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歪曲
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朝になり目を覚ますと、隣で礼二が寝ていた。倫子のところへ行くなり、礼二は倫子に喧嘩を売った。そして売られた喧嘩を買わない倫子だ。売り言葉に買い言葉と思いながらも、泉は礼二について行ったのだ。ずっと倫子に世話になっていたので、こんな形で別れるとは思ってなかった。
ふと礼二の目が開く。そして起きている泉を抱きしめた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「何時?」
時計を見ると、いつもよりも寝過ごしてしまったようだ。夕べは遅かったので無理もない。
「ご飯用意しましょうか。」
泉はそう言って体を避けると、体を起こそうとした。だが礼二がそれを止める。
「礼二さん。」
「もう少し、こうしていたい。まだ時間があるし。」
そうか。ここはいつものところとは違う。早く起きる必要はないのだ。
食事をして、礼二は部屋を出ていく。泉は仕事が休みなので、荷物をここに持ってくればいいと言ってくれた。すぐにこの部屋は空けることになるが、そのときは本格的に荷物を運び込めばいいと言う。
「小泉さんとはもう暮らすのは厳しいんじゃないのかな。」
洗濯物を干しながら、泉は少しその言葉を思い浮かべていた。あれだけ啖呵を切ったのだ。戻りにくいかもしれない。しかし今日は荷物を取りに行かないといけない。取りに行かなければ、明日の着替えすらないのだ。
そのときだった。部屋のチャイムが鳴る。礼二からは誰が来てもあけないで良いと言われていたので、それに答えなかった。するとドアの方から声がする。
「礼二。居るんでしょう?ベランダのドアが開いているわ。」
女性の声だった。誰なのかはわからない。礼二の女関係は派手だというのはわかっているが、自宅にまで押し掛けるような人が居るのだろうか。
「……戻りたいの。自分勝手なって言うかもしれないけれど、私にはあなたしか居ない。子供のDNA鑑定をしろって言うけれど、浅海は間違いなくあなたの子供なのよ。」
子供というワードに泉はふと奥さんなのだと思った。浮気相手の子供を妊娠したという奥さんは、ここを出て浮気相手のところへ行ったのではないのか。そう思いながら、泉は玄関の方へ足を進める。だが、このドアを開けることは出来ない。自分だって同じ立場なのだから。
「お腹の子供の父親に離れないかもしれないけれど……気になるようなら、堕しても……。」
言葉に詰まっていた。なんだかんだでも母親なのだ。堕胎など口にしたくないのだろう。だがそれほどの覚悟でここに来たのだ。泉の手がぎゅっと握られる。
「今更調子の良いことを言ってって思うかもしれない。だけど……あなたと浅海を思わなかった日はないの。あなただってそうでしょう?」
これ以上聞きたくなかった。泉はさっと玄関から避けて、ベッドルームへ逃げ込む。自分勝手な奥さんだ。礼二がどれだけ苦労していたのかわかる。だが奥さんなのだ。一度はこの人と一緒に人生を歩むと決めた人なのだ。
そう思うと自分がここにいて良いのかと思う。
しばらくして玄関の方へ行くともう何の音もしなかった。帰ってしまったらしい。そしてドアに何か挟まっているのを見た。それを手にすると、一枚の封筒がある。おそらく手紙なのだ。ふるえる手でそれを手にすると、泉はテーブルにそれを置く。
そしてベランダの窓を閉めると、ジャンパーを手にした。とにかく明日着る服などの身の回りのモノを持ってこよう。そう思いながら、バッグを持って外に出る。すると隣の住人も出てきた。その顔を見て驚いた。それは高柳鈴音だったのだ。
「あれ?阿川さん?」
出勤前だったのだろう。驚いて鈴音は泉を見ていた。そして後ろから一人の女性が出てくる。それは姉である純だった。
「鈴音。知り合いなの?この子。」
「姉さんこそ。」
「明日菜が連れてきたのよ。磨けば光る原石なのに、磨こうとしないバカだって。」
「明日菜らしいな。ところで……何でここから?」
倫子のところに間借りをしていたと聞いていたのに、どうしてこんなところから出てくるのか不思議だったのだ。
駅前のカフェで、二人は話を聞いていた。倫子の所を出たこと、礼二の所に転がり込んだこと。純も鈴音も微妙な表情でその話を聞いていた。
「阿川さんはそれでいいんだ。」
「……好きだって事だけで突き進んだけれど……本当はこんな事をしてて良いのかって思います。」
すると純は煙草に火をつけて、泉に言う。
「まぁ、お互いのためにそれは良いことなのかもね。」
「お互い?」
「その小泉先生?私は会ったことがないけれど、どうも依存するタイプみたいだし、あなたもそれに答えていたんでしょう。」
「……そうなのかな……。」
「どっちにしても、一度離れて冷却期間をおくと同性同士でも異性同士でもお互いのことが見えてくる。戻りたくなったら戻ればいいし、戻る場所が無くても良いじゃない。友達っていうのは一緒に住んでなくても変わらないんだし。」
だが鈴音は少し微妙な表情をしていた。そして泉に言う。
「阿川さん。その店長が君に手を出してきたのはいつから?」
「クリスマス前くらいですかね。」
「……少し早いか。だったら俺の考えすぎかもしれないけど。」
「何?」
「んー。この間、阿川さんをヘッドハンティングしたいって思ってて。あっちのエリアマネージャーとか店長の前で話をしたんだけど。」
「あんた、何考えてんの?そんなに堂々と言うものじゃないわ。」
呆れたように純がそう言うが、鈴音は続けて泉に言う。
「俺が言い出したから、店長が自分を使って縛り付けようとしているとは、考えない?」
一番恐れていることだった。体を使ってでも泉を会社に置いておきたいと思っている。それを狙っているのなら、あの「好きだ」と言う言葉だって嘘なのだから。
「……そんな……。」
「鈴音。あんた、そんなことを考えていたの?」
「あの店長ならやりかねないと思った。こう言うのはどうかと思うけど……あの人、何度かクラブで見たことがあるしね。」
「クラブ?」
おじさんが行かないクラブだろう。泉には未知の世界だ。
「女性に声をかけられて、そのまま消える。よくある話だけどね。」
「……。」
「鈴音。あんたねぇ。そんな不安をあおるようなことを言ってどうするの。」
純は呆れたように鈴音に言うが、それが一番恐れていることだった。もしそれで会社に残ると泉が決めて、会社の思惑通りになったら礼二はまたほかの女を追うのかもしれない。
そうすれば、泉だってさっきドアの前で訴えていた礼二の奥さんと同じ立場だ。子供が居ないだけまだましかもしれない。
「倫子が怒ってると思うから、家に行きづらくて。」
「かといってずっとこのままっていうのも悪いでしょう?そんな後込みしていないでさっさと行ってきなさいよ。」
純は呆れたようにそう言う。すると鈴音は、少し笑って泉に言った。
「もし、そっちの店長に何か違和感があったら、俺を頼ってきても良い。連絡先を教えておくよ。」
「え……。」
そう言って鈴音は携帯電話を取り出す。
「一応ね、うち会社にしているから、社員寮としてアパートを借りている。行くところがなければ、そこにかくまって良いから。」
「別れることを前提に話してるわね。あぁ、何であたしの弟とか妹は、人間関係に甘いのかしら。」
純はそう言って頭を抱える。
ふと礼二の目が開く。そして起きている泉を抱きしめた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「何時?」
時計を見ると、いつもよりも寝過ごしてしまったようだ。夕べは遅かったので無理もない。
「ご飯用意しましょうか。」
泉はそう言って体を避けると、体を起こそうとした。だが礼二がそれを止める。
「礼二さん。」
「もう少し、こうしていたい。まだ時間があるし。」
そうか。ここはいつものところとは違う。早く起きる必要はないのだ。
食事をして、礼二は部屋を出ていく。泉は仕事が休みなので、荷物をここに持ってくればいいと言ってくれた。すぐにこの部屋は空けることになるが、そのときは本格的に荷物を運び込めばいいと言う。
「小泉さんとはもう暮らすのは厳しいんじゃないのかな。」
洗濯物を干しながら、泉は少しその言葉を思い浮かべていた。あれだけ啖呵を切ったのだ。戻りにくいかもしれない。しかし今日は荷物を取りに行かないといけない。取りに行かなければ、明日の着替えすらないのだ。
そのときだった。部屋のチャイムが鳴る。礼二からは誰が来てもあけないで良いと言われていたので、それに答えなかった。するとドアの方から声がする。
「礼二。居るんでしょう?ベランダのドアが開いているわ。」
女性の声だった。誰なのかはわからない。礼二の女関係は派手だというのはわかっているが、自宅にまで押し掛けるような人が居るのだろうか。
「……戻りたいの。自分勝手なって言うかもしれないけれど、私にはあなたしか居ない。子供のDNA鑑定をしろって言うけれど、浅海は間違いなくあなたの子供なのよ。」
子供というワードに泉はふと奥さんなのだと思った。浮気相手の子供を妊娠したという奥さんは、ここを出て浮気相手のところへ行ったのではないのか。そう思いながら、泉は玄関の方へ足を進める。だが、このドアを開けることは出来ない。自分だって同じ立場なのだから。
「お腹の子供の父親に離れないかもしれないけれど……気になるようなら、堕しても……。」
言葉に詰まっていた。なんだかんだでも母親なのだ。堕胎など口にしたくないのだろう。だがそれほどの覚悟でここに来たのだ。泉の手がぎゅっと握られる。
「今更調子の良いことを言ってって思うかもしれない。だけど……あなたと浅海を思わなかった日はないの。あなただってそうでしょう?」
これ以上聞きたくなかった。泉はさっと玄関から避けて、ベッドルームへ逃げ込む。自分勝手な奥さんだ。礼二がどれだけ苦労していたのかわかる。だが奥さんなのだ。一度はこの人と一緒に人生を歩むと決めた人なのだ。
そう思うと自分がここにいて良いのかと思う。
しばらくして玄関の方へ行くともう何の音もしなかった。帰ってしまったらしい。そしてドアに何か挟まっているのを見た。それを手にすると、一枚の封筒がある。おそらく手紙なのだ。ふるえる手でそれを手にすると、泉はテーブルにそれを置く。
そしてベランダの窓を閉めると、ジャンパーを手にした。とにかく明日着る服などの身の回りのモノを持ってこよう。そう思いながら、バッグを持って外に出る。すると隣の住人も出てきた。その顔を見て驚いた。それは高柳鈴音だったのだ。
「あれ?阿川さん?」
出勤前だったのだろう。驚いて鈴音は泉を見ていた。そして後ろから一人の女性が出てくる。それは姉である純だった。
「鈴音。知り合いなの?この子。」
「姉さんこそ。」
「明日菜が連れてきたのよ。磨けば光る原石なのに、磨こうとしないバカだって。」
「明日菜らしいな。ところで……何でここから?」
倫子のところに間借りをしていたと聞いていたのに、どうしてこんなところから出てくるのか不思議だったのだ。
駅前のカフェで、二人は話を聞いていた。倫子の所を出たこと、礼二の所に転がり込んだこと。純も鈴音も微妙な表情でその話を聞いていた。
「阿川さんはそれでいいんだ。」
「……好きだって事だけで突き進んだけれど……本当はこんな事をしてて良いのかって思います。」
すると純は煙草に火をつけて、泉に言う。
「まぁ、お互いのためにそれは良いことなのかもね。」
「お互い?」
「その小泉先生?私は会ったことがないけれど、どうも依存するタイプみたいだし、あなたもそれに答えていたんでしょう。」
「……そうなのかな……。」
「どっちにしても、一度離れて冷却期間をおくと同性同士でも異性同士でもお互いのことが見えてくる。戻りたくなったら戻ればいいし、戻る場所が無くても良いじゃない。友達っていうのは一緒に住んでなくても変わらないんだし。」
だが鈴音は少し微妙な表情をしていた。そして泉に言う。
「阿川さん。その店長が君に手を出してきたのはいつから?」
「クリスマス前くらいですかね。」
「……少し早いか。だったら俺の考えすぎかもしれないけど。」
「何?」
「んー。この間、阿川さんをヘッドハンティングしたいって思ってて。あっちのエリアマネージャーとか店長の前で話をしたんだけど。」
「あんた、何考えてんの?そんなに堂々と言うものじゃないわ。」
呆れたように純がそう言うが、鈴音は続けて泉に言う。
「俺が言い出したから、店長が自分を使って縛り付けようとしているとは、考えない?」
一番恐れていることだった。体を使ってでも泉を会社に置いておきたいと思っている。それを狙っているのなら、あの「好きだ」と言う言葉だって嘘なのだから。
「……そんな……。」
「鈴音。あんた、そんなことを考えていたの?」
「あの店長ならやりかねないと思った。こう言うのはどうかと思うけど……あの人、何度かクラブで見たことがあるしね。」
「クラブ?」
おじさんが行かないクラブだろう。泉には未知の世界だ。
「女性に声をかけられて、そのまま消える。よくある話だけどね。」
「……。」
「鈴音。あんたねぇ。そんな不安をあおるようなことを言ってどうするの。」
純は呆れたように鈴音に言うが、それが一番恐れていることだった。もしそれで会社に残ると泉が決めて、会社の思惑通りになったら礼二はまたほかの女を追うのかもしれない。
そうすれば、泉だってさっきドアの前で訴えていた礼二の奥さんと同じ立場だ。子供が居ないだけまだましかもしれない。
「倫子が怒ってると思うから、家に行きづらくて。」
「かといってずっとこのままっていうのも悪いでしょう?そんな後込みしていないでさっさと行ってきなさいよ。」
純は呆れたようにそう言う。すると鈴音は、少し笑って泉に言った。
「もし、そっちの店長に何か違和感があったら、俺を頼ってきても良い。連絡先を教えておくよ。」
「え……。」
そう言って鈴音は携帯電話を取り出す。
「一応ね、うち会社にしているから、社員寮としてアパートを借りている。行くところがなければ、そこにかくまって良いから。」
「別れることを前提に話してるわね。あぁ、何であたしの弟とか妹は、人間関係に甘いのかしら。」
純はそう言って頭を抱える。
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