守るべきモノ

神崎

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隠蔽

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 シャツの下から手を差し込むと、下着が手に当たる。そしてその下着からさらに手を差し入れようとしたときだった。
「ただいまぁ。」
 泉の声が聞こえた。あわてて倫子は伊織を離すと、部屋から出ていく。
「お帰り。」
 後ろを見るとそこには春樹の姿があった。倫子は驚いたように、その後ろの春樹をみる。
「こっちに取りに来たいモノがあってね。すぐに帰るけど。」
「居てもいいのに。お客様じゃないんだから。」
 倫子はそう言うと、後ろから伊織がやってくる。
「風呂、入る?俺、今から入るけど。」
「あっちの家はシャワーしか無くてね。湯船に浸かりたいなぁとは思ってたよ。」
「だったら入っていけばいいわ。」
 倫子はそう言うと自分の部屋に行こうとする。
「あ、倫子、コーヒー買ってきたよ。」
「ありがとう。」
 ドアを閉めて倫子はまた部屋の中に籠もってしまった。その様子に泉は春樹の方をみる。怒っているようだった。
「誤解させちゃったんじゃない?」
「でもなぁ……。」
 泉の相談は、泉が勤めているカフェの店長である礼二からレイプされたことだ。それを正直に倫子に言えば、倫子はさらに逆上するだろう。泉の言うとおり、そのまま礼二のところに乗り込んでいきそうだ。
「とりあえず私はご飯を食べよう。伊織、お風呂からあがったら春樹さんに声をかけてよ。」
「うん……わかった。」
 春樹は倫子に弁解するのだろうか。しかし倫子に今、何を言っても聞き入れないかもしれない。伊織が倫子をレイプしそうになったのだ。
 春樹は自分の部屋に戻り置いていた印鑑を手にすると、倫子の部屋へ行こうとまた立ち上がる。そのとき、伊織が下着を持ったまま春樹の部屋に入ってきた。
「何で泉と帰ってきたの?」
「たまたま。駅で会ってそのままここに来ただけ。」
「……本当に?」
「伊織君。」
 呆れたように春樹はため息混じりに伊織の名前を呼び、そのまま近寄る。
「妬いているのは、仕方ないかもしれない。だけどちょっと君、おかしいから。」
「何で?」
「手を出さないのに、独占はしたいっていう風に見える。」
 その相談をしていたのか。伊織は春樹の方へ近づいていくと、春樹を見上げた。身長差があるので、子供と大人が言い合いをしているように見える。
「泉は……処女だし、何の経験もなさそうだった。だからこういうのはじっくりタイミングを見て……。」
「そんなことを言っていたら、そのうち泉さんの方から離れられるよ。少なくとも、君と付き合ってから泉さんはずいぶん女らしくなったんだ。」
「そうかな。」
「近くにいるとわからないのかもしれないけどね。」
 指輪をプレゼントした。仕事上、指輪をつけれるわけではないのだが、いつもネックレスのように首から下がっている。それで伊織は泉がずっと伊織だけを見ているのだと思っていた。
 しかし泉が違う人を見ているのかもしれないというのは、寝耳に水だと思う。
「大事にした方が良いよ。それから、忙しいのかもしれないけれど泉さんと時間をとった方がいい。そうだ……。クリスマスイブは、二人にさせた方が……。」
「いいや。良いよ。」
 伊織はそう言うと、首を横に振った。
「二人よりも四人で過ごした方が良いから。」
「伊織君。」
「出て行きたいんだったら、勝手に出るよ。妙な気を回さなくても良いから。」
 すると春樹もむっとしたようにいった。
「だったら俺が倫子さんと出るよ。」
「え?」
「部屋があるんだから、そこに連れて行くから。」
 そう言って春樹は伊織を追い出すように出て行かせた。そして倫子の部屋の方へ向かっている。それを見て、伊織は心の中で舌打ちをした。さっきまでキスをしていたのに、春樹とまたするのだろうか。そう思うと、腹が立つ。

「倫子さん。」
 春樹が声をかけるが、倫子の声は聞こえない。春樹はその部屋を開けると、倫子は首を振る。
「駄目ね。」
「どうしたの?スランプ?」
「そうじゃないの。さっき伊織の部屋で……。」
 キスをされたと口から出そうになって押さえた。そして倫子はいう。
「……赤松日向子さんの新作をたまたま見てしまって。」
「あぁ。春頃に新作が出るらしいね。大人の話らしい。」
「大人ねぇ……。」
 一歩間違えれば昼ドラになりそうな話だった。それでも良ければ売れるのだろう。
「イメージが付いちゃった?」
「プロットを考えているところだったから。駄目ね。変に余計なことが入ってくると。」
 倫子はそう言うと、いすを引いた。
「少し話があってね。倫子。余計なことをまた入れてしまうかもしれないけど。」
「何?」
「……妻の母が余計なことをしていたみたいだ。前に、「西島書店」がここに盗聴器や盗撮機を付けていた。その画像を手に入れたらしい。」
「私があなたにここでしたことも?」
 夏にこの部屋でセックスをするわけにもいかなかったから、倫子の手と口で春樹を抜いたことがある。それを脅されていたのだろうか。
「そう。でも角度が甘くて、俺だってことはわからなかったから、誤魔化せたけどね。」
「そう……。」
 あれ以来、信頼を置ける人しかこの家にあげていない。もっとも、政近は無理矢理入ってきたが。
「ますます用心しないといけないのかしら。」
「それは必要ないよ。」
「どうして?」
「……脅しには脅しをしかけた。それだけだよ。」
 たまに春樹が怖く思うときがある。きっと春樹の背後には何かある。だがそれが何なのかは、倫子にはわからない。
「青柳を黙らせるくらいのことって……。」
「倫子は気にしなくてもいい。それよりも初七日が終わったら、ここに帰ってくるから。」
「そう……。わかったわ。」
 春樹がここに帰ってくれば、伊織は春樹の目を気にして手を出してくることはない。少しほっとした。
「しかし……どこからそんな画像を手に入れたのかしら。警察に押収されていると思っていたけれど。」
「この間、示談になっただろう?」
「えぇ。」
「だからその証拠品は破棄された。でもそれを欲しがる人もいるんだ。つまり……君を脅すような人。」
「私を脅しても何もないのに。」
 倫子はそう言うが、情報は金になるのだ。そして倫子は、人気がある割に表にでない。だからファンであれば、知りたいと思う人も多くいるのだろう。
「君は好きな作家が居るだろう?」
「えぇ。何人か。」
 名前だけで買うこともある。そしてその期待を裏切らないのは、ほんの一部だけだった。その中に荒田夕のモノもある。強烈に言い合いはしたが、夕の実力は認めざる得ない。そして羨ましいと思う。
「その作家のプライベートのことを知りたいとは?」
「思わないわ。興味があるのは作品だけ。」
 倫子らしい言葉に少し春樹が笑う。
「それは本だけを見ている人の言葉だ。たとえば荒田先生のようにきらきらした人であれば、女性ファンは恋人が居るのだろうかとか、どこに住んでいるのだろうかとか気になるモノなんだよ。」
 そんなモノなのか。一人の人に固執したことがない倫子には未知の世界だった。
「特に君は若いし、ここのところ官能のジャンルも書いている。興味を持つんだろう。だから、この情報は横流しされたと、俺は思うけどね。」
「警察も信用できないってことね。」
「そうだよ。」
「で……その義理の母を脅したの?」
「脅しには脅しをかけただけ。俺に、青柳が買収した「西島書店」を動かして欲しいと言われた。」
「そんなけちの付いたところにいてもつぶれるのが目に見えてるわ。」
「母はそれを狙っている。」
「あの人が?」
 若い女性だと思った。葬式で初めて会ったとき、違和感を持ったのを覚えている。春樹の妻なので藤枝家の人になるのだろうに、見事な和装の喪服を着ていたのだ。まるで自分の家の人が亡くなったように見えた。
「正確には父が言ったんだろう。」
「青柳ね……。」
「俺をそこのポストに据えることで、万が一業績が上がればいい。でも業績が悪くて下がれば、俺は責任をとらないといけない。」
 つまりは金なのだ。青柳らしいと、倫子は思っていた。
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