216 / 384
歪曲
216
しおりを挟む
ほとんど風呂に入りに帰るようなものだ。そう思いながら春樹は、始発の電車から降りると、家に向かっていた。この時期だけは仕方がない。どの企業も似たようなものだ。会社に泊まり込むのは、もう少しあとだ。
始発の時間まで少し寝ていたので、今日はまだ体が楽な方だ。正月はどうするかな。未来が死んだので、寂しい正月になるのは当たり前だ。それでも少しは帰らないといけないだろう。顔を見せるくらいでは無理か。その間家は倫子一人だろうか。倫子はあまり家に帰りたがらないし、あまり外国から帰ってこないと言う伊織もあの気の強い姉のところには顔を出すくらいだ。泉も父が再婚した家庭には遠慮しているようだし、自分が居ないくらいならそれで良い。
伊織と泉は恋人関係を白紙に戻したのだ。つまり伊織はフリーの状態で、いつでも倫子に手を出せるのだ。そんな状況にしたくない。
「なるべく早くこっちに帰るか。」
そうつぶやいて、公園の横を通り過ぎる。
そして家に帰り着いた。鍵を開けて中にはいると、倫子の部屋のドアから明かりが漏れている。書き直して欲しいとは言ったが、また政近が居るのだろうか。仕事となれば見境がない二人だ。それに不安もある。そう思いながら春樹は靴を脱いで倫子の部屋の前に立った。
「倫子。」
声をかけるが、返事はない。もしかしたら寝ているのかもしれないと、ドアを開けた。すると明るい部屋の中で倫子はパソコンを前に仕事をしているようだった。
「お帰り。」
「ずっと仕事を?」
「うん……ちょっと良い所だったから。」
部屋の中には政近は居ない。ほっとした。だが倫子はパソコンの画面から目を離して目をこする。
「……今帰ったの?」
「あぁ。風呂に入ってすぐまた出かけるけど……。」
「食事くらいはしたら?」
「そのつもり。」
会社で食べるモノは、テイクアウトの弁当や補助食品ばかりだ。ここでしかまともな食事をとれない。
「お風呂に入っている間に、食事の用意をするわ。」
「倫子がする?」
「泉は居ないのよ。」
「え?帰ってこなかったの?」
すると倫子は不機嫌そうに言った。
「礼二が連れて帰ったわ。」
礼二って誰だっけ。春樹はそう思っていたがすぐに泉が勤めているところの店長だと気が付いた。
風呂のお湯は抜いていた。春樹はシャワーを浴びながら、倫子の事場を反芻するように思い出す。
「新興宗教にはまっていた母親から解放されたと思ったら、今度は倫子に縛られているように見えるよ。」
礼二から言われたことがショックだったのだ。そんなつもりはなかった。だが確かに伊織と付き合っているときは、早く手を出せとせっつき、礼二と関係を持ってしまったら反対した。遊ばれている。傷つく前に別れてしまった方が良いと、アドバイスのつもりで言った。だがそれは時に過激にとらえられる。
「……。」
傷ついてぼろぼろになるのを見るのがイヤだった。倫子はそのつもりで礼二との関係を反対していたのだろう。だがそれは泉にも言える。
まだ未来が生きていたときから、倫子は春樹と関係があった。仕事のためだと言い訳をして、本当は離れられないほど好きなのだ。泉はずっと反対していたようだが、政近と関係を持ってしまえば政近よりも春樹の方が大事にしてくれると認めてくれたのだろう。
泉も認めて欲しいと思っていたから出て行ったのだ。だが倫子は思ったより強情だったし、礼二の縛り付けているという一言でとても傷ついていた。
シャワーの蛇口を止めると、脱衣所に用意してあったタオルに手を伸ばす。
「おっと。居たんだ。」
伊織の声だった。髭を剃りながら、驚いたように見ていた。一緒に温泉とかには行ったことはないので、全裸を見るのは初めてだったかもしれない。そのまま伊織は出て行こうとしたが、春樹は気にしないように首を横に振る。
「あ、かまわないよ。続けて。」
体を拭いている春樹をみる。確かに良い体をしている。肩幅は広く、腰も締まっていて、典型的な水泳選手のような体つきだと思う。
下着をはいて、春樹は不思議そうに伊織をみる。
「何?」
「良い体してるなって思って。」
「最近は行けていないけれど、水泳をしているからね。趣味の範囲で。」
「なるほどね。泳ぐのって良いのかな。」
「全身運動だよ。効率が良い。ランニングマシンよりも、水の中でウォーキングをした方が良いらしいしね。」
「ふーん。」
それだけじゃない。明らかに伊織よりも男らしい体をしていると思う。倫子はこの体に抱かれたのだ。そう思うと嫉妬しそうになる。
「あれ?もう仕事に行くの?」
部屋着ではなく、仕事用のスラックスを着ている。寝ないつもりなのか。
「朝残業。」
「マジで?出版社ってすごいね。」
「うちの会社、その分ボーナスが多いから。」
伊織は普通に見える。泉が出て行って、何も思っていないのだろうか。一時は付き合っていたのに情が無かったのは本当だったのか。
「伊織君。」
歯ブラシに歯磨き粉をつけて、春樹は伊織に聞く。
「ん?」
「泉さんが出て行ったんだろう。」
「うん……倫子が相当しょげてた。」
「訳は少し聞いたけどね……恐れてたことだって思う。」
そう言って歯ブラシを持つ手が止まる。春樹はそれを予想していたのだろう。
「春樹さん。今日さ、時間無い?」
「何の?」
「昼とか。」
「寝てたいなぁ。」
ほとんど寝ていないのだ。このまま横になれば昼間で起きない自信がある。
「だったら三十日って、仕事納め?」
「うん。」
「そのあと、時間とれない?」
「ここじゃ駄目なのかな。」
「うん……まぁね。」
「……わかった。あとでメッセージを送るよ。」
場所を避けて、春樹は口に歯ブラシをいれた。もう話をする気はないのだろう。春樹もまた礼二の態度に腹が立っていたのだ。
始発の時間まで少し寝ていたので、今日はまだ体が楽な方だ。正月はどうするかな。未来が死んだので、寂しい正月になるのは当たり前だ。それでも少しは帰らないといけないだろう。顔を見せるくらいでは無理か。その間家は倫子一人だろうか。倫子はあまり家に帰りたがらないし、あまり外国から帰ってこないと言う伊織もあの気の強い姉のところには顔を出すくらいだ。泉も父が再婚した家庭には遠慮しているようだし、自分が居ないくらいならそれで良い。
伊織と泉は恋人関係を白紙に戻したのだ。つまり伊織はフリーの状態で、いつでも倫子に手を出せるのだ。そんな状況にしたくない。
「なるべく早くこっちに帰るか。」
そうつぶやいて、公園の横を通り過ぎる。
そして家に帰り着いた。鍵を開けて中にはいると、倫子の部屋のドアから明かりが漏れている。書き直して欲しいとは言ったが、また政近が居るのだろうか。仕事となれば見境がない二人だ。それに不安もある。そう思いながら春樹は靴を脱いで倫子の部屋の前に立った。
「倫子。」
声をかけるが、返事はない。もしかしたら寝ているのかもしれないと、ドアを開けた。すると明るい部屋の中で倫子はパソコンを前に仕事をしているようだった。
「お帰り。」
「ずっと仕事を?」
「うん……ちょっと良い所だったから。」
部屋の中には政近は居ない。ほっとした。だが倫子はパソコンの画面から目を離して目をこする。
「……今帰ったの?」
「あぁ。風呂に入ってすぐまた出かけるけど……。」
「食事くらいはしたら?」
「そのつもり。」
会社で食べるモノは、テイクアウトの弁当や補助食品ばかりだ。ここでしかまともな食事をとれない。
「お風呂に入っている間に、食事の用意をするわ。」
「倫子がする?」
「泉は居ないのよ。」
「え?帰ってこなかったの?」
すると倫子は不機嫌そうに言った。
「礼二が連れて帰ったわ。」
礼二って誰だっけ。春樹はそう思っていたがすぐに泉が勤めているところの店長だと気が付いた。
風呂のお湯は抜いていた。春樹はシャワーを浴びながら、倫子の事場を反芻するように思い出す。
「新興宗教にはまっていた母親から解放されたと思ったら、今度は倫子に縛られているように見えるよ。」
礼二から言われたことがショックだったのだ。そんなつもりはなかった。だが確かに伊織と付き合っているときは、早く手を出せとせっつき、礼二と関係を持ってしまったら反対した。遊ばれている。傷つく前に別れてしまった方が良いと、アドバイスのつもりで言った。だがそれは時に過激にとらえられる。
「……。」
傷ついてぼろぼろになるのを見るのがイヤだった。倫子はそのつもりで礼二との関係を反対していたのだろう。だがそれは泉にも言える。
まだ未来が生きていたときから、倫子は春樹と関係があった。仕事のためだと言い訳をして、本当は離れられないほど好きなのだ。泉はずっと反対していたようだが、政近と関係を持ってしまえば政近よりも春樹の方が大事にしてくれると認めてくれたのだろう。
泉も認めて欲しいと思っていたから出て行ったのだ。だが倫子は思ったより強情だったし、礼二の縛り付けているという一言でとても傷ついていた。
シャワーの蛇口を止めると、脱衣所に用意してあったタオルに手を伸ばす。
「おっと。居たんだ。」
伊織の声だった。髭を剃りながら、驚いたように見ていた。一緒に温泉とかには行ったことはないので、全裸を見るのは初めてだったかもしれない。そのまま伊織は出て行こうとしたが、春樹は気にしないように首を横に振る。
「あ、かまわないよ。続けて。」
体を拭いている春樹をみる。確かに良い体をしている。肩幅は広く、腰も締まっていて、典型的な水泳選手のような体つきだと思う。
下着をはいて、春樹は不思議そうに伊織をみる。
「何?」
「良い体してるなって思って。」
「最近は行けていないけれど、水泳をしているからね。趣味の範囲で。」
「なるほどね。泳ぐのって良いのかな。」
「全身運動だよ。効率が良い。ランニングマシンよりも、水の中でウォーキングをした方が良いらしいしね。」
「ふーん。」
それだけじゃない。明らかに伊織よりも男らしい体をしていると思う。倫子はこの体に抱かれたのだ。そう思うと嫉妬しそうになる。
「あれ?もう仕事に行くの?」
部屋着ではなく、仕事用のスラックスを着ている。寝ないつもりなのか。
「朝残業。」
「マジで?出版社ってすごいね。」
「うちの会社、その分ボーナスが多いから。」
伊織は普通に見える。泉が出て行って、何も思っていないのだろうか。一時は付き合っていたのに情が無かったのは本当だったのか。
「伊織君。」
歯ブラシに歯磨き粉をつけて、春樹は伊織に聞く。
「ん?」
「泉さんが出て行ったんだろう。」
「うん……倫子が相当しょげてた。」
「訳は少し聞いたけどね……恐れてたことだって思う。」
そう言って歯ブラシを持つ手が止まる。春樹はそれを予想していたのだろう。
「春樹さん。今日さ、時間無い?」
「何の?」
「昼とか。」
「寝てたいなぁ。」
ほとんど寝ていないのだ。このまま横になれば昼間で起きない自信がある。
「だったら三十日って、仕事納め?」
「うん。」
「そのあと、時間とれない?」
「ここじゃ駄目なのかな。」
「うん……まぁね。」
「……わかった。あとでメッセージを送るよ。」
場所を避けて、春樹は口に歯ブラシをいれた。もう話をする気はないのだろう。春樹もまた礼二の態度に腹が立っていたのだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!



中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
恋愛
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる