守るべきモノ

神崎

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聖夜

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 何度も絶頂に達して、少し気絶していたのかもしれない。ふと目を開けると、薄暗い部屋の中のベッドの上で倫子は横になっていた。耳を澄ませばシャワーの音がする。おそらく春樹がシャワーを浴びているのだろう。後で自分もシャワーを浴びようと体を起こした。すると薄い明かりの中でも、くっきりとわかる。体についた無数の跡がある。
「……まぁいいか。」
 夏ではないのだから薄着はしない。この跡が余所に漏れることはないだろう。そして床に散らばっている服を片づけ始めた。春樹の着替えはここにまだ少し残っているので、明日はこのまま出社するかもしれない。シーツと一緒に持って帰ろうと思った。
「紙袋か……ビニールないかな。」
 この明るさではよくわからないが、本の部屋にすると言っていたこの部屋は確かに本が沢山ある。この中には、もう手に入らないような本もあるのだ。
「……それにしても……。」
 ジャンルはバラバラだ。ミステリーだけではなく、恋愛小説、ホラー、ノンフィクションまであるのは、春樹がジャンルにこだわっていないからだろう。
 その中の一つを手にする。妻が宇宙飛行士になるまでを、赤裸々に書いた夫の著書。倫子もこの本を読んだことがあるが、ほほえましい話だったと同時に、女が宇宙飛行士になるのが難しい時代に、あえてこの国の女性が宇宙飛行士という道を選んだのは、賭だったのかもしれない。それにこの夫は妻を支え続けている。子供はいなかったが、夫婦二人三脚で一つの目標に突き進んでいて、読んでいても面白いと思った。
 こんな夫婦には到底なれない。自分が言ったように、夫を取ってしまった女性が幸せになれることはないのだ。妻に面目が立たない。
「……ん?」
 その本を戻そうとして、ふとその隣に封筒があるのに気がついた。それを手にすると表表紙には、弁護士事務所の名前が書いてある。
「……弁護士?」
 何か訴えられるようなことがあったのだろうか。そう思いながら倫子はその封筒をまたしまった。許しもないのに勝手に見るような真似をしたくない。
「倫子?気がついた?」
 そのとき春樹がバスルームから出てきた。
「ちょっと気絶してたみたい。」
「そうだね。でも男冥利につきるな。」
「テクニシャンね。」
「そうでもないよ。君だからだ。」
 そう言って春樹は倫子の体を抱き寄せる。そして額にキスをした。
「シャワーを浴びてくる?」
「そうね。なんかべたべたする。」
 丁寧にする愛撫が、体を汚したのだ。そう思いながら、タオルを受け取った。
「あぁ、紙袋かビニール袋がないかしら。」
「シーツを洗う?」
 髪を拭きながら、春樹はそう言って本棚の向こうにある紙袋を取り出す。
「うん。シーツもだけどタオルとかも。」
「ベッドカバーも今回は洗わないとね。」
 ずいぶん濡れている。倫子が濡らしたのだ。
「もう……そんなこと言わないで。」
「ははっ。シャワーを浴びて来なよ。」
 タオルを手にして、倫子はバスルームへ向かう。その間、春樹は煙草に火を付けて、本棚を見ていた。そしてその本棚の向こうにあるファイルを手にする。
「……。」
 そこには病院の名前が書かれてあった。そしてその中身は、妻の診断書だった。事故のことではない。
 これを倫子に言うべきなのかは悩むところだ。だが倫子は話してくれた。辛いことだったと思う。口に出すのもおぞましいことだ。
 そして妻にも辛い過去があった。そして二人の目的は一つ。
 携帯電話を取り出して、ニュースをチェックする。すると速報が入っていた。それを見て春樹は少し笑う。

 シャワーを浴びてくると、春樹は少し笑って倫子をベッドに座らせた。今から眠ってしまったら、昼まで起きれないかもしれない。そう思って、今日は寝ないつもりだったのだ。どちらにしても寝れる自信はない。
「倫子。これを見て欲しいんだ。」
 そう言って春樹はそのファイルを倫子に手渡した。不思議な顔をして、倫子はそのファイルを開く。するとそこには医師の診断書があった。
「診断書?奥様の?」
 患者名は青柳未来と書かれてあった。事故のことの診断書だろうか。だがそれだったら名前は青柳ではなく藤枝と書いているだろう。
「堕胎?」
 子供を堕ろしていたのだ。堕胎は手術であるので、身内のサインが必要になる。その身内の名前には、青柳の名前があった。
「この名前は、未来の母親の名前だ。」
「父親のサインはないの?」
「無いよ。」
 未来はお嬢様だっただろう。だから父親がわからないような真似をしないと思っていたのだろうに、実際はそういう女だったのだろうか。
「……次を見てみて。」
 ページを開いてみると、倫子は驚いて声がでなかった。そこには近親相姦の疑いがありと書いてあったのだ。
「……未来は、父親から性的虐待を受けていたんだ。」
 未来と父親は本当の父親ではない。母親が十六の時に未来を生んだ連れ子だった。
「十二、三くらいの時に父親から性的虐待を受けたらしい。それから十五の時に妊娠をした。父親の子供をね。」
「……あいつ……。」
 倫子だけじゃなかった。未来もまた被害者だったのだ。手が震える。
「未来が結婚をしたかった一つの理由に、父親から離れたいというのもあった。だから……もし父親のやっていることが世に知らされることがあったら、これを証拠として提出して欲しいと。」
「……。」
「本当は、未来は俺との子供が出来ることで、そのことを隠したいと思っていた。でも被害者は他にいることを知って、医師に診断書の再交付を申し出た。」
「それって……。」
「君だよ。」
 だとしたら未来は倫子のことを知っていたことになる。だが倫子は未来に会ったことがないし、青柳のことも限られた人にしか話していない。。どうして知っているのだろう。
「……どうして知っていたのかしら。」
「……未来はあの香炉のことについて話しているのを聞いたんだ。「相馬さんの子供が淫乱だ。親が親なら子も子だ。」とね。」
「……勘違いをしていたのね。」
「未来は相馬さんという人を良く知っている。相馬さんの旦那さんと懇意にしていたようだから。」
「相馬さんの旦那さんって……。」
「今は南の方でコーヒー農園をしているけれど、昔はヤクザだった人だ。そのつてで、君のことも知ったらしい。それからずっと君を追っていた。」
 こちらを知らなかったのに、未来はずっと倫子を追っていたのだ。だから倫子が小説を送ったときも、倫子を推していたのだろう。
「なんだか複雑ね。」
「何で?」
 倫子はそう言って煙草に手を伸ばす。
「実力で作家になりたかったわ。」
 名前で選んでもらったものなど、喜ぶわけがない。だが春樹は少し笑っていった。
「あぁ。そういうことか。その心配はないよ。」
「どうして?」
「文芸大賞は、名前を伏せて選考してもらう。どうしても知り合いとかがいるとえこひいきしてしまうから。だから未来も驚いていたみたいだ。自分が言いと思った文章を書いたのが、君だったんだから。」
 ただ未来のあのときの言葉を忘れられない。
「この子……あのときから絶望してたのね。だから……愛がなんなのかもわからなくなってた。可哀想な人。」
 倫子はそのファイルのページをまためくる。すると決定的な証拠がそこにはあった。堕胎した嬰児のDNAは、青柳の子供であることが認められたのだ。
「決定的ね。でもこれでは証拠として弱いわ。何より、故人なのだから。」
 倫子は灰を落としてファイルを春樹に手渡す。
「……倫子。君の切り札を知りたい。」
「……これと似たようなものよ。もし青柳が捕まったら、証拠として提出できる準備はある。だけど……その必要があるのかしら。」
 倫子以上にひどい目に遭っている人がいる。その人たちは遠くの国で、性奴隷になっているのだ。
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