守るべきモノ

神崎

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嫉妬

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 シャワーを浴びて、部屋に帰ってくると政近は煙草を吹かしながら携帯電話を当たっているようだった。誰かにメッセージでも送っているのだろうか。
「シャワー出たか。」
「うん。」
「何か食うか。」
 煙草を消して、キッチンの方へ向かう。料理何かしそうにないと思っていたが、案の定、政近が持ってきたものはパック入りのご飯と、生卵だった。
「卵かけご飯くらいしかねぇけどな。」
「炊飯器もないの?」
「無いよ。必要ないじゃん。けど卵は美味いんだ。卵は知り合いに養鶏場してる奴が居てさ、そこからもらってきたばっか。」
 パック入りのご飯をレンジで温めて、蓋を開けると卵を落とす。卵は黄身が盛り上がっていて、新鮮そうだ。
「美味しい。」
「だろ?」
 割り箸で出されたもの。パック入りのご飯。そんなものとは縁がなかった。食べ物がなければ食べなければいいというのは、普段食べることが出来ている人の言葉だ。
 いつも倫子を心配して、気を使って食事を用意したりお風呂があいたことを伝えてくれる泉や伊織にどうして冷たいことしか言えなかったのだろう。そう思うと倫子の目からぽろっと涙がこぼれた。
「……倫子?」
「ごめん。変に泣いちゃって。」
「本当、お前情緒不安定だな。」
 ティッシュを手にとって、倫子の頬を拭う。
「面倒見がいいのね。」
「んー?下心からかもよ。」
 手を出すつもりなのだろう。出さないならこんなところに連れてこない。そう思って倫子は政近の方を見ていう。
「長男だから?」
 その言葉に政近は舌打ちをする。
「あー。昌明に会ったって?」
「うん……。うちの弟と、あなたの妹がつきあっているって……。」
「月子も何であんな男に……。」
「ちょっと。うちの弟だけど?」
「わかってるよ。変な男じゃねぇってのも。」
 サディスティックな容姿とは違って、マゾヒストな所だけが体の相性と合っただけの女。ネタのために女と付き合っていたのに、その女に心底惚れていた男。そしてその姉。最初からその関係は知っていた。
 最初は興味だった。人間味のないキャラクターと、巧妙なトリック。一貫して倫子の作品には「普通の顔をした人間が一番怖い」と言うことを言っていた。どんな人生を歩めばこんな作品を書けるのだろう。そう思って倫子に近づいた。
 実際に会った倫子は、どこか強がっていてなのに酷くもろくて、だから頼れる人にすがってしまう。それが好きだと勘違いさせていると思った。だから、目を覚ましてやろうと思ってキスをしたのに、すぐに抵抗された。
 二度目のキスは本気だった。本気でセックスがしたいと思ったのだ。それもまた興味だったのかもしれない。
「煙草忘れてきたわ。」
 ご飯を食べ終わって、倫子はポケットを探る。しかし慌てて出てきたので、携帯電話すら忘れているようだ。
「これでよかったら吸えよ。」
 政近は自分の煙草を差し出すと、倫子はそれを一本くわえる。そして政近もそれをくわえた。ジッポーで火をつけると、倫子もそれに近づいてくる。距離が思ったよりも近い。思わず生唾を飲んでしまった。
「癖があるわね。これ。」
「俺は好きだけどな。」
 好きになれそうにない味だ。
「……。」
 壁に貼られているキャラクターの設定の用紙に目を留めた。その中に「美咲」というキャラクターがいる。ロリータファッションの、可愛らしい女性だが生物的には男なのだ。そんなキャラクターを生み出した自分に罰が当たったのだろうかと思う。
「どうしたんだ。もう今更キャラクターの変更なんかきかねぇぞ。」
「わかってる。」
「だったら何だよ。」
「男と女ではなくて、みんな雌雄同体だったら恋心なんか生まれなかったのに。」
 失恋でもしたのか。あの藤枝春樹が奥さんの所にでも帰ってこんなに落ち込んでいるのか。今がチャンスだ。そう政近の心の誰かが叫んでいる。
 だが倫子のその表情を見て、いきなり襲いかかるほど鬼畜ではなかった。
「雌雄同体だったら、あれだな。」
「何?」
「よっぽどのナルシストじゃない限り、恋愛の幅は広くなる。何せ、男でも女でもないんだから。」
「……そっか……。」
「男と女だから良いこともあるし、男と男でも良いこともあるだろ。女と女でもな。」
「そうね……。」
 出会ったからには意味がある。きっと春樹との出会いも、この横にいる男との出会いも意味はあったのだろう。
 煙草を消すと、倫子はそっと政近の胸に体を寄せた。
「何だよ。いきなり。積極的だな。」
「何もしないで。」
「何が?」
「このままじっとしててよ。」
 生殺しか。そう思いながら、政近も煙草を消す。しばらくすると、うつむいている倫子から泣き声が聞こえてきた。声を抑えて、我慢しているような声だ。
 すると政近はぐっと体を離すと、その顔をのぞき見る。
「見ないで。」
「別に良いだろ?」
「変な顔をしてるもの。」
「変なことを言う奴だな。」
 政近は少し笑って、そしてその涙を指で拭う。そしてその顔に手を添えると、少しずつ顔を近づける。
 軽く唇が触れた。それだけで政近の顔が少し赤くなる。
「やべ……。」
 キスくらいでこんなに赤くなると思ってなかった。女が居なかったわけではない。近寄ってくる女も居ないことはないのだ。なのにこれまでのキスとは全く事情が違う。
 鼓動が押さえられない。
「倫子……こっち見ろよ。」
「……。」
「俺……は、あいつの代わりになれない。けど……一瞬でも忘れさせてやるから。」
 すると倫子の方から政近に唇を重ねた。すると政近はたまらず、その唇を割って舌を入れる。
 なぜだろう。嫌悪感しかなかったその口元のピアスの感触も、慣れているその舌も、抵抗が出来なかった。唇を離してもまた重ねたくなる。
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