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聖夜
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外に出ると身を切るように冷たい風が吹き抜けた。もう日が変わってしまった時間で、いつもだったら春樹はもう寝ている時間だった。だが今日は寝れるかわからない。
革のジャンパーと白いマフラーをした倫子は、寒そうにそのマフラーを口元まで上げる。
「寒い?」
「そうね。あの部屋、暖房あったかしら。」
「一応エアコンだけはつけているけどね。」
備え付けのエアコンは、ふわっと暖かいだけであまり機能していないように思えたが、あまりあの部屋で過ごすことはなかったので気にしなかった。
「泉は大丈夫かしら。」
「どうして?」
「……温泉に行っても何もなかったって言ってたのよ。伊織に対して不安はないのかしら。」
それに伊織はどうも泉を見ていない感じがする。そうではないと倫子にキスをしてきたり、襲ってきたりしないだろう。
「今は泉さんのことを考えないでほしいな。」
「え?」
「二人なんだ。それに……今は君のことを守りたいと思う。」
その言葉に倫子は少し笑った。
「そうね。」
今日くらいは考えない。それに知られたくないことも知られてしまったのだ。
政近のことも伊織のことも全て忘れさせて欲しい。
部屋について、電気をつけるより先に春樹は倫子を抱きしめた。そして倫子もまた春樹の体に手を伸ばす。むさぼるようにキスを繰り返す。舌を絡ませて、息ができないほど激しく唇を重ねた。
「ん……春樹……。」
お互いにアルコールの匂いがする。暗く冷えた部屋の中で、お互いの温もりだけを感じた。
「倫子は温かいな。こんなに頬も熱い。」
「……エアコンくらいつけた方がいいわ。」
「暑くなるよ。」
マフラーとジャンパーを脱がせると、倫子も春樹の着ていたコートに手を伸ばす。床にお互いの着ていたものが落ちた。普段だったらそれをちゃんとかけておいたりするのだが、そんなことをする余裕もなかった。
ベッドに横になると、セーターの下から手を入れて、その柔らかいところに触れる。
「ん……。」
まだ冷えたベッドの上で、春樹の手だけが温かい。背中に手を回されると、下着のホックを取られた。
「早いわね。まだここについて五分もたってないのに。」
「時間がもったいないよ。」
「明かりだけつけて。」
「どうして?」
「表情が見えないから。」
その答えに春樹は手をセーターからはなすと、ベッドサイドの明かりだけをつけた。薄暗いといったくらいの明るさで、春樹の顔だけが見える。そうして欲しかった。暗いとどうしても政近を思いだしてしまうから。
狭い布団の中で、泉は伊織のそばにいた。伊織は泉を抱きしめるように眠っているように見えた。よく考えれば、倫子も政近もアルコールに強いので気にしていなかったが、ワインと日本酒のチャンポンをしていたのだ。酔いが回るのは当たり前だろう。
あきらめて泉も目を閉じようとしたときだった。ふと胸元に感触を感じて目を開けた。
「何……。」
すると伊織は少し笑っていた。起きていたなんて、性格が悪いなと心の中で悪態をつく。
「指輪、無いね。」
「あぁ……チェーンが切れちゃって。」
その言葉にふと昼間のことを思い出した。礼二からキスをされたのだ。当然自分が望んだことではない。なのにどうしても礼二の感触を思い出してしまう。
「土曜日、買いに行こうか。」
「つきあってくれるの?」
「良いよ。知ってる?そこの公園のところに、シルバーアクセとオーダーの革製品を作ってくれる工房があるの。」
「そんなところがあるの?」
ぱっと見た感じが店に見えないからわからなかったのだろう。
「そこで作らせてもらったんだ。」
「伊織が?」
「俺、パソコンでデザインしたり、絵ばっかりだったから、どうも苦手だったけどね。大学の時の粘土も、「才能無いな」って言われてたし。」
授業によってはそういうのをすることもあるのだろう。考えれば三つくらいしか離れていないのだ。あまり大学の時に流行っていたものなんかのずれはあまりないだろう。
「でも嬉しかった。合わせてくれたんでしょう?」
「あぁ。」
本当はもう一つ作っていた。細い銀の指輪は、きっとパソコン作業の邪魔にならないようにと思って作ったものだった。しかしそれを渡せる日はこないかもしれない。今頃あの本だらけの部屋で、自分ではない他の男に抱かれているのだ。
「あのね……伊織。聞いて欲しいことがあるの。」
「ん?」
今がチャンスだ。泉は伊織の体に顔を埋めて、震える手を押さえた。
「……この間、職場の人たちと食事に行ったって言ってたでしょう?」
「うん。ウーロン茶とウーロンハイを間違えたって言ってたね。」
「……うん。それでね……店長が介抱してくれたの。ここに連れて帰ることも考えたんだけど……酔っぱらわせたって店長が倫子に責められるのは嫌だって思ったみたいで。」
「倫子ならそうするかもしれないな。親切心なのに、可哀想だ。」
「それで……ホテルで介抱された。で……そのまま……。」
涙声になっている。それを感じて伊織も泉を抱きしめた。
「あの人、既婚者だったよね。」
「子供もいるの。」
既婚者が他の女に手を出したいというのは、異常だと思っていた。最初春樹が倫子に手を出したのも、春樹のただの遊びだと思っていたのだが、はまったのは春樹の方だった。今日の態度でわかる。仕事をしたいという倫子を無理矢理部屋に連れ込んだのだ。
だが礼二は違う。どう考えても泉が遊びに利用されたとしか思えない。
「会社に言う?それか警察に……。」
「ううん。」
「何で?」
「私、あの店を離れたくないの。それに……自分が傷物だって公表したくない。」
倫子のことを少し思い出した。倫子はレイプされたのだ。伊織も似たようなものだが、伊織の場合はそうではないといけない土地柄だったから仕方がない。だが倫子はあらぬ噂を立てられて、肩身が狭かったのだ。
女がそう言う目にあっても泣き寝入りをするのが当たり前だ。そして公表するのは「自分がレイプされた」のだと言うことを公表することだと思うと、泉の気持ちも分かる。
「それに店長の家庭も壊したくないの。」
すると伊織はぎゅっと泉の体を抱きしめた。優しい女だ。だがその分、自分が我慢すればいいと思っている。そんなのは優しさではない。
「店長、今日は子供を預けて奥さんとレストランへ行くって言ってた。それを聞いて、私……。」
ただの遊びだった。「好きだ」という言葉も「自分のものにしたい」という言葉も、全部が嘘だったように思える。
「泉。」
伊織は泉の顔を上げて、その額にキスをする。
「我慢しなくていいんだ。辛かったんだろう?」
「……汚いよ。」
「泉はいつも自分に非があるって言うけど、泉が悪かったことなんか全くないよ。確かに、ウーロン茶とウーロンハイを間違えたのは泉の注意が散漫だったとは思う。だけど、その店長がうちに送ってくれれば、それ以上に俺が気分を悪くすることはなかったと思う。」
「……。」
「今は何も考えないで良いから。」
「……伊織。お願い。キスして。」
すると伊織は泣いているその頬を手で拭い、軽くその唇にキスをした。そしてまた泉の体を抱きしめる。
泉に罪悪感がないわけではない。ただ、今はキスしかできなかった。
革のジャンパーと白いマフラーをした倫子は、寒そうにそのマフラーを口元まで上げる。
「寒い?」
「そうね。あの部屋、暖房あったかしら。」
「一応エアコンだけはつけているけどね。」
備え付けのエアコンは、ふわっと暖かいだけであまり機能していないように思えたが、あまりあの部屋で過ごすことはなかったので気にしなかった。
「泉は大丈夫かしら。」
「どうして?」
「……温泉に行っても何もなかったって言ってたのよ。伊織に対して不安はないのかしら。」
それに伊織はどうも泉を見ていない感じがする。そうではないと倫子にキスをしてきたり、襲ってきたりしないだろう。
「今は泉さんのことを考えないでほしいな。」
「え?」
「二人なんだ。それに……今は君のことを守りたいと思う。」
その言葉に倫子は少し笑った。
「そうね。」
今日くらいは考えない。それに知られたくないことも知られてしまったのだ。
政近のことも伊織のことも全て忘れさせて欲しい。
部屋について、電気をつけるより先に春樹は倫子を抱きしめた。そして倫子もまた春樹の体に手を伸ばす。むさぼるようにキスを繰り返す。舌を絡ませて、息ができないほど激しく唇を重ねた。
「ん……春樹……。」
お互いにアルコールの匂いがする。暗く冷えた部屋の中で、お互いの温もりだけを感じた。
「倫子は温かいな。こんなに頬も熱い。」
「……エアコンくらいつけた方がいいわ。」
「暑くなるよ。」
マフラーとジャンパーを脱がせると、倫子も春樹の着ていたコートに手を伸ばす。床にお互いの着ていたものが落ちた。普段だったらそれをちゃんとかけておいたりするのだが、そんなことをする余裕もなかった。
ベッドに横になると、セーターの下から手を入れて、その柔らかいところに触れる。
「ん……。」
まだ冷えたベッドの上で、春樹の手だけが温かい。背中に手を回されると、下着のホックを取られた。
「早いわね。まだここについて五分もたってないのに。」
「時間がもったいないよ。」
「明かりだけつけて。」
「どうして?」
「表情が見えないから。」
その答えに春樹は手をセーターからはなすと、ベッドサイドの明かりだけをつけた。薄暗いといったくらいの明るさで、春樹の顔だけが見える。そうして欲しかった。暗いとどうしても政近を思いだしてしまうから。
狭い布団の中で、泉は伊織のそばにいた。伊織は泉を抱きしめるように眠っているように見えた。よく考えれば、倫子も政近もアルコールに強いので気にしていなかったが、ワインと日本酒のチャンポンをしていたのだ。酔いが回るのは当たり前だろう。
あきらめて泉も目を閉じようとしたときだった。ふと胸元に感触を感じて目を開けた。
「何……。」
すると伊織は少し笑っていた。起きていたなんて、性格が悪いなと心の中で悪態をつく。
「指輪、無いね。」
「あぁ……チェーンが切れちゃって。」
その言葉にふと昼間のことを思い出した。礼二からキスをされたのだ。当然自分が望んだことではない。なのにどうしても礼二の感触を思い出してしまう。
「土曜日、買いに行こうか。」
「つきあってくれるの?」
「良いよ。知ってる?そこの公園のところに、シルバーアクセとオーダーの革製品を作ってくれる工房があるの。」
「そんなところがあるの?」
ぱっと見た感じが店に見えないからわからなかったのだろう。
「そこで作らせてもらったんだ。」
「伊織が?」
「俺、パソコンでデザインしたり、絵ばっかりだったから、どうも苦手だったけどね。大学の時の粘土も、「才能無いな」って言われてたし。」
授業によってはそういうのをすることもあるのだろう。考えれば三つくらいしか離れていないのだ。あまり大学の時に流行っていたものなんかのずれはあまりないだろう。
「でも嬉しかった。合わせてくれたんでしょう?」
「あぁ。」
本当はもう一つ作っていた。細い銀の指輪は、きっとパソコン作業の邪魔にならないようにと思って作ったものだった。しかしそれを渡せる日はこないかもしれない。今頃あの本だらけの部屋で、自分ではない他の男に抱かれているのだ。
「あのね……伊織。聞いて欲しいことがあるの。」
「ん?」
今がチャンスだ。泉は伊織の体に顔を埋めて、震える手を押さえた。
「……この間、職場の人たちと食事に行ったって言ってたでしょう?」
「うん。ウーロン茶とウーロンハイを間違えたって言ってたね。」
「……うん。それでね……店長が介抱してくれたの。ここに連れて帰ることも考えたんだけど……酔っぱらわせたって店長が倫子に責められるのは嫌だって思ったみたいで。」
「倫子ならそうするかもしれないな。親切心なのに、可哀想だ。」
「それで……ホテルで介抱された。で……そのまま……。」
涙声になっている。それを感じて伊織も泉を抱きしめた。
「あの人、既婚者だったよね。」
「子供もいるの。」
既婚者が他の女に手を出したいというのは、異常だと思っていた。最初春樹が倫子に手を出したのも、春樹のただの遊びだと思っていたのだが、はまったのは春樹の方だった。今日の態度でわかる。仕事をしたいという倫子を無理矢理部屋に連れ込んだのだ。
だが礼二は違う。どう考えても泉が遊びに利用されたとしか思えない。
「会社に言う?それか警察に……。」
「ううん。」
「何で?」
「私、あの店を離れたくないの。それに……自分が傷物だって公表したくない。」
倫子のことを少し思い出した。倫子はレイプされたのだ。伊織も似たようなものだが、伊織の場合はそうではないといけない土地柄だったから仕方がない。だが倫子はあらぬ噂を立てられて、肩身が狭かったのだ。
女がそう言う目にあっても泣き寝入りをするのが当たり前だ。そして公表するのは「自分がレイプされた」のだと言うことを公表することだと思うと、泉の気持ちも分かる。
「それに店長の家庭も壊したくないの。」
すると伊織はぎゅっと泉の体を抱きしめた。優しい女だ。だがその分、自分が我慢すればいいと思っている。そんなのは優しさではない。
「店長、今日は子供を預けて奥さんとレストランへ行くって言ってた。それを聞いて、私……。」
ただの遊びだった。「好きだ」という言葉も「自分のものにしたい」という言葉も、全部が嘘だったように思える。
「泉。」
伊織は泉の顔を上げて、その額にキスをする。
「我慢しなくていいんだ。辛かったんだろう?」
「……汚いよ。」
「泉はいつも自分に非があるって言うけど、泉が悪かったことなんか全くないよ。確かに、ウーロン茶とウーロンハイを間違えたのは泉の注意が散漫だったとは思う。だけど、その店長がうちに送ってくれれば、それ以上に俺が気分を悪くすることはなかったと思う。」
「……。」
「今は何も考えないで良いから。」
「……伊織。お願い。キスして。」
すると伊織は泣いているその頬を手で拭い、軽くその唇にキスをした。そしてまた泉の体を抱きしめる。
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