守るべきモノ

神崎

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 洗濯物を干し終わって、倫子はコーヒーを淹れる。泉のように丁寧にコーヒーを淹れれるわけではないので、インスタントのモノだ。
「インスタントで悪いけど。」
「こだわらねぇよ。」
 政近はそれを受け取ると、居間を出て行った。部屋へ行こうとしているのだろう。それを見て倫子は少しため息をついた。政近に何を言っても無駄だろう。
 部屋へ行くと、倫子の仕事机の前のコルクボードの上のホワイトボードをみる。年内に締め切りが数本あるようだ。すかすかのスケジュールである政近とは違う。
「新聞社にも書いてんのか。」
「えぇ。連載ではないのだけど、たまにショートストーリーを頼まれるのよ。」
「でもこれスポーツ新聞じゃん。スポーツ新聞の読み物って……。」
「官能だけじゃないわ。」
 倫子はそう言ってコーヒーに口を付ける。今日納品するモノは、スポーツ新聞の正月号に載る。正月には新聞がどっさりやってくるその中の一つなのだろう。
「正月から殺人の話かよ。」
「それでもいいんでしょう。求められているんだから書くだけ。」
「どんな話にしたんだよ。」
「買って読めば?」
 いすに座ると倫子はパソコンの電源をいれる。仕事をするためだ。
「……夕べ、お前寝てないだろう?」
「……そうね。」
 その意味が分かって言っているのか。それとも上書きをしたいとか言ってくるのか。倫子は少し身構える。
「俺も寝れなかったよ。お前等が帰ってきた音がしてやっと少し寝れたけど。」
「……そう。」
 同情はしない。自分たちの間には何もないのだから。
「お前等だけの話じゃなくて……藤枝さんの部屋で気になるのがあったから。」
「気になるもの?」
「お前ら、大学の時同人誌を書いたことがあるんだろう。」
 その言葉に倫子は思わず政近を見上げた。
「えぇ。」
「文芸サークルか何かで?」
「泉も入ってた。」
 まともに見たくない。恥をさらすようなものだと思う。これを買った人たちに返金したいとまで思ったくらいだ。
「……それが藤枝さんの部屋にあったんだよ。」
「あぁ、泉に春樹さんが見たいと言うから渋々貸したって言ってたわ。嫌ね。昔の文章をさらされるのは。」
 それを見たというのだろうか。倫子はため息をつく。
「みんなペンネームだったから誰が誰のかわからねぇけど、お前のだけはわかった。妙に難しい表現使いやがって。昔の文豪気取りだな。」
「そう言うのが好きだった時代よ。誰にでもあるでしょう?黒歴史くらい。」
 あまりにも難解な文章に、サークルの部長が「もっとわかりやすく書いたら」と言われたが、それを変える気はなかった。読み手がわからないのは、読み手の勉強不足だと思うから。
「……そんだけじゃねぇよ。あの泉って奴。何で俺の弟のことを知ってんだよ。」
「弟?あぁ、「三島出版」の……。」
 ずっと担当していた女性が産休に入るので、新たに担当になった男だった。倫子と歳が変わらない男で、倫子の弟である栄輝のウリセンの店の同僚だったはずだ。
「弟と知り合いなのか。それをネタに書いてたのか。あいつ。」
「……偶然でしょう?」
「けど、高校の時に好きになったのが男で……それから、ウリセンに入ったのなんか……。」
「泉はノーマルな恋愛小説も好きだけれど、BLも読んでいた時期があるわ。だったらそう言う文章を書くのは、不自然じゃない。」
 倫子はその文章を読んだとき、泉の頭の中はお花畑かと思っていた。だが濡れ場はなくても、心情が絶妙だと思った。
 男なのに男を好きになってしまった自分に戸惑っている自分が、嘘っぽいのにどこか目を離せないと思って、少しうらやましい。
「偶然かよ……。」
「そんなことが聞きたかったの?」
 倫子は呆れたように政近に聞いて、開いたパソコンのサインインをしようとしたときだった。
「それだけじゃねぇよ。お前の作品だ。」
「……。」
「難しい文章で誤魔化してるけど、あの事件はどこで知ったんだ?」
 中学生だった少女が下校中に、車に連れ込まれてレイプされた。そのまま拉致され、半月ほど男たちに弄ばれたのだ。
 少女はやっとの思いでその場から逃げ出し、警察に保護された。だが守ってくれた警察は、逆に少女を容疑者として逮捕することになる。
 少女が逃げ出せたのは、その男たちのうちの一人を刺したからだった。あとの処理が悪かったらしく、男は命を落としたのだ。
「……えぇ。でも少女は無罪になった。正当防衛が認められたから。それに……少女の付けた傷は、命を落とすようなものじゃなかった。逃げ出した少女を逆恨みした男たちが、男を殺したのよ。」
 その疑いがはれるまで、少女は奇異の目にさらされた。レイプされたと言っても、もしかしたら誘ったのではないかと周りが噂をする。
 母はその目に耐えられずに自殺をして、父親は職場を解雇された。兄が二人だけが少女を守っていた。そして少女を信じていた。
 真実が露呈して、犯人グループが逮捕されたことで物語が終わっている。だが少女の心の傷は癒えることがなかった。
「何でその話をお前が知ってんだよ。」
「……。」
 倫子は煙草に火を付けると、少し笑った。
「ノンフィクションライターでも目指そうか。」
「お前……。お前それでも女か。お前だってレイプされてんだろ。何でそんな文章を書けるんだ。」
 すると倫子はため息をついて政近に言う。
「それがあなたの妹だっていう証拠もない。だいたい、それは部数が五十冊くらいしか発行していないし、世に出る可能性は低いわ。完売もしていないし、サークルの人たちが持っているだけじゃないかしら。」
「そんな問題じゃねぇだろ。」
 煙草の煙を吐き出して、倫子は冷たい目で言う。
「全ては作品の為よ。」
「自分のことは書かないのに、人のことは書くんだな。お前、卑怯だな。」
「どうとでも。」
 そう言って倫子は文章制作のアプリを開く。すると政近はそのいすを回して、自分の方に向けた。
「何……。」
 すると政近は背もたれに倫子を押しつけると、そのまま顎を持ち上げた。そしてその唇にキスをする。最初から舌を入れて、その口内を舐め上げた。だが倫子の手が政近の体を押す。
「何だよ……。」
「やめて。帰って。」
 だが政近はまた倫子に近づくと、その唇にキスをする。そのとき舌に痛みを感じた。
「……っつ……。」
 口の端から血がにじむ。だがやめられない。無理矢理倫子を立たせると、その体を抱きしめてまた唇を重ねる。そしてそのカーディガンを脱がせた。
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