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聖夜
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仕事の都合を付けて、倫子は町に出てきていた。きっと夜になればイルミネーションがきらびやかなのだろう。そう思いながら、街の中へ足を進める。
白いセーターと革のジャンパー。黒いミニスカートと網タイツ、それから革のヒールの付いたブーツはどこをどう見てもパンクロッカーだった。そう思って倫子の容姿に目を奪われる人もいるが、さすがに声はかけない。かけられても迷惑だと、倫子はわざとこういう格好で街にでているのだ。
だが手にしている雑誌を見て、一人の女性が倫子に声をかける。
「あのぉ……。小泉先生ですか?」
声をかけられて女性の持っている雑誌を思わず見た。そこには「月刊ミステリー」が握られている。それは荒田夕と対談した今月号だ。
「そうですけど。」
「わぁ……握手して下さい。」
握手くらいならと、倫子は手をさしのべると女性の手を握る。
「この読み切り面白かったです。」
「ありがとうございます。」
「それにこの号「夢見」も載ってますよね。」
「えぇ。でも荒田先生も池上先生も載せてますし、珍しくはないですよ。」
「えー?大変そう。」
この雑誌だけではなく、新聞や他の雑誌にも書いているのだが。倫子はそう思いながら、少し笑っていた。
「書籍の方もよろしくお願いしますね。」
「はい。あ、今度の作品集、楽しみにしてます。」
そう言って女性は待っている女性たちの方へ行ってしまった。見た目は雑誌から抜け出したような格好の女性だが、ちゃんと小説なんかも読むのだろう。活字離れと言うのが嘘のようだ。
そして倫子はそのまま高柳鈴音の店へ行き、ケーキを受け取った。思ったよりも大きいモノだったが、冷蔵庫で二、三日は持つらしい。しばらくこのケーキを食べないといけないのか。そう思いながら駅の方へ向かっていった。
伊織は帰るときにチキンを買ってきてくれるらしい。そして春樹はワインを買ってきてくれる。泉はピザを注文してくれるらしい。今日くらいはカロリーを考えまいと、倫子は少し笑っていた。
だが少し何か作った方が良いかと、帰りにスーパーに寄ろうと思ったときだった。倫子の携帯電話がなる。
「はい。」
相手は政近だった。
「あのシーン?今更何を言っているの?そちらでOKがでたのに、今更代えてなんてふざけんな。」
倫子の容姿から金色の髪の男が声をかけようとしていたのだが、その口調にすごすごと後ずさりした。
「こちらから浜田さんに連絡をするわ。え……藤枝さんに?」
浜田であれば倫子に言い負かされると判断したのだろう。だから春樹に連絡して欲しいらしいのだ。
「……会社ね。わかったわ。」
電話を切り倫子は駅の改札口に背を向けると、また街の方へ向かっていく。
打ち合わせに使っているその部屋で、倫子は不機嫌そうに春樹を待っていた。すると春樹はコーヒーを片手に、その部屋に入ってくる。個室のその部屋は密室で、小説家の先生によっては自宅だけではなくホテルやこういうところで書いて貰うこともあるのだ。
そのほか、インタビューや打ち合わせなどにここの部屋を使うことはある。そのため、この部屋には監視カメラがついていて、あまり変なことは出来ない。
「コーヒーですよ。」
「ありがとうございます。」
紙コップのそれを受け取ると、春樹は向かいの席に座った。そしてタブレットを取り出す。
「ネームの時点でチェックすれば良かったんですけどね。」
倫子は不機嫌そうにコーヒーを飲むと、そのタブレットに目を移した。
「このページです。あぁ……ほら。」
第一の殺人のシーンだ。最初の殺人は刺殺。その次は絞殺になっている。
「死体の流血が酷い。」
「刺殺って事は、ある程度血が流れていないと死にませんよ。」
「そう。文章ではそれで良いです。でもこれは漫画で、画像になっているのですよ。」
「……。」
「読んでいる人が頭の中で想像するような小説とは違い、漫画はある程度の情報が詰まっています。それにこの雑誌を読んでいる状況を考えて下さい。この雑誌はラーメン屋とかにも置いているんです。」
「食事をしながら殺人事件を見るんですか。」
「それは読む人の自由です。ですが、これを見て食欲が無くなったと言われたら、何も言えないんですよ。」
そんなことまで気を配らないといけないのか。倫子はため息を付いてカップをテーブルに置く。
「他社の漫画はそんなこと無いのに。」
「それは小泉先生があまり口を出していないからですね。映画やドラマもそうですけど、あまり死体のシーンというのは昔のように直接描かれることは今は出来ないんですよ。」
「小説というのが、割と自由が利いているだけなんですね。」
「その通りです。」
納得して貰っただろう。そう思って春樹はタブレットをしまおうとした。
「でしたら死体についての重要なシーンは、描いて良いと言うことですよね。」
「それがなければ、トリックの立てようがないでしょう。」
「わかりました。とにかく、その出血をもっと押さえられればいいと。田島先生にそう伝えておきます。最悪、ページを差し替えるかもしれませんけど。」
「時間に余裕はあるみたいです。大丈夫でしょう。田島先生は筆が早くて良かった。」
そう言って春樹もコーヒーに口を付ける。
「お時間をとっていただいて……。」
倫子は納得したのかと思っていた。だが倫子は携帯電話を手にすると、どこかに連絡を始めた。
「政近。シーンを書き直して欲しいの。えぇ……。今から行くわ。」
その言葉に春樹は思わず倫子をみる。
「今から?」
「えぇ。田島先生の自宅は家から二、三駅離れたところですから。行こうと思えばすぐに行けますし。」
だが冬の夕暮れは早い。もう日が落ち掛けているのだ。これから政近の家に行けば、当然夕暮れになるだろう。
倫子と政近は何もないと口では言っていた。だが男と女が部屋に二人で居て、何もないわけがない。それがわからないほどバカではないのだろうに。
「小泉先生。それは……。」
「メッセージや電話よりも直接会って言った方が良いでしょう?そちらの方が早いし。」
倫子がいらついている。それがすぐにわかり、春樹はでていこうとする倫子を止めた。
「倫子。」
「その名前で呼ばないで。会社でしょう?」
カメラもある。そんな下では何も出来ないだろう。
「倫子。だったら家に田島先生を呼ぶんだ。」
「家に?」
「デジタルで仕事をしているんだったら、別の所でも出来ないことはないだろう?それに修正と言ってもページを差し替えるわけではないし……それに……そこだったら誰かいるだろう?」
誰もいない二人っきりの密室に、政近と二人っきりにさせたくなかった。それが本音で、あとは後付けだったのだ。
「……。」
「そうして欲しい。」
すると倫子は少しうなづいて、春樹を見上げる。
「ケーキを買っているんです。」
「気になってました。大きいですね。同居人と食べるんですか。」
「えぇ。でも余ってしまうかもしれませんね。」
「二、三日は持つみたいです。」
「田島先生に食べさせることはありませんよ。」
春樹の口調は、家に呼んでも良いけれど早く帰らせろと言うことだろう。
「そうします。」
ここでは抱きしめることも、手を握ることも出来ない。声までは録音されないが、こんなところでそんなことをしたら問題になるだろう。だから目も合わせなかった。
白いセーターと革のジャンパー。黒いミニスカートと網タイツ、それから革のヒールの付いたブーツはどこをどう見てもパンクロッカーだった。そう思って倫子の容姿に目を奪われる人もいるが、さすがに声はかけない。かけられても迷惑だと、倫子はわざとこういう格好で街にでているのだ。
だが手にしている雑誌を見て、一人の女性が倫子に声をかける。
「あのぉ……。小泉先生ですか?」
声をかけられて女性の持っている雑誌を思わず見た。そこには「月刊ミステリー」が握られている。それは荒田夕と対談した今月号だ。
「そうですけど。」
「わぁ……握手して下さい。」
握手くらいならと、倫子は手をさしのべると女性の手を握る。
「この読み切り面白かったです。」
「ありがとうございます。」
「それにこの号「夢見」も載ってますよね。」
「えぇ。でも荒田先生も池上先生も載せてますし、珍しくはないですよ。」
「えー?大変そう。」
この雑誌だけではなく、新聞や他の雑誌にも書いているのだが。倫子はそう思いながら、少し笑っていた。
「書籍の方もよろしくお願いしますね。」
「はい。あ、今度の作品集、楽しみにしてます。」
そう言って女性は待っている女性たちの方へ行ってしまった。見た目は雑誌から抜け出したような格好の女性だが、ちゃんと小説なんかも読むのだろう。活字離れと言うのが嘘のようだ。
そして倫子はそのまま高柳鈴音の店へ行き、ケーキを受け取った。思ったよりも大きいモノだったが、冷蔵庫で二、三日は持つらしい。しばらくこのケーキを食べないといけないのか。そう思いながら駅の方へ向かっていった。
伊織は帰るときにチキンを買ってきてくれるらしい。そして春樹はワインを買ってきてくれる。泉はピザを注文してくれるらしい。今日くらいはカロリーを考えまいと、倫子は少し笑っていた。
だが少し何か作った方が良いかと、帰りにスーパーに寄ろうと思ったときだった。倫子の携帯電話がなる。
「はい。」
相手は政近だった。
「あのシーン?今更何を言っているの?そちらでOKがでたのに、今更代えてなんてふざけんな。」
倫子の容姿から金色の髪の男が声をかけようとしていたのだが、その口調にすごすごと後ずさりした。
「こちらから浜田さんに連絡をするわ。え……藤枝さんに?」
浜田であれば倫子に言い負かされると判断したのだろう。だから春樹に連絡して欲しいらしいのだ。
「……会社ね。わかったわ。」
電話を切り倫子は駅の改札口に背を向けると、また街の方へ向かっていく。
打ち合わせに使っているその部屋で、倫子は不機嫌そうに春樹を待っていた。すると春樹はコーヒーを片手に、その部屋に入ってくる。個室のその部屋は密室で、小説家の先生によっては自宅だけではなくホテルやこういうところで書いて貰うこともあるのだ。
そのほか、インタビューや打ち合わせなどにここの部屋を使うことはある。そのため、この部屋には監視カメラがついていて、あまり変なことは出来ない。
「コーヒーですよ。」
「ありがとうございます。」
紙コップのそれを受け取ると、春樹は向かいの席に座った。そしてタブレットを取り出す。
「ネームの時点でチェックすれば良かったんですけどね。」
倫子は不機嫌そうにコーヒーを飲むと、そのタブレットに目を移した。
「このページです。あぁ……ほら。」
第一の殺人のシーンだ。最初の殺人は刺殺。その次は絞殺になっている。
「死体の流血が酷い。」
「刺殺って事は、ある程度血が流れていないと死にませんよ。」
「そう。文章ではそれで良いです。でもこれは漫画で、画像になっているのですよ。」
「……。」
「読んでいる人が頭の中で想像するような小説とは違い、漫画はある程度の情報が詰まっています。それにこの雑誌を読んでいる状況を考えて下さい。この雑誌はラーメン屋とかにも置いているんです。」
「食事をしながら殺人事件を見るんですか。」
「それは読む人の自由です。ですが、これを見て食欲が無くなったと言われたら、何も言えないんですよ。」
そんなことまで気を配らないといけないのか。倫子はため息を付いてカップをテーブルに置く。
「他社の漫画はそんなこと無いのに。」
「それは小泉先生があまり口を出していないからですね。映画やドラマもそうですけど、あまり死体のシーンというのは昔のように直接描かれることは今は出来ないんですよ。」
「小説というのが、割と自由が利いているだけなんですね。」
「その通りです。」
納得して貰っただろう。そう思って春樹はタブレットをしまおうとした。
「でしたら死体についての重要なシーンは、描いて良いと言うことですよね。」
「それがなければ、トリックの立てようがないでしょう。」
「わかりました。とにかく、その出血をもっと押さえられればいいと。田島先生にそう伝えておきます。最悪、ページを差し替えるかもしれませんけど。」
「時間に余裕はあるみたいです。大丈夫でしょう。田島先生は筆が早くて良かった。」
そう言って春樹もコーヒーに口を付ける。
「お時間をとっていただいて……。」
倫子は納得したのかと思っていた。だが倫子は携帯電話を手にすると、どこかに連絡を始めた。
「政近。シーンを書き直して欲しいの。えぇ……。今から行くわ。」
その言葉に春樹は思わず倫子をみる。
「今から?」
「えぇ。田島先生の自宅は家から二、三駅離れたところですから。行こうと思えばすぐに行けますし。」
だが冬の夕暮れは早い。もう日が落ち掛けているのだ。これから政近の家に行けば、当然夕暮れになるだろう。
倫子と政近は何もないと口では言っていた。だが男と女が部屋に二人で居て、何もないわけがない。それがわからないほどバカではないのだろうに。
「小泉先生。それは……。」
「メッセージや電話よりも直接会って言った方が良いでしょう?そちらの方が早いし。」
倫子がいらついている。それがすぐにわかり、春樹はでていこうとする倫子を止めた。
「倫子。」
「その名前で呼ばないで。会社でしょう?」
カメラもある。そんな下では何も出来ないだろう。
「倫子。だったら家に田島先生を呼ぶんだ。」
「家に?」
「デジタルで仕事をしているんだったら、別の所でも出来ないことはないだろう?それに修正と言ってもページを差し替えるわけではないし……それに……そこだったら誰かいるだろう?」
誰もいない二人っきりの密室に、政近と二人っきりにさせたくなかった。それが本音で、あとは後付けだったのだ。
「……。」
「そうして欲しい。」
すると倫子は少しうなづいて、春樹を見上げる。
「ケーキを買っているんです。」
「気になってました。大きいですね。同居人と食べるんですか。」
「えぇ。でも余ってしまうかもしれませんね。」
「二、三日は持つみたいです。」
「田島先生に食べさせることはありませんよ。」
春樹の口調は、家に呼んでも良いけれど早く帰らせろと言うことだろう。
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