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歪曲
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少し迷ったが、いつもの駅へやってきた。自転車置き場へ向かうと、自分の自転車がある。鍵を開けてそれに乗り込むと、倫子の家へ向かっていった。風が身を打つようで、自転車はこれが不便だと思う。だから泉のジャンパーはとても厚い。
「何年着てるのよ。いい加減買い直したら?」
亜美から言われたことがあるが、倫子は気にしないように言った。
「本人が良いならそれでいいんじゃない。着ているモノまで口を出すのって変だわ。」
あのときから倫子はずっと泉の味方をしてくれていると思った。だがそれもやはり縛り付けているのかと思うと、少し微妙な感覚になる。
子供の時は体が成長するので、しょっちゅう服を買い直していたように思えるが、それも母が買ってきたモノしか許されなかった。それはすなわち、黒、灰色、白というモノトーンだけで味気がない。叔母が見かねてピンク色のブラウスを買ってきてくれたが、母はそれを実家に行くときだけ着ていくようにと言いつけた。つまり、父方の雄花の出来ていかないのは対面が悪い。だがこんな色味の洋服を着たら、男を誘惑するのではないかと思っていたのだ。
泉のジャンパーは、今は灰色と濃紺だった。これが男の子に間違われる原因なのかもしれない。
そう思いながら家に到着する。そして自転車を停めると、鍵を取り出して家の中に入っていく。玄関には見覚えのあるブーツがあった。おそらく田島政近が居るのだろう。
部屋の前に来ると、話が漏れて聞こえる。
「連載?」
「そう。春くらいに連載。浜田がさ、移動になるらしいんだよ。漫画雑誌だけどここの編集長はあの作品読んで、連載したいって言ってる。今のところはちょっと路線も違うしな。」
「そうみたいね。」
倫子が原作をして政近が描いた漫画は、月刊誌の一つの作品になる。だがその月刊誌は、今までは少年向けから少し大人になった人向けの雑誌で、最近はグラビアアイドルの水着の写真なんかが載っていた。漫画の内容も、胸がこぼれそうな水着を着た女性が載っていたりする。つまり色気路線で行きたいのだろう。そうなれば、倫子の作品のようにあくまでストイックにミステリーを主張したものとは、路線が違う。
「元々連載をしたいって言ってたみたいだし、今度の編集長は倫子のファンらしいぜ。」
「……そんなひいきの目で見られてもねぇ。プレッシャーになるだけだわ。で、キャラクターをまた一から作らないといけないの?」
「いいや。ほら、主人公と、その妹は変わらない。」
「「美咲」は?」
「出しても出さなくても良いって事。かなり微妙なキャラだしな。」
「あなたが言い出したのよ。」
元々序奏趣味の人というキャラで作り出したのに、いつの間にかシーメールになった。そう言う風にし向けたのは政近だ。
「でさ、春くらいからするんなら、俺ここに住みたいんだけど。」
「は?」
その言葉に泉も驚いてしまった。まだここを出ると言っていないのに、そこまで話が進んでいるのかと思ったのだ。
「良いだろ?あの女、男と暮らすんだろ?えーっと……富岡じゃない奴。上司って言ったっけ?」
「イヤよ。あんたを住まわせるなんてお断り。大体、ここはみんながみんな分担して家事をしているのよ。泉の代わりって言うんだったら、掃除とかしてくれるの?」
「掃除、俺好きよ。ほら、俺んち、割と小綺麗だっただろう?」
その言葉に倫子はため息を付いた。確かに一度行った政近の家は、男の一人暮らしにしては綺麗なモノだった。食事を作っていないからか、生ゴミの臭いすらしない。
「……泉は朝食も作ってくれた。あなたに出来るとは思えないけれど。」
「ふーん。倫子は、結構泉って女に頼ってばっかだったんだな。」
「失礼ね。頼り、頼られだったのよ。どちらかが負担になっているなんて思ったことはない。」
それは泉に限らず、春樹も伊織にも言えることだ。だが泉はその人事が嬉しかった。自分が負担になっているのかとずっと思っていたから。
「倫子。」
泉は思い切ってそのドア越しに声をかけた。そしてドアを開ける。煙草の煙の臭いがした。礼二も泉も喫煙者ではないので、この臭いが少し懐かしい。一晩だけだったのに、胸が一杯になりそうだ。
「あぁ、泉。荷物を取りに来たの?」
「うん。ねぇ、倫子。」
倫子は煙草を消して、いすから立ち上がる。
「どうしたの?」
「……私、まだここにいたいんだけど。」
その言葉に倫子の表情が少し変わった。
「喧嘩でもしたの?礼二と。」
「ううん。でも……まだ一緒に住んだりとかって言うのは早いかなって思っただけ。まだわからないことも沢山あるし。」
奥さんの言葉が心に残っていた。それに高柳鈴音の言葉も。逃げ道が欲しかった。
「……だって。政近。悪かったわね。ここに住むのは諦めてくれる?」
すると政近は不機嫌そうに煙草を消した。そして泉を見上げる。
「付き合いたてってのは、常に一緒に居るもんじゃないのか。」
「常に一緒に居るもの。」
同じ職場で働いているのだ。イヤでも一緒にいるのが当たり前だ。
「今日はどうするの?」
「その話をしないといけないし……一度あっちに帰る。」
「そう。一緒に帰ってきてね。泉一人で帰ってくるのは駄目よ。」
「わかってる。礼……イヤ……店長から、危機管理がなってないって言われたから。」
泉のその言葉に倫子はため息を付く。自分が言わんとしていることを礼二が言ってくれていた。すなわち、自分が必要ないと言われているようだ。
泉が簡単に荷物を持って出て行った。毎日礼二の所へ行くわけではない。二、三日は帰れないと言っていた。おそらく今年一杯は居るのだろう。
空のカップを見て、倫子はカップにお湯を注ぐ。すると政近もカップを差し出した。
「くれよ。お茶。」
「まだ居るつもり?」
「話も出来てねぇじゃん。これからのこと。」
「作品の事ね。とりあえず、漫画の規制のことを知りたいわ。その新しい編集長さんに、どれくらいの規制があるのか聞きたい。」
「あー。わかった。今度連絡取っておくよ。って言うか、俺もこれは生温いと思ってたし。」
書き終わっている後半の原稿を、タブレットに入れている。結局差し替えたページは、遺体の表現があまりない。
「イヤなのよ。この程度かって言われるの。」
「その割には、「西島出版」の官能小説は生温かったな。」
「あぁ。あれね……書き直したい。書籍になることはないけれど、返金できるならしたいモノね。」
リアルさがいっさい無い。読み直してみて、倫子は何度ため息を付いただろう。だがあの出版社はそれで良いと言っていた。おそらく、倫子のネームバリューだけを狙っていたのだ。
「この間「月刊ミステリー」の最新号出たじゃん。」
「そうね。」
「あの濡れ場って、体験したのか?」
サディストの男性客が、遊女を縛り弄んでいる表現。時代的にはビニールテープなんかではなく縄だ。肌に縄が食い込み、肉が盛り上がる。その表現が春樹も「生々しい」と言ってきたのだ。
「しない。そんなことをしたこともないわ。」
「嘘。」
そう言って政近はお茶を受け取る。
「お前マゾヒストだもんな。」
「あなたがそう言っているだけよ。縛られたりして何が楽しいのかしら。殴られたら殴り返したくなるし。」
「そうでもねぇよ。一度しかしてねぇけど、お前、素質があるよ。」
「二度はない。」
倫子はお茶を口に入れて、そのコップをテーブルに置く。
「あの……藤枝編集長に言われたよ。」
「何を?」
「お前に手を出すなって。手を出したら何が漏れるかわからないって。あいつ……バックに何があるんだよ。」
「知らない。」
興味はない。感じてはいたがわざわざ聞くことではないし、聞いて何になるだろう。
「それでお前等付き合ってるの?」
「バックに何があるか、過去に何をしたか、そんなことで人を幻滅するんなら、その人間関係はとても薄っぺらいわね。あなたの周りはそんな人しか居ないの?」
その言葉に思わずドキッとした。そしてごまかすようにお茶を口に入れる。
「何年着てるのよ。いい加減買い直したら?」
亜美から言われたことがあるが、倫子は気にしないように言った。
「本人が良いならそれでいいんじゃない。着ているモノまで口を出すのって変だわ。」
あのときから倫子はずっと泉の味方をしてくれていると思った。だがそれもやはり縛り付けているのかと思うと、少し微妙な感覚になる。
子供の時は体が成長するので、しょっちゅう服を買い直していたように思えるが、それも母が買ってきたモノしか許されなかった。それはすなわち、黒、灰色、白というモノトーンだけで味気がない。叔母が見かねてピンク色のブラウスを買ってきてくれたが、母はそれを実家に行くときだけ着ていくようにと言いつけた。つまり、父方の雄花の出来ていかないのは対面が悪い。だがこんな色味の洋服を着たら、男を誘惑するのではないかと思っていたのだ。
泉のジャンパーは、今は灰色と濃紺だった。これが男の子に間違われる原因なのかもしれない。
そう思いながら家に到着する。そして自転車を停めると、鍵を取り出して家の中に入っていく。玄関には見覚えのあるブーツがあった。おそらく田島政近が居るのだろう。
部屋の前に来ると、話が漏れて聞こえる。
「連載?」
「そう。春くらいに連載。浜田がさ、移動になるらしいんだよ。漫画雑誌だけどここの編集長はあの作品読んで、連載したいって言ってる。今のところはちょっと路線も違うしな。」
「そうみたいね。」
倫子が原作をして政近が描いた漫画は、月刊誌の一つの作品になる。だがその月刊誌は、今までは少年向けから少し大人になった人向けの雑誌で、最近はグラビアアイドルの水着の写真なんかが載っていた。漫画の内容も、胸がこぼれそうな水着を着た女性が載っていたりする。つまり色気路線で行きたいのだろう。そうなれば、倫子の作品のようにあくまでストイックにミステリーを主張したものとは、路線が違う。
「元々連載をしたいって言ってたみたいだし、今度の編集長は倫子のファンらしいぜ。」
「……そんなひいきの目で見られてもねぇ。プレッシャーになるだけだわ。で、キャラクターをまた一から作らないといけないの?」
「いいや。ほら、主人公と、その妹は変わらない。」
「「美咲」は?」
「出しても出さなくても良いって事。かなり微妙なキャラだしな。」
「あなたが言い出したのよ。」
元々序奏趣味の人というキャラで作り出したのに、いつの間にかシーメールになった。そう言う風にし向けたのは政近だ。
「でさ、春くらいからするんなら、俺ここに住みたいんだけど。」
「は?」
その言葉に泉も驚いてしまった。まだここを出ると言っていないのに、そこまで話が進んでいるのかと思ったのだ。
「良いだろ?あの女、男と暮らすんだろ?えーっと……富岡じゃない奴。上司って言ったっけ?」
「イヤよ。あんたを住まわせるなんてお断り。大体、ここはみんながみんな分担して家事をしているのよ。泉の代わりって言うんだったら、掃除とかしてくれるの?」
「掃除、俺好きよ。ほら、俺んち、割と小綺麗だっただろう?」
その言葉に倫子はため息を付いた。確かに一度行った政近の家は、男の一人暮らしにしては綺麗なモノだった。食事を作っていないからか、生ゴミの臭いすらしない。
「……泉は朝食も作ってくれた。あなたに出来るとは思えないけれど。」
「ふーん。倫子は、結構泉って女に頼ってばっかだったんだな。」
「失礼ね。頼り、頼られだったのよ。どちらかが負担になっているなんて思ったことはない。」
それは泉に限らず、春樹も伊織にも言えることだ。だが泉はその人事が嬉しかった。自分が負担になっているのかとずっと思っていたから。
「倫子。」
泉は思い切ってそのドア越しに声をかけた。そしてドアを開ける。煙草の煙の臭いがした。礼二も泉も喫煙者ではないので、この臭いが少し懐かしい。一晩だけだったのに、胸が一杯になりそうだ。
「あぁ、泉。荷物を取りに来たの?」
「うん。ねぇ、倫子。」
倫子は煙草を消して、いすから立ち上がる。
「どうしたの?」
「……私、まだここにいたいんだけど。」
その言葉に倫子の表情が少し変わった。
「喧嘩でもしたの?礼二と。」
「ううん。でも……まだ一緒に住んだりとかって言うのは早いかなって思っただけ。まだわからないことも沢山あるし。」
奥さんの言葉が心に残っていた。それに高柳鈴音の言葉も。逃げ道が欲しかった。
「……だって。政近。悪かったわね。ここに住むのは諦めてくれる?」
すると政近は不機嫌そうに煙草を消した。そして泉を見上げる。
「付き合いたてってのは、常に一緒に居るもんじゃないのか。」
「常に一緒に居るもの。」
同じ職場で働いているのだ。イヤでも一緒にいるのが当たり前だ。
「今日はどうするの?」
「その話をしないといけないし……一度あっちに帰る。」
「そう。一緒に帰ってきてね。泉一人で帰ってくるのは駄目よ。」
「わかってる。礼……イヤ……店長から、危機管理がなってないって言われたから。」
泉のその言葉に倫子はため息を付く。自分が言わんとしていることを礼二が言ってくれていた。すなわち、自分が必要ないと言われているようだ。
泉が簡単に荷物を持って出て行った。毎日礼二の所へ行くわけではない。二、三日は帰れないと言っていた。おそらく今年一杯は居るのだろう。
空のカップを見て、倫子はカップにお湯を注ぐ。すると政近もカップを差し出した。
「くれよ。お茶。」
「まだ居るつもり?」
「話も出来てねぇじゃん。これからのこと。」
「作品の事ね。とりあえず、漫画の規制のことを知りたいわ。その新しい編集長さんに、どれくらいの規制があるのか聞きたい。」
「あー。わかった。今度連絡取っておくよ。って言うか、俺もこれは生温いと思ってたし。」
書き終わっている後半の原稿を、タブレットに入れている。結局差し替えたページは、遺体の表現があまりない。
「イヤなのよ。この程度かって言われるの。」
「その割には、「西島出版」の官能小説は生温かったな。」
「あぁ。あれね……書き直したい。書籍になることはないけれど、返金できるならしたいモノね。」
リアルさがいっさい無い。読み直してみて、倫子は何度ため息を付いただろう。だがあの出版社はそれで良いと言っていた。おそらく、倫子のネームバリューだけを狙っていたのだ。
「この間「月刊ミステリー」の最新号出たじゃん。」
「そうね。」
「あの濡れ場って、体験したのか?」
サディストの男性客が、遊女を縛り弄んでいる表現。時代的にはビニールテープなんかではなく縄だ。肌に縄が食い込み、肉が盛り上がる。その表現が春樹も「生々しい」と言ってきたのだ。
「しない。そんなことをしたこともないわ。」
「嘘。」
そう言って政近はお茶を受け取る。
「お前マゾヒストだもんな。」
「あなたがそう言っているだけよ。縛られたりして何が楽しいのかしら。殴られたら殴り返したくなるし。」
「そうでもねぇよ。一度しかしてねぇけど、お前、素質があるよ。」
「二度はない。」
倫子はお茶を口に入れて、そのコップをテーブルに置く。
「あの……藤枝編集長に言われたよ。」
「何を?」
「お前に手を出すなって。手を出したら何が漏れるかわからないって。あいつ……バックに何があるんだよ。」
「知らない。」
興味はない。感じてはいたがわざわざ聞くことではないし、聞いて何になるだろう。
「それでお前等付き合ってるの?」
「バックに何があるか、過去に何をしたか、そんなことで人を幻滅するんなら、その人間関係はとても薄っぺらいわね。あなたの周りはそんな人しか居ないの?」
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