守るべきモノ

神崎

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聖夜

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 今頃春樹に倫子は抱かれているのだ。そう思うと腹が立つし、横になっても寝れない。政近はそう思いながら、煙草を消す。
 あれだけせっついたのだから、伊織も泉もしているのかもしれない。していないのは自分だけかと、政近は舌打ちをする。しかし未来はわからない。このままで終わる気はないのだ。そう思って周りを見渡す。
 それにしても本が多い。伊織の部屋に続いているふすまはすでに本棚で埋め尽くされているし、その本棚にもあまり余裕はない。売るという頭はないのだろうか。そう思いながら、政近は体を起こして、一冊の本に手を伸ばす。白い表紙の本は、作家の名前は聞いたことがあるが本の題名は知らない。おそらく作家の初期のものだろう。この作家は、自殺した。
「ふーん。」
 中身を見るとミステリーの第一人者と言われていたようだが、この本はそう言う風に見えない。純文学のように思える。本当はこの作家はミステリーなど書きたくなかったのかもしれない。なのに売れたのはミステリーだった。だから書かざる得なかった。自分が書きたいものと世の中の需要は違うことは多い。
「田島先生の絵はあまり色気がないですよね。性の匂いがしない。アーティスティックなのも悪くないですけど、マンガはイラストではないんですよ。」
 どこの出版社からも言われたことだった。だが浜田だけは違った見解を示していた。
「原作付きの漫画を書いてみませんか。この絵で是非見てみたい作家がいるんですよ。」
 そう言って紹介されたのが倫子だった。倫子の文章は前から知っていて、デビュー作から注目をしていた。だが人の死にも、濡れ場にもどこか愛情が感じなかったのは、倫子自体が愛情を知らなかったからだ。
「……クソ。」
 本を棚にしまう。
 今「月刊ミステリー」で連載している作品は、テイストが違う。無碍に人を殺しているのは前と変わらないが、その中での愛情も濡れ場もどこかリアリティを感じる。それはきっと春樹の影響だ。
 このまま倫子を渡したくない。そう思いながら本棚を見ていると、一冊の本に目が止まった。背表紙には何も書いていない。手に取ると、まるで同人誌のような作りだと思った。
「……何でこんなもんが……。」
 ページを開くと、政近は驚きを隠せなかった。

 泉が寝息をたてているのを見て、伊織はそっと布団から抜け出した。そして静かな廊下を歩き、自分の部屋へ向かう。伊織の部屋の隣は春樹の部屋だ。政近が図々しいタイプだから、伊織の部屋へ行って何か探るかもしれないと少し不安になったのだ。
 ドアを開けて電気をつけると、ぱっと部屋が明るくなった。そして机の引き出しをあける。その奥に小さな箱があった。
「……。」
「富岡。」
 声がかかって、伊織は思わずその箱を机にしまう。
「お前、まだ起きてたのか。」
 そこには政近の姿があった。伊織から借りたスウェットを着て、伊織を見ている。
「あー。まぁ……寝れなくてな。」
「大学の飲み会で、雑魚寝してた割には寝れないなんてよく言うよ。」
 大学の作品展の打ち上げで、みんなが集まる食堂に男女関係なく酔っぱらって雑魚寝をしていたのを寮母が翌朝見つけて、頭ごなしに怒られていたのを思い出す。
「あのときからお前は要領が良かったよな。」
 伊織はさっとその場から抜けて、自分の部屋に戻っていったのでそんなことはなかった。
「……なぁ。」
「ん?」
「お前、あの女そんなに惚れてるわけじゃないのか。」
 その言葉に伊織は少し顔をひきつらせながら少し笑う。
「何で?」
「その笑い。誤魔化すとき良くやってたよな。大学の時の彼女、誰だっけ……風俗に行った……。」
「昼もそんな話してたな。」
 伊織は奥手な方だった。大学の時なんかは、セックスをしたい盛りだろうに、つきあっていた女に手を出したのはつきあって半年を過ぎた頃だったのだ。そこまで良く女も待っていたと思う。
「そんな話はどうでもいいんだよ。あの女……泉って言ったっけ。手を出してねぇだろ?一緒の部屋に寝ておいて。イ○ポか?」
「いいや。普通。」
「だったら……。」
「必要?もう俺ら三十になるんだけど、そこまでしたいと思う?」
 性欲がないとは思えない。確かにセックスをするよりも自慰をした方が良いという人もいないことはないが、伊織がそんなタイプにも見えない。
 だいたい、この部屋には性の匂いがしない。エロ本やソフトの一本でもあればいいのかもしれないがそんなものはなく、あるのは素材用の男と女の裸の絵だけだ。
 政近も割とそんなところはある。ソフトを買うこともあるが、それはあくまで作品のためだ。
「歳は関係ねぇだろ。だったらあの藤枝さんなんか何なんだよ。倫子と出て行っちまって、今頃やってんだろ?」
 それが寝れない一番の原因だ。あの濡れやすい体を好きにしているのだ。甘い声も、求めてくる手も、今は全部春樹が独占しているのに腹が立つ。
「まぁ……。」
 伊織も複雑だった。春樹は悪い男ではないのは、この半年ほど同居してみてわかる。奥さんがいても寝てしまった軽薄さは否めないが、真剣に倫子と向き合っているのだ。
 それが複雑で、だから止めたくても止められない。
「くそ。思い出したら腹が立つな。」
 その言葉に伊織は違和感を持った。まるで恋人を取られたような感じに見える。
「……田島。お前……倫子のことが?」
「んなわけねぇだろ。人の旦那を取っているような女、そんな目で見られるかよ。」
「もう人の旦那じゃないけど。」
「……死んだって言ってたな。それでも死ぬ前から繋がりがある女、手を出せるか。」
「だったら倫子が朝帰りしたあの日、本当に仕事しかしてなかったのか?」
「……。」
「春樹さんが奥さんのことで手一杯で、倫子のことを振り返る事がなかったのを良いことに手を出さなかったのか?倫子があんな状態で、傷口に塩を塗るように仕事をしてたのか?」
 すると政近はため息をついて伊織に言う。
「お前……あっちに惚れてんだろ?」
「……。」
「倫子は駄目だからな。」
「お前に言われたくない。」
 政近は少し笑って伊織に近づく。
「お前みたいなヘタレ、倫子が振り向くわけねぇだろ。泉だって悪い女じゃねぇよ。飯も美味いし、おとなしくそっちに転んでろ。」
「……。」
「倫子は俺が……。」
 やはり政近も倫子を見ている。好きなのだ。同じ想いをしている。
「お前、やっぱり倫子と……。」
 縛ったり道具を使わないとやる気が起きなかった政近が、ただ自分の手で乱れていく倫子を初めて愛しいと思ったのだ。
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