。」
「……青柳?」
「つまり……派手に目立てば、青柳が焦ると思ったのよ。もし著名人になったとき、自分がされたことを世の中に告白すれば、イヤでも世論が黙っていない。」
「もみ消して、歪曲されたことを調べることも出来るかもしれない。」
「そう。」
「そんなに甘いものじゃないと思うよ。」
「え?」
「実際、青柳に関する悪事はぼろぼろ出てきている。だけどメディアにさらされているのは、「密入国」の事実だけだ。」
「……。」
「都合が悪いことは隠すのは得意だからね。」
 だから変則的な方法を使ってでも、事実を晒さないといけない。春樹はそう思いながら、倫子の笑顔を見ていた。
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