守るべきモノ

神崎

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嫉妬

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 部屋で本を読んでいても、ラジオをつけても落ち着かない。本当に明日の朝までに倫子が帰ってくるのかと思うと、居ても立ってもいられないのだ。泉はそう思いながら、本を閉じた。寝るには早い時間だが、もう寝てしまおうかと電気に手を伸ばす。するとドアの向こうで声がした。
「泉。ちょっといい?」
 伊織の声だった。少し不思議に思いながら、泉は声をかける。
「どうぞ。」
 伊織はスウェットの上下の上から半纏を着ていた。最初にそれを見たときは驚いたが、これは伊織が住んでいた祖母の家から持ってきた唯一のものだったので、離したくないのだという。
「いろんなつてを使って、一応、田島の連絡先を聞いておいたよ。」
「連絡した?」
「朝に帰るっていう一点張り。」
「本当に仕事をしているだけなのかな。」
 ドアを閉めて、伊織も畳の上に座った。フローリングとは違って、畳は座っていてもお尻が痛くならない。だから和室は好きなのだ。
「どういうこと?」
「だって男と女だもん。何もないなんて……。」
「何もなかったじゃない。この間は。」
 一緒の布団に寝ていて、何もなかったのだ。しかしこの間と今とでは全く状況が違う。傷ついていた倫子に手をさしのべなかったのは自分たちが悪い。だからといってあの田島政近に全てを任せるのはとても不安だ。
「ねぇ。伊織さ……あの男の人と何かあったの?」
「誰と何か?」
「田島さんと。」
 初めて政近と会ったとき、伊織はとても動揺していた。明らかに何かあったと思う。だが伊織は何も言わなかった。
「……あまり思い出したくはないんだけどね。それに泉に言うことじゃないとも思ってたし。」
「何で私には言えないの?」
「彼女だから。」
 つまり女関係のことだろう。今の恋人に前の恋人のことなど話せるわけがないと思っていたのだ。
「気にしないわ。教えて。何があったのか。」
「泉。」
「だって……倫子のことだもん。」
 伊織もまた不安だったのだ。泉は倫子のことを優先しすぎる。倫子も言えることだが、お互いがお互いに頼りすぎているのだ。それは二人が恋人同士のようにも見える。
「俺のことは別に何とも思わない?」
「伊織。」
「倫子のことが心配だから、田島のことが知りたいっていう風に聞こえるんだ。」
「……。」
「泉。」
「倫子と約束をしたの。ここに住むとき、お互いのことを助け合おうって。」
 友達だからといってべたべたしたくない。だけど隠し事はしない。そう二人で決めたのだ。
「でも倫子は隠し事をしていたよね。」
「……春樹さんのこと?」
「うん。」
 ショックだったが、それでも倫子と離れたくない感情の方が大きかった。
「隠し事をされたのはショックだった。だけど倫子はそれ以上に止められなかったんだと思うの。それくらい春樹さんのこと……。」
「だけど田島について行った。何をしているのかわからないのに。」
「仕事でしょう?本人がそう言っているんだから。」
「仕事のわけがないよ。田島に限って、そんなにのほほんと仕事をしているわけがない。」
 やはり伊織は政近をいい印象に思っていないのだろう。
「家……。」
「ん?」
「やっぱり家、わからないかな。連れてこれないかな。倫子が……。」
「落ち着いて。」
 伊織はそう言って泉を落ち着かせるように両手を握った。
「何があってもいいと思う。泉だってそう思うんじゃない?」
「何を?」
「春樹さんよりも田島の方が、条件はいい。独身で、仕事が対等に出来て、歳も近い。」
 確かにそうだ。心のどこかでそう叫んでいる人がいる。倫子のために政近に渡してはいけないと。
「倫子は……ずっと好きな人が居なかったの。作品を作る以外に興味がなかったから……。」
「なのに春樹さんを?」
「……独身だとか既婚者だとか、そんなことを考えられないくらい好きだと思ったの。どっかで羨ましいと思った。」
 そこまで好きになれるものなのだろうか。泉はいつも格好いいとかタイプだとか言っているが、本気ではない。
「だから何で田島さんみたいな人とって……。」
 泉の目に涙が溜まっていた。伊織は手を伸ばしてそれを拭う。
「……俺からも田島は進められないな。」
「何かあったの?さっきも聞いたけど、誤魔化してたみたいだったから……。」
「サディストなんだよ。あいつ。」
 見た目通りなのか。叩かれたり殴られたりするのだろうか。倫子ならそんなことをされても平気でやり返しそうだが。
「それだけ?」
「……。」
 少し伊織はため息を付くと、泉に言う。
「女関係のことじゃないよ。倫子と同じくらい、田島は……作品のために手段を選ばない。それは昔からだったから。」
「……つまり……田島さんって……。」
「作品のためなら人殺しでも何でもしそうだと俺は思うけどね。だから不安だ。」
 誤魔化した。泉に全てが言えるわけがない。泉だってまだ隠しているのだから。
「伊織……あのね……とても今日、不安で……。」
「うん。俺も今日は寝れそうにない。」
「隣にいてくれないかな。」
 泉は頬を染めて伊織に言う。女の身でこんなことを言うのは、恥だと思った。だが伊織は泉を引き寄せると、その半纏の中に泉を招き入れた。
「温かいね。」
「うん……。」
 家で二人っきりなのだ。しかも同じ部屋にいるのだ。それで手を出さない人がいるだろうか。伊織の手が震える。
「伊織。」
 泉がそのまま伊織を見上げる。何をして欲しいのかわかる。だからこそ手が震えるのだ。
「……こんな時にすることじゃないよ。心配を隠すためにするのは誤魔化すだけだから。」
「そうだね。」
「だけど我慢は出来ないから、少し目を瞑って。」
 すると言われたとおり泉は目を閉じると、それを待った。頬に暖かな感触がする。
 それが伊織の精一杯だったのだ。
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