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嫉妬
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焼き鯖定食が運ばれ、そのあと豚カツ定食が運ばれた。昌明の前に置かれたその量を見て、小盛りで良かったと倫子は心から思う。
山盛りのキャベツ、分厚いトンカツと、ご飯はどんぶりだろうかと思っていた。焼き鯖定食には大きな焼き鯖が半身と、お浸し、冷や奴もついている。
その冷や奴に醤油をかけて倫子は口にする。
「栄輝は未開発だって言ってたわね。」
「あぁ。一応ホームページにはタチって事になってるけど、実際は突っ込んでねぇ。どっちかって言うとデートみたいな事しかしてねぇし、売るときは誰かと一緒に行って道具で責めるだけ。元々ゲイでもないんだから、そんなことをしなくてもいいのにな。」
「ゲイでもないのに何でウリセンにいるわけ?」
すると昌明はキャベツに手をかけて、箸を止めた。
「あんた、栄輝と仲が良いか?」
「兄よりはってくらい。」
「だったらバイトのことも聞いてねぇか。」
「バイト?ウリセン以外の?」
するとキャベツに手を着けて、昌明は言う。
「妹とつきあってるんだよ。栄輝は。」
「妹?」
「月子って言うんだけど。元々家庭教師してて。」
実家に昌明が居たとき、月子は高校三年生だった。大学受験の家庭教師に栄輝がやってきたのだ。そこへたまたま兄が帰ってきたのだ。
「兄もいるの?」
「漫画描いてるよ。売れてねぇけど。」
「もしかして……政近?」
「へぇ。あんた、あんなローカルな漫画家知ってんだ。」
「今度一緒に仕事をするのよ。」
その言葉に昌明が手を止めた。何の因果かと思ったのだ。
「そのとき、兄貴には彼女が居てさ。あんたみたいな感じ。でももっと強烈だったな。」
「どういう意味?」
「んー。背中を全部見た訳じゃねぇけど、なんかの入れ墨が入ってたな。それにピアスも拡張してたし、指輪もごつかった。」
そういう女が好きなのだろう。あまりそういう女と一緒にされたくはないが、自分の姿を見ていれば仕方がないだろう。
「それに横恋慕してた。けどその女捕まってさ。」
「捕まった?」
「薬で。」
自分も薬をやっているように見えたのかもしれない。少し自分の素行も考えないといけないと思っていた。
「相当落ち込んでた。栄輝。それを忘れさせようと思って月子が大学に行ったらつきあおうって言ったみたいだけど、結局忘れられてねぇんだよな。栄輝。」
「それがどうしてウリセンに走るようになったの?」
「やけじゃねぇかなって思うけど。」
「バカな子。そんなことをしても忘れられないのに。」
月子にばれても、月子はそれでも栄輝と離れなかった。この女も大概だなと思いながら、倫子は焼き鯖に箸をのばす。
「もっと違う理由もあるみたいだけど……俺には話さないな。兄貴にも話してないみたいだし。」
その話を聞いて倫子はふと疑問に思った。ご飯を飲み込むと、政近に聞く。
「政近は何て言っているの?」
「女が捕まって?別に。」
「え?」
「ネタのためにつきあったって言ってたし。元々彼女が居ても、本気で好きになったことなんかないんじゃないかな。あの男。」
こんなところまで似ているのか。倫子はため息をつきながら、味噌汁を口に入れる。
「それより、プロットの修正頼むよ。」
「良いわ。二、三日中に送るから。」
「仕事は速いんだな。」
「面倒なことはすぐ片づけたいの。」
作品を書いているときが一番幸せだと思っていた。だが最近もっと幸せなことがある。それは春樹といることだ。
栄輝もそういう相手が見つかればいいと思う。
会社の前で倫子は昌明と別れようとした。
「これから資料集め?」
「えぇ。もう少し人魚のことを知りたいわ。それから伝説があるところの土地のことも。」
「実際行ってみると良いかもしれないけどな。まぁ、あんただったら難しいかもしれないし。」
「え?」
「「戸崎出版」の仕事も忙しいんだろ?」
「まぁね……。」
「兄貴に会うこともあるんだろ?俺、最近は全然会ってねぇからよろしく言っておいて。」
「わかった。」
そのとき向こうから一人の女性が訝しげに、二人を見ていた。それに気がついて、倫子は昌明に礼を言うとその場を離れる。
「こんにちは。加藤さん。」
見ていたのは春樹の同僚である加藤絵里子だった。荷物を持っているところを見ると担当している人と打ち合わせでもしていたのだろう。
「小泉先生。「三島出版」とお仕事ですか?」
「えぇ。」
なんだかんだと噛みついてくる加藤が少し苦手だった。それに相当敵対心を燃やしている気がする。
「あぁ。こちらの雑誌のモノは連載が終わるとか。次のモノに手を着けようと?」
「えぇ。」
それ以上は言いたくなかった。春樹にも言っていないことだ。それを絵里子には言いたくない。
「軽い読み物ですよね。こっちのモノは。そっちの方が書きやすいんですか?」
「別に。こだわったことを書こうとは思ってませんよ。求められれば書くだけです。」
生意気な態度に、絵里子は心の中で舌打ちをする。どうしてこんな女に春樹は入れ込んでいるのだろう。
「あぁ。そうだ。しばらく藤枝編集長とは連絡が付かないと思うので、窓口は私の方へ言ってください。」
その言葉に倫子は少し違和感を持った。そして絵里子に聞く。
「何かあったんですか?藤枝さん。」
「奥様の具合が急変したんですよ。」
「えっ……。」
思わず持っていた荷物を落としそうになった。だがそれを踏ん張って耐える。
「二、三日は出れないかもしれないと言っていたし……。」
「大変ですね。」
口先だけだと思った。だが感づかれてはいけない。そう思いながら倫子は、絵里子と別れた。
そして駅へ向かう。図書館へのバスは駅前から出ているのだ。そしてその途中で見る駅前の病院を見上げた。ここに春樹がいるのだろう。そして妻のために寄り添っているのだ。その側に自分がいれるわけがない。
自分が愛する人が苦しんでいるときにすら、自分が寄り添えるわけがないのだ。寄り添えば奥さんを苦しめる。それがわかっているのに、倫子がいれないもどかしさが倫子自身の首を絞めている。
山盛りのキャベツ、分厚いトンカツと、ご飯はどんぶりだろうかと思っていた。焼き鯖定食には大きな焼き鯖が半身と、お浸し、冷や奴もついている。
その冷や奴に醤油をかけて倫子は口にする。
「栄輝は未開発だって言ってたわね。」
「あぁ。一応ホームページにはタチって事になってるけど、実際は突っ込んでねぇ。どっちかって言うとデートみたいな事しかしてねぇし、売るときは誰かと一緒に行って道具で責めるだけ。元々ゲイでもないんだから、そんなことをしなくてもいいのにな。」
「ゲイでもないのに何でウリセンにいるわけ?」
すると昌明はキャベツに手をかけて、箸を止めた。
「あんた、栄輝と仲が良いか?」
「兄よりはってくらい。」
「だったらバイトのことも聞いてねぇか。」
「バイト?ウリセン以外の?」
するとキャベツに手を着けて、昌明は言う。
「妹とつきあってるんだよ。栄輝は。」
「妹?」
「月子って言うんだけど。元々家庭教師してて。」
実家に昌明が居たとき、月子は高校三年生だった。大学受験の家庭教師に栄輝がやってきたのだ。そこへたまたま兄が帰ってきたのだ。
「兄もいるの?」
「漫画描いてるよ。売れてねぇけど。」
「もしかして……政近?」
「へぇ。あんた、あんなローカルな漫画家知ってんだ。」
「今度一緒に仕事をするのよ。」
その言葉に昌明が手を止めた。何の因果かと思ったのだ。
「そのとき、兄貴には彼女が居てさ。あんたみたいな感じ。でももっと強烈だったな。」
「どういう意味?」
「んー。背中を全部見た訳じゃねぇけど、なんかの入れ墨が入ってたな。それにピアスも拡張してたし、指輪もごつかった。」
そういう女が好きなのだろう。あまりそういう女と一緒にされたくはないが、自分の姿を見ていれば仕方がないだろう。
「それに横恋慕してた。けどその女捕まってさ。」
「捕まった?」
「薬で。」
自分も薬をやっているように見えたのかもしれない。少し自分の素行も考えないといけないと思っていた。
「相当落ち込んでた。栄輝。それを忘れさせようと思って月子が大学に行ったらつきあおうって言ったみたいだけど、結局忘れられてねぇんだよな。栄輝。」
「それがどうしてウリセンに走るようになったの?」
「やけじゃねぇかなって思うけど。」
「バカな子。そんなことをしても忘れられないのに。」
月子にばれても、月子はそれでも栄輝と離れなかった。この女も大概だなと思いながら、倫子は焼き鯖に箸をのばす。
「もっと違う理由もあるみたいだけど……俺には話さないな。兄貴にも話してないみたいだし。」
その話を聞いて倫子はふと疑問に思った。ご飯を飲み込むと、政近に聞く。
「政近は何て言っているの?」
「女が捕まって?別に。」
「え?」
「ネタのためにつきあったって言ってたし。元々彼女が居ても、本気で好きになったことなんかないんじゃないかな。あの男。」
こんなところまで似ているのか。倫子はため息をつきながら、味噌汁を口に入れる。
「それより、プロットの修正頼むよ。」
「良いわ。二、三日中に送るから。」
「仕事は速いんだな。」
「面倒なことはすぐ片づけたいの。」
作品を書いているときが一番幸せだと思っていた。だが最近もっと幸せなことがある。それは春樹といることだ。
栄輝もそういう相手が見つかればいいと思う。
会社の前で倫子は昌明と別れようとした。
「これから資料集め?」
「えぇ。もう少し人魚のことを知りたいわ。それから伝説があるところの土地のことも。」
「実際行ってみると良いかもしれないけどな。まぁ、あんただったら難しいかもしれないし。」
「え?」
「「戸崎出版」の仕事も忙しいんだろ?」
「まぁね……。」
「兄貴に会うこともあるんだろ?俺、最近は全然会ってねぇからよろしく言っておいて。」
「わかった。」
そのとき向こうから一人の女性が訝しげに、二人を見ていた。それに気がついて、倫子は昌明に礼を言うとその場を離れる。
「こんにちは。加藤さん。」
見ていたのは春樹の同僚である加藤絵里子だった。荷物を持っているところを見ると担当している人と打ち合わせでもしていたのだろう。
「小泉先生。「三島出版」とお仕事ですか?」
「えぇ。」
なんだかんだと噛みついてくる加藤が少し苦手だった。それに相当敵対心を燃やしている気がする。
「あぁ。こちらの雑誌のモノは連載が終わるとか。次のモノに手を着けようと?」
「えぇ。」
それ以上は言いたくなかった。春樹にも言っていないことだ。それを絵里子には言いたくない。
「軽い読み物ですよね。こっちのモノは。そっちの方が書きやすいんですか?」
「別に。こだわったことを書こうとは思ってませんよ。求められれば書くだけです。」
生意気な態度に、絵里子は心の中で舌打ちをする。どうしてこんな女に春樹は入れ込んでいるのだろう。
「あぁ。そうだ。しばらく藤枝編集長とは連絡が付かないと思うので、窓口は私の方へ言ってください。」
その言葉に倫子は少し違和感を持った。そして絵里子に聞く。
「何かあったんですか?藤枝さん。」
「奥様の具合が急変したんですよ。」
「えっ……。」
思わず持っていた荷物を落としそうになった。だがそれを踏ん張って耐える。
「二、三日は出れないかもしれないと言っていたし……。」
「大変ですね。」
口先だけだと思った。だが感づかれてはいけない。そう思いながら倫子は、絵里子と別れた。
そして駅へ向かう。図書館へのバスは駅前から出ているのだ。そしてその途中で見る駅前の病院を見上げた。ここに春樹がいるのだろう。そして妻のために寄り添っているのだ。その側に自分がいれるわけがない。
自分が愛する人が苦しんでいるときにすら、自分が寄り添えるわけがないのだ。寄り添えば奥さんを苦しめる。それがわかっているのに、倫子がいれないもどかしさが倫子自身の首を絞めている。
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