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嫉妬
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クリスマスケーキの予約をして欲しいという泉のメッセージを受け取った倫子は、資料を集めに行ったついでに指定された洋菓子店の前にいた。予約は今日まで。次々と入っていく客層は様々で、OL風の女性、ビジネスマン、主婦、学生などがいるようだ。その中に倫子も入ると、店内は甘い匂いとショーケースに並んだ色とりどりのケーキが目に飛び込み、テーブルには焼き菓子なんかも置いている。その一つ一つも凝ったものだ。泉のみ背の飾り気のないデザートとは違うように見える。
「お決まりですか?」
女性の白い帽子とエプロンを付けた女性が、微笑みながら倫子に話しかける。
「クリスマスケーキを見たいんですけど。」
「ご予約ですね。二種類ございます。」
クリスマスケーキが二種類とは種類が限られているな。そう思いながら、倫子はそのチラシを見ていた。二つともブッシュド・ノエルで一つは大きめの三、四人分。小さめの分は二人から三人分だろうか。大きさが違うだけで、生クリームのモノとチョコレートのモノがある。
「チョコレートは洋酒が使ってあります。」
洋酒は倫子が好きだが、泉には厳禁だろう。生クリームは苦手だが食べれないことはない。好き嫌いと食べれないモノは違うのだ。
「こっちの白い方を……。」
そのとき奥のキッチンから、一人の男がやってきた。その人を見て倫子は少し驚く。
「小泉先生。」
一度会ったことのある男だ。高柳鈴音。有名なパティシエで、店舗も何店舗も持っているというのに、今日はここにいるのかと少し驚いた。
「高柳さん。」
「クリスマスケーキですか?」
「えぇ。家のモノと食べようかと。」
「クリスマスなんかには興味がなさそうだったのに。」
鈴音はそういって少し笑うが、実際一人ならどうでもいいイベントだろう。だが今は一人ではない。
「人並みに足並みはそろえた方がいいと言われましてね。」
「確かに。そういうことも作品の糧でしょう。」
受付の女性は奇妙な二人に、首を傾げた。鈴音は女の噂がない。だから知り合いだという倫子が意外なタイプに見えたのだ。
「どちらを選んだんですか?」
「白い小さいものです。」
「チョコレートは苦手ですか?」
倫子はほとんど甘いモノを食べない。ほとんど食べるのは泉だろう。次の日まで余らせても仕方がない。
「苦手じゃないんですよ。むしろチョコレートは好きな方ですけどね。」
「じゃあチョコレートにしませんか?こっちは保存も利きますし。」
「洋酒を使っていると聞いたので。うちはお酒がいっさい駄目な人もいるんですよ。」
「だったら特別に使わないようにしますよ。」
「いいんですか?」
「お世話になりましたし、これくらいはさせてください。」
いつか倫子がずばっとダメ出しをしたのを覚えているのだろう。結果、「book cafe」で出したモンブラン風のカップケーキは、売り上げが上々らしい。
「だったら大きいのにしようかな。」
「ありがとうございます。」
予約の紙を手にして、倫子に手渡す。するとそのカウンターの上で倫子は自分の名前や連絡先を書いた。綺麗な文字だと思う。昔から文字を書いているのだから、綺麗であるのは当然かもしれない。その間、さっきの受付の女性は別の客の対応をし始めた。こちらのことはもう興味がないらしい。
「泉が、ここのケーキが食べたいと行っていました。」
「阿川さん?いい職人ですね。うちに引き抜きたいところですよ。」
「え?」
「今度カフェを作ろうかと……まだ計画の域ですけどね。」
「ここのケーキを出すんですか?」
「えぇ。阿川さんならケーキに合わせたコーヒーを入れたりすることも出来るだろうなと。例えば、チョコレートだと少し濃いめのコーヒーだとか、フルーツ系だと紅茶のあまり香りが高くないものだとか。舌が敏感なんでしょうね。」
「……泉はあそこを離れませんよ。」
気に入った本を片手に美味しいコーヒーでゆったりした時間を過ごせるあの場所が、泉の理想なのだという。だから好きだった書店の業務から、バリスタへ趣向を変えたのに。
「そう思いました。それに……あの店長も、阿川は離したくないようだ。」
「川村さんが?」
「えぇ。ちらっとその話もしたんですよ。そうしたら、阿川さんの代わりはなかなかいないだろうから、今は離れてもらうと困ると言われましてね。」
言い方だろう。どういう風に言ったのかわからないが、川村礼二がそんなに泉に固執しているとは思えない。
「そうでしたか。」
連絡先を書き終えて、倫子はその紙を鈴音に手渡す。すると鈴音は、その紙に洋酒を使わないことを付け加えた。
「小泉先生。」
「はい?」
「……うちの妹は別です。昔から我が儘に育ってきたんで、両親とも手は焼いていたんですよ。」
「伊織から聞きました。妹さんが同僚なのだと。」
「阿川さんの恋人をずっと狙っていたんです。でもあの男が選んだのは阿川さんだった。俺も妹よりはそっちの方が良いと思います。」
「妹さんにずいぶんな言い草ですね。」
「俺も何度も邪魔されたんで。」
予約表の紙だけ切り取ると、ケーキが載っている方だけ倫子に手渡した。
「気をつけてください。みんながみんな祝福しているわけじゃないから。」
「忠告ですか?」
「えぇ。」
そのときキッチンの方から鈴音を呼ぶ声が聞こえた。その声に鈴音は反応して振り返る。
「じゃあ、またイブに取りに来ます。」
「お待ちしてます。」
倫子はそういって店を離れようとした。そのときテーブルにある焼き菓子に目を落とす。そしてその一つのダック・ワーズを手にする。
「これをいただけますか。」
「はい。少々お待ちくださいね。」
レジをしている女性に声をかけて、鈴音は少し手を挙げるとキッチンの中に入っていった。そして倫子もレジをすませる。
「フランス菓子ね……。」
もっと生クリームとかごてごてしたイメージがあったが、このダック・ワーズはとてもシンプルだった。鈴音の本心が出ているよな焼き菓子で、本来そんなに着飾る人ではないのだろう。
イケメンパティシエだと盛り立てているのは、メディアの力だ。それにきっと鈴音も苦しんでいる。
「お決まりですか?」
女性の白い帽子とエプロンを付けた女性が、微笑みながら倫子に話しかける。
「クリスマスケーキを見たいんですけど。」
「ご予約ですね。二種類ございます。」
クリスマスケーキが二種類とは種類が限られているな。そう思いながら、倫子はそのチラシを見ていた。二つともブッシュド・ノエルで一つは大きめの三、四人分。小さめの分は二人から三人分だろうか。大きさが違うだけで、生クリームのモノとチョコレートのモノがある。
「チョコレートは洋酒が使ってあります。」
洋酒は倫子が好きだが、泉には厳禁だろう。生クリームは苦手だが食べれないことはない。好き嫌いと食べれないモノは違うのだ。
「こっちの白い方を……。」
そのとき奥のキッチンから、一人の男がやってきた。その人を見て倫子は少し驚く。
「小泉先生。」
一度会ったことのある男だ。高柳鈴音。有名なパティシエで、店舗も何店舗も持っているというのに、今日はここにいるのかと少し驚いた。
「高柳さん。」
「クリスマスケーキですか?」
「えぇ。家のモノと食べようかと。」
「クリスマスなんかには興味がなさそうだったのに。」
鈴音はそういって少し笑うが、実際一人ならどうでもいいイベントだろう。だが今は一人ではない。
「人並みに足並みはそろえた方がいいと言われましてね。」
「確かに。そういうことも作品の糧でしょう。」
受付の女性は奇妙な二人に、首を傾げた。鈴音は女の噂がない。だから知り合いだという倫子が意外なタイプに見えたのだ。
「どちらを選んだんですか?」
「白い小さいものです。」
「チョコレートは苦手ですか?」
倫子はほとんど甘いモノを食べない。ほとんど食べるのは泉だろう。次の日まで余らせても仕方がない。
「苦手じゃないんですよ。むしろチョコレートは好きな方ですけどね。」
「じゃあチョコレートにしませんか?こっちは保存も利きますし。」
「洋酒を使っていると聞いたので。うちはお酒がいっさい駄目な人もいるんですよ。」
「だったら特別に使わないようにしますよ。」
「いいんですか?」
「お世話になりましたし、これくらいはさせてください。」
いつか倫子がずばっとダメ出しをしたのを覚えているのだろう。結果、「book cafe」で出したモンブラン風のカップケーキは、売り上げが上々らしい。
「だったら大きいのにしようかな。」
「ありがとうございます。」
予約の紙を手にして、倫子に手渡す。するとそのカウンターの上で倫子は自分の名前や連絡先を書いた。綺麗な文字だと思う。昔から文字を書いているのだから、綺麗であるのは当然かもしれない。その間、さっきの受付の女性は別の客の対応をし始めた。こちらのことはもう興味がないらしい。
「泉が、ここのケーキが食べたいと行っていました。」
「阿川さん?いい職人ですね。うちに引き抜きたいところですよ。」
「え?」
「今度カフェを作ろうかと……まだ計画の域ですけどね。」
「ここのケーキを出すんですか?」
「えぇ。阿川さんならケーキに合わせたコーヒーを入れたりすることも出来るだろうなと。例えば、チョコレートだと少し濃いめのコーヒーだとか、フルーツ系だと紅茶のあまり香りが高くないものだとか。舌が敏感なんでしょうね。」
「……泉はあそこを離れませんよ。」
気に入った本を片手に美味しいコーヒーでゆったりした時間を過ごせるあの場所が、泉の理想なのだという。だから好きだった書店の業務から、バリスタへ趣向を変えたのに。
「そう思いました。それに……あの店長も、阿川は離したくないようだ。」
「川村さんが?」
「えぇ。ちらっとその話もしたんですよ。そうしたら、阿川さんの代わりはなかなかいないだろうから、今は離れてもらうと困ると言われましてね。」
言い方だろう。どういう風に言ったのかわからないが、川村礼二がそんなに泉に固執しているとは思えない。
「そうでしたか。」
連絡先を書き終えて、倫子はその紙を鈴音に手渡す。すると鈴音は、その紙に洋酒を使わないことを付け加えた。
「小泉先生。」
「はい?」
「……うちの妹は別です。昔から我が儘に育ってきたんで、両親とも手は焼いていたんですよ。」
「伊織から聞きました。妹さんが同僚なのだと。」
「阿川さんの恋人をずっと狙っていたんです。でもあの男が選んだのは阿川さんだった。俺も妹よりはそっちの方が良いと思います。」
「妹さんにずいぶんな言い草ですね。」
「俺も何度も邪魔されたんで。」
予約表の紙だけ切り取ると、ケーキが載っている方だけ倫子に手渡した。
「気をつけてください。みんながみんな祝福しているわけじゃないから。」
「忠告ですか?」
「えぇ。」
そのときキッチンの方から鈴音を呼ぶ声が聞こえた。その声に鈴音は反応して振り返る。
「じゃあ、またイブに取りに来ます。」
「お待ちしてます。」
倫子はそういって店を離れようとした。そのときテーブルにある焼き菓子に目を落とす。そしてその一つのダック・ワーズを手にする。
「これをいただけますか。」
「はい。少々お待ちくださいね。」
レジをしている女性に声をかけて、鈴音は少し手を挙げるとキッチンの中に入っていった。そして倫子もレジをすませる。
「フランス菓子ね……。」
もっと生クリームとかごてごてしたイメージがあったが、このダック・ワーズはとてもシンプルだった。鈴音の本心が出ているよな焼き菓子で、本来そんなに着飾る人ではないのだろう。
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