守るべきモノ

神崎

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真意

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 いつもの布団ではない。そう思いながら泉は目を覚ました。だがその瞬間、猛烈な吐き気におそわれる。体を起こして、口を押さえた。
「大丈夫?阿川さん。吐きそう?」
 お馴染みの声だ。手で口を押さえながら、そちらを見るとそこには川村礼二がいた。礼二はソファーから立ち上がると、泉の腕を引いてトイレへ連れて行く。
 そして便器の中に嘔吐した。その間も礼二は心配そうに泉の背中をさすっている。夜に食べた物が全てでてしまったようだ。泉はそう思いながら、立ち上がる。
「こっちへ来て。水を飲んだ方が良い。」
 礼二はまた手を引くと、泉をソファーに座らせて、ペットボトルの水を差しだした。それに口を付け手回りをみる。見覚えのないところだ。大きなベッドと、大きなテレビが置いてある。こんなサイズのテレビなど電気屋でしか見たことがない。画面にはいつも泉や伊織が見ているニュース番組が、どこかの国で紛争が始まったことを伝えていた。
 と言うことは今何時だろう。二十三時を越してしまったのだろうか。
「あの……店長。」
「ん?」
「私、どうしたんですか。」
 本屋の人たちの中でも泉と仲が良い人たちや、礼二と仲が良い男たちと一緒に食事をしようと言う話が持ち上がったのは、今日いきなり話がまとまったことだった。
 礼二の妻は「たまには良いよ」と言って送り出してくれたし、泉も伊織に食事はいらないことを伝えて、本屋も閉店したあと六人ほどで飲みに出かけたのだ。
 泉はお酒がいっさい飲めない。だから居酒屋に来てもひたすらウーロン茶を飲んでたが、誰かが頼んだウーロンハイを飲んでしまったらしい。しかも一気に飲んでしまったので、そのまま意識がもうろうとしてしまったのだ。
 礼二はそのまま四人と別れて、泉を家に送ろうと思った。だが以前にもこういうことがあって倫子と寝たのだ。だが今は同居人として、そして恋人として伊織が同じ家にいる。
 自分だったら酔った恋人を、男が連れてくるのなんか気分がいいわけがない。だったら意識が戻ってから連れて帰ろうと、休めるところに泉を連れ込んだのだ。それがこのラブホテルだった。
「すいません……。ご迷惑をかけてしまって。」
 ウーロン茶とウーロンハイは色が似ているので、グラスの形を分けているはずだったがそれに泉も気が付かなかったのだ。
「ここ最近、ずっとぼんやりしてたよね。」
 泉は仕事となれば何があっても集中する方だが、ここ最近はそれが出来ていない。オーダーをミスしたり、空のシュガーポットを運んだりしていたのだ。
「すいません。ちょっとごたごたしてて。」
「小泉先生のこと?」
 その言葉に泉は少しうなづいた。だがその内容までは言いたくない。そう思ってまた水に口を付ける。
「まぁ何でも良いけど、仕事とプライベートは別だって言ったよね。」
「はい……。すいません。いつも言ってくれてたのに。」
 何があってもお客様には関係がない。たとえ親が死んでも、お客様に話にも関係ないのだと、礼二はいつも言っていた。
「でも、こういうことが重なったら困るよ。恋人は何も言わない?」
「伊織も忙しそうだから。」
 倫子に限ったことではない。伊織も年末に向けて忙しいのだ。部屋に閉じこもってデザインの案をいつも考えている。そういうときは外に出ないのだ。
 一緒の屋根の下で生活をしているとはいっても、一日の大半は礼二と過ごすことの方が多い。そういった意味では礼二とは家族のような関係だと思う。
 あの夜にキスをされた。あのことはもう二人の中で忘れたと思っていたのだろう。
「ずいぶんな恋人だよね。俺、帰ったら奥さんから一日あったことを一から十まで話してくれるけど。隠し事をするの好きなのかな。」
「そんなこと無いと思うんですけど……。」
 伊織はいつもそうだ。肝心なことは言ってくれないことが多い。そして未だにキス以上のことをしようとはしない。それは伊織が昔、レイプされたように童貞を捨てたから。それが関係しているのだろう。
「店長も奥さんに隠し事をしますか?」
「うーん……。言わなくて良いことは言わないけど、大抵のことは話してる。あっちが話してくれるし。」
 近所のドラッグストアでパート勤めをしている妻は、そこの店長がセクハラをしてくるとグチっていた。だがそれは妻だけではなく、他のパートにも同じらしい。
「胸が大きな人が好きらしいんだよな。」
「男の人ってみんなそうじゃないんですか?」
「別に俺は大きさなんかにこだわらないけど。」
 たまたま付き合って結婚した相手の胸が大きかっただけで、大きいから付き合っていたわけではない。実際、礼二が昔付き合った相手には、中学生にしか見えないような相手もいた。
「ロリコンって言われてさ。」
「やだ。」
 泉の顔にやっと笑顔が戻った。どこかひきつった顔だった泉が笑ってくれるだけで嬉しいと思う。ここまで一人の従業員に、入れ込むことはなかったのに。
「だいぶ顔色良くなったね。帰る?」
「あー。でも……ここのお金……。」
「ホテル代を女に払わせられないよ。」
 休憩にしておいたが、まだ時間はある。そして男と女がラブホテルで二人きりなのだ。財布を手にして、立ち上がった礼二が少しため息を付く。
「店長。良いですよ。私が迷惑をかけたし……。」
 泉が立ち上がろうとした、そのとき、礼二はソファーに財布を置くとその肩に手を置いた。
「店長?」
 すると礼二はそのままその肩を引き寄せた。
「や……店長……辞め……。」
 腕の中で泉が抵抗している。なのに止められなかった。泉が誰を見ているのか知っている。なのに礼二はそれを止められなかった。
「阿川さん……。大人しくしてて。」
「や……離して。」
 少し体を離すと、泉は顔を背けた。だがその頬を包むように手でこちらに向ける。そしてその唇にキスをした。
「や……。」
 それでも泉は抵抗していた。
「忘れて。今は……。」
「奥さんがいるじゃないですか。辞めて。」
 その言葉を無視するように礼二は、そのまままたキスをする。舌を入れ込んで、その舌に舌を這わせる。きっとこんなキスをされたことはない。抵抗しようとして体に置かれた手の力がゆっくりと抜けていく。
「阿川さん……。」
 唇を離すと、泉の顔はもう真っ赤になっていた。酔っているからではないのだ。
「店長……辞めて。イヤです。」
 手の力がまた少し加わった。だが礼二はそのまま泉の首筋に唇を当てる。
「や……くすぐったい。」
 少し体をくねらす。その表情も、反応も、全てが新鮮だった。
 礼二はそのまま泉の手を引いて、ベッドに押し倒す。
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