守るべきモノ

神崎

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 義理の母が春樹を車から下ろしたのは最寄り駅の前。家まで来て欲しくないと春樹が言ったからだ。そこから春樹はドラッグストアへ行くと、栄養補助食品やエナジードリンクを買う。こういうモノがないと年末は乗り切れないのだ。
「春樹さん。」
 声をかけられて、春樹は振り返るとそこには泉の姿があった。泉も買い物をしたばかりで、手にはエコバッグが握られている。
「泉さん。今帰り?」
「えぇ。コーヒーが切れたって倫子から連絡があったから。」
 泉が淹れるコーヒーは豆から淹れるものだが、倫子一人であればインスタントでかまわないらしい。
「春樹さん。いつ家に帰れるの?」
「初七日までと思っていたけれど、割と早く帰れるかもしれないな。」
 義理の母をだいぶ脅したのだ。倫子からも春樹からもこれで手を引けばいいのだが。
「ねぇ。倫子の作品、今度ドラマになるって本当?」
「噂が早いね。そうだよ。春の特番で、二時間のドラマ。二夜連続らしいよ。」
「へぇ。犯人がわかっているようなモノをよくドラマにするよね。」
 泉らしい言葉だと思った。春樹は少し笑って、帰り道を歩いていく。
「作品をそのままドラマにしないよ。少しアレンジして、たぶん、犯人も違うんじゃないのかな。」
「え?犯人って主人公の叔父じゃないの?」
「違うかもね。その脚本も倫子さんが手がけたみたいだし。倫子さんが納得した上で、映像化になるから。」
「だったら観ようかな。」
 いつも通りの泉に見える。だがどこか違って見えるのは、疲れているからだろうか。そういえば店で出しているデザートが、評判が良いらしい。それで疲れているのか。
「そういえば、この間、飲みに行ったんだろう?」
 その言葉にわずかにだが泉の表情がこわばった。
「うん……。」
「あの店、いい店なんだ。たまにうちの課の人とも飲みに行ったりするし、作家の先生も……。」
「ジャーマンポテトが美味しかったわ。こつがあるのかな。」
 話を遮られた。あの飲み会できっと何かがあったのだろう。
「酒の種類も多かったと思う。倫子さんたちとも年明けにでも行こうか。」
「うん……そうだね。」
 その酒のせいで言えないことをしてしまった。取り返しが付かないことだ。処女を捧げたのは、伊織ではなく違う人だったから。
「伊織君は元気にしてる?」
「うん。あ……そっか。倫子とは連絡を取ってるもんね。」
「あぁ。納品した作品をチェックしたら、すぐに連絡がきたよ。ここは絶対載せないと、後で困るからって。」
「倫子らしい。」
 これから春樹はどうするのだろう。奥さんが亡くなって、倫子と一緒にいたいと思っているのだろうか。いずれ結婚でもしたいと思っているのか。
「ねぇ。春樹さん。」
「ん?」
「奥様が亡くなったとき、倫子……ずっと仕事をしてたっていってた?」
「うん。そうだけど。違うの?」
「仕事してたわ。やっぱり……忘れたいっていうか……逃げたいっていうか。」
 本当は政近に連れられてどこかへ行っていた。おそらく政近の家に行って仕事をしていたと言っていたが、本当は違うと思うと伊織は言っていた。男と女が二人で部屋にいて何もないことはないと思うし、政近は割と手が早いタイプだから、押しの弱い倫子はすぐに寝てしまうと言っていた。
 それを聞いて、泉は少し暗くなったのだ。倫子が政近と寝たということもそうだが、男と女が二人で部屋にいるのに手を出してこない伊織が不安なのだ。
「うん……。悪かったと思う。倫子さんのことを思える余裕もなかったから。」
「仕方ないよ。お父さんだってそうだったもの。」
 自殺をした母の葬儀をするのに、父親は心身ともに疲れ切っていた。それを支えていたのは、今の母だった。父もまた浮気をしていたのに腹は立ったが、母がいなければ父もまた自殺をしていたかもしれないと思うと、むげに非難も出来なかったのだ。
「あのね。春樹さん……。相談したいことがあって……。」
「ん?」
「秋くらいから、伊織と付き合ってるの知ってるでしょう?」
「うん。そうだね。この間、二人で旅行にも行っただろう?良いな。温泉に俺もゆっくり浸かりたいよ。」
 その隣に倫子がいればいい。倫子もこの年末で相当疲れがたまっているのだから。
「うん……でもね。……あの……。」
 伊織は手を出してこなかったのだという。昼間にした乗馬体験や、各所を巡ったりして疲れていたのもあるが、二人で何もせずに眠ったのだという。
「ヘタレ。」
「身も蓋もないわね。」
「ここまでヘタレだとは思わなかったな。伊織君。奥手なんだね。」
「だって……レイプされたようにされたんでしょう?無理はないと思うの。だけど……不安になるの。」
「誰でもそう思うよ。確かに宗教上、婚前交渉は禁止しているところもあるだろうけど伊織君はそんなことはないんだろう?」
「神様なんか、人間が作った偶像だって言ってたわ。」
「それも手厳しいね。」
「……何で私に何もしてこないのかな。そんなに魅力がないのかなって思っちゃって。」
 当然思うことだろう。倫子とは体から入った関係だが、何もなくても倫子を大切にしたいと思う。
「じゃあ、泉さんはして欲しいと思ってるの?」
「私?」
「本とか映画を見ていると、「好きな人とセックスできて幸せ。」とか「最高です」と言う感じが見えるけど、実際そんなのじゃないよ。案外気持ちは通じても体は合わない人も多いしね。」
「そんなモノなの?」
「うちの課では、それが決定的で離婚した人もいるんだ。」
「……伊織と合わないかもしれないって?」
「それはしてみないとわからないけど……。伊織君だってそんなに経験豊富って感じはしないな。」
「わかるの?」
「話をした感じね。」
「春樹さんは経験豊富なの?」
 その言葉に思わず春樹は吹き出してしまった。まさかこんなにストレートに聞かれるとは思ってなかったからだ。
「そうだね。若い頃はそういうこともあった。けど……俺の体験から言えるのは、ただ空しいだけだった。」
「空しい?」
「心がなくてセックスをしているのは、ただの性処理。オ○ニーと変わらない。」
 子供が欲しいだけでしていた妻とのセックスは苦痛以外の何者でもなく、それより以前にしていたモノに至ってはそこまではまる要素もない。
 あんなに離したくないとか、自分だけのモノにしたいと思ったのは倫子が初めてだった。
「……そっか。」
「どっちにしてもしてみないことにはわからない。でも泉さんしたこと無いだろう?」
「……。」
 その言葉に泉は立ち尽くして、顔を押さえた。
 何かあったのか。そう思って春樹は、自分の家に向かう道に泉を連れてきた。もう春樹の後ろには誰もいない。
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