守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
上 下
173 / 384
隠蔽

173

しおりを挟む
 倫子と春樹が出て行ってしまい、泉は少しため息を付いた。春樹はもう既婚者ではない。だから誰とどこにいようと責められることはないだろう。だが自分は違う。礼二には奥さんも子供もいるのだ。
 黒いワンボックスの車にはチャイルドシートが乗っていた。奥さんと休みが合えば、子供を連れてどこかへ行くこともあるらしい。お土産だと、その土地のお菓子を本屋の人たちや泉たちに配ることもあるのだ。たまには喧嘩もするようだが、離婚をすると言う言葉すら一切でない。子供も可愛いと、写真や動画を見せてもらったこともあるのだ。
 きっと礼二の「好き」は泉を縛り付けたいだけだ。自分は母のようにならない。そう思いながら、泉は家に帰って行く。お風呂は一番最後だ。そう思いながら泉は部屋に帰ると下着や部屋着を手にした。そのときチャラっと音がした。ネックレス代わりにしていた指輪が畳に落ちたのだ。
 チェーンが壊れている。やはりちゃんとしたところで買わないといけないと思いながら、それを拾い上げると机の上に置いた。
 部屋を出ると伊織の部屋の前を通っていく。そっとその部屋をのぞくと、伊織は机の前で何か作業をしているようだ。邪魔をしてはいけないとそっと泉はそのドアを閉めて、風呂場へ向かう。

 良く晴れた冬空の下。春樹は実家の方へ帰っていた。未来は藤枝家の人間になるため、墓は春樹の実家の近くにある寺の裏にあるところに埋葬されたのだ。
 春樹の実家は春樹の父の父、つまり曾祖父の頃からの家であり、その築年数はかなりのモノだった。古い家に未来の母はいぶかしげな顔をしたが、今の時代に合うようにリフォームされていて屋根には太陽光発電のパネルなんかも置かれている。
「わざわざ遠いところまでありがとうございます。」
 春樹の母は、少し遠慮がちに今に二人を連れてきた。田舎の家らしく、近所の人が手伝ってくれた料理は海辺らしく刺身や寿司もあるようだが、未来の父は「所詮素人の料理だ」と心の中でバカにしている。だがつきあいは四十九日までだ。それまでにこの男から搾り取れるところまで絞り出したいと思う。
「田舎料理で申し訳ないんですけど、お口に合うか。」
 母は気を使ってそう言っているが、春樹の父親はずっと難しい顔をしていた。と言うか、春樹の父親はこの親子のような夫婦をずっと気に入っていない。春樹が結婚をしたいからと言うから、黙っていたが付き合いたくはないと思う。
「いいえ。お気になさらずに。」
 母は口先だけでそう言っている気がした。春樹もそれは感じている。あれだけ脅したのだ。気分は良くないだろう。
「お父さん。あれは見事な掛け軸ですね。」
 床の間に通されて酒を飲んでいた未来の父親が、床の間に飾られていた掛け軸をめざとく見つけたのだ。
「見事かどうかはわかりませんが、私の父がつきあいをしていた人からいただいたそうですよ。」
 そう言って未来の父親は、立ち上がってその掛け軸を見ていた。落款も書跡も本物らしい。見事な虎の絵は、迫力満点だ。
「春樹はあの掛け軸が苦手だったわね。」
 酒を盛ってきた母が少し笑って春樹に言う。
「正月とか、お盆とかにかけていたけれど、どうもあの絵は子供の頃は怖いと思って。」
「春樹君は良い目をしている。いや……本物のように見えるな。」
「あなた。水口先生に見ていただいたら?」
 未来の妻がそう言うと、父もそれにうなづいた。
「馴染みの鑑定士が居るんですよ。価値がわかりますよ。」
「いいえ。結構でしょう。まぁ……父からの言いつけをずっと守っているだけですし、私のあとも克之君がしてくれると言うし。」
 ここに帰ってこない春樹の代わりに、妹である真理子の夫である克之という男が、この家に入り婿として入ったのだ。春樹よりも遙かに年上の五十代の男だが、真理子との間には三人の子供がいる。真理子は、春樹に似ているような体型で、背が高く水泳をずっとしていたのでがっちりとした体型をしていたが三人の男の子を育てていれば、その体型はさらにがっちりとしてきていた。
「寿!ばたばたしないの!」
 食事を手伝っている真理子は、会う度にたくましくなっていた。
「兄さん。最近泳いでる?」
 真理子は酒を持ってきて、春樹に聞いた。
「最近は暇が無くてね。」
「うち、一番下の寿はこの間からスクールに通い始めたわ。」
「スクールって、竹林さんが指導している?」
「えぇ。今、息子さんが手伝ってるの。」
「俺と同じ歳だったな。消防士をしながら、そんなこともしているのか。」
「えぇ。いつもほら兄さんと競ってて、でも絶対勝てなかったのよね。」
「昔の話だよ。今は絶対勝つ自信はないね。」
 穏やかに話をしている。春樹はとっくりを持つと、未来の父に声をかける。
「お父さん。飲みませんか。」
「あぁ……ありがとう。」
 そんなにその掛け軸が良かったのだろうか。そう思いながら春樹は、父に酒を注いだ。
「ここには倉がありましたな。」
「えぇ。古いモノがあって、何がなんだか。そろそろ整理でもしないととは思ってたんですけどね。」
「やぁよ。ネズミが出るじゃない。」
 母がそう言って笑う。
「としたら、こういう掛け軸とかが結構あるんですか?」
「えぇ。古い壷とかですね。私には価値はさっぱりですが。克之君。興味はあるかな。」
 その端で酒を飲んでいた真理子の夫である克之は、少し笑っていった。
「あまり。私は大学での専攻は哲学ですし。」
 大学の教授をしているという克之には、全く興味がないものだろう。宝の持ち腐れだと思いながら、未来の父は酒に口を付ける。
「思い出したわ。春樹はあの倉でずっと本を読んでいたのね。」
 そのころから本好きだったのか。そう思いながら、春樹をみる。
「あそこは宝の山だったな。学校の図書館よりも本があった気がする。」
「相変わらずねぇ。」
 すると春樹は少し笑っていった。
「たかが本だという人も居ますけどね。本一冊に億が付いた事例もある。昔は印刷技術もなかったので手書きでしたし、印刷技術があっても戦争で焼けてしまったりしてもう手に入らないこともあります。幻と言われて、内容も謎になっている本もありますから。」
「そんな本があの倉に?」
 未来の母が驚いたようにそこから見える倉をみた。こういうモノは未来の父が好きなのだから、手に入れようとたくらむのではないかと思ったのだ。
「いいえ。あそこにはそんな本はありませんよ。ただ……。」
「……お前、あれを見たのか?」
 春樹の父が焦ったように春樹をみる。すると春樹は苦笑いをして父に言った。
「時効だよ。父さん。」
「ったく……。倉で何を見ているのかと思えば。」
 呆れたように父は寿司に手を伸ばした。
「何があったの?息子たちにはあの倉に近づくなって言ってたけど。」
 真理子も興味がありそうに聞いてきた。すると春樹は少し笑って言う。
「春画。」
「は?」
「昔のエロ本だよ。」
「えー?そんなモノがあるの?」
 真理子は口を押さえて驚いたように倉を見ていた。
「お父さんが、お世話をした人から貰ったって言ってたわね。そうそう。春樹はあの人に随分懐いてて。でも……未だに繋がりはあるの?」
「あるわけないだろう?一応会社員なんだし。」
 その言葉に未来の父は違和感を覚えた。春画などが普通に流通しているわけがない。だとしたら、繋がりがあったのは普通ではない人だ。そして春樹はその人と繋がりがあるのかもしれない。
 とするといよいよ春樹の周りが胡散臭く見える。だが諦めきれない。どんな手を使ってでも搾り取ろうと思っているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...