守るべきモノ

神崎

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 洗濯物の籠を片づけたあと、台所でお茶を入れる。そしてお茶をトレーに載せて縁側に戻ってくると、警察官である槇司はその庭を見ていたようだった。
「何かありましたか。」
「いいや。ここは良い所ですね。確か、ここの前の持ち主も作家であまり外に出なかったらしいですよ。こういうところからインスピレーションが生まれるんでしょうか。」
「どうなんですかね。でもまぁ……静かではありますけど。」
「独りで住むには広すぎるでしょう。」
「同居人があと三人居ます。」
「同居人?」
「間借りみたいなものです。そうしないとこの家のローンが終わらないので。」
「なるほど。作家としての収入だけでは難しいというところでしょうか。しかし、あなたくらいの容姿だったら作家だけではなくてもやっていけそうですけどね。」
「どうでしょうか。荒田先生のようにキラキラしてませんよ。」
「荒田夕さんですか。あぁ、この間の対談は拝見しました。」
 こんな雑談をしに来たのだろうか。そう思いながら倫子はお茶を口に入れる。
「漬け物でも摘みますか。」
「良いですねぇ。」
「断らないんですね。」
 そういって倫子は立ち上がる。
「父に似たんですよ。この図々しさは。」
 自分でわかっているのか。そう思いながら、倫子は台所に入り、冷蔵庫から高菜の漬け物と、小皿、そして箸を持ってくる。
「ん。美味しい。お茶とよく合いますね。この高菜、どこで買ったんですか。」
「同居人の実家からのお歳暮ですよ。」
 泉の実家から毎年送られて来るものだ。ご飯によく合うので、あっという間に無くなってしまうが、こう美味しい、美味しいと言われるとちょっと良い気分になる。
「お茶も美味しいですね。」
「それも同居人が。」
 海辺にある春樹の実家は、お茶が美味しい。春樹の母が気を使って送ってきてくれたのだ。
「それで……槇さん。何の用事でここへ?」
 高菜の漬け物を小皿に入れて、司は思い出したようにそれをトレーに戻す。
「そうだった。別にお茶を飲みに来たんじゃないんですよ。これ、これ。」
 そういってバッグからファイルを取り出した。そしてそのページをめくる。そこには一枚の写真が挟まれていた。
「……これ……。」
 白い香炉だった。見覚えがある。あの焼けた建物の入り口に陳列されていた。祖父がこういう骨董が好きだったが、祖父以外は何の興味も示さなかった。だからそういう骨董も含めて建物を市に寄贈したのだ。
「見覚えがありますか。」
「えぇ。祖父が残した建物に陳列されていました。でも……火事で骨董はほとんど無くなってしまったんですけど、これは昔の写真ですか。」
「いいえ。これは、青柳達彦という「青柳グループ」の総帥の自宅にあったものです。」
「……やはり……。」
 そこにあったのだ。以前、政近が見たと言っていたのは本当の話だったのだろう。
「ですが、これはレプリカです。」
「偽物?」
「えぇ。この香炉の本物の所有者は、「戸崎グループ」の会長の自宅に、厳重に保管されているそうです。何せ、昔、人を呪うために使われていたものだとか。」
「迷信でしょう。」
 ばっさりと倫子は言い捨てて、その写真を見る。
「レプリカならおそらく数点、それ以上、生産されている可能性がある。だがこれは間違いなくあなたの家にあったものなのです。」
「どうしてそれがわかるんですか。」
 すると司は、ファイルのページをめくる。これは市に寄贈されていた美術品、骨董品のリストだった。美術館などで管理されているが、市役所にもそのコビーがあるのだ。
「鑑定士に見て貰いましたよ。間違いなくこれは、その建物から持ち出されたものだと。」
「……。」
「それだけではない。青柳達彦のその自宅には骨董が数点ありましたが、そのいずれも窃盗で手に入れたものだと思われます。」
「罪が重くなりますね。」
「えぇ。それから……これが事実なら、あなたの罪がでっち上げられたものだという可能性が出てきた。」
 すると倫子は冷めた目でファイルを置き、お茶を口に入れる。
「今更何を?」
「え……。」
「誰も信用してくれなかったんですよ。事実がねじ曲げられ、十二、十三で立派に淫乱な女だと周りから揶揄された。私は今だに地元に帰るのが恐ろしい。」
「……小泉さん。」
 一人の女性をここまで追いつめてしまったのだ。司はぎゅっと拳を握りしめる。
「父は……ずっとあなたに付き添っていました。あれほどの火傷を負いながら本を運び出していたあなたを皆は、「自分の罪を誤魔化すため」と言っていたそうですが、父は最後まであなたの話を聞こうとしていたんです。ですが、その話はうやむやにされた。外からの圧力があったと私は思っています。」
 倫子は震える手で湯飲みをまた持ち上げる。そして司に聞いた。
「お父さんはどうされていますか。」
「あのあと、左遷されました。転々と閑職に着かされて……俺がこうして一課に配属されたのは、奇跡的です。」
「……それくらい何も考えていないのか……それとも、考えが甘いのか。」
「小泉さん。」
「私は警察を信用していません。」
 倫子はそういって司をみる。
「私は私が出来ることであいつを追いつめます。」
「もう追いつめられていますよ。どれだけの罪が……。」
「それでも生き残るでしょう。何らかの圧力で、誤魔化すと思います。そしてのうのうと生き残る。」
 その空気に、司は思わず声をかけた。
「……小泉さん。何をあなたが掴んでいるのかわかりません。ですが、俺がこの事件に関われたのは幸運でした。父から言われてたんです。「小泉さんの鎖を解いてあげなさい」と。」
「……警察では無理です。」
「警察は無理でも俺がします。」
「……信用できません。槇さん。もう帰ってください。そしてもう二度と、現れないで。」
 トレーに湯飲みを載せて、倫子は冷めた口調でそういった。
「小泉さん。最後に一つ。」
「何ですか。」
「この香炉は、間違いなくあの建物の中にあったものですね。」
「えぇ。その小さく欠けているところは、私もよく覚えているものです。同じくらいの歳の男の子が、誤ってそれに体をぶつけて欠けさせたんですよ。」
「……それが確認できただけ良かった。ではまた、お茶を飲みにきますよ。」
 庭から出て行く司の後ろ姿を見て、倫子はため息をついた。話を聞かない人だと思う。どうして自分の周りには倫子の話を聞いてくれない人ばかりなのだろう。
 そう思いながらトレーを片づけようとしたときだった。
「よう。」
 庭に政近が入ってきた。もう仕事をしないといけないだろう。そう思いながら、倫子はそのトレーを片づけた。
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