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真意
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残業を終わらせて、春樹が会社を出たのは二十一時を過ぎた頃だった。数日間、会社を休んでいたこともあって仕事が溜まっていたのだ。しかし何とか片づけたので、明日からは定時で帰れそうだと思う。だが、定時で帰っても今度は初七日などの手続きが必要だろう。
倫子との時間は相変わらずとれない。作家としてのやりとりがあるだけだ。本当なら政近のことを聞きたいと思っていたのに、それも出来ないのだ。
駅へたどり着いて、改札口をくぐろうとしたときだった。
「藤枝さん。」
声をかけられて、振り返るとそこには政近の姿があった。今はあまり見たくない姿だったが、春樹は足を止めて愛想笑いを浮かべる。
「田島さん。こちらに用事でしたか?」
「えぇ。いろんなところのアシスタントもしてるし。人気者ですよ。」
政近は確かにアシスタントとしては有能らしい。きっちりと仕事をあげてくるからだったし、入ったばかりのアシスタントの目も光らせるからなのだという。
「終わりですか?」
「納品が終わったんでね。さっさと自分の原稿も済ませないと。」
「年明けまででしたよ。間に合いますか?」
「ネームが出来れはあとは描くだけですから。」
余裕があるなと思いながら、春樹はポケットからICカードを取り出した。
「藤枝さん。ちょっと飲んでいきませんか?」
「これからですか?イヤ……俺、ここのところずっと残業で、今日くらいは早く帰りたいと思ってて。」
「倫子のことですよ。」
その言葉に春樹の手が止まった。まさか政近の方から言われると思ってなかったからだ。
「田島さんは路線はどっちですか?」
「○×線です。」
「だったらその途中まで、一緒しますか?」
「えぇ。」
そんなに早く終わる話ではないのだが。そう思いながら、政近もICカードを取り出す。
夜の電車は空いている。二人は並んで座ると、あわてたサラリーマンが電車の中に駆け込んできた。
「そんなあわてなくてもすぐに電車来るんですけどねぇ。」
政近はそういって足を投げ出した。春樹ほどではないが体格はいい方だと思う。指にはめられている指輪も、ブレスレットも倫子の趣味ではないようだ。
「ネームを拝見しました。」
「良い出来でしょ?」
「小泉先生は割とどの作品にも性描写が入っていることが多い。それを画像にすれば十八禁になると思いましたけどね。うまくやってくれていると思います。」
「誉められた気はしねぇな。」
少し笑って政近は流れる光を窓から見ていた。その一つ一つに物語があるのだろう。自分はその一つを絵にしただけだ。
「シーメールのことですが。」
「あぁ。あれを入れようって言い出したのは倫子ですよ。最初は女装だけにしておこうって思ったけど、男も女もいけるほうが物語のキーになるし。」
「違和感を持ちました。」
ゲイだのバイだの、そういうことにこだわっているのだろうか。その割には倫子の作品の中に出てくる、両性具有のキャラクターはあっさりと認めたのだが。
「そうですか?」
「シーメールというのは海外のポルノには出てくることもあるようですが、小泉先生がそれを知っていたように思えない。あなたが入れ知恵を?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ。俺はそういうのもあるって紹介しただけで……。」
「紹介するのには口では説明しにくい。画像を見せたり映像を見せることは必要でしょう。」
「……。」
「家に上がったんですか。あのあと以来。」
すると政近は少しため息を付いて春樹の方をみる。
「まるで彼女ですね。同居人ってだけでしょ?」
政近の挑発に春樹は表情を変えずに言う。
「以前、小泉先生のところに盗聴器や盗撮気がし込まれていたことがあります。それ以来小泉先生は、自分の家に他人が入るのをとても嫌がっていました。なのにあなたは普通に入っている。」
「……何が言いたいんですか?」
「小泉先生が望んで入らせたとは思えない。とすると、無理矢理入った。」
「違うね。仕事のネタだって言ったら入らせてくれたんだ。」
その言葉に春樹はにやっと笑う。
「入ったんですね。」
警察か。そう思いながら、政近は腕を組んで不機嫌そうにその指先をせわしく動かしていた。いらついている証拠だ。
「言っとくけど何にもしてねぇ。あんなサディストみたいなヤツ、好みじゃないんです。」
「小泉先生がサディスト?」
「ちょっと意見が割れたからって追い出されそうになったり、蹴られそうになったりするの、サディストかよって言ったし。」
誤魔化すために言っているな。倫子の本性はマゾヒストなのだ。それを知らない降りをしている。
「俺は小泉先生はサディストとは思いませんよ。」
「知ってるみたいですね。」
「知らなくてもわかります。入れ墨を入れるのは、相当な痛みを伴うんでしょう?」
「俺もあるけど、場合によっては気絶したりするヤツもいるみたいですね。」
「その痛みに耐えながら入れたんでしょう。痛みに耐えることを知っているのはマゾヒストですから。」
「そう思うのは、入れたことのないヤツの言い分だ。」
「そうなんですか?」
「マゾヒストがご主人様の名前を体に掘って、その人以外を見ないってプレイもあるみたいだし。」
「そんな世界もあるんですね。」
倫子がそんな風になるとは思えない。第一、倫子の入れ墨には理由があるのだろう。そのわけを聞いたことはないが。
「したことないんですか?」
「無いですね。そこまで熱狂的に愛されたことも、愛したこともありませんから。」
「小泉先生は、遊びですか。」
「……さぁ。どうでしょうね。」
その態度にいらつく。政近はそう思って、春樹に思い切っていった。
「あんた、それくらいの気持ちならあの家出ろよ。」
「……。」
「俺が入るから。」
すると春樹は少し笑っていった。
「やはりそうですか。」
「何が?」
「小泉先生と寝たんですね。それで恋人の気分になっている。」
政近はその言葉に、舌打ちをした。すっかり春樹の思い通りだったからだ。
「俺はあの家を出る気はありません。それに……あなたは、あの家にはいられない。」
「どうして?」
「伊織君がいるからです。」
その言葉に今度は政近が言葉を詰まらせた。
倫子との時間は相変わらずとれない。作家としてのやりとりがあるだけだ。本当なら政近のことを聞きたいと思っていたのに、それも出来ないのだ。
駅へたどり着いて、改札口をくぐろうとしたときだった。
「藤枝さん。」
声をかけられて、振り返るとそこには政近の姿があった。今はあまり見たくない姿だったが、春樹は足を止めて愛想笑いを浮かべる。
「田島さん。こちらに用事でしたか?」
「えぇ。いろんなところのアシスタントもしてるし。人気者ですよ。」
政近は確かにアシスタントとしては有能らしい。きっちりと仕事をあげてくるからだったし、入ったばかりのアシスタントの目も光らせるからなのだという。
「終わりですか?」
「納品が終わったんでね。さっさと自分の原稿も済ませないと。」
「年明けまででしたよ。間に合いますか?」
「ネームが出来れはあとは描くだけですから。」
余裕があるなと思いながら、春樹はポケットからICカードを取り出した。
「藤枝さん。ちょっと飲んでいきませんか?」
「これからですか?イヤ……俺、ここのところずっと残業で、今日くらいは早く帰りたいと思ってて。」
「倫子のことですよ。」
その言葉に春樹の手が止まった。まさか政近の方から言われると思ってなかったからだ。
「田島さんは路線はどっちですか?」
「○×線です。」
「だったらその途中まで、一緒しますか?」
「えぇ。」
そんなに早く終わる話ではないのだが。そう思いながら、政近もICカードを取り出す。
夜の電車は空いている。二人は並んで座ると、あわてたサラリーマンが電車の中に駆け込んできた。
「そんなあわてなくてもすぐに電車来るんですけどねぇ。」
政近はそういって足を投げ出した。春樹ほどではないが体格はいい方だと思う。指にはめられている指輪も、ブレスレットも倫子の趣味ではないようだ。
「ネームを拝見しました。」
「良い出来でしょ?」
「小泉先生は割とどの作品にも性描写が入っていることが多い。それを画像にすれば十八禁になると思いましたけどね。うまくやってくれていると思います。」
「誉められた気はしねぇな。」
少し笑って政近は流れる光を窓から見ていた。その一つ一つに物語があるのだろう。自分はその一つを絵にしただけだ。
「シーメールのことですが。」
「あぁ。あれを入れようって言い出したのは倫子ですよ。最初は女装だけにしておこうって思ったけど、男も女もいけるほうが物語のキーになるし。」
「違和感を持ちました。」
ゲイだのバイだの、そういうことにこだわっているのだろうか。その割には倫子の作品の中に出てくる、両性具有のキャラクターはあっさりと認めたのだが。
「そうですか?」
「シーメールというのは海外のポルノには出てくることもあるようですが、小泉先生がそれを知っていたように思えない。あなたが入れ知恵を?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ。俺はそういうのもあるって紹介しただけで……。」
「紹介するのには口では説明しにくい。画像を見せたり映像を見せることは必要でしょう。」
「……。」
「家に上がったんですか。あのあと以来。」
すると政近は少しため息を付いて春樹の方をみる。
「まるで彼女ですね。同居人ってだけでしょ?」
政近の挑発に春樹は表情を変えずに言う。
「以前、小泉先生のところに盗聴器や盗撮気がし込まれていたことがあります。それ以来小泉先生は、自分の家に他人が入るのをとても嫌がっていました。なのにあなたは普通に入っている。」
「……何が言いたいんですか?」
「小泉先生が望んで入らせたとは思えない。とすると、無理矢理入った。」
「違うね。仕事のネタだって言ったら入らせてくれたんだ。」
その言葉に春樹はにやっと笑う。
「入ったんですね。」
警察か。そう思いながら、政近は腕を組んで不機嫌そうにその指先をせわしく動かしていた。いらついている証拠だ。
「言っとくけど何にもしてねぇ。あんなサディストみたいなヤツ、好みじゃないんです。」
「小泉先生がサディスト?」
「ちょっと意見が割れたからって追い出されそうになったり、蹴られそうになったりするの、サディストかよって言ったし。」
誤魔化すために言っているな。倫子の本性はマゾヒストなのだ。それを知らない降りをしている。
「俺は小泉先生はサディストとは思いませんよ。」
「知ってるみたいですね。」
「知らなくてもわかります。入れ墨を入れるのは、相当な痛みを伴うんでしょう?」
「俺もあるけど、場合によっては気絶したりするヤツもいるみたいですね。」
「その痛みに耐えながら入れたんでしょう。痛みに耐えることを知っているのはマゾヒストですから。」
「そう思うのは、入れたことのないヤツの言い分だ。」
「そうなんですか?」
「マゾヒストがご主人様の名前を体に掘って、その人以外を見ないってプレイもあるみたいだし。」
「そんな世界もあるんですね。」
倫子がそんな風になるとは思えない。第一、倫子の入れ墨には理由があるのだろう。そのわけを聞いたことはないが。
「したことないんですか?」
「無いですね。そこまで熱狂的に愛されたことも、愛したこともありませんから。」
「小泉先生は、遊びですか。」
「……さぁ。どうでしょうね。」
その態度にいらつく。政近はそう思って、春樹に思い切っていった。
「あんた、それくらいの気持ちならあの家出ろよ。」
「……。」
「俺が入るから。」
すると春樹は少し笑っていった。
「やはりそうですか。」
「何が?」
「小泉先生と寝たんですね。それで恋人の気分になっている。」
政近はその言葉に、舌打ちをした。すっかり春樹の思い通りだったからだ。
「俺はあの家を出る気はありません。それに……あなたは、あの家にはいられない。」
「どうして?」
「伊織君がいるからです。」
その言葉に今度は政近が言葉を詰まらせた。
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