179 / 384
聖夜
179
しおりを挟む
馴染みの酒屋でワインを選んだあと、春樹は駅へ向かっていた。クリスマスイブくらい、早く帰りたいとみんなが急ぎ足で帰っていったのだ。明日からは残業続きになるだろう。それも毎年のことだ。
今日は倫子と一緒にいたい。妻と付き合っていたときは、洒落たホテルに予約を取っていたこともあったが、倫子がそんなことを望むわけはない。第一、四人で過ごしたいと満場一致だったのだ。
泉は伊織と過ごすのは微妙だろう。伊織がはっきりしないのが悪いのだ。そう思いながら、駅へ向かっていた。
「編集長。」
声をかけられて、そちらを見るとそこには同僚である加藤絵里子の姿があった。
「加藤さん。」
「今、帰りですか?」
「あぁ。」
手にはワインらしい包みが握られている。一人暮らしだと言っていたのに一人で飲むわけではないのだろう。それに春樹はアルコールを飲むと眠くなると言っていた。
「ワイン?」
「あぁ。知り合いの所に頼まれてね。」
お使いモノなのだろう。だったら納得できる。
「加藤さんは誰かと過ごすのかな。」
「こんな時間に一人ですよ。あり得ない。それにこのクリスマスのバカ騒ぎの一人になりたくないし。」
「加藤さんらしいね。」
妻とは正反対だった。結婚願望が強かった妻と、仕事しか見ていない絵里子。それでも二人は同僚という枠を越えて良い友人関係にあると思っていた。
「編集長。あの……。」
絵里子はそう言ってバッグの中から小さな包みを取り出した。
「何?」
「さっきと言っていることが違うって言われるかもしれないけれど、どうしても渡したくて。」
それを春樹に手渡す。すると春樹はその包みの中をみる。そこには箱に入ったネクタイピンがあった。
「……ごめん。受け取れないな。」
春樹はまた包みを元に戻すと、絵里子にそれを手渡した。春樹がどれだけ鈍くてもその意味がわかるから。
「編集長……未来にまだ?」
「……まだあまり時間が経っていないしね。仕事は仕事で集中しているつもりだ。それが普段通りで、何も感じていないように見えるならそれを演じているだけ。」
葬儀の時も涙一つ見せなかった。それが春樹が冷血なのか、それとも他に女が居たからなのかわからなかった。だが今の言葉でわかる。春樹は気を張っているだけなのだ。
それに気が付かなかった自分がバカだ。しかし隣にいてあげたいと思った。未来を忘れるために無理しなくても良いと思うから。
「すいません。わがままを言ってしまって。」
「加藤さんは、もっと良い人が居ると思うよ。俺みたいなおっさんを相手にしなくても良い。」
「……おっさんだなんて……。」
「枯れかけているオヤジを渋いと思うのは若い証拠だ。もっと他にもいるから。」
そのときふと向こうに泉が居るのに気が付いた。伊織のこともあるし、一緒に帰った方が良いかもしれない。話を切り上げて、泉の所へ行った方が良い。
「じゃあ、また明日。お疲れさま。」
「はい……。お疲れさまでした。」
受け取ってもらえなかったその包みを手にして、絵里子はぐっと涙をこらえた。そして近くのコンビニのゴミ箱にそれを捨てる。今日はお酒を飲もう。クリスマスだからじゃない。特別な日ではないけれど、失恋を忘れたかったから
駅のホームでやっと泉に追いついた。春樹は泉に声をかけようとして、戸惑ってしまった。泉はいつになく暗い表情をしていたからだ。このままホームの中に飛び込みそうだと思う。
「泉さん。」
声をかけると、泉は我に返ったように春樹の方を向く。
「春樹さん。」
「どうしたの。暗いね。」
手には持ち帰りのピザがある。あまり体の大きくない泉には大変かもしれない。
「ワインの方を持つ?」
「いいの?」
「かまわないよ。」
そう言って泉は一抱えあるピザを春樹に手渡した。そしてワインのが入っている細長い袋を受け取る。
「いつもよりも人が多いね。」
「そうね。クリスマスだもん。パーティ帰りとかかな。」
「俺らは今からだけどね。」
春樹の言葉に泉は思わず笑う。こんな時間から飲むつもりなのだろうか。
「これ、お酒?」
「お酒もあるけど、ほら前に飲んだブドウジュースもある。」
「あれ、美味しかったわ。」
よく顔を出す酒屋は、気を使って箱に入れてくれた。車でもない春樹が、誤って瓶を割らないようにするためだろう。
「たぶん、田島先生もいるよ。」
「え?何であの人が?」
泉は驚いて、春樹の方をみる。
「仕事のことだよ。たぶんあの人のことだから、そのまま居座ると思う。」
「嫌じゃない?」
「そうだね。出来れば帰っていて欲しいけど。」
その可能性はないだろう。倫子を気に入っている節があるからだ。いや、もしかしたらもうすでにセックスをしているのかもしれない。そう思うと腹が立つ。
確かに倫子は恋人ではない。しかし妻が居るときから関係があるのだ。仕事のためといいわけをして。
「隠さないのね。」
泉はそう言って少し笑う。正直に倫子が好きだという態度をとっている春樹がうらやましい。伊織の態度は友達関係と変わらないから。
「今日は伊織君と二人にしてあげるよ。」
「……。」
「話した方が良い。いつまでも隠しきれる事じゃないからね。」
電車がやってくるようで、発着のベルが鳴った。
「望んでたのかもしれないの。」
「え?」
電車がきて、二人は電車に乗り込む。思ったよりも乗客が多く、座れないようだ。二人は入り口のそばに経つと、春樹は片手でピザを持ち壁を背にして泉が立つ。その前に春樹がいた。
「発射します。」
アナウンスが流れ、ドアが閉まった。ゆっくりと電車が進んでいく。その間も泉はうつむいたままだった。
「伊織君と一緒にいたくない?」
「……今日……店長は、子供を預けて奥様とレストランのディナーへ行くらしいの。」
「豪勢だね。」
「そうね。でも……店長は「好きだ」と口にしていながらも、やっぱり奥さんとか子供を大事にしているのね。男の人ってそういう生き物なのかな。」
男と付き合ったことのない泉らしい言葉だった。いいや。おそらく倫子も同じ事を思っているに違いない。
それは妻の所に倫子を連れて行ったときに思ったことだ。いざセックスをしようと思ったら拒否された。倫子も派手で、男関係だって経験が豊富なように思えたが、そこに心は無かった。
倫子も泉も同じに見える。
今日は倫子と一緒にいたい。妻と付き合っていたときは、洒落たホテルに予約を取っていたこともあったが、倫子がそんなことを望むわけはない。第一、四人で過ごしたいと満場一致だったのだ。
泉は伊織と過ごすのは微妙だろう。伊織がはっきりしないのが悪いのだ。そう思いながら、駅へ向かっていた。
「編集長。」
声をかけられて、そちらを見るとそこには同僚である加藤絵里子の姿があった。
「加藤さん。」
「今、帰りですか?」
「あぁ。」
手にはワインらしい包みが握られている。一人暮らしだと言っていたのに一人で飲むわけではないのだろう。それに春樹はアルコールを飲むと眠くなると言っていた。
「ワイン?」
「あぁ。知り合いの所に頼まれてね。」
お使いモノなのだろう。だったら納得できる。
「加藤さんは誰かと過ごすのかな。」
「こんな時間に一人ですよ。あり得ない。それにこのクリスマスのバカ騒ぎの一人になりたくないし。」
「加藤さんらしいね。」
妻とは正反対だった。結婚願望が強かった妻と、仕事しか見ていない絵里子。それでも二人は同僚という枠を越えて良い友人関係にあると思っていた。
「編集長。あの……。」
絵里子はそう言ってバッグの中から小さな包みを取り出した。
「何?」
「さっきと言っていることが違うって言われるかもしれないけれど、どうしても渡したくて。」
それを春樹に手渡す。すると春樹はその包みの中をみる。そこには箱に入ったネクタイピンがあった。
「……ごめん。受け取れないな。」
春樹はまた包みを元に戻すと、絵里子にそれを手渡した。春樹がどれだけ鈍くてもその意味がわかるから。
「編集長……未来にまだ?」
「……まだあまり時間が経っていないしね。仕事は仕事で集中しているつもりだ。それが普段通りで、何も感じていないように見えるならそれを演じているだけ。」
葬儀の時も涙一つ見せなかった。それが春樹が冷血なのか、それとも他に女が居たからなのかわからなかった。だが今の言葉でわかる。春樹は気を張っているだけなのだ。
それに気が付かなかった自分がバカだ。しかし隣にいてあげたいと思った。未来を忘れるために無理しなくても良いと思うから。
「すいません。わがままを言ってしまって。」
「加藤さんは、もっと良い人が居ると思うよ。俺みたいなおっさんを相手にしなくても良い。」
「……おっさんだなんて……。」
「枯れかけているオヤジを渋いと思うのは若い証拠だ。もっと他にもいるから。」
そのときふと向こうに泉が居るのに気が付いた。伊織のこともあるし、一緒に帰った方が良いかもしれない。話を切り上げて、泉の所へ行った方が良い。
「じゃあ、また明日。お疲れさま。」
「はい……。お疲れさまでした。」
受け取ってもらえなかったその包みを手にして、絵里子はぐっと涙をこらえた。そして近くのコンビニのゴミ箱にそれを捨てる。今日はお酒を飲もう。クリスマスだからじゃない。特別な日ではないけれど、失恋を忘れたかったから
駅のホームでやっと泉に追いついた。春樹は泉に声をかけようとして、戸惑ってしまった。泉はいつになく暗い表情をしていたからだ。このままホームの中に飛び込みそうだと思う。
「泉さん。」
声をかけると、泉は我に返ったように春樹の方を向く。
「春樹さん。」
「どうしたの。暗いね。」
手には持ち帰りのピザがある。あまり体の大きくない泉には大変かもしれない。
「ワインの方を持つ?」
「いいの?」
「かまわないよ。」
そう言って泉は一抱えあるピザを春樹に手渡した。そしてワインのが入っている細長い袋を受け取る。
「いつもよりも人が多いね。」
「そうね。クリスマスだもん。パーティ帰りとかかな。」
「俺らは今からだけどね。」
春樹の言葉に泉は思わず笑う。こんな時間から飲むつもりなのだろうか。
「これ、お酒?」
「お酒もあるけど、ほら前に飲んだブドウジュースもある。」
「あれ、美味しかったわ。」
よく顔を出す酒屋は、気を使って箱に入れてくれた。車でもない春樹が、誤って瓶を割らないようにするためだろう。
「たぶん、田島先生もいるよ。」
「え?何であの人が?」
泉は驚いて、春樹の方をみる。
「仕事のことだよ。たぶんあの人のことだから、そのまま居座ると思う。」
「嫌じゃない?」
「そうだね。出来れば帰っていて欲しいけど。」
その可能性はないだろう。倫子を気に入っている節があるからだ。いや、もしかしたらもうすでにセックスをしているのかもしれない。そう思うと腹が立つ。
確かに倫子は恋人ではない。しかし妻が居るときから関係があるのだ。仕事のためといいわけをして。
「隠さないのね。」
泉はそう言って少し笑う。正直に倫子が好きだという態度をとっている春樹がうらやましい。伊織の態度は友達関係と変わらないから。
「今日は伊織君と二人にしてあげるよ。」
「……。」
「話した方が良い。いつまでも隠しきれる事じゃないからね。」
電車がやってくるようで、発着のベルが鳴った。
「望んでたのかもしれないの。」
「え?」
電車がきて、二人は電車に乗り込む。思ったよりも乗客が多く、座れないようだ。二人は入り口のそばに経つと、春樹は片手でピザを持ち壁を背にして泉が立つ。その前に春樹がいた。
「発射します。」
アナウンスが流れ、ドアが閉まった。ゆっくりと電車が進んでいく。その間も泉はうつむいたままだった。
「伊織君と一緒にいたくない?」
「……今日……店長は、子供を預けて奥様とレストランのディナーへ行くらしいの。」
「豪勢だね。」
「そうね。でも……店長は「好きだ」と口にしていながらも、やっぱり奥さんとか子供を大事にしているのね。男の人ってそういう生き物なのかな。」
男と付き合ったことのない泉らしい言葉だった。いいや。おそらく倫子も同じ事を思っているに違いない。
それは妻の所に倫子を連れて行ったときに思ったことだ。いざセックスをしようと思ったら拒否された。倫子も派手で、男関係だって経験が豊富なように思えたが、そこに心は無かった。
倫子も泉も同じに見える。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる