守るべきモノ

神崎

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真意

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 通夜が始まり、春樹は喪主として祭壇の横にいた。春樹の隣には春樹の父親と母親。そして未来の父親と母親がいる。
 だが未来の父親は落ち着いてこの場にいることはなかった。すぐに電話が鳴るらしく、来たと思ったらすぐに退席する。いっそ来なければいいのにと春樹は思っていた。
 小さな会場だが、花輪などは多くある。ほとんどが未来の父親の顔で集められたようなものだったが、こんなものが未来に届いているわけがないと春樹は思っていたようだ。
「編集長。」
 ふと見ると、そこには加藤絵里子の姿があった。わざわざ着替えてきたらしく、喪服を着込んでいた。
「加藤さん。わざわざ来てくれたんだね。」
「課を代表してですけど……。」
「そうか……。」
「それだけじゃないですけどね。」
 絵里子はそう言って祭壇の未来の写真を見る。結婚式の時の写真のようだ。とても幸せそうで、未来が羨ましかった。
「未来は同期だったし。」
「そうだったね。」
「こんな形で別れると思ってなかったですけど……。」
 絵里子はハンカチで涙を拭い、そして一礼をして春樹のところから立ち去る。すると母が耳打ちをしてきた。
「同僚?」
「あぁ。そうだよ。」
「若いのに課を代表できるのね。」
「若いといっても三十くらいじゃなかったかな。加藤さんは出向でこっちに来たわけだし。」
 三十と三十六くらいだったらちょうどいいのに。母はそう思っていたが、妻を失ったばかりの春樹には酷な話題だと思う。それに再婚したければ自分から言い出すだろう。
「春樹さん。」
 未来の母親がふと入り口を見て、春樹に声をかける。そこには泉と伊織、そしてその後ろには倫子の姿があった。倫子の首元、手元には入れ墨が見えている。それを見て未来の母親が訝しげにそうに思ったのだろう。
「あの方は、未来さんのお友達?にしては若いわね。」
「作家の先生ですよ。」
「作家?」
 春樹が担当している作家だろうか。それにしてもまるでこの場に場違いだ。ちゃんと喪服を着ているのにどこか嫌らしい。
 だがその焼香の姿、礼一つ、とても姿勢や礼儀がなっている。価値は、入れ墨だけではないと言われているようで、未来の母も黙ってしまった。
「藤枝さんにはお世話になりました。」
 倫子はそう言うと、春樹は少し笑って言う。
「妻が、小泉先生を見つけてくれた。そして俺がその意志を継いでいます。そしてこれからも継いでいくつもりですから。」
 その言葉に春樹の母も少し笑った。あぁ、とてもお世話になっている人なのだと。だが同居をしていることは言ってはいけないのだろう。そう思って母は、倫子に声をかける。
「先生。お茶をいかがですか。」
 すると倫子は少し笑っていった。
「いいえ。これからまた仕事で……。」
「一杯くらいいかがですか。」
 未来の母親も負けまいと声をかける。若いからと言って嘗められたくはないのだろう。
「……。」
 困ったな。これから外で簡単に食事をして、三人で帰ろうと思っていたのだが。と思っていたときだった。
「すいませんねぇ。電話がひっきりなしで……。」
 入り口からやってきたのは未来の父親だった。その姿に倫子は思わず数珠を落としてしまった。
「……青柳……。」
 そしてその姿に泉も絶句した。

 ファミレスに三人がやってきて、倫子は不機嫌そうに煙草を取り出そうとした。しかし店員がやってきて言う。
「すいません。当店は禁煙になっておりまして。」
 倫子は軽く舌打ちをすると、煙草をしまう。
「……ここがお通夜みたいだね。」
 伊織はそう言ってメニューを二人に差し出す。泉も頭を抱えていたのだ。
「まさか春樹さんの奥さんの親族が青柳なんて……。倫子知ってた?」
「知ってたら家の敷地なんかまたがせないわ。」
「でも春樹さんには何の罪も無いじゃない。」
「わかっているわよ。」
 あぁ。いらいらする。こんな時に煙草が吸えないのは不便だ。
「倫子。喫煙所が別にあるね。先に行ってくる?」
 泉がそれに気が付くと、倫子は立ち上がってバッグを手にする。
「私、これにするわ。頼んでおいて。」
 一人用の鍋のセットを指さして、倫子は喫煙所の方へ行ってしまった。
「チゲでいいのかな。辛いんじゃない?」
 心配そうに伊織は言うと、泉は首を横に振る。
「辛いの食べるといらつきが収まるんじゃない?」
「泉もいらついてるよ。辛いの食べる?」
「苦手。私は、ハンバーグにしようっと。伊織は?」
「……あの人さ。何なの?」
 伊織はまっすぐに泉に聞く。すると泉は少しため息を付いていった。
「昨日言ったでしょう?お互いに助け合って生きていこうって、倫子と誓ったって。」
「うん。」
「それはね、共通で恨んでいる人が居たからなの。」
「恨み?」
「私の母は宗教にはまって、集団自殺した。教祖も一緒にね。その教祖っていうのが、あの「青柳グループ」の総帥の弟だったのよ。」
 教祖までが亡くなったその宗教法人は解体され、その財産は「青柳グループ」に吸収された。それは泉の目から見ると、吸収したその財産を目的にしていたように思える。
「倫子は?」
「倫子のことは本人から聞いて。私が話せることじゃないから。」
 喫煙所にいる倫子は、煙草を吹かしながら携帯電話を手にしていた。
「……。」
 今更離れられないし、追い出すわけにはいかない。それに春樹には恩がある。こんなことまで計算されているのだろうか。腹が立つ男だ。
 そう思いながら、携帯電話のメッセージを開く。相手は政近からだった。
「まだ帰らないのか。」
 通夜に行っていることは話している。終わったら連絡が欲しいと言ってきているのだ。夕べさんざんセックスをしていながら、また会いたいとか言うのだろうか。
 めんどくさい男だ。だから恋人なんか作らなくてもいいと思っていたのに。
 そのとき喫煙所に一人の男が入ってきた。背の高いサラリーマン風の男だ。
「あ……あれ?」
 煙草をくわえたが火がないのだろう。ポケットを探ってライターを捜している。
「すいません。火を貸してもらえませんか。」
 倫子はそう言われて、ライターを差し出す。するとそれを男が受け取り、火をつけた。
「一人ですか?」
 そう言って男は煙を吐き出す。
「一人で来るわけ無いでしょ?」
 倫子はそう言って煙草の火を消すと、灰皿に煙草を捨てる。そして喫煙所をあとにした。体のいいナンパをしてくる男にほいほいついて行くほどバカでもないし、かといって泉のように貞淑にはなれない。結局自分には仕事しかないのだ。
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