守るべきモノ

神崎

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隠蔽

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 布団をかぶって丸まったようにしている泉を見て、シャワーを浴びてきた礼二はそっとその頭に触れる。
「時間だし、そろそろシャワーを浴びてきた方がいい。」
 だが泉は何の反応もしない。レイプされたように処女を失ったのだ。しかもそれが恋人である伊織ではなく、職場の上司であり家族のようにしたっていた礼二なのだから、洒落にならない。それに体もおかしい。礼二に入れ込まれたその性器の部分がヒリヒリと痛いのだ。
「店長……。」
 すると礼二は無理矢理のように布団をはがすと、裸の泉を抱き上げる。その行動に泉は驚いたように礼二の方をみた。
「店長……あの……。」
「良いからシャワーを浴びるよ。」
 バスルームは広い。そこに泉を座らせるとシャワーの温度を確認して泉にかける。
「や……。」
 温かなお湯が体をつたう。
「無理矢理して悪いと思う。ごめん。」
 その言葉を言わないで欲しかった。せめて何の感情もなく、ただセックスがしたかったからだと言って欲しい。しかしあくまで礼二は優しくシャワーのお湯を泉にかける。
「ずっともやもやしてた。阿川さんに彼氏が出来たって話を聞いて、ずっと俺のところにいるものだと思ってたのに、いつの間にか違う人を見てて……。」
「……。」
 初めて会ったときには、女を感じなかった。それに自分には奥さんもいるし子供もいる。しかし彼氏が出来たと言われたとき、戸惑った自分がそこにいたのだ。
「やりにくくなるかな。」
「そう思うならやらなければ良かったのに。」
 すると礼二は首を横に振った。
「店のことなんか考えれなかった。俺の気持ちが止められなかったから。」
「……。」
「ごめん。もし、これから働きにくいと思うんだったら、俺の方から本社に店の移動を言っておくから……。阿川さんなら……きっと開発部門にいても……。」
 気持ちに正直になって礼二は行動したのだ。泉を泣かせるとわかっていても、裏切らせるとわかっていても、いやがるとわかっていても、自分のモノにしたかったのだ。
 だからその言葉は、心からの言葉ではない。そんなことは泉にもわかる。
「移動は言いませんから。」
「阿川さん……。」
「移動するって言えば、今よりも職場は遠くなるし……家を離れられない。倫子のためにも……。」
 泉はそういって礼二が持っていたシャワーを手に持った。
「時間無いんですよね。すぐ上がりますから。」
 一度は捨てるのだ。それが今だっただけ。泉はそう思って、体を洗う。

 タクシーで帰ってきて、家にはいる。倫子の部屋からは明かりが漏れているが、居間の向こうに見える伊織の部屋からは明かりは見えない。もう眠っているのだろう。
 泉は部屋に帰ると、着替えを持った。シャワーはホテルで浴びたが、ここではいらないとなると不自然だと思うから。
 そして部屋を出ようとしたとき、倫子の部屋のドアが開いた。
「泉。今帰ったの?」
「うん。遅くなっちゃった。」
「二次会まで行ったの?明日仕事でしょう?大丈夫?」
 倫子の手にはカップが握られている。おそらくコーヒーか何かだろう。
「大丈夫。少し寝たし。」
「え?」
「ウーロンハイとウーロン茶間違えちゃって。ちょっと寝てた。」
「そうなの?大丈夫?明日二日酔いとかにならないかしら。」
「大丈夫。すごい吐いたし。」
「そう。」
 呆れたような倫子の顔。そして倫子はそのまま居間の方へ向かう。お茶かコーヒーを入れるのだろう。
「倫子。」
「ん?」
「あのね……お風呂に入ったらちょっと話があるんだけど……。」
「良いけど、少しにしなよ。本当に明日きついわよ。」
「少しだから。」
 そういって泉は風呂場へ向かう。その後ろ姿を見て倫子は首を傾げた。

 湯船に浸かるだけにしておこう。泉はそう思いながらぬるいお湯に体を浸ける。そして改めて自分の体をみた。処女を失ったからと言って何も変わるわけではない。わずかに見える性器すら何の変わりもない。だが感覚的には少しヒリヒリする。
 ここに礼二の性器が入ってきたのだ。礼二はずっと泉を名前で呼ばなかったし、泉も礼二の名前を呼ぶことはなかった。それは本当に体のつながりだけだと思う。
 ただ想像していたものとは違った。別に幸福感に包まれることもなければ、愛しいなんてことも思わない。半纏の中に招き入れられた伊織の暖かさの方が、自分を熱くさせると思う。素肌よりもそちらの方が暖かいというのは変な話だと思った。
 そして風呂から上がって髪を乾かすと、泉は倫子の部屋の前で声をかけた。
「倫子。」
「どうぞ。」
 倫子の声がする。そしてドアを開けると、倫子は相変わらず机に向かってパソコンの画面を見ていた。手には煙草が握られている。
「今は何を書いているの?」
「新作。これが終わったら新聞社からの依頼。」
 倫子は灰皿に灰を落とすと、たてられているコルクボードをみる。そこにはスケジュールが書いてあった。年末まで何本の締め切りが来るのだろう。そしてその日付はいつも二、三日前に設定していて、余裕があるようだ。
「忙しいのに悪いわね。」
「私のことはいいのよ。何とでもなるから。」
「え?」
「話をしたいって強引だったから、何か急用なんでしょう?」
 パソコンから目線を外して、倫子は泉の方をみる。
「何かあったの?」
 泉は少し迷っていた。ここで礼二のことを言うべきなのか。礼二のことは自分のことだ。そんなことを相談すれば倫子は時間を考えずに礼二のところに乗り込んでいくだろう。
 だったら別に気になっていることを言うべきだ。
「……うちのコーヒーって、懐かしい味がするって前に言ってたじゃない?」
「うん。」
 倫子は煙草を吸うためか、あまりコーヒーの味や食事にこだわりがあるわけではない。だが泉のコーヒーだけは好んで飲むのだ。
「どこかで飲んだことがあるの?」
「んー。昔ね……。泉には言ったことがあるわよね。私の実家の建物のこと。」
「えぇ。湖の畔にあった図書館ね。」
「カルチャーセンターになって、二階は会議室とかで貸し出してたけど……喫茶店も併設してたって。」
「美味しいコーヒーだったの。子供だったけど、あの味だけは好きだったのよね。」
 お気に入りの本と美味しいコーヒー。倫子にとって泉が勤める店は理想だった。
「その喫茶店って女性がしてた?」
「えぇ。痩せた女性。」
 あまり記憶にはないが、優しそうな笑顔をいつも浮かべていた。祖母がその人を気に入って、喫茶店を開くことを許したのだというのを聞いたことがある。
「その人って……相馬さんって人?
 その名前に倫子は眉をひそめた。どうしてその名前を知っているのだろうと。
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